「そんで和葉ちゃんがお姫様なんやね」
配役決定の一部始終を聞いた母:静華の不満げな視線が平次に向けられる。
が、どうしようもないと悟ったのか深くため息をつくにとどまった。
「あんた、王子様ってがらやないもんなあ」
「……しゃーないやん」
「育て方間違ったやろか……」
でも王子様タイプの息子はいらんしなあ……と小声で続ける。
「ホンマは、めっちゃ嫌やってんけど……。でも皆頑張ってって言うてくれたし……亜由美ちゃんも応援するって言うてくれたし……アタシ頑張る」
「和葉ちゃんは、ホンマ偉いなあ。不甲斐ないんはこのアホやから和葉ちゃんは気にせんでええのよ」
「アホって……俺にどーせいっちうねん。あのアメリカ野郎がうざいだけやん」
さすがにこの歳で惚れたはれたもないもんである。平次と和葉のお互いを「好き」は幼馴染の範疇を超えることは残念ながらまだない。
当然といえば当然。静華にしたって今の子供たちにこれ以上を望んではいない。いずれ、とは思っているが。
「おばちゃん、絶対見に行くわぁ。和葉ちゃんのお姫様。せや、衣装とか、縫ってあげよか?」
「ホンマ?おばちゃん!!」
「可愛いのん、作ってあげるわ。どうせ平次は海賊やから衣装なんていらんのやろ」
「可愛い衣装」に機嫌が直ったのか、和葉の顔に笑顔が戻る。その辺はなんだかんだで女の子だ。
「俺のはええけど。別に。でもなんや、お姫様は剣持って戦うらしいで」
「そうなん?」
「せやねん。だから遠山さんのイメージって言われて、アタシちょっと複雑やわ」
また少し眉間に皺が寄る。
「何言うてんの。守られてるばっかの女の子なんて古いんやで。女は強く美しく。なあ」
「うん。そうやね。アタシも大人しくしてるん、嫌やし」
和葉に再び笑顔が戻り、その手がテーブルの上のスイートポテト(静華御手製)に伸びる。
「で、どんな話なん?」
「わからへんの。まだ台本見てへんし」
「HR終わってから先生が慌てて配ったんや。教室に残って読んでる奴らもおったけど、俺らすぐ帰ってきてもうたし」
「ふうん。それやったら、ここで読んでみるか。晩御飯まで時間あるし、うちも手伝ったるわ」
和葉がごそごそとランドセルを開けて台本を取り出す。平次のランドセルは既に二階の自室。
取りに行くのが面倒くさいため、一つの台本を横から平次と静華が覗き込んだ。
「結構分厚いんやねえ」
「えーと、最初は……王子様のお城でダンスパーティーがあるんやね」
「なんやどっかで聞いた話やなあ」
「しかも花嫁選びのダンスパーティーや。お約束やねえ」
「えっと……アタシの台詞まだやなあ。おるだけやん。亜由美ちゃん達の台詞が多いんやね。よかったー」
三人でなんとなくかわるがわるに台詞を読む。台詞は標準語でもイントネーションは立派に関西弁だ。
「大臣:『どの姫君にするかお決めになりましたか』」
「王子……出たで。箕輪やな。ええと……『私の心はパーティーの前からもう決まっている』……あいつらしい台詞やなあ」
「ええと……大臣:『おお。どなたですか』」
「王子:『無論、西の国の王女だ』……って、これがお前やな、和葉」
「んー」
照れてるのか困っているのか、和葉が中途半端な返事を返す。
「なになに……王子:『西の国には後継ぎの王子が居ない。姫と結婚すれば西の国は自ずと我が物だ』………」
「なんや、随分欲張りさんな王子やねえ」
「せやなあ」
「ええと……大臣:『おお。それはよいお考えで』……なんや時代劇の悪徳大名と悪徳商人みたいやで?」
「……」
「……」
平次と和葉も怪訝そうに顔を見合わせる。どうも、思っていた「王子様」像と随分違うような……????
***
「姫:『私、まだ結婚なんて嫌です。お父様とお母様と離れて違う国に行くなんて』」
「王様:『しかし、断ればきっと北の国に攻め込まれてしまう。わしは戦争を起こすわけにはいかないんだ』」
「王妃:『でも一人娘の姫を北の国に取られてしまえばわが国は北の国に支配されたようなもの』」
「王様:『仕方が無い。戦争よりはましじゃろう。許してくれ、姫』……ってなんや、えろう難しい話やなあ」
「うん……」
三人で顔を見合わせ、再び台本に目を落とす。
「ええと……アタシは結局船で北の国にお嫁に行くんやね。侍女:『姫様、お逃げください!!海賊が!!』あ、平次の出番やで」
「お、おう。ええと……海賊C……Cってなんや。ABCのCか?」
「キャプテンのCやろ。下っ端は海賊1,2,3って書いてあるし」
「それやったら、これが俺か。ええとー。海賊C:『美しい姫君、おそれなくていい』……ってちょう待て!!これ、俺の台詞か!!??」
「平次、似合わへんわ〜〜〜〜」
「ホンマ……我が子ながら似合わんにも程があんでぇ、平次」
和葉と静華が笑い転げる。
「ええと……次アタシや。姫:『生きていても辛いことばかり。どうか私を殺して下さい』」
「………海賊C:『貴女に涙は似合わ』………似合……に、に、」
「どないしたんよ、平次。ちゃんと最後まで読まな。ほら、『貴女に涙は似合わない。宜しければその涙の理由を教えてください』」
「これ平次が言うん!!??似合わへんわ!!おっかっし〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
和葉が畳をバンバン叩いて笑い転げる。
「なんやこれ。これのどこが海賊やねん!!俺嫌やで!!こんなん!!」
「なに言うてんのよ。決まってしもうたもんはしゃあないやん。ほら、ちゃんと次の台詞読みや。あ、次は和葉ちゃんやな」
和葉が涙目で笑いつつ、息を切らして長い説明台詞を読む。平次の台詞のダメージが大きいらしく笑いが止まる気配がない。
「海賊1:『北の国だと!!??そいつは聞き捨てならねぇ!!』……他の海賊さんは、普通に海賊さんやねえ」
「海賊2……クククク……ええと……『こいつぁ丁度いい!!お姫さん助けるついでに父上の敵討ちもしましょうぜ』」
「……」
「ほら、次、平次やで」
「俺、普通の海賊がよかったわ……なんでこんなんやねん……」
「男やろ、ほら、諦めな」
「なんや、箕輪より台詞多ないか?勘弁せぇ」
すっかり沈没した平次を他所に、和葉と静華が大笑いで台本を読み進む。
「海賊C、ほら、平次やで。『姫、涙を拭いてください』やって!!めちゃめちゃおかしいわ!!ええと『貴女は私が守りましょう』やって!!」
「海賊1:『全員に連絡して、宝物には手をつけないように言ってきやしたぜ、お頭』」
「姫:『貴方が私を守ってくださるとは……何故……』」
「平次!!ほら、見せ場や。「姫の手を取って手の甲にキス」って書いてあるで?」
「えええ!!そんなん、アタシも恥ずかしいわ!!」
「ええと……『私も貴女の瞳の虜になってしまったからです』……って、あの先生、すごいなあ。ようこんな台詞思いつくわ」
既に起き上がる気力も無く、平次は「あのセンコー……」と恨みがましく呟く。
平次が海賊のキャプテンに決まった時も嬉しそうに「服部君やったらぴったりや」と喜んでいたのは気のせいではない。
どこがどうぴったりんなんか、聞かせて欲しい所やなああぁぁ……。
一体誰や。台本見る前に配役決めようなん言い出した奴は。いや、なんとなくそうなったんやったな……くそぅ……。
普段なら「お姫様台詞」な和葉を思いっきりからかっている所だろうが、今は何より自分のことが問題だ。
人のことを云々言っている場合ではない。
これを。これを俺に、壇上で、皆の前で言えっちうんか!!!???
「そんで……結局アタシは平次らと別れて結婚式に行くんやね」
「大丈夫や。ほら、平次の台詞やで。剣を渡すシーンで『これを私だと思って肌身はなさずお持ちください』、ほら、平次!!」
「『今ひとたびの別れです。必ず、必ず迎えに参りますから』って、平次ーーー。読んでみてぇな」
「うるさいわ!!アホ!!」
大盛り上がりの女性二人が、突っ伏す平次に盛んに手招きをするが、とても起き上がる気力などない。
歯の浮くような台詞の羅列に寧ろ眩暈がしてくる。
「で、場面変わって、アタシは北の国の王宮に到着するわけや」
「あ、それやったらここで衣装変えたほうがええんとちゃう?おばちゃん、二枚でも三枚でも作ったげる」
「ホンマに!!??おばちゃん、ありがとう!!あ、ええと……次の台詞は王子様や」
「王子:『待ち望んでいました。貴方が私のものになる日を』」
「……箕輪は似合っとるんやけどな……」
「王子:『怖がらなくてもよいのです。我々の結婚は、きっと両国のためになりましょう』」
「姫:『決して、戦争など起こさないと誓ってくださいますね』」
「王子:『貴方さえ我が物になってくだされば、争いなど必要ありません。さあ、誓いのキスを……』」
「平次!!平次!!出番やで!!最高の見せ場やで!!」
「も……俺、ええわ……」
「男やろ!!責任は果たさなあかん!!ええとこやで。『その結婚、待て!!』ほら、言うてみぃ」
「ええっちうに」
「海賊C:『姫、約束通りお迎えに参りました。さあ、姫を渡してもらおう』、平次〜〜、カッコええで?」
「姫:『ああ、来て下さると信じておりました!!どうか私を浚ってください!!』、いや〜〜アタシ照れるわ〜〜」
「あんた、和葉ちゃんにここまで言ってもろて、どうするんよ」
「どーもせぇへんわ。劇やで、劇」
「王子:『何者だ』」
「海賊C:『私の顔を見忘れたか』」
「王子:『き、貴様はまさか……おのれ、確かにこの手で殺したはず!!』」
「海賊C:『思い出したか。そう、私はお前が殺した前の王の息子だ。お前に切られ海に落ちたが海賊によって救われたのだ』」
「平次……あんたも王子様だったみたいやで」
「……(涙)」
もう何の言葉もない。あの時、こんな落とし穴が待っていようとは一体誰が想像しえたか。
「で、ここで王子が和葉ちゃんに剣を突きつけて人質にとろうとするわけや。ほんま悪い王子様やなあ」
「そこでアタシが取り出すんが平次に渡されてずっと隠し持ってた剣。これで一緒に戦うんやね」
「海賊も乱入して兵士と大乱闘になるわけや。平次ーー。ここも見せ場やでーーー」
「戦うんは、ええねんけどな。戦うんは」
ちょっとだけ復活したのか起き上がってしぶしぶながらに台本を覗き込む。
「ここで海賊の一人が王子様を殺そうとするわけだ」
「……海賊C……『待て!!殺してはいかん』……これ……『殺すんやない』じゃあかんのかぁ……?」
「あかんあかん。ええと、海賊3:『こいつは俺のオヤジの敵でもあるんです。お頭!!許してくだせぇ』」
「姫1:『危ない!!』あ、これ亜由美ちゃんや」
「海賊3:『どけ!!女!!邪魔するな!!』」
「姫1:『どきません。この方を殺すなら、どうか、どうか私も一緒に』、亜由美ちゃん、かっこいいーーー」
「ほら、平次」
「……『もはや我々の勝ちだ、剣をひけ』……」
「なんや、棒読みやん」
「……」
これ以上俺に、どないせいっちうねん。
「王子:『何故だ。何故助ける』」
「『私はもはやこの国に未練は無い。この国の王はお前だ。しかし、姫は』……あー……『渡さ』……『ない』……」
「姫:『連れて行ってくださいませ!!』……って、ええ!!抱きつくって書いてある!!アタシ恥ずかしいわ……」
「ええやん、和葉ちゃん。どうせ相手は平次や」
「せやね」
せやねって、どういう意味やねん。失礼な。
止めの一言にすっかり脱力した平次はそのまま机に突っ伏し、晩御飯まで動こうとしなかった。
はい。読んでお分かりの通り、一番楽しんで書きました。当初の予定から外れて爆走しております。すまん。平次。
当初はとある作品(マンガ)を演じさせるつもりだったんですけど、小学校3年生には難しすぎるだろうと適当に変えたら、
原形を止めぬ事態に。タイトルもそっからパロってるのでわかる人にはわかると思いますが、別物です。悪しからず。
台本は平仮名大目にしたら読みづらくなったので気にせず漢字を使いました。
承←
→結
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