……まったく。一体何を考えているんだか。
白鳥任三郎はイライラと机を叩く。丸テーブルの斜向かいには見知らぬ若い男。ソワソワと自分達の後ろの更衣スペースを何度も伺っている。その落ち着きの無さが白鳥のイライラを助長していたのだが、本人は気付いていない。
当の本人の注意は広い披露宴会場のほぼ対角線上。隣の男と寸分違わないほどにソワソワしている男に注がれていた。いつも見るからに安いスーツを着ているが。今日の私服も如何にも安っぽい。常に高級ブランド品をスタイリッシュに着こなす自分となんと違うことか。
……なんであんな男がいいんだ?
頭の切れだって。格段に自分の方が上だろう。こっちは将来を約束されたエリート。キャリア組である。本来であればあんな男は自分と同じ土俵に上がることすらできないというのに。
……全く、何を考えているのかさっぱり分からない。
こつこつとテーブルを叩く音の間隔が短くなる。隣の男はそんな白鳥の様子も一向に気にならないようで、何度も後ろを振り返る。
ここは米花ホテルで一番広い披露宴会場。しかし今、結婚披露宴が行われているわけでも何かのパーティーが行われているわけでもなかった。
いつもはぶち抜きで使用されることの多い披露宴会場は今パーティションによって三つに分かれている。縦長の会場の両端が更衣スペース。そしてそれに挟まれた広いスペースには。
いくつも用意された丸テーブルと椅子。フリードリンクのコーヒーと紅茶が美味しいのはさすが米花ホテルといったところか。座っているのは殆ど若い男性。そしてその周囲を囲むようにディスプレイされているのは。
……ウェディングドレス。
そう。今この会場はブライダルフェアのウェディングドレス試着会場と化しているのだ。
大量のドレスに大量のカップル。「大」試着フェアとはよく言ったものである。右を見ても左を見ても白い女性とその彼氏、もしくは家族。更にはアドバイザーを気取ったホテルの従業員。ああ。プロのスタイリストも何人か居るはずだ。確か、それも売りだったから。
女性が着替える間は男性は待ちぼうけ。綺麗にドレスアップした彼女をただひたすらに待ちわびている。
よくもこれだけ人が集まったものだとも思うが、そのおかげでターゲットにはまだ発見されずに済んでいる。
白鳥は鼻の上のダテ眼鏡を直して一つ溜息をついた。
連れの女性がやっと更衣スペースから出てきたらしく、隣の男がガタガタと派手な音を立てて立ちあがる。何もそんなにあわてなくてもよかろうに。「素敵だよ」「最高だよ」。そんな声は右から左へ聞き流す。さっきちらっと見たが、女の方もたいしたもんじゃなかった。わざわざ見る価値は無い。
それに比べて。
遥か対角線上の更衣スペースから出てきたその姿はこの距離からでもすぐ分かる。その周囲はひときわ光って見えた。
すらりと延びた背。綺麗な肩のライン。さっぱりと切り揃えられたショートカットが彼女の魅力を際立たせる。
……ああ。やっぱり素晴らしい女性だ……。
しかしその隣の男は。慌てて椅子を立った拍子にコーヒーをこぼし、あたふたとテーブルを拭いたのが預かっていた彼女のハンカチだったらしく怒られている。何度も何度も頭を下げているが……。彼女の機嫌は治ったようだ。
……甘い。甘すぎる。
カチコチに緊張した様子で男が彼女を誉めている。どうせありきたりの安い誉め言葉だろうに、彼女は頬を染めて笑って。そして男にくるりと一周回ってドレスを見せた。
……可愛い。可愛すぎる。
何故だ。何故彼女は。奴にはあんなに可愛らしく振舞うのだ。
机を叩く音の間隔はもはや最速に達している。もしかしたらテーブルクロスに傷がついているかも知れない。
「あらあら。結構似合ってるじゃん?美和子」
ふいの背後からの声に、白鳥は振り返らずに答えた。
「そりゃそうですよ。あのドレスは彼女が自分で選んだもの。さっきもその前も、いまいちだったのは奴が選んだせいです」
「ま、確かに高木くんのセンスじゃ多くは望めないわよねー。うーん。いいなあ、やっぱり美和子、スタイルいいわよねー」
「背があるのですからスカートは余り広がらない方がいいのですよ。さっきのドレス。あれは酷かった。着せられる彼女もいい迷惑でしょう。単純男の理想かもしれませんが、あれでは余りに気の毒すぎる」
「そお?でも美和子。楽しそうだったけど」
「笑わずにやってられるわけないでしょう。やっぱりあれが一番です」
今。佐藤美和子の着ているドレスは綺麗なマーメイドラインの純白ウェディングドレス。レースなどの装飾品は少な目で、それだけに着る人のスタイルを要求されるデザインだが、それに見事に応えている。
「でもねぇ。美和子、背があるから。あのデザインだとそれが際立っちゃうのが難点かな」
「別に問題でもなんでも無いですよ。問題があるとすれば」
……その隣に立つべき男の背が足りないということだろう。
「私なら背も釣り合うというのに」
「男は背じゃないわよ」
「私なら背以外にいくらでも持ってますよ」
「はいはいはいはい。ああ、そうよね〜」
「大体……」
次のドレス選びに入ることなく何かを楽しそうに話す二人から漸く視線を外して。白鳥は背後の人物を振りかえった。
「やっぱり。私の言った通りでしょう」
「いまいちだって言いたいんでしょう?私だって着る前からそんな気はしてたの。でもいいじゃない?女の子の憧れなんだから。間違っても本番で着ることは無いからこういう時に着ておくの」
「そういうもんですかね」
「そういうもんだって言ったでしょ?大体、この会場に着てるカップルだって殆どそんな感じよ?ホントにここで結婚するならこんな大規模フェアなんか選ばないわよ。これは一種のイベント」
参加者はこのホテルでの挙式を考えている人達ばかりではない。別に結婚を意識していなくても。もしくは結婚式をあげる式場はもう他に決まっていても。稀に既婚者も居るらしい。試着だけでなく料理の試食などがついてたりすると、ウェディングフェアはそれだけで立派なデートコースになり得るのだ。
主催者側としてもこれで興味を持ってもらうことを目的としているので問題は無い。
「……ということはあの二人もまだ結婚を本気で考えているわけではないかもしれませんね」
「さあ。それはどうかしら?デートコースにしても今日でもう三回連続よ?それなりに本気で考えてるんじゃないかしら?」
視線を再び高木佐藤両名に戻す。懲りずに次のドレス選びに入っている。もう一度溜息をついてから、白鳥は立ちあがった。
「やっぱりハイネックは貴方にはいまいちです。まあ、着るならせめて髪をあげないと」
長い黒髪を無造作に束ねて手で後頭部まで持ち上げる。その仕草があまりにも手馴れている。
「ほら。こうすれば少しはすっきりする」
「そうなのよねー。私も着替えてすぐやってみたんだけど」
会場の至る所に設置された鏡の一つを二人で除き込む。
「でもやっぱちょっと、ねえ。美和子くらい背があった方がいいのかしら」
「それとも少し違うでしょう。大体貴方は肩が綺麗なんだから、出した方がいいですよ。あと背中」
「いつの間にそんなのチェックしたのよ」
「前回のフェアでそういうドレスを着たでしょう。背中が綺麗にVに開いてる奴」
「えー!!あれはちょっと開き過ぎだったと思うけど!!」
「確かにあそこまで開くと品が無い感じでしたが。きちんとオーダメードしてもらえば大丈夫ですよ」
「簡単に言わないでよね……」
「まあ、ハイネックをもう一着試着したいなら例えばこっちの。首周りがもう少しすっきりした方がいいと思いますよ。私としてはこっちのドレスを勧めますが」
「なあに?私が着てる間に次のドレス選んでたの?あ、でもこの花柄は可愛い〜〜〜」
「……暇だったんですよ。どこかの誰かさんのようにぼんやり座ってるだけの能ではありません」
「はいはい」
丁度次のドレスを選び終わったのか再び更衣スペースに手を振って入っていく親友を遠目に確認してから。
由美は小さく肩をすくめると白鳥お勧めのドレスを片手に更衣スペースに向かう。
「美和子もまた着替えるみたいだし。私ももう一着着てくるわね〜」
「ご健闘をお祈りしてますよ」
敬礼のポーズでウィンクする白鳥に、由美も敬礼を返した。
「任せてください。白鳥警部」
***
最初に、二人で出かけたのはいつだったろうか。あれはトロピカルランドだったと思う。
美和子が高木くんとトロピカルランドに行くという情報をうっかり流したところ、案の定白鳥警部は「尾行する!!」と息捲いた。
……それってもう、ストーカーじゃなかろうか。ストーキングは犯罪ですよ?警部
そう突っ込みたいのを我慢したのは、それはそれで面白いかなとか無責任なことを考えたからだったのだが。
「男同士より二人連れの方が怪しまれません。尾行の鉄則です」
そう言う白鳥に結局付き合ったのは、一応犯罪の一線を越えさせない為の監視目的と。まあ、美和子達を眺めてるのも面白いかな、と思ったからだった。
トロピカルランドの次は映画を見に行った。ドライブに行った時には面白かったなぁ。緊張したのか高木君の運転はとても危なっかしくて。美和子も心配そうだったけど、白鳥警部も本気で心配そうだった。口では色々いいつつも、あれでは恋敵と言うより寧ろ父親の心境ではないだろうか?
食事に行ったり、ゲーセンにも行った。普段、捜査以外でゲーセンなどに行かない白鳥警部はゲームなど殆どやったことが無くて。夢中になっているうちに二人を見逃すという大失態をやってのけた。
……結構、可愛いところがあるんだよな〜。
更衣スペースで待ち構えている着替え補助のおばさんたちに着替えを殆ど任せながら、由美はぼんやり考える。
カラオケに行った時もそうだった。普段、警視庁の面子で行くカラオケになかなか参加しないので音痴なのかと思っていたのだが、案外に上手かった。しかも最近の流行り曲もよく知っている。お坊っちゃんでもCDTVとか見るのだろうか。美和子達の監視が目的で、そのためにわざわざ向かいの部屋にしてもらったにもかかわらず。
……もう1時間延長したいと言いだして、結局尾行を中断して歌っていた。
なにやってるんだか。なんだか美和子達ではなく警部のフォローをしてるみたいだ。
確かに頭は切れると思うのだが。所詮はお坊っちゃんだからだろうか?変なところが抜けている。由美がフォローをしてなければ、多分とっくに二人に気付かれてるんじゃないかと思うこと、しばしば。
……私が付いてないとね〜〜って、危ない危ない。
転がる思考を引きとめる。油断すると最近いつもこうだ。だまされちゃダメ。エスコートの上手い男なんてろくなモンじゃないんだから。
軽く肩をすくめて。「できましたよ」と言うおばさんに丁寧にお礼を言うと、由美は更衣スペースを出ていった。
***
実際少し、驚いている。
最初に彼女を誘ったのには他意は無かった。遊園地に男二人は浮いてしまう。尾行するなら女性を連れていたほうがいいかもしれない。それに佐藤刑事の情報を聞けるという打算があった。
それが。一緒に行動することがこれほど苦にならないとは。
……いやいや。私は未だ、佐藤さんを諦めたわけでは……。
そう思いつつも。彼女との尾行デートを最近心待ちにしているのも、事実。
そして。
「お待たせしました、警部。どうです?」
くるりと一回りする彼女を。最近ひどく眩しく感じるようになったことも。
***
「いや全く驚いたね」
出勤前に。米花ホテルに入る佐藤・高木両刑事を目撃した。ホテルの前には大きく「ウェディングフェア」の文字。
そろっての休暇願い。デートに行くのだろうと察しはついていたものの。
「まさか、あの白鳥君がなあ」
「白鳥警部がどうかしたんですか?」
「ああ。いや。……たいしたことじゃないん」
警部に続いてコーヒーを買う千葉刑事に笑って軽く右手をあげるとコーヒーを片手に自販機の前を離れる。
……多分、佐藤君達の様子が気になってあとを尾けていただけだろうけれども……。
随分、いい雰囲気に見えた。少なくとも、自分には。
「これは……ひょっとするとひょっとするかもしれんなぁ……」
一言呟いて。目暮警部は飲みきったコーヒーの紙コップを握りつぶすと、ポイッとゴミ箱に投げ捨てた。
す、すみませんーーーー!!ダメですか、無しですか?このカップリングは……。切腹。
自分結構好きなんです、白鳥警部も由美さんも。で、最初は白鳥&由美さん視点の高佐のつもりが。
気付くとホンノリ白由風味なしあがりに……げふ。友人には「由美さんはもう少し男を見る眼があるんじゃ……」って言われちゃいました。
ダメですか!!??白鳥任三郎!!金持ちですよ坊ちゃんですよ出世頭ですよなんだかんだでちゃんと仕事はしてますよ。
しかも料理が出来て声は塩沢兼人か井上和彦ですよ!!私なら絶対嫁に行く!!<違うだろ
アホでもいいじゃないですか可愛いじゃないですか!!
あああ。でもありえない!!とお怒りの方には深く深くお詫びする次第であります(平身低頭)
一番謝るべきはお題が「ウェディング・ベル」なのに寧ろ「ウェディングドレス」な話になってることでしょうかぎゃーす!!
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