なんの飾り気もないシンプルなエアメール。几帳面に並んだ文字。
近況を報告しつつ、園子への気遣いも忘れない丁寧な言葉。園子は文字を追いつつ幸福感に酔いしれていた。
ああ。ホントに真さんって、最高!!
しかし。読み進めるうちにその眉間に皺が寄る。
「そうそう。先日、私の人生を変えるような素晴らしい人に出会ったのです」
……素晴らしい人?
「気さくで優しく、そして強く。本当に尊敬できる人です。園子さんも会えばきっと好きになります」
……まさか、ね。さすがの真さんも、そこまで鈍くは……。
「一緒に撮った写真を同封します。きっと園子さんも喜んでくれると思います」
……なんで私が?
盛大に寄った眉間の皺に気付くことなく、園子は文机に投げ出してあった封筒を引き寄せる。部屋の電気は消してデスクランプが頼り。パジャマ姿でベッドに転がったまま。顔にはパック。
「どれどれ……あ、この写真ね……。ちょっと!!何これ!!」
叫ぶや否や。園子は携帯を握りしめていた。
***
「……もしもし?……園子さん、ですよね」
眠い目をこすりながら京極真はいつまで経っても何も聞こえてこない携帯に声を掛けた。
着信画面には。この携帯番号を知っている唯一の人物の名が出ていたはずだが。久しぶりにかかってきた電話。深い眠りの底に居たのだが、この際そんなことは気にしていられない。
なにしろ。時間が時間だ。鈴木園子という人物は、大胆な反面非常に律儀で。大抵は時差を考慮して電話を掛けてくれる。
……この時間の電話は。穏やかではない。
「……真さん。私に何か、言うこと無い?」
「ええと……」
真は覚めきらぬ頭を振る回転して言葉を探した。
「あの、手紙は、届きましたか?」
「……読んだわ」
「あの……手紙に……なにか……」
電話口で園子は深く溜息をつく。……この人は、ホントに気付いてなかったと言うのだろうか?
あれは。あの夏の日のあれは真からの告白ではなかったのか?ちゃんとチョコも渡したし、湯飲みも分かってもらったし、セーターの誤解も解いた。手紙は……筆不精なのでついつい電話で済ますことが多かったけど、それでも頑張って書いているつもりだ。
……当然、私の気持ちだって、気付いてると思ってたのに!!
「写真」
「ああ、あの写真。見てくれましたか?」
低い低い園子の声に。幾分機嫌を取る意味も込めて真は努めて明るく返した。
「驚いたでしょう」
「そうね……これ以上ないってくらいに」
「そうでしょう」
声が暗いのが気にはなったが。写真を見て興奮して電話を掛けてきたのだろう。真は一人で納得した。もしかしたら自分は会えなくて口惜しがっているのかもしれない。
思わず声が上ずるのを抑える。写真を撮った時の事を思いだすとついつい興奮してしまう。
「いやあ、私もあんな人に出会えると思ってなかったので、驚いてしまって」
「……そう」
「ホントはもっとちゃんとした写真をお送りしたかったんですけど、その人がおもしろいからその写真を送れ……ってそう言うもので」
「……ふうん」
「私が手紙を書く横で自分も一言書くと言って聴かなかったのですけど……案外子供みたいで、意外でしょう?」
「……そうね。もっと大人っぽく見えるのに」
涙が、溢れた。
この人は、ホントに悪気が無いんだ。
思わず写真を握りしめる。
真の肩に手を回しているのは、金髪が鮮やかな美人。胸元のカッと開いた赤いドレス。ちゃんとは見ていないが、どうせグラマーでセクシーに決まっている。
……どうせ私は色気が足りないわよ!!
叫びたいのを我慢したのに、嗚咽が止まらない。電話の向こうに聞こえてしまう。
「……園子さん?」
「もう知らない」
「あの……園子さん?」
「真さんなんて、もう知らない!!バカ!!」
「あ、あの……」
真は首を捻った。
「あの。怒っているんですか?」
「当たり前でしょう!!??私……私は!!」
真さんだって、同じだと思ってたのに!!私の事……私の……こ…と……。
「バカバカバカバカ!!バカ〜〜〜〜!!」
「あの、園子さん。一体……」
「一体も百体も無いわよバカ!!こんな写真送りつけてきて、なんでそんなに平然としてんのよ!!バカ!!」
「……もしかして、夢を壊しちゃったのでしょうか……」
「夢も希望も台無しだわバカ!!」
思いっきり叫ぶと、ホンの少し気が晴れた。
「……やっぱり……他の写真を送ればよかったですね」
「そう言う問題じゃないわよ!!こんな写真撮ってること自体、問題でしょう!!??」
「軽率でした。でもわかってあげてください。イタリア人はみんな陽気で。ジョークですよ、ジョーク?」
「ジョーク?」
でも。真はさっき素晴らしい人と言わなかったろうか?相手は本気ではないという事だろうか。でもそんなことは問題ではない。
「だから……許してあげてください」
「許してあげて、って……。私はねえ!!真さんに怒ってんのよ浮気者!!」
「浮気??」
漸く真の声が動揺の色を帯びる。ホントに、鈍いにも程がある。
「あの……園子さん?」
「なによ」
「写真……ちゃんと見ましたか?」
「……見たわよ!!真さんがブロンド美人と……なによ!!いやらしいいやらしいいやらしい!!真さんなんて大っ嫌い!!」
「ぶ、ブロンド美人……。あの……手紙は最後まで読みましたか?」
「読んでないわよ。そんなの!!だって写真が……」
ホンの少し冷静になって、文机に投げだしたはずの手紙を探す。勢い余って床に落ちていた手紙を見つけて、拾おうと手を延ばした瞬間。
電話の向こうからは、おかしくて仕方ないといった真の笑い声が聞こえてきた。
「酷い!!真さん!!笑うなんて……」
「す、すみません。園子さん。でも、あんまりにもおかしくて。……園子さんはやきもちを焼いてくれたんですね」
「や、焼くわけないじゃない!!ただ、私は、こんな……こんな写真送ってきて、最低だって……!!」
「園子さん。ちゃんと裏を見てください、裏を」
「…………裏?」
「写真の裏ですよ」
ベッドの上に座りなおすと写真を裏返した。
「こ、このサインって!!」
格闘界では知らぬものは居ないイタリアの有名格闘家。園子が大ファンで、日本に来た時には是非会わせて欲しいと父親にもおねだりしている程だ。
「え、ちょっと、まさか!!」
「そのまさかですよ。驚いたでしょう。私も驚きました。友人の伝で会ったのですが、ホントに気さくな方で。友人主催のホームパーティーだったのですがそのような格好で……」
電気をつけて明るいところで改めて写真を見ると。確かに綺麗なブロンド。しかし顎は割れて髭がまばらに見える。広い、広すぎる肩幅。当然胸は筋肉が盛りあがり、……よくよく見れば胸毛まで生えていた。長いブロンドは、鬘だろうと察しがついた。
「やだ。ちょっと……私……」
「一目見れば分かると思ったんですけど……迂闊でした。すみません」
よくよく読めば、手紙のもう少し後に、「誰だか分からなかったら写真の裏を見てください」と書いてあった。
う、うわあああああああああああ。
顔から火が出るとはまさにこの事。
「ご、ごめんなさい……私……てっきり……」
「いえ……。私も迂闊でした。最初にちゃんと書くべきだったのですが、驚かせたくて、つい」
「だって、こんな女性とツーショットなんて……」
「女装写真ですが、笑えると思ったもので……」
「そ、そりゃ、笑うけど……」
寧ろ。笑われるべきは自分の方だ。
「でも。私はそんなに園子さんに信用されていないんですね」
「そ、そういうわけじゃないのよ。信用。信用してるもん。だから……余計驚いちゃって……」
「それならいいんですけど。そんなに簡単に浮気を疑われては困りますからね」
「も、もうしないわよ」
はたと気付いて時計をみる。
「や、やだ。そっち、深夜じゃない!!」
「気にしませんよ。明日は試合はありませんし。まだ寝たばかりでしたから」
「嘘ばっかり。だって、こんな時間……明日の練習に差し支えるから、もう切るわね」
「え、でも」
「いいの。だって、寝不足で怪我とかしちゃったら困るもん。真さん、明日も頑張ってね!!」
「はい。園子さんもお元気で」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
***
「ボクはそんなに魅力的な女性でしたか?」
「ええ……まあ……」
来日した格闘家の歓迎パーティーで。格闘家の娘に対する第一声に、鈴木財閥の当主は首を捻った。
「滑り出す恋」以来久々の京園でした……ふひぃ。この二人は書いていてなかなかに楽しいですvv
私的に。新蘭でも平和でも快青でも、同じシチュエーションでもこの展開はありえないのです。
この展開は京園だけ。途中まで一緒とか、似てたりするところはあっても、他のカップリングでは全く同じになりません。
その辺は一応拘りがあったりして。同じお題を各カップリングでってのも楽しいかもしれませんねー。
つか……あの……絶対にお題出題者も読んでくださる方も、こんなものを期待したわけではないと思います切腹。
裏っつったら、裏ですよね。え、あれ?それとも私が深読みしすぎですか!!??げふ!!
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