子供の頃からずっと不思議だった事がある。
この謎は、高校生探偵を自負する自分には解けなかった。口惜しいことに。
謎が解けたのはつい最近の事。
そう。
工藤新一が、江戸川コナンになってしまってからのこと。
***
「新一ーーーー!!!遊ぼうーーーーーー!!!」
青い空よりも遥かに澄んだ声が工藤邸の門前で響いた。大きな洋館。下手な声では気付いて貰えない。
呼び鈴を押せばよいだけのことだったが、悲しいかな蘭の背ではどんなに背伸びをして手を伸ばしてもまだ届かないのである。
毛利蘭。御歳五歳。無理なからぬ事である。
自分の部屋で貪るように本を読んでいた工藤新一は顔をあげ、本を閉じると小脇に抱えて部屋を出た。玄関先で母の声がする。
「まあ、蘭ちゃーーーーん。よく来てくれたわねえ。一人で来たの?英理は?」
「あのね、蘭、一人で来たの」
「あら!!偉いのね〜〜〜〜。新ちゃんなんて一人で近所のスーパーにも行けないのよ。ねぇ、新ちゃん」
嘘だ!!新一は心の中でだけ突っ込んだ。スーパーどころかその先の商店街の八百屋にだって一人でお使いに出すくせに!!しかも新一が一人で行くと「あら、偉いわねえ」と言って八百屋のおばさんがおまけしてくれると言う理由だけでだ。
……お金に困っているわけではないだろうに。変なところで有希子はしっかりしている。しっかりしていると言うより寧ろ、「お得」感に弱いだけかもしれないが。
つい昨日スーパーでのお使いを一つ間違えた事を暗に言っているのだと思いつつ、幼い新一は黙っていた。反論したところで後頭部を軽くはたかれて笑ってごまかされる事を、年齢以上に頭の回る新一は知っていた。
「新一、遊ぼ」
蘭がにっこりと笑うのにほんのり安心してみたり。
「蘭ちゃんも、新ちゃんの事「新ちゃんv」って呼んでいいのよ」
「え、でも……」
ちらりと蘭は新一の様子を窺う。その呼ばれ方を幼馴染が余り喜んでいない事くらいは幼い蘭にもなんとなく分かっていた。
「新ちゃんに気兼ねしてるんだ。もう!!蘭ちゃんったら可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜vvvv」
常々「女の子も欲しいの〜〜〜」と言っている有希子は滅法蘭に甘い。それはそれで一向に構わないのだが、これでは話が進みやしない。
新一はほんのり腕の負担になってきた小脇の本を抱えなおした。
「で?今日は何して遊ぶんだよ」
「あのね。おままごと」
再びずり落ちる本を抱えなおす。可愛らしいワンピースを来ているところから外で遊ぶ、という選択肢がない事はわかっていたが、この所いつもこれだ。
「また?」
「……だめ?」
「あら。いいじゃない〜〜〜〜〜。ねえ、新ちゃん」
「やだなんて言ってねぇだろ」
「私も混ざっちゃおうかなvv私がお母さんで新ちゃんと蘭ちゃんが子供ねvv」
「ええーー」
蘭の控えめながらも不満気な顔に有希子は微笑む。断られるのは百も承知で言っているのだから、良いんだか悪いんだか。ままごとをするのに、立場がいつもと変わらなかったらそれはあまり楽しいものではない。
「そっかそっか。お邪魔しちゃ悪いもんね。じゃあおばさんは退散するわ。あとでジュースとケーキを持って行ってあげるから」
漸く有希子から解放されて、新一と蘭は工藤家の庭に移動。有希子の趣味で作られた藤棚のベンチが最近の蘭のお気に入りなのだ。洋館で藤棚というのも変な話なのだが。
「はい、お父さん、ご飯ですよ〜〜〜」
「今日のご飯は何?」
「ええとね。カレー」
「……明日は?」
「ビーフシチュー!!」
「明後日は」
こうして聞いていくと毛利家の主婦のレパートリーがわかっておもしろい。
「おいしい?」
「蘭が作るご飯はなんでも美味しいよ」
「やだ、新一ったら〜〜〜」
工藤新一。御歳五歳にしてなかなかに侮れない。
「ごちそうさま」
「はい。じゃあ、私はお片付けをしますから。あなたはTVでも見ててくださいな」
「いいよ。俺も手伝うよ」
「え、ホントに?新一、ありがとう!!」
二人でカチャカチャとままごと道具を洗う振りをして、それを丁寧に重ねていく。
「じゃ、ご飯が終わったからお父さんは寝ててね」
「もう寝るの?」
「お父さんはご飯が終わったらすぐ、TVを見ながら寝ちゃうのよ」
「はいはい」
工藤家の主は書斎にこもるか、居間で紅茶を飲むか、どちらかなのだが。いわゆる締め切り明け以外は。
新一はゴロンと横になる。その間蘭はベンチに座って足をプラプラさせて退屈そうなのだが。
それでも新一には寝てて欲しいらしい。寧ろ、寝るものだと思っているようなのだ。
暫く一人でぼんやりとしていた蘭だったが。やがて思いだしたように新一の肩を揺さぶった。
「あなた、もう起きて」
「うん」
「ごはんですよ」
***
ずっと不思議だったのだ。人を起こす時、何故だか幼い蘭は必ず「ごはんですよ」と付け加える。
そして起きた新一が「また?」と問うと悪気無くさらりと「嘘」と答える。そしてままごとは何事も無かったかのように続くのだ。
どうやらこの幼馴染にとって「起きて」と「ごはんですよ」はワンセットらしい。それがずっと不思議だった。
「お父さん、いい加減起きて!!」
ぼんやりと毛利探偵事務所の窓から表の通りの人の流れを見ていた江戸川コナンの耳に、蘭の声が届く。
「起きてよ、お父さん。掃除するんだから」
「あ?あーー、ああ」
「ああ、じゃなくて。ちょっと、お父さん!!」
昼食の後、毛利小五郎は事務所のTVで沖野ヨーコのレギュラー番組を見ているかと思っていたら、番組が変わった瞬間には寝ていた。眠りの小五郎、一日のうち殆どは寝てるんじゃねぇのか?とコナンは眉を顰める。
「ちょっと、お父さん!!起きてったら!!ごはんよ」
「あ?」
むっくりと、小五郎が起き上がる。寝ぼけ眼のまま髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「ああ?さっき食ったばっかじゃねぇか」
「はいはい。起きたんだったらさっさとどいて。掃除機掛けたいの」
起きた小五郎を蘭はさっさとソファから追いたてる。背中を丸めたまま窓辺のコナンの隣に立つと、小五郎は大きく伸びをした。
「ったく、人が気持ちよく寝てんのによぉ」
始末に悪い事に、頻繁に寝る割には一度寝ると小五郎はなかなか起きない。居候当初、散々苦労させられたものである。紆余曲折の末、コナンが辿り着いた「毛利小五郎を起こす必殺技」は「あ、沖野ヨーコがTVに出てるよ」だった。
が、程無くして気付いた。蘭の必殺技が、もっと単純明快で。
そしてとても聞き覚えがあって。
ずっと不思議だったあの言葉であることを。
***
しかし彼は知らなかった。なぜその言葉が小五郎が目を覚まさざるを得ないモノなのかということまでは。
どう贔屓目に見ても人より食い意地の張っている小五郎が「ごはんよ」の一言で起きる事はある意味自然なことなので仕方が無いといえば仕方が無い。
……ホンの少し。彼と彼の妻とその料理に思いを馳せていれば。東の高校生探偵は真実に辿り着けていたかもしれないのだが。残念ながら事件と違って「未来の義父」への興味はそれほど持ち合わせては居ない工藤新一実年齢十七歳であった。
新蘭と言いつつホンノリコゴエリ……かもしれません。そうでもないかな。そうでもないか。
つか、チビ新蘭万歳〜〜〜〜〜〜〜!!チビ新一がやっぱりちょっと精神年齢高目なのは江戸川コナンの影響です。
なるべく子供らしく描いたつもりですが、上手くいってるといいなー。
ところで工藤新一はあんまり毛利小五郎に興味がないように見えるのは私だけですか?
いえ、呆れたり、たまに見直したりはしてますが。しかし「彼女の父」、ひいては「未来の義父」としてはあまり接してない気が……。
今は「江戸川コナン」だからかなあ。
でも、蘭ちゃんだけでなく小五郎さんにももう少し「工藤新一」を売り込んでもよくないですかね(笑)?
だって、小五郎さんの工藤新一評はかなり低いですよ?愛娘の彼氏なんてそんなもんかもしれませんが。
何はともあれ有希子さんも書けて大満足vvです。
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