最初に見た時にはバカかと思った。
話してみたら、天才かと思った。
それが私、妃英里の、彼女、藤峰有希子に対する印象だった。
***
ただ造りが整っているだけではなく。いわゆる「愛くるしい」という表現が最も適していると思われる魅力的な顔立ち。大きな瞳。それだけでも充分に目立っているのに、藤峰有希子は人の視線を引きつけずにはいられないような魅力を持ち合わせていた。
オーラ、とでも言うのだろうか。天性の、独特の、非常に稀有な空気。
だから芸能界という至極特殊な世界すらも彼女には寧ろ物足りないほどで。
いわゆる、カリスマ性。天真爛漫で底抜けに明るいそのキャラは嫌味がない。
性別、年齢を越えた国民的人気を誇るアイドルなんてそうそういるもんじゃない。
案外努力家で歌もダンスも演技も練習は欠かさない。簡単にこなすくせに、更に上を目指す努力を怠らない。……学校の勉強はいまいちだったけど。それでも「アイドルやってて赤点なんて、カッコ悪いじゃない?」といつも平均点だけは死守してた。
そんなところも私は好きだったから。
多分、それで私達は上手くやっていけたんだと思う。
学園どころか日本の誇るアイドルと、学園一の優等生。変な組み合わせ。
どんなに有名になって多忙を極めて学校も休みがちになっても。彼女の私に対する態度は何一つ変わらなかった。
「英里、相変わらず真面目ちゃんやってるわねぇ」
そう言って笑う笑顔も変わらなくて。
「なぁに?まだ小五郎君と付きあってないの?さっさと言っちゃえばいいのにねぇ、あんたも小五郎君も」
「ば、バカね。あ、私は別に、あんな奴の事なんて全然……!!あいつだって、絶対有希子の事が好きなんだわ」
「なぁに言ってんの!!そんなわけないでしょう?」
アハハ、と大口を開けて笑う姿も可愛いなんて、詐欺みたいだ。
「英里には小五郎君しかいないんだから。ダメよ、逃しちゃ」
「し、失礼ね!!私だって結構もてるんですからね。な、なにもあんな奴……」
「そう言う意味じゃないわよ」
色素の薄いセミロングが風に揺れる。風に乗って僅かに届くシャンプーのいい香りが心地よかった。
「小五郎君じゃなきゃ、英里は幸せになれないって言ってるの。小五郎君だってそうだわ。英里しかいないんだから」
「そ、そんなこと……。だ、第一、あんな甲斐性なしが誰かを幸せに出来るわけなんて……」
「違う。違う。もー、英里はそう言うところが真面目でちょーーっと年寄り臭いのよ」
「年寄りってなによ!!」
小首を傾げると極上の笑顔。この笑顔によろめかない男なんていないんじゃないかな。女の私ですらドキっとしてしまう。
「女はね。幸せにしてもらうんじゃないのよ。幸せになるの」
「ゆ、有希子だってまだお付き合いだってしたことないんじゃない!!説得力ないわよ!!」
「バカねー。アイドルにスキャンダルは禁物よー。でもこれは絶対。私だってダテにあんなドロドロした世界見てないんだから」
「……」
「いい。ちゃぁんと覚えておいてね」
そう言って有希子は私を抱きしめた。
「どんなにカッコよくて甲斐性があって。英里を幸せにしてくれそうな男でも、それじゃ女はホントに幸せにはなれないの。どんなにカッコ悪くて甲斐性がなくても。英里が幸せになれる男と一緒じゃなきゃ、ダメなのよ」
「有希子……」
「幸せなことだと思うわ、英里。貴女、もうそんな相手をみつけてるんですもの。いい?絶対逃がしちゃダメよ?」
「……う、うん」
新緑の季節だった。香水の類は一切つけていない有希子は、それでも少し花のような香りがした。
それから有希子はドンドン忙しくなって。やがて私達は高校を卒業した。
***
そろそろ寝ようかと思っていた頃だったから、結構深夜だったんだと思う。不意に鳴った電話のベルに、不審気に出た母は慌てたように私を呼んだ。
「英里、有希子ちゃんから」
「有希子?」
「それがね、なんだか酷く慌ててるみたいなの。早くして頂戴」
「うん」
慌てて受話器を取る。電話の向こうの有希子は……泣いていた。
「有希子」
「……英里ぃ」
「どうしたの?有希子、泣いてるの?何があったの?」
長い付き合いだったけど。有希子が泣いているのは初めてかもしれなかった。涙を浮かべて怒る事はあったけど……あとちょっと演技入って泣いたりとか……。そんなのとは違う。すぐにわかった。
「英里、お願い。助けて」
「え。どうしたの!?何があったの!?誰かに追われてるの!?」
何しろ住まいを度々変えなければならないアイドル。変な奴に追われてもおかしくはない。
だけど。
そんな時にはまずマネージャーか警察に電話するだろう。いくら取り乱したとしても聡明な有希子はそういう肝心なところは抑えておけるはずだ。
私に助けを求めるなんて。あの有希子が。……ありえない。
「違うの。私……私、もうどうしていいかわからなくって……」
「有希子、とにかく落ちついて。何があったか話してくれないと……」
「わからないのよ、どうしていいのか。英里にしか聞けないわ。ねえ、私どうしたらいいの?」
「ちょっと待ってよ。ちゃんと何があったか……」
有希子が事務所でも警察でもなく友人の私に真っ先に連絡してきた理由。
まさか交通事故でも起こした?でも有希子はまだ免許は持ってない。無免許運転はありえない。だとしたら……例えば暴漢に襲われかけて。反撃して……結果的に相手に怪我をさせたとか……。
最悪の場合……。
慌てて思考を引きとめる。最近弁護士の勉強で傷害関連をやってたから思考回路が物騒でいけない。
「……会っちゃったのよ……私……あの人に……」
「あの人って誰?お願いだから有希子、落ちついて」
こんなに取り乱した有希子は見たことがない。受話器の向こうでは嗚咽が止まらない。
一体誰に?例えば有希子の過去を知っている人。なにか脅されるようなことを?
……ありえない。長い付き合いだけど……勿論私の知らないことも沢山あるだろうけど……有希子の行動は常に突飛ではあったけどそれでもホントにヤバイ事には絶対に関わらない。人に脅される弱みがあるとは思えなかった。
「初めて会ったのよ。名前は前から聞いてたけど、でも会ったのは初めて」
「初めて?」
有希子の過去と繋がる線が消えた。
「その人、今もそこにいるの?」
「今?ここに?いるわけないわ」
「有希子、貴女今どこに居るの?」
「私?自分の部屋よ?」
私は少し落ちついた。よくよく聞けば受話器の向こうは随分静かだ。野外でないのは瞭然。有希子につられて私も相当慌ててたみたいだ。
「ねえ、誰に会ったのよ。男?女?」
「英里、貴女何言ってるの?男に決まってるじゃない」
どの辺が決まってるのかは不明だったが、取りあえず聞き流した。
「貴女も名前くらい聞いた事あるでしょ?今ベストセラー飛ばしまくってるもの。TVに出た事もあるから私だって顔くらい知ってたわ。でも会うまではわからなかったの」
「だから、ねえ、有希子」
私は苦笑した。
「私、まだその人の名前聞いてないんだけど」
「あら」
受話器の向こうから頓狂な声。有希子はしばらく、え、とか、あ、とか言った後。
「やだ。私ったら言ってなかった?工藤優作よ。小説家の」
正直驚いた。その男なら確かに知っている。勿論面識はない。急に出てきてあっという間に売れ始めた小説家だ。……実は数冊持っている。ファンと言っても差し支えない。
人を飽きさせない読み口と誰も思いつかない突飛なトリックとテンポのよい展開。ずば抜けて頭がいいか、変人かどっちかだ。
……そういう意味では、少し有希子に似ている。
「ああ、その名前なら知ってるわ。TVインタビューも見たことある。で?彼が貴女に何をしたの?」
「何も。ただ笑って、これからもヨロシク、って言って握手を求めてきたわ。私、握手したの。案外に大きな手だったわ。勿論、今までいろんな人と握手したわ。でもこんなことはなかったのよ」
「こんなことって?」
「わからないわ」
有希子にわからないなら私にわかるわけがない。
「でも、私凄く凄く苦しくなって泣いてしまったの。どうして涙が出たかわからないわ。あの人も周りに居た人も凄く慌てちゃって……当たり前ね。私何度も謝ったわ。あの人は笑って許してくれた。涙はすぐ止まったけど、それからお仕事の間私は何度も苦しくなったの」
具合が悪いの?という突っ込みはこの際なしだろう。
「それでもなんとかお仕事はこなして、帰ってきて色々考えたのよ。それでわかっちゃったの」
ああ。そういうことなのか。
私は一人で納得した。子供の頃から毛利小五郎という人物が気になっていたのは事実。でもそれは、一々彼が私につっかかってくるからで、他意はないとずっと思っていた。
それが。自分の気持ちに気付いてしまった時……もしかしたら私も泣いたかもしれない。
「好きなのよ、私。あの人が。まだ会ったばかりなのにわかっちゃったの。あの人しかいないわ。でもどうにも出来ないのよ。今までお仕事で沢山恋愛の真似事をしてきたわ。人の恋愛も沢山見てきたわ。好きな人に出会ったらどうしたらいいかわかってるつもりだった。でも出来ないのよ。どうしていいのかわからないのよ。私貴女に色々言ってたけど、わかってるつもりで全然わかってなかったわ。ごめんね、英里。私バカだったのよ、知らなかったの。人を好きになるのがこんな気持ちだなんて」
いいわよ、気にしないで、と言ったけど有希子は殆ど聞いてないみたいだった。
「ねえ、英里、お願い。助けて。私、どうしたらいいの?」
***
有希子が私を頼ったのは今から考えてもあの時だけだったと思う。
だけど私は有希子に何も言う事ができなかった。
そして有希子も、ホントのところ私が何を言っても聞かなかったに違いない。
私は有希子自身がどうにかしなければならないことを知っていたし、有希子も自分自身がどうにかしなければいけない事を……ホントはちゃんと知っていたから。
ありきたりの一般論とか、自分なりの恋愛感を並べる事はできたけど、私は敢えてそうしなかった。
「とりあえず、素直になる事だわね」
「何言ってるのよ」
有希子は漸く泣き止んで、電話口で冷静に突っ込んだ。
「素直にならない方が無理だわ。私、あの人の前で演技なんて出来ないし、嘘なんかつけない。私、英里は凄いと思うわ。どうして小五郎君の前であんなに素直じゃない態度が取れるの?」
有希子らしい答えに。私は受話器を握りしめて笑ってしまった。
有希子も電話口で笑っていた。二人暫く、ずっと笑っていて、居間から顔を出した母は驚いて眉を顰めていた。
落ちついた有希子はいつもの有希子に戻って、そして私に高らかに「工藤優作陥落宣言」をやってのけた。
どんな手練手管を使ってでも彼を捕まえてみせる、と。
「演技の出来ない有希子にそれが可能かしら?」
「ああら。必要とあらば私はやるわよ。演技も含めて私ですもん。私、目的のためなら手段は選ばないんですから」
……さっき、彼の前で演技なんて出来ない、と泣いて私に助けを求めたのは誰ですか?
二人は揃ってまた笑った。息が切れるくらい笑い続けた。
有希子はバカじゃない。……いろんな意味で天才だと私は思ってる。しかも美人で魅力的。
工藤優作が有希子の外見に惑わされるとは思わなかったが、寧ろ外見に惑わされないが故に。
彼の陥落は間近に思われた。
***
そして彼女は、幸せを手に入れた。
てなわけで優有でコゴエリ〜。
確かゲームか特別編で優有の馴れ初め話があると聞いた気がしないでもないのですが……あるとしても未見ですのでご了承下さい。
コゴエリが幼馴染同士、ということで優有は電撃的な一目惚れであって欲しいと思ってみたり。
そして平静は……ふ。ふふふふふ。妄想広がる所ですが、最初から最後まで妄想なのでサイトでは封印。
それにしても有希子ラブラブの葵さん。有希子絶賛文章はこれでも結構削ったんですよ……(笑)
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