我ながら。よくやってると思うのだ。
そりゃ運動部に入ってるわけではないから授業が終われば時間は無尽蔵。仮眠を取ってから仕事に行く事も可能と言えば可能。
とはいえ、学校から戻って惰眠を貪ってた人間が夜中にいきなりでかけてって深夜まで戻らないなんて、いくらなんでも母さんが心配するだろ?
翌日学校を休むわけにもいかないし、仕事はなるべく早目に切り上げるようにはしてるけど。でもまあ、諸所の事情で午前様になることだってある。
しかもここ最近は酷い。こんなに立て続けに獲物が来日した日には忙しいったらありゃしない。
今を逃せばまた海の彼方に行ってしまうとなりゃ、堅持してたの週休6日制もふっ飛ぶってもんだ。
最近連日紙面を騒がせてるのは、何も好きでやってる事じゃあない。
中森警部、ごめんなさい。俺が悪いんじゃないんです。
健全な17歳高校生男子の俺でさえちょっとばっかりオーバーワーク。あの歳であのテンションじゃあ、さぞかしお疲れの事と思いきや。
……昨夜も元気一杯だったなー、中森警部。隣にいた白馬は数回あくびを噛み殺してたって事は、ただ単に最近の若者(俺含めて)がだらしないって事か?
あいつも、わざわざ毎回付き合わなきゃいいのに。ホント、律儀すぎて参っちまうよ。
まあ、そんなわけで。
最近俺はお疲れなのです。
だから、たまにはこんな事も許して欲しいのです。
***
「なーにしに来たのよー」
幼馴染の眉間の盛大な皺に思わず一歩後退り。
「……どうしたんだよ、青子。随分機嫌悪いじゃねぇか」
「べっつにぃぃぃ」
ぷいっと横を向く顔にも態度にも明らかにでかでかと「ご機嫌斜めです」と書いてある。
「別に、昨日もKIDが出たからってぇ?お父さんが負けちゃってまた逃げられちゃったからってぇ?そんでKIDは盗んだ宝石さっさと返してくれちゃったからってぇ?全然不機嫌なんかじゃないもん」
「いーじゃねーかよ。宝石、返ってきたんだったら」
「いーわけないじゃない!!」
一歩も引かない青子は、一向に俺を玄関から上げてくれない。
「返すんだったら盗らなきゃいいのよ、バカKID!!警察の事バカにしてんのよ!!もう、絶対許せない!!」
「そんなんじゃねぇと思うけどなー」
「もう!!また快斗はそうやってKIDの肩ばっかりもつ!!」
「だってKIDだってこんなに立て続けじゃ大変なはずだぜ?理由もなくやってるってわけじゃ……」
「KIDなんてきっと、昼間はぐーぐー寝てるからいいのよ!!お父さんは他にもお仕事あるんだもん!!こんなにしょっちゅうKIDが出てたら倒れちゃうよ!!」
……俺がいつぐーぐー寝てたっていうんだ?……スミマセン。昨日も授業中寝てました。
でも。つまりそれは中森警部が解放されたのも明け方近くだったに違いないわけだが。それにしては家の中には人気がない。
「おじさん、どうかしたの?」
「今病院」
「え?!」
おいおい。まじかよ。
これってやっぱ俺のせいか?でもだって、仕方ないじゃないか。こっちにだって事情はあるし、好きでこう頻繁に出勤してるわけでは……。
「お父さん、昨日もKIDに逃げられちゃったから。頭に血が上って倒れちゃったの。もー!!青子すっごい心配したのに!!目が醒めたと思ったらもうKID、KID、KID……KIDのバカーーーーーー!!」
やっぱり俺のせいにされちゃうのね。
「じゃあ、もう退院したのか?」
「ううん。お医者さんがお休みしなきゃだめって言うから、青子と看護婦さんとでベッドに括ってきたの。あのバカKID、また今晩来るって予告状出してんだもん!!だからせめて、予告時間まではお仕事できないようにって。他の刑事さんも、電話で指示が貰えれば準備は代わりにしますから、って言ってくれたし……」
……別に俺がお仕事してる間も括られててくれてもいいんだけどな。
「KIDが出る今晩には退院なのか?暫く休ませてやりゃいいじゃねぇかよ」
「だぁって!!」
青子は仁王立ちで腰に手を当てる。
「KIDを逮捕するのはお父さんだもん!!もしも……絶対ないと思うけど、万一、もしかして、お父さんが入院中にKIDがドジなことして逮捕されるような事になったら、困るもん」
……心配しなくてもドジなんて踏みゃしないから。暫く寝ててくれないかな。
それにしても青子ちゃん。それはKIDに対する信頼なのか警部への信頼なのか、俺としてはすっごい気になるところなんだけどさ。
まあどうせ、後者だろうけど。
大きく一つ溜息をついて。言いたい事を言いきったのか青子は改めて俺を見た。
「で?快斗は何しに来たの?」
土曜の朝。昨夜の仕事が白馬の頑張りでうっかり午前5時までかかってしまい、俺は今、猛烈に眠い。
母さんの手前「昨夜は晩ご飯食べたらすぐに部屋にひっこんでグーグー寝てた」ことになってる俺は、朝も早よから叩き起こされたってわけだ。
「実は俺、青子んちに忘れ物しちゃってさ」
「え、忘れ物?なんかあったかなあ。何忘れたの?」
「ちょっとあがって探してもいいかな」
「別に、いいけど」
青子を押しのけるようにして上がりこむ。
……KID、つまり俺が出てくるまで中森警部が病院ってのは、ある意味好都合だったかな。
「ちょっと快斗、どこに忘れ物したのよ!!そっち私の部屋!!」
「んーー、確かここだと思ったんだけどなあ」
「もう!!大体、何忘れたの?私の部屋に快斗のものなんてなかったよ!!」
「そうかなー」
「そうよー。いっくら青子だって自分の部屋のものくらいわかるもん」
「確かにここにあると思ったんだけどなー」
「ねえ、何忘れたの?青子も探したげる」
「いいよ。お前はその辺に座ってろよ」
「もー!!なあに?快斗、全然わけわかんないよ!!」
膨れっ面が可愛いのは、童顔のせいだからかな。
それでもお気に入りのクッションを投げてやると大人しく座りこむ。
……見つけた。俺の、大事な忘れ物。
「みーーーっけ」
「え、なぁに?……って!!ちょっと!!快斗!!なにすんのよ!!どいてよぉ!!」
慌てて膝の上の俺の頭を押し返すけど、まだまだ非力だなあ、青子は。
「いやー。俺最近、枕なくしちゃってよー。ちゃんと寝れてないんだよね」
「バカぁ!!なんでそれで青子のこと枕にするのよ!!」
「ちょうどいい高さなんだよ。いーじゃねーか。ちょっとくらい」
「よくなーーーい!!」
押し返す青子に対抗するために、細い腰に手を回す。青子の顔が茹でダコみたいに赤くなった。
「ば、バカ!!快斗どこ触ってんのよスケベスケベスケベ!!」
「青子がじっとしてないからだろー?俺は疲れてんだから、静かに寝かせろよ」
「そ、そんなの自分の部屋で寝ればいいでしょーー!!な、なななな、なんで青子の、ひ、膝の上……で!!」
「うるせぇなあ……静かにしないとスカート捲るぞ」
「ば、バカ!!快斗のドスケベ!!」
それでも捲られるのは嫌らしく、抵抗が止む。それはそれで……ちょっと残念。
「なあ、青子」
「な、なによ」
「……ただいま」
***
今だから、思うんだ。
父さんはいつも、どんな気持ちでこの言葉を言ってたんだろう。
公演を終えて家に帰ってくる時。出迎える俺や母さんに、「ただいま」って。
その笑顔が、凄く嬉しそうで、凄く穏やかで、凄く切なそうに思えるのは、俺の思い出が美化されてるからなのか?
多分、何度か。もしかしたら殆ど。マジックショーだけではなく、快盗KIDとしての仕事を終えて。
命の危険を潜り抜けて。帰ってくる時。
「ただいま」
幼い俺は何も知らなかったけど。今、思う。あの時の、父さんの気持ち。
そして思い出す。父さんの言葉を。
「快斗や母さんが、笑って「おかえりなさい」って言ってくれるのが聞きたくて。だから父さんは頑張れるんだ」
何も知らずに。何があったかなんて知らずに。
ただ、笑って。笑って、迎えてくれれば。
***
「ば、バカじゃないの!!??寝る時の挨拶は「おやすみなさい」でしょー!!快斗、もう寝ぼけてんの?」
「バカはお前だよ。青子」
「な、なんで青子がバカなのよーー!!」
「俺は「ただいま」って言ったんだぜ?返す言葉は一つだろうが」
「だから、それは寝る時の挨拶だって言ってるでしょーー!!」
手にしたクッションで俺の頭をポフポフと叩く。
「うるせぇな!!青子は!!俺は眠いって言ってんだろーー!!」
「うるさいのは快斗でしょーー!!寝るなら静かに寝なさいよーーーー!!」
「細かいこと拘ってんのは青子じゃねぇか!!」
両手を伸ばしてクッションを受けとめる。
そのまま青子の顔を見上げた。
大きな瞳が、ホントに大きくなる。
俺が小さく笑うと、青子もつられたのか少し困ったように笑った。
「青子、ただいま」
「……おかえりなさい」
すみません。やりたかたんです快青で膝枕。なんで、と言われても困るのですが、なんとなく……。
おかしいです。玄関先で全ての話が済むはずだったのに……。うーん。ちょっとお題からずれちゃいましたかねー。
快斗のお母さんは快盗KIDのことは知ってるんでしょうか?知らないんでしたよね、確か。
そして青子も知らない。
快斗は青子にだけは知られたくないんじゃないかなー。とか。組織がどうとか。盗一さんが殺されたこととか。
そんなことは知らずに青子には笑ってて欲しいんじゃないかと。一緒に辛い思いをしなくていいから、笑ってて欲しいんじゃないかと。
常に自分の癒しでいて欲しいのではないかと。そんな風に思うのですが、どうでしょう??
でも私は、実は青子は知ってるんだけど知ってるなんてことはおくびにも出さずにいつも笑って快斗の癒しでいる。
そんな感じが好きだったりします。うーん。青子ちゃんにはまだ無理かなー?(笑)
ってなわけで、快斗母は全て知ってるに一票入れたいところ。でも息子の気持を汲んで何も知らない顔して朝から叩き起こしたりするわけですよ。萌え。
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