蛙の子は蛙。刑事の子は?
難儀な職業だとは思う。妻にも息子にも、色々苦労をかけていることくらい知っている。だから。
嬉しいような哀しいような切ないような……でも、実はちょっと、やっぱり嬉しいような。
だけどこんなことは絶対に。
本人には、言えない。
***
「平次、この週末は暇か」
「へ?……暇、やけど」
服部平次は頓狂な声を上げた。服部家の居間、珍しく家族揃った一家の夕食。
三人で食卓を囲む時、大抵静華か平次が屈託の無い話をして、平蔵はそれを黙って聞きながら眉一つ動かさずに箸を休めない。一見、聞いているかどうかも怪しいところだが、時々鋭い突込みを入れるところを見ると、きちんと聞いているらしい。
が、平蔵から話題を振ってくるのは珍しい。
「なんや。なんかあんのか?剣道大会の手伝いか?別にかまへんけど?」
「いや……」
平蔵は新聞から顔を上げずに続ける。ホンの一瞬の迷ったような空白に鋭く気付いたのは、静華。
「東京、行くか」
「東京!!??」
瞬間、プッと軽く静華が噴出す。平蔵がじろりと視線をやると肩を竦めて空いた皿を盆に移し始めたが目の端が笑っている。
「今週末言うたら、あんた出張や言うてたけど。平次なん連れてって、なに企んではるの」
「……人聞き悪いこというな。……お前は確か茶会やったか」
「せや。和葉ちゃんも連れてくから。あの子は東京、連れてったらあかんよ」
連れていらん、と言わんばかりに平次がヒラヒラと手を振る。静華に睨まれて、慌てて何食わぬ顔で焼き魚に箸を伸ばした。
が、僅かに下がった肩が、その落胆を物語っているところが微笑ましい。
「で?東京行ってなにしはるん?」
「ん?……長門、て、お前覚えてるか」
「ああ、長門財閥の長門はんやろ?覚えてますよ。綺麗な奥さんのいてはった」
「なんや。オヤジ、あのおっちゃんと知り合いなんか。最近体調崩したとかニュースになってたで」
「高校の先輩やったんや。もう随分会うてないんやけどな……」
「どないしはったん?」
「東京、出張ついでに会いに来い、言わはるんや」
「ふうん」
静華の目が細くなる。平蔵は楽しそうなその視線を全身で受け止めて、さらりと受け流す。
平次は二人の様子を伺いつつ、煮物に手を伸ばした。
「長門財閥、言うたら会長さん、体調悪ぅして、なんや後継問題がどうとか……」
「ほう。そんなんがTVで取り上げられとるんか」
「取り上げられる、っちうか、ゴシップ扱いやけどな」
「まあ、ええ。とりあえず、週末は東京や。ええな、平次」
「そら、全然ええんやけど」
箸の先を咥えて言葉を探す。静華の窘めるような視線に慌てて箸を下ろした。
「ほんまに、そのおっちゃんに会うだけなんか?」
「……どうした」
「せやかてそんだけでオヤジが俺連れてくなん……なんや……こう……」
眉を顰める。
「裏がありそで気色悪いんやけど」
「ほほう」
細い目が僅かに平次に向けられる。反射的に平次は背筋を伸ばした。
ホンの短い沈黙が流れる。
「裏、なあ」
「裏、ちうか、なんや他になんか……あるんかな、て」
なんでもないことのようにサラリと言い放つと、再び煮物に箸を伸ばして平蔵の言葉を待つ。
湯飲みを片手に、平蔵は眉一つ動かさない。
「……大したことやない」
「そら、大したことやったら俺なん呼ばんやろけど」
少し拗ねた物言いに、静華がもう一度笑った。
短い言葉で簡潔に、平蔵が自体を説明する。平次はわざとらしいほどに平蔵と目を合わさずに、箸を進めながらそれでもいちいち相槌を打った。
「ふうん。せやけど、そんなんそのおっちゃんの気ぃのせいとちゃんうか?病気してはってずっと寝てるから。気ぃ弱なってんとちゃうか?」
「……」
「オヤジは、そうは思わへん、ちうことか?」
平蔵は答えない。
「せやけどそんなん、オヤジ一人でええやん。俺連れてくん、なんでや?」
「わしは、泊まれん。その日のうちに大阪戻る」
「ふうん」
箸を止めて。平次は父の顔をじっと見た。
開いているのか開いていないのかわからないその目は、それでも多分平次の視線を真っ向から受け止めているのだろう。
「なんでもええ」
平蔵の声に僅かに力が篭る。平次は箸を置いて姿勢を正した。
「来い。平次」
口元を押さえて笑いを堪えた静華がそそくさと台所へ茶碗を持っていく。
居間には父子が二人残された。
ホンの一瞬の、張り詰めた空気。
すぐに、平次がニッと笑った。
「ええけど。ついでやから、呼びたい奴おんねんけど」
***
「工藤新一?」
「せや。あんたも聞いたことあるやろ?東京におる、っちう高校生探偵」
「ああ。いくつか記事は読んどる。なかなかええ推理する奴や」
「うちの平次と、どっちが上やろか」
「せやなあ」
平蔵は眉根を寄せる。
「あいつのはまだまだ勘働きが頼りの危なっかしい推理やからな。工藤新一ほどの理論構成はあいつにはまだやろな。せやけど」
それでも。
「平次、負けたらしいで?その工藤に」
「……」
「和葉ちゃんが教えてくれたん。あの子、この前急に東京行ったやん?どうもその工藤に推理勝負挑んだらしいんよ」
やっぱり、という思いと。そうなのか、という思いと。
「詳しいことは和葉ちゃんにも話してへんようやけど以来ずっと工藤工藤工藤工藤言うて心酔しとって煩うてかなわんて和葉ちゃんが言うてたん」
ほんの少しだけ安堵。
「少しは、成長してるようやな」
「せやけどその工藤て、最近表に出てこうへんらしいやん?なんや事件に巻き込まれたとかいう噂もあるとか……」
「詳しいな」
「うちも気になって大滝さんに聞いたんよ。そんかし活躍しだした眠りのなんとか言う探偵がおるとか……。せやけど、うちはTVでしか観た事無いけど、そんな大層な男とちゃうやん?工藤は表に出てこうへんし、平次は工藤に会うた言うてるし……なんや気になるわぁ」
その高校生探偵と名探偵のことは、実は少し気にはなっていた。人を見抜く目は養ってきたつもりである。直接会ったことはまだ無いが。毛利小五郎がそれほどの人物とは……思えないのが事実なのだ。
「平次、ほんまにその工藤と会うたんやろか」
「……」
「和葉ちゃんは工藤に会うたんは嘘や、きっと女や言うてたけど。まあ、あの子にそんな甲斐性あるとは思えへんし」
「……」
外は雨。細かい粒が服部家の雨戸を鳴らす。
確か、東京出張があったな。
代理を立てようかと思っていたのだが。今大きな事件も抱えていないし。
久々の東京も、いいかもしれない。
***
「人、死んだらしいな」
「う」
服部家の食卓。今日も三人揃っての夕食。この食卓に殺人の話題が上ることは珍しくは無い。
「せ、せやかて自殺やで。俺らが着いた日ぃにて、そんなん動機もようわからへんのに……」
「わしは、言うたはずやで。あの包帯から目ぇ離すな、て」
「う」
冷や汗がタラタラと落ちる。静かな視線に服部平次は生唾を飲んだ。
沈黙が重くのしかかる。
あらぬ方向に視線をさ迷わす息子を、平蔵は細い目を僅かに開いて伺った。
事件の話を振れば、喜んで話す方である。しかし東京での事件について平次は多くを語らない。
工藤のくの字も出てこないが、どうやら幼馴染には「工藤に会った」と言っているらしい。
さて。
毛利小五郎の人となりくらい観ればわかった。一緒にいた娘とやらも美人ではあったがこの際関係ないだろう。
気になったのは、一緒にいた少年。
「長門が、礼を言うてきた」
「さ、さよけ」
「息子の死ぃの真相、突き止めてくれてありがとう、てな」
「そか」
「もう一歩で殺人犯にされるとこやったそうやな」
「……」
「よくやったな、平次」
虚を突かれたように平次がパッと顔を上げる。漸く言葉が脳に達した、という風情で見る見る表情の明るくなる息子に平蔵は心の中でだけ苦笑した。
***
親バカと言われればそれまでだが。可愛い子には旅をさせよ。千尋の谷から突き落とせ。
だけどこんなことは絶対に。
本人には、言えない。
む、難しいな服部親子……。なんつか、語らずに分かり合うというイメージで、そこが萌えだったりするので……。
まあ、それでも三人の食卓はそれなりに和やかだとは思うのです。平蔵と平次は絶対仲がよいと思うのです。
寧ろ普通の高校生男子よりも父親と仲がよいと思うのです。いやもう、名家連続の服部親子とか、てっちりの時とか。萌え〜〜萌え〜〜〜〜。
そんでですね。服部夫妻は親ばか、ってのは私的に絶対外せないです。自分の代理が息子って辺りが、クールにダンディ決めてますが親バカです服部平蔵。
自分の息子をおとりに使ったりして、一見クールに距離を置いているようですが、絶対の信頼を置いています親バカ服部平蔵。
そんなことを本人に言うことは絶対無いでしょうけど(笑)。そんで、その辺は静華さんにはしっかり見抜かれているわけですね。でも静華さんも黙ってる。
ああ。親バカ夫妻。愛されてるね服部平次!!萌え!!
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