それは一つのゲームから始まった。トランプゲーム。少年探偵団と哀とコナンと蘭に博士に園子。賭けをした。
「じゃあ、次の商品はなににするかな」
「うな重にしようぜ!!」
「まぁた元太君は。さっき散々迷ってチョコパフェ賭けたじゃないですか」
「だって俺、負けちまったんだもん。ずるいぞコナン」
「なんでずるいんだよ。大体お前、一番に負けちまったじゃねぇか」
「だから次はうな重にしようぜ、うな重」
「KID様に会える券ってどうかな!!」
「(誰が連れて来るんだよ)それは……ちょっと……本人がOKしないことには……」
「あ、じゃあ」
歩美が目を輝かせて蘭を振り返った。
「蘭お姉さんとデート券って、どうかなあ」
「え?私?」
「歩美、一度でいいから蘭お姉さんと二人でお出かけしたいな!!」
「そんなの別に、賭けなくても。今度二人でお買い物とか行こうよ、歩美ちゃん」
「ホントにーー!!やったー!!」
「あ、ずるいぞ歩美!!」
「そうですよ。僕達だって蘭お姉さんとお出かけしたいですよ」
「そうだそうだ」
「えー」
「なんだか」
ニヤニヤしながら、園子。
「もてもてじゃない、蘭。これじゃホントに「デート券」が必要みたいだわ」
「そうね」
静かな答えに、コナンが驚いて振り返る。トランプを繰りながら、哀は視線を上げない。
「本人が問題ないなら、いいんじゃないの?それで」
「ええと、私は、別にいいけど……」
「やったーー!!」
「俺絶対勝つぞー!!」
「元太君、さっきもそう言ってたじゃないですか!!」
「甘いわね、がきんちょ達。勝利はこの鈴木園子様の頂きよん。蘭とデートするのは、あ、た、し」
「ずるいぞ!!大人の癖に!!」
「園子、別にそんなムキにならなくても……」
「子供を甘やかさないのがあたしのモットーなの。勝負は常に、全力投球よ」
「だけどそれじゃ、蘭君が勝ったらどうなるんだね」
博士の突っ込みに盛り上がってた少年探偵団は思わず黙った。
「そうだ!!じゃあ、蘭さんが勝ったら新一さんとデートして貰うのはどうかな!!」
「いいですねえ、歩美ちゃん。ナイスアイデアです」
おいおい!!
それこそ本人の了解も得ずに話を進められては困る。そもそも了解したくても了解できるわけがない。
「ちょっと待てよ。そんなの新一兄ちゃんに聞かないで……」
「そ、そうよ。だ、大体、私、別に、そんな新一となんて……」
「あら。いいじゃな〜い?あたしはそれ、いいと思うけど」
「よくないわよ!!」
「そ、それに新一兄ちゃん、事件で忙しいから……」
「そうじゃよ。なんなら蘭君が勝ったらわしのとっておきの発明品を……」
「あら」
抑揚のない声が博士の声を遮る。手元のトランプから目を離さず、哀は相変わらずどうでもよさげに。
「いいんじゃないの?新一さんとデートで」
おいおいおいおいおい!!お前が言うなよ!!
「バァロ。んなことできるわけが」
「それなら」
ちらり、と視線を上げて薄く笑う。
「蘭さんが勝ったらこの中から誰か指名してもらえばいいじゃない?さっさと始めましょ。準備できたから、配るわよ」
「あ、ああ」
気圧されたものの。
「まあ、よかったじゃないか。新一を呼んで来いとか言われるより」
「そりゃ、そうだけどよ」
「蘭君も、それでいいのかね」
「うん。私は、別に」
少し困惑気味ながら、蘭は笑顔を返す。
「なあに?コナン君」
「う、ううん」
「さあて、私も頑張らないとね。誰とデートしようかな〜〜」
「そ、そうだね。僕も、頑張るよ」
ちらりと見ると、哀がまた薄く笑った。
……何考えてるんだ。こいつ。
***
本当に。
灰原哀という人物は何を考えているのかよくわからない。
どんどん進むゲームの中、哀は一向に動く気配を見せない。今回のゲームは大富豪。もしくは大貧民ともいう。
最近元太達のお気に入りで雨の日に何度か博士の家でやっているのだが、勝ちに拘らない時の哀のさり気無さはいっそ見事だ。
わざとらしくなく。勝ちもしない代わりに負けもしない。何気ない風にカードを出していって、いつの間にか終わって平民を保っている。
元太、光彦、歩美が騒がしいこともあって、ゲームに参加してるんだかしてないんだかわからないことすらある。
だけど。
一度だけ、見たことがある。
あの時賭けたものがなんだったか忘れてしまったが。いっそ大人気ないほどの瞬殺ぶり。
動き出したかと思ったら、もう勝っていた。あの時の自称頭脳派光彦の呆然とした顔は忘れられない。
そして。
今も哀は一向に動く気配を見せない。
「……おい」
「なによ。カード、覗かないでよね」
「覗いてなんてねぇよ。……お前、何考えてるんだよ」
「なにって?別に。なにも」
「……勝ちに行ってるだろ」
「勝負だもの。勝ちに行くのはあたりまえじゃない?」
薄く、また笑う。ホントに、何を考えてるのかわからない。
「勝ちに行く必要なんて、あんのかよ」
「私はいつも、真剣勝負だけど?」
何を、考えている?
再び拒絶のオーラで手札を眺める哀に、コナンは軽く舌打ちした。
蘭とのデート。
それに、勝ちに行く必要が灰原哀のどこにあるというのだろう。
「……本気じゃなあ、哀君」
「ったく、なに考えてんだ、あいつ。蘭になんの用があるってんだよ」
「確かに、哀君が蘭君とのデートを希望するとはなあ」
「なんか嫌がらせか?俺に対する」
「そんなことする子じゃないじゃろ」
「蘭に余計なこと、なんか言うつもりじゃ……」
「まさか」
「ったく……」
まあ、自分の手元には幸か不幸か2が2枚。ジョーカーも1枚ある。好き勝手に元太たちが手札を減らす中、無論コナンだって勝ちに行っているし勝つシナリオはとっくにできている。
そろそろ、仕掛けるか。
2が既に1枚出ている。ジョーカーは2枚入れているはずなのでもう1枚ある。それでも、行けるだろう。
何気なく詰まれる札の中に2を捨てる。
「あ!!コナン君さっきパスって言ったのに2なんて持ってる!!」
「ずっりぃぞ、コナン」
「何言ってんだよ。これはこういうゲームなんだって。じゃあいいか?次も俺が……」
「待って」
札を流しかけたところで哀の声が割って入る。シュッと投げられた哀の手札は、これ以上ないほどピタリと山の上でとまった。
「ジョーカー。その上はないから、私からね」
「あ、ああ」
クスリ、とまた笑う。
1枚、2枚、3枚。哀は自分の手札から札を選び取る。
4枚。
……なに!!??
「革命」
シュッと4枚の7が投げられた。
***
「ラッキー7で革命なんて洒落てるじゃない」
園子が大喜びしたそのゲームは、3を3枚、4を2枚握っていた哀の圧勝となった。
「革命するんだったらもっと早く言ってくれよ」
「そうですよ。僕なんて頑張って5とか捨ててたんですから」
「私も。4のツーカードが捨てられた時はすっごい嬉しかったのに」
歩美たちが口々に不平を言うが、勝負は勝負。そこまで未練がましい彼らでもない。
「……で、どうするんだ?」
「何が?」
「……賭けだよ、賭け」
「勿論、約束は果たしてもらうわ」
哀の視線を受けて、蘭が笑顔を作った。
「どこに行こうか。哀ちゃん」
「……少し考えたいから、あとで、相談してもいいかしら」
「うん。いいよ」
「じゃ、次のゲーム、始めましょ。次は、何を賭けるの?」
「次こそうな重だぜ」
「だから元太君、好きなもの賭けるんだったら少しは勝って下さいよ」
「そんなこと言ったってよー。同じ数字3枚なんて俺持ってねぇもん」
「スリーカードが出せなくても勝てる人は勝てますよ」
「それじゃぁ次はわしの発明品を……」
「……うな重にしますか」
「おいおい、酷いじゃないか。今度の発明はすごいんじゃぞ?」
「じゃ、じゃあうな重ってことで」
「なにしろ今度のは夢がある!!こう毎日暑くてはかなわんじゃろ?そこでわしが発明したのが……」
「うな重にしようよ!!うな重に!!」
静かに笑うと、哀が再び手札を配り始めた。その表情は一つも変わらない。
が。
「……まったく、誰もわしの話を聞いてくれん」
「ま、いいんじゃねぇの?うな重で」
「今度の発明はホントに凄いんじゃぞ?」
「わかったわかった」
「冷たいぞ、新一。……それにしても」
「……なんだよ、博士」
博士の視線の先には、哀。コナンはもう一度哀を振り返る。
「あいつが、どうかしたか?」
「随分、嬉しそうじゃなあ、哀君」
「そうかぁ?」
コナンは眉根を寄せる。何度見返しても、哀の表情は変わらない。
「相変わらずの鉄面皮じゃねぇかよ」
「そうでもないぞ?ほれ、なんとなく嬉しそうじゃないか」
「……ったく」
嬉しいというのなら、何がそんなに嬉しいというのだろう。
さっきのゲームに勝った事。蘭とのデート権を手に入れたこと。何がそんなに嬉しいというのだろう。
自分を、江戸川コナンを勝たせなかったことが嬉しいのだろうか。
……俺に対する、嫌がらせか?
それならそれで、まあいいのだが。
……蘭に何か言うつもりじゃねぇだろうな、こいつ……。
哀の表情は。全く変わらない。
***
「で」
阿笠邸前。コナンは憮然としたまま。
「デートが、これかよ」
「悪い?」
「……別に、悪かねぇけどよ」
「夢だったのよ、こういうの」
「夢?」
「何よ、悪い?」
「おめぇに似合わねえ言葉だと思ってよ」
「あら、失礼ね」
Gパンにキャミソール。相変わらず小学一年生というには大人びたファッションの灰原哀は、日除けの為なのか珍しく帽子を被っている。
そして、蘭も。
「おおい。お茶を忘れとるぞ、お茶」
阿笠博士があたふたと魔法瓶を提げて玄関から出てきた。
「それにしても二人とも。そうしてるとまるで本当の姉妹みたいじゃな」
「哀ちゃんが前に、このキャミが可愛かったってほめてくれたんです。それで、今日着てこようかなって」
蘭と哀は一見するとまるでペアルックのようだ。細部は違うのだが、基本的に同じ色、同じ形、同じ素材。
蘭がこの服を持ってることくらい探偵としてはとっくにチェック済み。それに対して哀のこの格好は初見だ。
それは、つまり。
「……もしかしてお前、この日の為にその服買ったのかよ」
「あら、いいじゃない?」
哀は視線を逸らす。
「貴方だって経験あるでしょ?初デートの前日、何着ようかあれ着ようか悩んだり、デート用に服を新調したり」
「そんなに楽しみだったのかよ。蘭とのデート」
「あら、悪い?」
「悪かねぇけどよ」
くしゃくしゃと前髪を掻きながらコナンは苛立ちを隠さない。
「お前、何企んでんだよ」
「企むなんて人聞き悪い」
「蘭に、余計なこと言うんじゃねぇぞ」
「余計なことって何かしら?」
「余計なことは、余計なことだよ」
「そんなに心配?」
「お前のすることだからな」
「あら。信用ないのね」
振り返ると、いつものように薄く笑った。
「いいじゃないの。たまには、貸してくれても」
「哀ちゃん」
蘭に呼ばれて二人で振り返る。
「そろそろ、行こう?」
「ええ」
***
……たまにはこんな日もいいじゃない。こんな風に甘えるのも、いいじゃない。
蘭の漕ぐ自転車の荷台に立って、哀は風に身を任せる。その両手で蘭の肩を確り掴んで。
「離しちゃだめだよ、哀ちゃん」
「……ええ」
「……揺れる?」
「少し。でも、全然大丈夫」
「危なかったら、言ってね」
揺れる黒髪。心地よい香り。心地よい声。
今日のデートは、サイクリング。……と言っても残念ながら漕ぐのは蘭だけで、自分は乗っているだけなのだが。
でも、たまにはいいじゃない。こんな風に甘えるのも。
自転車で河川敷の芝生まで。そこで二人でお弁当を食べて。
……それから、フリスビーがしたくてこっそり鞄に忍ばせている。あの江戸川コナンに見つかったら何を言われるかわからない。
似合わないとか、想像できないとか。そんなこと自分だってわかってる。わかっているけど。
たまには、いいじゃない。
たくさん走って、たくさん笑って。
そんな休みを過ごしてもいいじゃない。そんな風に甘えても、いいじゃない。
「……お姉ちゃん……」
「え?」
蘭が軽く振り返る。
「何か言った?哀ちゃん」
「……何でもないわ」
……志保って呼んで欲しい。
とは。
流石に言えない。
***
「……ったく」
「どうしたんじゃ?」
走り去る二人を見送って。コナンはまた前髪を掻いた。
「何考えてんのか、さっぱりわかんねぇよ」
「そうかのう?」
博士は隣で首を傾げる。
「素直でいい子じゃぞ、哀君は」
「どこが?」
初夏の空は、どこまでもどこまでも青かった。
何処が初夏かって突っ込みはこの際勘弁してくださいプリーズ。残暑お見舞い申し上げます。切腹。
つか、嬉々として哀蘭書いてますが、このツーショットは何処までありなんでしょうかー。私的には宮野姉妹愛の延長に哀蘭があるのですが。
うちの哀ちゃんは、寧ろ江戸川コナンが邪魔なくらいに蘭ちゃんラブなのですが。ありえませんか?ダメですか?
まあ、所詮蘭ちゃんは新一のもんなんで……哀ちゃんに救いがないと言われればそれまでなのですが……。
後、私的にはコナンより博士の方が哀ちゃんを理解してる感じが萌えたりしますvvうふふvvだめですかー?
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