日が少し、傾いてきた。
残暑。と言うには今日はあまりにも暑い。
猛暑の後、暫く涼しい日が続いたと思ったら今日は酷く暑かった。燦燦と照りつける太陽は、つい一週間前を髣髴とさせる。
世界は、この幼馴染を中心に回ってるんだろうか。
ふと平次はそんなありえないことを考えてみる。
今日は、クラスメイト達と市民プールへ行く約束をしていた。
数日前から涼しくなったため、あまり涼しかったらファミレスでお茶するだけにしようと暫定案が提示された。
「ええー!!アタシ、プール行きたい!!」
「せやかてこんな涼しい中水ん中おってみぃ。お前なん一発で風邪引くで」
「風邪なんひかへんもん。なーー、平次。アタシ等だけでもプール行こうー。平次寒中水泳得意やん」
「誰が得意やねん」
「10月の海ん中イルカと泳いどったんとちゃうん?」
「アホか。イルカなんおらんかったしあれは不可抗力じゃ!!そんな楽しげなもんとちゃうかったで。死活問題や」
「プール行きたいーー」
「夏も終わろうっちうこの時期に水着なん新調するお前が悪い」
「せやかて可愛かってんもん!!……安なってたし」
「また温水プールとか。なんや、工藤んとこの姉ちゃんがスプラッシュランド行こうとか言うてたんやろ?」
「スパーランドやもん。それは勿論行くけど……お初くらい太陽の下で着たいやん」
「そんなん俺に言うなや」
「平次ーー。夏の太陽カムバーーーーック」
「せやから俺に言うなて。照る照る坊主でも作っとけ」
「……そうする」
見事に、晴れた。一気に夏に戻ったかのような日差しにクラクラした。
眩暈がしたのは……断じて和葉の水着姿に対してではない。断じて。
そう自分に言い聞かせ続けた数時間。
そして今。
「平次ーーー!!ちょう手伝ってぇぇ!!」
「アホか。入れるわけないやろ」
「もう大丈夫やから。あ、ああ!!」
「何してんねん!!入るぞ!!知らんからな!!」
大丈夫と言う言葉を信じて自宅の客間に押し入る。浴衣姿の幼馴染は、半分解けた帯と髪をそれぞれ片手で押さえて八の字眉毛で平次を振り返った。
「……なにしてんねん」
「帯やってたら髪が崩れてもうてきてんもん」
「なにしてんねん。なにがどうなったら帯やって髪崩れるんじゃ」
「せやかて時間ないから、これで行けるかなーーて」
「アホ。そういう時こそきちんとやらんからこういうことになるんじゃ」
「もーー!!時間ないんやから!!そんなん後で聞くから帯か髪やってぇな!!」
「へぇへぇ」
しっかりと着付けられた浴衣は、帯がなくても着崩れることはない。
着付け途中ならともかく、最後の帯だけならこの幼馴染になら見られてもいいという判断なのだろうが。
……このまま中締め解いたろか。
なんて冗談が口にできなくなったのはいつからだろうか。
「ほな、髪やったるから。さっさと帯結べ」
「おおきに」
午前中に待ち合わせて市民プール。日が傾く前に撤退して夕方から近所の納涼盆踊り大会。残暑満喫も甚だしい。
それにしても。
指の間から毀れる髪を束ねつつ、平次は嘆息する。
髪が綺麗なのはいいのだが、さらさらし過ぎててまとめるのには向いてないのだ。
「……いつもの尻尾やったらあかんのか」
「あかんよ!!着物は項が命やん!!」
「せやかてなあ……そら綺麗に項見えてたら色っぽいやろけど、和葉の場合そもそもその色気と縁が……」
「うっさい!!」
「げっ」
素早い肘鉄が鳩尾に嵌るのを避けるために体を捌く。その長い指からまたさらさらと髪が逃げた。
「なにしてんの!!もう!!」
「あほ!!そらこっちの台詞や!!」
「平次が避けるから髪がまたばらけてもうたやん!!」
「避けるやろ、普通。なにしくさんねん!!」
小さく肩を竦めて舌を出す。
「平次がいらんこと言おうとすんねんもん」
「アホ。俺はホンマのことしか言わへん正直もんじゃ」
「酷ーー!!もう余計なこと言わんと髪結ってぇな!!」
……人の、和葉の髪を結うのは嫌いじゃない。自分の髪などどうでもいいが……他人の髪は案外に面白い。無闇に編んだり巻いたり散らしたりしてみたくなる。なんだか工芸とかわらない。
「平次……まだ?」
「もうちょい待て」
「せやけど時間が」
「うっさい。振り返るな。もうちょいやから待て」
Uピンを咥えたまま答える。調子に乗って凝ったことをしているうちに和葉は浴衣の帯を結び終わっている。
最後に二本、結い上げた髪にUピンを刺して固定。
「終わった?」
「終わりや。簪は自分でせぇや」
「うん。おおきに、平次」
「お好み焼きは和葉のおごりやからな」
「ええー」
ここまでしてやったのに何が不平なのかと問いたくなるが、和葉はぷっと頬を膨らませ、そして時計を振り返る。
「あーもー、待ち合わせまであと10分やん」
「今更言うても埒あかんやろ。とにかく急げ」
「やっぱ、浴衣諦めた方がよかったんかな……」
「アホ、祭りは浴衣やてさっきお前も言うとったやんけ」
「せやけど……ああ!!今からでも服にして走った方がええかな」
「あかん!!」
玄関まで来て部屋に取って返そうとする和葉の手を、思わず掴んだ。
「……平次?」
「あーー、あれや、そんなんどっちにしろ遅れんで」
「でも」
「でもも杓子もあるかい。自転車出したるから」
「え!乗っけてくれるん?」
「バイクは無理やからな。せやからさっさと下駄出せ」
「うん!!」
カラン、コロン。
和葉の下駄は京都の知り合いに作ってもらった。裏にゴムなど貼られていないので心地よい木の音がする。
風情はあるが、欠点はすぐに痛んでしまうことと、場所によっては音が煩いこと。元々土の上を歩くための下駄は、アスファルトに弱い。
去年、静華にこの下駄を贈られて、和葉が喜んだことは言うまでもない。赤い桜の透かしの入った下駄は、和葉の白く細い足によく映えた。
だから。
先に玄関を出て自転車を取りにいく。タイヤの空気を確かめて戻る頃、和葉が軽やかな音を立てて玄関を出てきた。
「……」
「なに?どないしたん?平次。急がな……」
「あ、ああ」
「平次!!あと5分!!」
「へぇへぇ」
荷台に和葉が確りと座るのを確認して、自分も自転車に跨った。
和葉の浴衣は、本日卸したて。
薄い桜色に、赤い桜が散っている。見ようによっては紅葉にも見える桜、桜、桜。
浴衣売り場の前を通りかかったらディスプレイされていて、目に付いた。ただそう、目に付いた。
ああ、あれなら。
あの下駄が、より映えるだろう。
ぼんやりとそう思ったから。
買い物に行くと言う和葉に、さりげなくその店の隣のカフェが評判だと言う話をしてみた。
そして。
お盆を過ぎてから、和葉は浴衣を一枚購入した。
流石にもう、着る機会が少ない。
この納涼祭は、最後のチャンスだった。
だから。
「ほな、行くで。振り落とされへんように確りつかまっとけや」
「うん。平次、急いでぇ。ホンマあと5分やで」
「おう。任せとけ」
ペダルに足をかけて。
「せや、和葉」
「え」
「浴衣、よう似合てるやん」
「え」
和葉が何か答える前に。勢いよく自転車を漕ぎ出した。
ああもうなんかまた平次が別人だーーーーーーー!!別人だーーーーーーーー!!
すみませんまたなんか脳味噌が沸騰してたんですって、いつもいつもその言い訳で許されると思うなよ自分!!
てゆかまあ、なんつか萌えなシチュをぎゅってしてみたそんな感じです。
プールとか髪結いとかあんまり関係ないんじゃないかなーとか、まあそんなことは気にしないで下さい。
書いてみたかったんですよ!!やってみたかったんですよ!!萌えなんですもん!!<開き直った
和葉に似合う浴衣を着せたいと思う服部平次は、それでも和葉を自分の子分だと思ってたりするわけですよ萌え<萌えなのか!!<萌えです
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