「でもホント、吃驚したな」
「そう?」
「姉貴ったら、ホントいつもやることが突飛よね」
「そうかしら」
「だって、お付き合いしてる人がいるなんてあたしにも内緒で!!いきなり婚約なんてびびるわよ」
「急だったから」
「ね、雄三さん。姉貴にパーティーで一目惚れって、いつのパーティーだったの?」
「え」
園子に話を振られて雄三は驚いた。慌てて隣の婚約者を見る。
「内緒」
「もー!!姉貴は秘密主義なんだから!!」
「そんなんじゃないわよ」
「でもいいなーー!!ロマンチック!!ああ!!あたしもそんな出会いがしてみたい!!」
両手を握り締めて目を閉じる園子に。雄三は黙った。
その視線を受けて綾子はにっこりと笑う。
「嘘じゃないでしょ?」
「そうだね」
***
その時のことは、正直あまり覚えていない。
妹の園子が生まれたのは綾子が7歳になる年の事だった。
今思えば、父も母も随分と自分のことを考えてくれていた。愛情が偏らないように。自分が、寂しい思いをしないように。
けれど使用人とか。例えばあの日のようなパーティーでの招待客の注目はまだ幼い妹に集中した。
それでも。生来注目されることが好きではない綾子にとってそれは気になることではなかったし、可愛い妹が可愛がられることは誇らしかった。
寧ろ。
自分が、可愛い妹の園子を構えないことが寂しいくらいで。
だから多分。
その日も少し拗ねて、海岸に居たんだと思う。
***
「でも、姉貴の婚約も吃驚したけど」
園子は小首を傾げて髪に指をやる。綾子のくせっ毛に対して、園子の髪はさらさらとストレートだ。
「哲治おじ様に、息子さんがいたなんて、驚いたな」
「そうね。私も知らなかったし」
「よくよく考えれば、哲治おじ様のご家族ってお会いしたことなかったもんなー。別荘も隣だし、パーティーでも良く会うのに、いつも奥様だけで」
「俺は、アメリカにいたんだ」
「へー」
「色々、複雑なのよ」
「いいよ、綾子さん。園子ちゃんとは家族になるんだし、別に隠すことじゃないし」
「え、やだ。もしかして、隠し子とか?聞いちゃいけない話だったのかしら」
「そんなことないよ。何よりオヤジが一番気にしてないからね。あの人は、ああいう人なんだよ。ワンマン、って言うか、自分のことしか考えてないからね。良くも悪くも」
「うーん。確かにちょっとそんな感じの人だけど」
「園子」
綾子に軽く窘められて。園子は小さく肩を竦める。
「オヤジは、俺の母さんとは離婚してるんだよ」
「え、知らなかった」
「そうね。まだ園子が生まれたばかりの頃みたいだし」
「じゃあ、あの奥様って後妻だったんだ。どおりで若いと思ったのよ」
その女性は、半年前に亡くなっている。癌だったという話は園子も聞いた。
「俺達の親権は、父にあったんだけど、まあ、邪魔だったんだろうね。アメリカに留学させられたんだ」
「え、でも」
「そう。まだ小学生だったけど。でも別に、そんなにショックでもなかったかな。実は両親の離婚はピンと来て無くてね。元々そんなに仲のいい夫婦じゃなかったのかもしれない。父は忙しい人だったから。だから自分が留学することになったから母がついて来てくれたんだくらいのもんだったんだ」
「へー、そうなんだ」
「日本には殆ど帰って来なかったんだけど、父は仕事でアメリカに来るといつもうちに来てたんで。そういう意味ではアメリカの別宅って意識だったのかもなあ、父も」
「なんか変なの」
「まあ、ああいうオヤジだからね。母が二年前に亡くなって。それで初めて父と母が離婚したこと、日本には父に新しい奥さんがいることなんかを知ったくらいだし」
「へえーー。ショックだった?」
「うーん。もういい年だからね。なんかそういうのもなかったなぁ。へー、ってくらいでね」
「案外冷静なんだ」
「もうその頃には絵を描くのに夢中だったからね。暫く放っておかれても気にならなかったし……。半年前に帰って来いって言われた時の方が驚いたよ。いきなり帰って来て跡継げって言われて」
「そうそう、絵よ。絵」
園子が乗り出す。
「イラストレータなんでしょ?雄三さん」
「まあ、一応」
「ね、もしかして最近人気のYUZO、って雄三さん?」
「そうよ。驚いたでしょ」
「嬉しいな、園子ちゃんが知ってるなんて」
「知ってるわよ!!今人気だもん。クラスの友達なんて、サイン会に行ったんだから!!」
「そりゃ光栄だなあ」
「もー、吃驚よ。姉貴が財閥御曹司と婚約なんてまずないと思ってたから。それがさぁ、蓋を開ければ富沢財閥の御曹司なんだもん。驚いたわよ」
「そんなに意外?」
「意外よ意外。姉貴、そういうの嫌いだから」
「そうなんだ」
「ま、ちょっとは気持ちわかるんだー。あたしだって鈴木財閥の人間だとわかった途端に態度変える男は嫌いだもん」
「ああ、なるほど」
「しかもうちは二人姉妹で姉貴が長女だから。娘婿に跡を継がせるつもりはないって、お父様言ってるのに。バカな男はいるんだな、これが」
「そうか……そうだね。そういう意味では」
妹のお喋りを否定することなく、綾子はいつもの笑みを絶やさずに紅茶を一口飲む。雄三はそんな婚約者をチラッと見てから園子に向って続けた。
「俺の場合、自分が御曹司だって自覚なく育ったからなあ。アメリカでの生活は普通だったし、ちやほやされたこともないし。でも今は一応自分が富沢財閥の人間だってわかってるか、彼女が鈴木財閥の人だと知っても、特に抵抗なかったし……」
「そっかー。そういうところがよかったんだ」
「勿論、それだけじゃないけどね」
「うひゃー!!姉貴がのろけるのなんて生まれて初めて聞いちゃった!!」
「園子ったら」
「それにしてもさあ。財閥の御曹司で一度吃驚。それがイラストレータのYUZOだなんて二度吃驚」
「そうかなあ」
「そうよそうよ。あー、早く誰かに喋りたい!!YUZOが義兄なんてカッコいいじゃん?」
「そこまで言われると困るなあ。まあ、今は色々賞を貰えたこともあって仕事多いけど。イラストレータなんて流行ものだからなあ。飽きられちゃったら終わりだよ」
「雄三さん……」
「勿論」
雄三の、穏やかな表情に寧ろ不釣合いなくらい太い眉が僅かに上がって。人のよさそうな印象の温和な顔に緊張が走る。
「終わるつもりなんて無いけどね」
「金持ちの道楽になんかしないぞってことね!!雄三さん、意外とやるじゃない!!」
「意外とは酷いな、園子ちゃん。第一、うちの父は俺がイラストレータを続けるなら支援しないって言ってるし」
「そうなんだー。哲治おじ様はそういうところが頭固いよねー」
「ま、そうでもしなけりゃ誰も跡を……おっと」
急に震えた携帯に、雄三が話を切る。着信画面を確認して、一言断ってから電話に出た。どうやら編集の人間らしい。
「いい男捕まえたじゃない?姉貴」
「当たり前でしょ」
「うはー!!言ってくれるぅ!!あー、姉貴が結婚かー。リアリティ無いなあ」
「未だ先だって。そうそう、園子」
「何?」
「来週末、海へ行かない?」
「海?」
「たまには泳ぎたくって」
「泳ぐって、姉貴がー。意外ーー。いいけど、蘭も呼んでいい?今度蘭と海に行く約束してたのよ」
「勿論。私も、蘭ちゃんに会うの久しぶりだし。楽しみだわ」
「やったー。んじゃ、早速メールしよ」
***
あの時。あの別荘で会った少年が。
多分。
多分、自分の初恋だったのだと思う。
誰も入って来れないはずのプライベートビーチにいた少年。一人でぼんやりしてた自分を慰めてくれた少年。
顔なんて良く覚えてなくて。ただ酷く優しそうで。それでいて、意志の強そうな太い眉が酷く印象的で。
もし。
もしも。
彼がホントにあの時の少年ならば。自分の初恋が、17年越しに実ったことになる。
妹の園子ほど、ロマンに憧れる性格ではない。
運命とか、奇跡とか。そんなものには興味は無いのに。
なんとなくうきうきしてしまう、自分に驚いている。
だからこそ。
確認なんて、無粋なことはしなかった。
***
「事件解決?あたしが?」
「そうよ、園子。なにとぼけてんの?」
「そうそう。園子ねえちゃん、カッコよかったよ!!名探偵だね!!」
「だって、全然覚えてないんだもん。犯人、一番上のお兄さんだったんでしょ?ま、一番上って言っても三つ子だけど。ねえ、姉貴」
「なぁに?」
「姉貴も知らなかったの?雄三さんが三つ子だって」
「知らなかったわ。お兄さんがいるって言ってたけど、別に……興味なかったし……」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。だって私、別にどうでもよかったんですもの。彼が富沢財閥の人間だとか。兄弟が何人いるかとか」
「うわー。カッコいい〜」
「姉貴らしいわ。ホント、興味ないことには全然興味ないんだから」
「何にでも興味がある園子ねえちゃんとは全然似てないね」
「何か言ったかしら、このガキんちょ」
「な、なんでもないよ。でもカッコよかったね!!園子ねえちゃんの名推理!!」
「だから覚えてないんだって!!」
「停電の時間に留守電が使えないことに気付くなんて流石だね!!」
「停電?留守電?」
「ほら。昨日停電あったじゃない?それなのにその時間に留守番電話にメッセージを残した太一さんのアリバイがおかしいって……」
「そうそう。園子が気付いたんだよね」
「そうだったかしら……」
「そうだよ!!それに時計が盗聴器だなんて、僕全然思いつかなかった!!」
「え、盗られた腕時計、盗聴器だったの?」
「何言ってんのよ、園子が言ったんじゃない」
「あたし?」
「そうそう。それにさぁ……」
後部席でのやり取りに、綾子は少し笑う。
本当に。こんなことになるとは思わなかった。婚約者の家族に会うだけだったのに、未来の義父が未来の義兄に殺されようとは。
……富沢財閥は、どうなっちゃうのかしら。
富沢哲治氏は随分なワンマンで。彼一代で財を成したといっても過言ではない。
跡を継ぐのは次兄という話だったが。果たして、彼にそんな才覚があるかどうか。
……ま、関係ないか。
別に。富沢財閥がどうなろうと、綾子にはあまり関係ない。父の仕事に多少の影響はあるだろうが、鈴木財閥の基盤は安定してるし問題ないだろう。
それよりも。問題なのは。
……そっくりだったのよねえ……。
初恋の彼の、唯一の記憶。
その目元が。
三つ子だというあの三人は、全くそっくりだったのだ。
……雄三さんじゃ、なかったのかしら。
それでも別に問題は無い。初恋が実ればそれはロマンだが、別に自分はロマンを求めているわけでもなし。
……でもやっぱり、初恋の人が殺人者じゃねえ。
太一である可能性が出てきてしまった今。
やっぱり。
確認するなんて無粋なことは、しないのが正解だろう。
必死だな。江戸川コナン(笑)。
それは兎も角。このカップリングがどれほどの方々にピンと来たかは甚だ疑問ですが。
名探偵コナンで三兄弟っつったら……富沢家か……。あとは女二人男一人ですが長門家くらいしか思い出さんのですが……。
しかし。書いてみるともっともっと書きたくなりますこの二人。色々補完したいと言うより寧ろもう
マイ設定が山程山程!!
二人の出会いとか、ありえないくらいに妄想膨らんでます。
いやだって。色々補完したくなりますよ。なんで婚約者が三つ子やって知らんねん!!とか。仲いいんじゃないのか富沢家と鈴木家は!!
というわけでこれを書いてみました。やっぱり無理がありますが。
んで更に山荘包帯男殺人事件に絡めてみたら妄想が凄いことになったわけですねー。いやはや。いやはや。
書いてみたいのですが、需要はあるのか……?
とりあえず快盗KID登場話ではまだ財閥御曹司としてパーティーに呼ばれてたようなので。達二さんが頑張ったってことでしょうか?それとも雄三さんに意外な才覚が?
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