アタシと平次の間に。
約束なんて一つもない。
***
「せやけど和葉って。ホンマ服部君のこと好きなんやなぁ」
「あ、アホ!!何言うてんの!!」
学校の帰り道。クラスメイトに誘われてちょっと遠回りして寄り道。クレープ屋さんで最近大判焼きを売っていて、これがまた美味しいのだ。
「そんなんとちゃうもん。平次は……ほら、推理とか、剣道とかそんなんで頭一杯やから。手ぇの掛かる弟みたいなもんやん」
「まったまた。随分カッコイイ上に頼りになる弟さんやないの」
「頼りになんならへんもん!!」
「お、カッコイイんは認めるんや」
「ち、違!!認めるわけないやん!!あんなん図体だけおっきくって!!口も悪いし品も無いし!!」
「もー、和葉。意地張ってもあかんって。聞いてるでぇ?昨日の話」
「あ、あたしもそれ聞いた」
「私も。ラブラブやったんやって〜?」
「違うーー!!」
昨日は平次の剣道の関西地区大会個人戦の試合があって。
平次は大怪我をした。
「担架に乗せられる服部君に縋りついて!!」
「平次!!死んだら嫌や!!」
「そんなこと言うてへんもん!!」
「ホンマに?」
「た、多分……。大体、平次担架になんか乗ってへんし」
「それも聞いた。和葉がボロボロ泣いて。服部君が優しく頭撫でてくれたんやもんな」
「アホか。こんなんなんでもないって。俺の為に泣くなや、和葉」
「そんなことも言うてへんもん!!それに血ぃの付いた手で触るから髪に血ぃべったりついて後で大変やったんやから!!」
「それも実は聞いた。そんで担架断って歩いて救急車乗ったんやって?服部君もカッコつけやからなあ。和葉にええとこ見せたかったんとちゃうの?」
「そんで和葉が肩貸して。あんたのがちっこいんに肩なん貸しても意味ないって」
「アホ。血ぃ付くから離れろ」
「嫌や!!アタシ平次と一緒におる!!」
「そんなことも言うてないって言ってるやん!!」
「ホンマに?」
「た、多分……」
耳元をぱっくり切られた平次はそれでも試合を続行しようとしたが、血が止まらなくなってドクターストップが入って棄権敗戦になった。
どう見てもドクターストップは妥当なのに黒星がついた平次は悔しくて仕方がないらしい。
本人はたいした怪我ではないと思っていたらしく、面を取って初めて「うわー、ようけ出てんなあ」などとスッ惚けたことを言っていた。
幸い大事な血管には影響なく、出血の割に傷もたいしたことなく。救急車で病院に運ばれたものの、服部平次は2時間後には退院していた。
今日も元気に登校し、和葉が止めるのも聞かずに部活に出て素振りをしてるはずだ。
「アホ!!傷口開いても知らんから!!」
「大丈夫や。右手は使わんとくから」
試合会場での出血の酷さに。平次より寧ろ和葉の方が慌ててしまって。
改方学園剣道部のメンバーは顧問からマネージャーに至るまで全員その場にいたし。試合の応援には静華と行った。
他の学校の生徒も沢山居た。けど。
試合場に踏み込むことだけは踏み止まったものの、審判にとりあえず応急処置をしろといわれて場外へ出た平次の側にマネージャーと一緒になって駆け寄り。
それからのことは。
あまりに動転してしまって、実はよく憶えていない。
ので。
……何を言ったかなんて、覚えてるわけがないのだ。
「もー、今更誤魔化したって遅い遅い!!和葉ぁ、認めればええやん。別にあかんことやないし」
「そうそう。好きなんやろ?言うたら楽になんで」
「大体、服部君やって和葉のこと好きなんちゃう?」
「そんなわけないやん!!アタシらただの幼馴染やもん!!」
「なぁに言うてんの。好きでもない子と一緒にガッコ行ったりせぇへんって。男なんて」
「べ、別に、一緒になった時に一緒に来るだけやもん。ばらばらのことやって多いんよ?」
「そら、服部君も和葉も朝錬とかあるし?せやけど、一緒に行く約束してるのんとちゃうの?」
「せやせや。なあ、それって和葉が一緒に行こって言うたんやろ?」
「そんなんもう、和葉の気持ちなん、服部君にバレバレやん」
「言わへんもん、そんなこと!!」
「えーーーー!!それやったら服部君が言ったん?一緒に行くで、って!!??」
「うわ!!意外ぃ!!そういうことは男は言うもんちゃうとかなんとか、あったま固いこと言うタイプか思ってた!!」
「あたしも!!結構素直やん、服部君。見直したわ〜」
「せやから!!そんな約束してへんの!!アタシも平次も!!」
和葉を取り巻く友人たちの目が点になる。
「してへんの?約束」
「してるわけないやん」
「そんなら、なんで一緒に来るん?」
「なんでって」
そう言われれば。……何でだろう。特に理由などない。
子供の頃から、そうしていたから。
小学校の入学式に一緒に行った。それはもしかしたら親の都合だったのかもしれないけど。
それから毎日一緒に通った。
中学校の入学式も一緒に行ったし、高校もそうだった。
和葉にとって、学校へ向かう前に服部家に寄るのはお決まりのルート。
静華に朝の挨拶をして。平次がいれば一緒に行って。いなければそのまま一人で学校に向かって。
自分が朝錬など用事があるときには、素通りするけど。そうでない時には、毎朝必ず。
そんな日常に。理由なんて考えたことがない。
「てっきり約束してるんやと思てた」
「あたしも。ホンならいつか一緒に来んようになったりするん?」
「うわー。想像できへん!!」
でも。
それは、明日も続くの?明後日も続くの?
こんな日常は。
いつまで?
***
「なあ、平次」
「あん?」
「明日、一緒にガッコ行かへん?」
「別に、ええけど」
「約束やからね」
「はあ?」
風呂上りの幼馴染は。頭からタオルを被ったままその合間から和葉を振り返る。
「なんや。どないしてん。なんかあるんか」
「別に、ないけど」
「なんも無いことあるかい」
「ええやん。なんも無くても、約束しても」
「なんも無いのになんで約束がいんねん」
「平次、アタシと約束するん嫌なん?」
「はああ?」
すっきりと延びた太い眉が。思い切り顰められる。
「約束なん、別に要らんやろ」
「別にしてもええやん」
「なんや。ホンマはなんか用あるんか?それやったらハッキリ言うたらええやん」
「用が無かったらあかんの?」
「あかんとは言わんけど、約束する必要ないやろ」
「平次の意地っ張り!!」
「アホか!!言うてることわからんのはお前じゃ!!」
「ええやん!!約束くらい」
「くらい、言うなや」
平次の前髪から、ポタッと一つ滴が落ちた。
「そんな軽軽しく約束なんするもんちゃう」
「軽軽しくて」
「大事なことだけ約束すればええやん。別に、約束なんしなくても、どうせ明日もお前うち来るんやろ。それともなんや。約束せんかったら、来ないんか?」
「そういうわけ、ちゃうけど」
「ほな、約束なん、要らんやん」
「要らん、けど」
「……どないしたんや。お前、ホンマわけわからんぞ」
「……なんでもない。ゴメン」
「ま、なんでもええけど。それよかこの前お前が買ったCD貸してくれ。無期限で」
「あかんーー!!アタシまだ一回しか聞いてないし!!大体無期限って何よ!!」
「MDに落としたる」
「いーやーでーすー」
「そう言うなや和葉ちゃーーん」
「こんな時だけ甘えんな!!」
廊下の向うで。静華がくすりと笑った。
***
全身が痛い。
全身の筋肉が、もう悲鳴をあげている。筋肉も、関節も。限界まで酷使した。
気力も。
荒い息の中、二人土に塗れるのも厭わずに地に倒れる。
土と、草の匂いがした。
「……和葉」
まだ整わぬ呼吸の中で、平次の声が途切れがちに届く。
「……なに?」
「一つ……約束せぇ」
「なに?」
「……俺より先に死んだらあかんからな」
「へ?」
僅かに身を起こして幼馴染を見ると、フッと横を向いて視線を逸らす。
「約束やからな」
「あ、でも、そんなら」
汗に塗れた全身に、風が少し寒い。
それにも拘わらず、和葉は酷く温かい気持ちになって。
「平次も、アタシより先に死んだらあかんよ」
「アホ。それやったら」
和葉の方を向いて、平次はニッと笑った。
「一二の三で一緒に死ななあかんやん」
「そうやけど」
平次が空を仰いで。つられて和葉も空を仰いだ。
高く澄んだ冬の空が、何処までも綺麗で。
不思議と泣きたくなって。
「それでもええか」
平次が、ポツリと言った。
***
アタシと平次の間の。
たった一つの約束。
ほ、殆どプロポーズですがな、それ!!
何書いてるんでしょうね(笑)。一応、最後のシーンは美國島崖後を想定してます。別に青●とかじゃないですから<こらこら
そもそも。彼らの約束が一個だけだなんて思えませんけどね<ええー。
でもちゃんと「約束」と明言することって少ないかなー。とかー。
まあ、あんまし気にしないで下さい……。
そして何故か(ホントに何故だ……?)平次の対沖田戦ネタに絡めてしまいました。
なんとなく……平次共々和葉も血塗れになったイメージが湧いたのですが……そんなに出血するわけないか。
そもそもあんなトコ切られて「大事じゃない血管」があるのかなんて非常に疑問だし、何で突き避けて切れるのよ。風圧?
竹刀の形状からして難しいと思うのですが。どう考えても
沖田の竹刀が整備不良で竹が割れてたとしか!!
それ以上になんで平次が風呂上りなのかが意味不明ですが切腹。
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