ホントに、ホントに、ホントに。
まるで別人なんだもん。
***
「あー、でもそういうことってあるよ」
「うんうん。平次なん、しょっちゅうやで。もー、事件のことになると目の色変わるし」
「そうなのよねー。新一なんてそのまま事件に行って帰ってこなかったんだから」
「せやせや。剣道の時なん、稽古中の集中力はいっそ清々しいくらいやで」
「ホント!!新一もさあ、試合中は試合に集中してるから。あれ、応援来てたんだ、って感じよ」
「それ、ホンマは照れ隠しなんちゃうん?しっかり気付いてたん、誤魔化してるんやない?」
「や、やあね。そんなことないわよ。服部君だって気付かない振りしてるだけなんじゃないの?和葉ちゃんの応援」
「んなわけないやん。スイッチ入ったら一直線。後ろから叩いたって気付かへんって」
「うーん」
目の前のチョコパフェを抱えるように沈み込む青子に、蘭と和葉は顔を見合わせた。
東京自由が丘に新しくできた小洒落たパフェ。女子高生三人がお茶をするにはちょっと大人の雰囲気なのだが、英理のお勧めなので今日は頑張ってみた。
「折角和葉ちゃんが大阪から来てくれたんだもん。今日くらい特別」
「蘭ちゃんおおきに!!青子ちゃんも久しぶり!!」
「うん」
東京駅で会った時から青子の様子がおかしいことには気付いてた。いつもならふわふわの愛玩犬のごとく尻尾を振って再会を喜んでくれるのだが。
移動中の電車の中、屈託なく話しているようでどこか影があり、寧ろ痛々しい。
なので、カフェについて一通りの近況報告の後には早速振ってみた。
「別に、青子、元気だよ」
そう言いながらも蘭と和葉に促されて。漸くポツリポツリと話したところによると。
「……でもね、工藤君や服部君ならわかんないこともないの。だって二人とも探偵さんだし」
「そうそう。だから青子ちゃんも気にすることないって」
「でも、快斗は探偵さんじゃないよ」
「それは、そうだけど」
「サッカーもやってないし、剣道もやってないもん」
「黒羽君って部活やってへんの?」
「うん。帰宅部。うちの高校、マジック同好会ないからって」
「あ、そうか。マジック。黒羽君って、プロのマジシャンになるのかな」
「わかんない……先のことなんてわかねぇよって、いっつもそればっかだもん」
「もしかして、プロのマジシャン目指して猛勉強中なのかもよ?」
「せやけど、プロのマジシャンってどうやってなるんやろ。資格試験とかあるんやろか」
「うーん……あんまり聞かないね。やっぱり、誰かに弟子入りして、って感じかなあ」
「そういえば、この前事件で会うた正影さんとこも、皆住み込みで弟子入りしとったんやったっけ」
「うん。私、違う事件で九十九さんにも会ったことがあるんだけど、やっぱりそうだった」
「蘭ちゃんて、ホンマ事件にようけ会うてるなあ」
「それは、お父さんのせいだよ。和葉ちゃんだって服部君と一緒に事件に巻き込まれること多いじゃない」
「蘭ちゃんほどとちゃうって」
「うーん」
ついつい話が転がってしまった。蘭と和葉は再び話題を引き戻す。
「まあ、今すぐ弟子入りとかじゃなくてもさ。本気で考えてるんだったら、やっぱりマジックに打ち込む時間があるはずだし」
「そういう時に自分の世界に入り込んでまうなん、別に珍しいことちゃうし」
「青子ちゃんの気持ち、私もわかるけどさ。でももう諦めるしかないよ。こればっかりは」
「そうそう。心配要らへんよ」
「でも」
青子は所在無げにチョコパフェのクリームをちょっとずつ口に運ぶ。
蘭と和葉の言うことはわかる。そして、真実そうなんだと思う。
快斗には何か打ち込むことがあって。集中したい何かがあって。
だから。
遠くに感じる時があるのだ。
側にいるのに。隣にいるのに。それなのに。
凄く凄く、遠くに感じるのは。
快斗の心が、そこにないからだ。
例えば昨日も。
快斗のお母さんがクッキーを焼いたからとお茶に呼んでくれて。
二人で一緒にお茶を飲んでクッキーを食べて。
学校であったなんでもない話、最近のTVの話題、最近雨が多くて嫌だとか。
明日和葉が一人で東京に来る話、三人でおしゃれなお店でお茶をする話。
「自由が丘ぁ?んなおしゃれなところに何しに行くんだよ」
「だからお茶しに行くって言ったでしょー!!」
「まあ、蘭ちゃんとか和葉ちゃんはわかんなくもねぇけど。青子が何しに行くんだよ」
「だからお茶!!」
「だってよぉ。青子みたいなお子ちゃまが行くとこじゃねぇだろ」
「お子ちゃまってなによ!!青子だってもう高校生なんだからね!!」
「補導されても知らねぇぞ」
「べ、別にいかがわしいお店にいくわけじゃないんだから!!自由が丘よ自由が丘!!渋谷じゃないんだから!!」
「入店拒否されたりしてな。お子様はお断りしております、とか」
「んなわけないでしょーー!!」
「大体なんで和葉ちゃんだけなんだよ。あの黒いのはどうしたんだよ」
「だって、今回は女の子だけのお茶会なんだもん。だから服部君はお留守番。快斗も来ちゃ駄目だからね」
「呼ばれたって行かねぇよ。それにしてもよく服部が和葉ちゃん一人で東京にやる気になったなー」
「うん。なんかね、最初は服部君も一緒に来て快斗とかも一緒に遊ぼうって企画してたの」
「初めて聞いたぞ、そんな話。俺には相談もなしかよ」
「でもね、服部君が忙しいから行かないって言い出して」
「だから。俺の都合はねぇのかよ」
「それで女の子だけにしようって、計画変更したんだ」
「あー、そうかよ」
「そしたら服部君が急に行くって言い出して、大変だったんだから」
「……あいつ、いい加減過保護だよな」
「和葉ちゃんも怒ってた。平次の気まぐれにはホンマやってられへん!!って」
「ははは」
それからふっと新聞に目を落として。
そのまま快斗は黙ってしまった。
「快斗?」
「あー」
「どうかしたの?なんか面白い記事?」
「いや」
「ねー、快斗ーー」
固まってしまった幼馴染の目の前で手をひらひらさせる。固まったまま快斗は文句一つ言わない。
視線は新聞に落ちているようで。
でも、もう新聞は見ていない。
もっと、もっとどこか遠くを。
「ねえ快斗」
「……」
「快斗のバカーー!!スケベーーー!!」
「……」
「ちょっと快斗!!」
「……」
「快斗ったら!!」
「……」
肩を揺さぶったらやんわりと片手で押さえられた。
視線は相変わらず遠く。
こんなに近くにいるのに。すぐ隣にいるのに。
快斗の心がここに無いことはわかる。
わかるけど。
じゃあ、快斗の心は、どこにあるの?
マジックのことを考えてるの?
例えば新しいネタとか思いついて。それでそんな遠い目をするの?
そうなの?
そうと言われればそうなのかもしれない。そうなのかもしれないのに、なんとなく。
違う、気がする。
何故と言われてもわからない。理由なんてない。
でも。
どうしてそんなに、切ない顔をするの?
事件に没頭する工藤君や服部君を見たことがある。すごく生き生きしてて、楽しそうで、キラキラしてて、カッコよくて。
蘭ちゃんや和葉ちゃんが、そんな工藤君たちを見守っちゃうのも仕方ないかな、って思っちゃう。
だけど、快斗は。
快斗だって、別に、カッコ悪くないけど。ちょっとは、カッコいいけど。
寧ろ他のどんな時より真剣で、真摯で。時々ドキッとさせられるのに。
どうしてそんなに、哀しそうなの?
どうしてそんなに、切ない目をするの?
それともそれも青子の考えすぎ?
ねえ、快斗。
何を考えているの?
***
いつの間にか空になったパフェのグラスを、いつまでも細長いスプーンでクルクルとかき混ぜる。
時折スプーンがグラスに当たって、硬い音を立てた。
「うーん」
「青子ちゃん?」
「うーーーん」
「……」
「やっぱ、青子の考えすぎかな」
「え?」
「うん。やっぱり考えすぎだよね」
「そうそう」
「きっとそうだよ」
「真剣な顔して黒羽君、青子ちゃんに見せる次のマジック考えてるだけなんちゃう?」
「ええ!!青子、もう快斗にスカート捲られるのやだよ!!ホント、スケベなんだもん!!快斗は!!」
何故マジックでスカートを捲るのか。とりあえずその辺には突っ込まずに二人も続ける。
「そうそう。男なんてそんなもんよ」
「そんなもんやって。青子ちゃんが悩むことなんてないって。ホンマ」
「子供みたいだよね」
「ホンマ、平次のアホも子供並みやで」
「快斗なんて、青子のことお子ちゃまお子ちゃまって言うくせに、自分の方がよっぽど子供なんだから!!」
「それにね」
蘭の微笑みに。殆ど立ち上がりかけてた青子椅子に座りなおした。
「もし、もしもね。黒羽君が……そうだね。マジシャンの修行とかで、どこかに行っちゃっても」
「蘭ちゃん……」
「ちゃんと、青子ちゃんには会いに来るんじゃないかな。黒羽君」
「あ、アタシもそう思う。ちゃんと帰ってくるから、大丈夫だよ」
「そう、だよね」
今は近くにいる幼馴染が。遠くに行ってしまうことなんて未だ想像出来ないけど。
でも。
ほんの少し予感がある。から。
「だから、青子ちゃんは黒羽君が戻ってくるまで待ってなきゃ。ね」
「そう、だよね」
蘭の柔らかい笑顔と。隣でうんうんと頷く和葉に。
ホントに。ホントに自然に笑うことができて。
「勿論、私達だってただ待ってるだけじゃないけどね」
「うん!!そうだよね!!」
すごく自然に。前が向けて。
「よーーし!!青子、もう1個ケーキ食べちゃおうかな!!」
「え、未だ食べるの?」
「あ、それやったらアタシももう1個迷ったんがあったんよー!!」
「ええ!!和葉ちゃんまで!!??え、えっと、じゃあ私も食べちゃおうかなー」
「今日くらいいいよね」
「そうやんな!!」
「すみませーーん。メニューくださーい」
よく通る蘭の声が。カフェのオープンテラスに響き渡った。
というわけで。
賑やかで底抜けに明るい快青が好きな割に、前回に引き続き少しアンニュイな感じになってしまいました快青。
でもやっぱりスカート捲りとスケベ呼ばわりは外せません。自分的に「アホ子」「バ快斗」と並んで快青の原点です。
それにしても意地でも平和ネタを捻じ込もうとする自分はどうなのよ。
快斗には自分の領域があって、例え青子であってもそこには踏み込めないし、踏み込んじゃいけないわけで。
でも逆もまた然りで、新蘭にしろ平和にしろ同じことがいえるかな、と。そして女は強いのですよvv
色々悩んで考えて。でも最後には笑うのですよ。笑顔万歳。癒しですから。萌えですから。
とりあえず新聞記事はビックジュエル来日の記事かなんかだったってことで。
もしくは鈴木家の「漆黒の星」の記事か春井風伝死亡記事か。
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