「ねーーねーー快斗!!」
江古田高校の朝はいつだって騒がしい。
「ねえ、新聞読んだ!!??KIDの事件!!」
「あー、まだ読んでねぇけど?」
「すごいよねえ!!カッコいいよね!!」
お?
黒羽快斗は寝癖の取れない曲っ毛をかき回す手を止めた。
中森青子の怪盗KID賛辞なんて、滅多に聞けるものではない。否。生まれて始めて聞いた。
「凄いなあ〜、大活躍だよね!!」
「まあ、なあ」
それなのに。どこか面白くないのは何故だろう。
怪盗KIDは、即ち自分だ。つまり、青子の賛辞は自分に向けられたもの。
それなのに。……面白くない。
「あ、紅子ちゃん!!見た?新聞」
「おはよう、中森さん。新聞なら読んだけど……。でもこれ、昨日の時計台の事件でしょう?貴女もあの場にいたんじゃなかったかしら」
「そうだけど。でも、こんなこと知らなかったもん」
「こんなこと?」
快斗同様訝しげに、紅子は青子の差し出す新聞を受け取った。
「怪盗KID、時計台を盗みにあらわれるも、断念」
……をいをい。
ガックリと快斗は机に突っ伏す。どうやら警察関係者は、まだあの暗号が解けていないとみえる。
あの暗号を解いてくれないことには、確かに怪盗KIDが盗み損なったと思われても仕方が無いと言えば仕方が無い。
くそっ!!結構簡単にしたつもりだったのによ!!早く解けよ!!
昨夜のばたばたで、今朝は寝坊。青子の迎えで飛び起き、置いてけぼりを食らい。新聞もニュースも見る暇が無かった。
……しょーがねーなぁ。後でヒントでも送ってやるか。
しかし。だとしたら何が大活躍なのだろうか。
「時計台を盗むと予告してきた怪盗KIDだったが、結局何も盗まずに逃走。時計の短針の宝石についても、何も問題ないとオーナーが証言。但し、今回の騒ぎで時計台の移築は中止の可能性も……、あら、よかったじゃない、中森さん」
「うん!!」
それで、怪盗KIDが「大活躍」なのだろうか。だとしたら、とりあえず自分の意図するところなのでまあ、いいのだが。
チラリ、と快斗に視線を送って、紅子はまた淡々と続ける。
「今回の怪盗KIDの失策については、まず時計台という大きすぎる獲物を予告した点が上げられるが……」
だから。別に俺は時計台が欲しかったわけじゃなくて。
「何よりも高校生探偵工藤新一の活躍が、今回の時計台死守に大きく貢献している」
……工藤、新一……??
誰だ、それ。
「警察の要請で捜査に協力した高校生探偵の工藤新一は、時計台には一歩も入ることなく付近のヘリから警官達に指示を与え、怪盗KIDを追い詰め、捜査二課の中森警部が時計台の短針に手をかけようとする怪盗KIDを阻止することに大きく貢献した……彼だわ」
「紅子ちゃん、知ってるの?」
「あ、いいえ。昨日、ちょっと気になる占いが出てただけよ。……工藤新一は怪盗KIDの侵入を阻止する計画を警官隊に指示、更に時計台の見取り図から怪盗KIDの逃走経路を正確にリサーチ。その明晰な頭脳で怪盗KIDを後一歩というところまで追い詰めた……ですってよ?」
「へー、そいつは知らなかったな」
奴だ。間違いない。中森警部の……警察の、ジョーカー。
高校生探偵……そういえば聞いたことがある。数々の難事件を解決して急に注目された奴だ。確か帝丹高校だったかな。案外近い。殺人事件やら傷害事件やら解いてるから専門外かと思ってたけど。窃盗事件も担当しちゃうわけね。
こりゃ、これからは気をつけねぇとな。
「ね!!凄いよね、紅子ちゃん」
「凄い……そうねえ。よく無事だったわよね、怪盗KIDも。捕まってないんだもの」
「そうだけど!!でも凄いよね!!カッコいいよね!!工藤新一って!!」
……をい!!
「どこがだよ」
「カッコいいじゃん!!だって、今まで怪盗KIDの捜査なんてしたことなかったんでしょ?この人。それなのに怪盗KIDの見分け方とか逃走経路とかバシバシ当てちゃったんだよ!!凄いよ!!」
「んなの偶然だろ」
「そうかなあ……だって百発百中だったって書いてあるよ!!偶然で百発百中だったなんて、それはそれで凄いよね!!カッコいいよぉ!!」
「だーかーらー。どこがカッコいいんだよ。そんな奴。写真なんて載ってねぇじゃん。すっげぇ醜男かもしんねぇぞ」
「なにそれ。人間顔じゃないよぉ。でも絶対。快斗の百倍は賢い顔してるよ。頭いいもん、この人」
「なんだよそれ!!この快斗様よりカッコいいなんて、ありえねぇだろ?第一、結局逃げられてんじゃん。そいつだって。KIDの方が頭がいいってことなんじゃねぇの?」
「でも、お父さんが言ってたけどこの人今回の事件に最初から係わってた訳じゃないんだって。急に来て色々指示出してったらしいよ」
「おやじさん、なんて言ってた?」
「ちょっとむかつく野郎だけど、でも頭はすっごいいいって褒めてたよ。次の事件で最初から協力してくれれば、怪盗KIDの逮捕も夢じゃないって!!」
「……いいのかよ、それで」
「何が?だって、逮捕するのはお父さんだもん。この人には協力してもらうだけ」
「だけどなあ」
「でもカッコいいなあ!!高校生探偵だよ!!白馬君みたいな感じかなぁ。同じ17歳でも快斗とは雲泥の差だね〜」
「なんだと?そんなやつより俺の方が百倍は頭いいんだからな」
「そんなわけないじゃん。だったら、快斗に怪盗KIDが捕まえられるの?」
……それは絶対ありえねぇな。
「だーかーらー。そいつだって捕まえてねぇじゃん。怪盗KID」
「次は絶対捕まえてくれるもん。この人とお父さんが組んだら怪盗KIDなんてすーぐ捕まえられるんだから」
「んなのわかんねぇじゃん」
「もー!!快斗はまたそうやってKIDの肩ばっか持って!!でもいいもーん。怪盗KIDの命なんてもう風前の灯火なんだから」
……勝手に命まで奪うなよ。
ったく。
確かに凄い奴だとは思った。昨夜のあれは一杯食わされた。元々の目的が時計台じゃなかったからなんとか目的は果たせたけど。
かなりやばかったのは認めよう。
白馬には悪いけど。
骨のある好敵手がまた一人。それはそれでわくわくする。次こそ正々堂々と勝負したいもんだ。
そう思ったのはつい数時間前。
だけど、こうなった今。問題はそこだけには止まらない。
「あ〜〜、カッコいいなあ!!工藤新一!!どんな人なんだろう!!ブラッド・ピットみたいな感じかなー」
「ありえねぇな。俺よりカッコいいわけねぇだろ」
「なんで快斗が張り合ってんのよ。相手は高校生探偵だよ?マジックおたくの快斗が敵うわけ無いじゃん」
「誰がマジックおたくだよ。そいつだって単なる推理おたくなんじゃねぇの?」
「いいの、推理おたくでも。カッコよければ」
「カッコいいかどうかなんてまだわかんねぇんだろ」
「カッコいいに決まってるもん」
「なんでだよ」
「だって、怪盗KIDを捕まえてくれる人だもん。カッコいいに決まってるじゃん」
どの辺が決まってんだよ!!
「あ〜。会ってみたいなあ〜工藤新一!!」
……ったく。なんだってこいつはこんなに単純なんだ?
恨むぜ高校生探偵とやら。
「青子、怪盗KIDを捕まえてくれたらなんだってしちゃうのに!!」
ピシッ。
***
拝啓、高校生探偵工藤新一君。
君には何の恨みもありません。そう。別に俺の華麗なる盗みの邪魔をしたことなんて、些細なことです。
そんなことを根に持つ俺ではありません。
ありませんが。
しかしそれとこれとは別物です。
君の意思に関ろうと関らずと。青子に大絶賛される君を黙って見逃す俺ではありません。
申し訳ないとは思います。
思いますが。
君には謹んで復讐させて頂きます。
……次に。次に会い見える時には。君に最も精神的ダメージを与える方向で鋭意検討させて頂く所存です。
心当たりの無い君はこんな俺の行為を理不尽に思うでしょう。
そんなことはわかってます。これは俺の身勝手でしかありません。
でも謹んで。
謹んで受けて頂きましょう。この俺様の復讐を!!全身全霊全力で!!
青子に何させるつもりだよてめぇ!!復讐してやるぜコンチクショウ!!
いや、何かさせるなんて一言も言ってませんから工藤新一。
というわけで。二回連続快青を引いたので今度はライト(死後)でポップ(死後)な感じで行ってみました。
天真爛漫青子ちゃんはどこまでも無邪気なだけですから安心してください快斗君。
新一は快斗の好敵手なわけでその実力はお互い認めるところだと思うのですが。
特に銀翼の快斗は
新一に嫌がらせするのが楽しくて仕方なかったようにしか見えなかったのですが。
そんなこんなでこんなものが書き上がったわけです。
何よりも寧ろ。「対決の時」ではなく「対決前」にしかなってないところが……なんとも……。
これでお題消化したって言っていいのかな……切腹。
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