「ちょっと、新一!!??」
よく通る聞き慣れた声に工藤新一は足を止めた。
振り返らずとも声の主は明白。数日振りに聞いたその声に。高鳴る鼓動を抑えつつ。
「なんだよ」
わざとそっけなく振り返る。
「なんだよじゃないでしょ!!心配したんだから!!」
「なんでだよ」
「だって急に金曜学校休むし。ずっといなかったでしょ?家に」
「なんでそんなこと蘭が知ってんだよ。あ。俺が帰って来るのが待ち遠しかったんだ?」
「ば、バカ!!そんなわけないでしょ!!プリント、届けなきゃいけなかったから」
「んなもんポストに入れとけよ」
「昨日も一昨日も雨だったじゃない!!濡れたら、困るし」
「そーだっけ?」
「そーだっけって、新一。どこ行ってたのよ」
「え?」
「だって、凄い記録的豪雨だったんだよ?この週末、雨が降らなかったのなんて北海道か、沖縄くらいだよ?」
「あ、あーー。そういや凄い雨だったかな」
「なに行ってんのよ。どこに行ってたの?」
「んーー。まあ、そんなことどうでもいいだろ。そうだ、蘭。この後暇か?」
「別に……暇だけど?」
ヒラヒラと。ズボンのポケットから出した財布を振って。
「飯でも食いに行こうぜ、奢るからさ」
「別に、いいけど」
不承不承の表情で。それでも歩き出す新一に、蘭は大人しく付いて来る。
「奢りじゃなくていいよ」
「なんでだよ。心配してくれたんだろ?たまにはお礼くらいするって」
「べ、別に心配なんてしてないし!!」
「んじゃ、プリント預かってきてくれたお礼ってことで」
「そんなの、先生に頼まれただけだもん。それに」
「それに、なんだよ」
「……どうせ、マクドナルドとか吉野家になっちゃうんだもん。それだったら私が作るよ。新一お腹空いてるの?今からうち来る?それとも作りに行ってあげようか?」
「いいよ、蘭がそこまでしなくても。どっかで食おうぜ」
「それでもいいけど……奢りじゃなくていいから。なんか美味しいもの食べたいな」
「あんなー。俺に任せとけって言ってんだろ。あ、でも米花ホテルの展望レストランとかはまだ無理だからな」
「あ、あたりまえじゃない!!あんな、高級なところ!!」
いつかきっと。
……なんてことは、まだこの幼馴染には内緒だ。
「大体ホントに何処行ってたの?新一」
「あ、いやだから」
折角はぐらかしたつもりだったのだが。詰め寄られて新一は思わずたじろぐ。
別に、隠すこともない気もするのだが。
一応口止めされてしまった以上、ホイホイしゃべるわけにもいかない。
「探偵には、守秘義務ってもんがあるんでしょ?」なんて念を押されたら。将来探偵を目指す身としてはプライドだって刺激されるし。
……何よりちょっと恥ずかしい。
「ま、いいじゃねぇかよ。それより飯……」
「なんで隠すのよ。そんな言えないところに……あ」
「な、なんだよ」
「女?」
「ば!!んなわけ」
ずいっと蘭が一歩前に出て、その距離の近さに新一は反射的に一歩引く。
引くところを胸倉を掴まれた。
ちょっと待て!!殴るほどのことか!!??と青くなった瞬間。
「……香水」
「へ?」
「香水の匂いがする」
やべ。忘れてた。
そういえば別れ際にハグされたっけ。まさか匂いが移ってるとは思わなかったな。何時間前も前のことだぜ?
「き、気のせいじぇねぇ?」
「そんなことないもん。この香水、お母さんこの前欲しいって言ってたやつだから覚えてるんだから」
「へ、へー」
「で?新一は何処に行ってたのかしら?」
蘭の。探るような目に二三歩後退り。開いた間合いを蘭が更に詰める。
……近いって!!
「別に、あれじゃねぇの?電車の中で隣に座ってた人が結構香水きつかったから。移ったんだろ」
「ホントにぃ?」
「あったりまえだろ?大体さあ。俺にやましいことがあるんだったら、そんな証拠残しておくわけねぇだろ?犯罪の証拠は隠滅。これ鉄則、ってね」
「そっか……そうよね……」
やべぇやべぇ。次から気をつけないとな。
「じゃあ、どこに行ってたのよ」
「なんだよ。やけに食い下がるなあ。いーじゃねーかよ。俺がどこでなにしてよーと」
「それは。そうだけど」
「それとも何かー?蘭は、俺のこと気になってたりしちゃったりするわけ?」
「ば、バカ!!そんなわけないでしょ!!もう知らない!!」
やべ。怒らせちゃ逆効果だ。
何のためにガッコ休んでまで遠路遥々出かけたんだか。
「なんだよ。怒るなよ。あ、そうだ。あそこ行こうぜ。前に蘭が行きたがってた駅前に新しくできた」
「え?駅前って、スカイラークガーデン?あそこ、安くないよ?」
「安くないけど、高くもないよな。んじゃ、映画も奢ってやるから機嫌直せよ」
「なあに?やけに大盤振る舞いじゃない。なにかあったの?」
「ちょっと臨時収入がね」
「新一まさか……バイトとかしてたんじゃないでしょうね」
「ま、そんなもんかな」
「ちょっと!!うちの学校、バイト禁止なんだよ!!大体中学生がバイトしていいと思ってるの?高校生とか嘘ついたんじゃないでしょうね!!」
「だから。バイトみたいなもん、だから……」
「みたいって……なぁに?もしかしてなんかいかがわしい……」
「んなわけねぇだろ!!バカ!!」
「じゃあなあに?もしかしてサッカーの助っ人でお金貰ったとか?」
「違うけど、そんな感じ。もー、いーじゃねーか。折角この工藤新一様が奢ってやるって言ってんだぜ?食うの?食わないの?」
「もう……」
納得の行かない顔で。それでも諦めたように小さく笑って。
「しょうがないなー。じゃ、ありがたく奢られてあげましょうか」
「心配すんな。後ろめたい金だったら蘭に言ったりしねぇよ」
「さー?それはどうなのかなー?」
「なんだよ。疑うのかよ」
「どっかの推理オタクは油断ならないからねー。ま、折角だからたくさん食べよーーっと」
「え」
「あったりまえでしょ?この毛利蘭様をどれだけ心配させたと思ってるの。その分は返して貰わないとねー」
「なんだ。やっぱり心配だったんじゃん」
「ち、違!!今の嘘!!取り消しーー!!」
振り下ろされる鞄から、身を翻して逃げる。
「こら!!ちょっと待ちなさい!!」
「待てねーよ。腹減ったし、飯先な」
「ちょっと!!新一聞いてるの!!??さっきの嘘だからね!!忘れなさい!!」
「あー、忘れた忘れた」
「なによそれーー!!」
***
「ちょっともー聞いてよ新ちゃん!!酷いんだから!!」
そんな電話がかかってきた木曜の夜。
「優作ったら、もう絶対絶対絶対許さないんだから!!」
曰く。
数日前に有名なハリウッド俳優主催のパーティーから戻った優作のシャツに口紅の跡があったとか。
「あれは絶対ジュリアの口紅だわ」
「なんで口紅でわかるんだよ」
「安物だったもの!!あんな安い趣味の悪い口紅付けてるのなんて他のパーティー面子を考えてもジュリアしかいないのよ!!」
「大した推理力じゃねえかよ。父さん顔負けだよ。で?誰だよ、それ」
「最近売り出し中の若手女優よ。きっと次回の優作の映画の主役の座を狙ってるんだわ!!」
「父さん好きだもんなー。新人使うの」
「もーー!!浮気よ浮気!!絶対許さないんだから!!」
「父さんは何て言ってるんだよ」
「確かに迫られたけど、パーティー会場でのことだし、皆も見てたから自分の潔白は証明されるはずだから、なんて言ってるのよ!!」
「……んじゃそーなんじゃねーの?」
「うん。シャロンも何もなかったって言ってたわ」
「んじゃいーじゃんか」
「よくないわよ!!浮気よ浮気!!」
「何処が浮気なんだよ。冤罪じゃねぇか」
「浮気よ!!妻がいる身で口紅をつけられてる段階で気持ちが浮ついてる証拠だわ!!浮気よ浮気!!」
「無茶言うなよ。大体、母さんは一緒に行かなかったのかよ」
「ものもらいが出来ちゃったんですもの!!みっともなくて行けるわけないじゃない!!」
「んじゃ父さんが一人で?」
「バカね。パートナーなしで行けるわけないでしょ?でも欠席するわけにもいかなかったからシャロンにお願いしたのよ」
「……とにかくさあ。どう考えても父さんは悪くないんだから。さっさと仲直りしろよな」
「出来るわけないじゃない!!だって浮気よ!!優作が悪いんじゃない!!」
こうなってはもう手のつけようがない。理不尽だろうがなんだろうが。ヒステリーを起こした有希子に効く薬は時間だけなのだ。
どうせ。浮気を疑って喧嘩を仕掛けたところ、優作の無実が証明されつつあるので振り上げた拳の下ろし所に困ってるのだろう。
新一としては話を聞いてやることだけが精一杯の親孝行というものである。
「だからね……ちょっと新ちゃん聞いてるの?!」
「聞いてる聞いてる」
「もう!!そう言うところなんて、ホント優作そっくりなんだから!!」
「あのなー」
「とにかくそう言うことだから。さっさと荷物まとめてこっちに来てよね」
「はあ!!??なんだよそれ」
「やっぱり聞いてないんじゃない!!酷い!!新ちゃんまで!!」
「ちょっと待てよ。こっちってどっちだよ。母さん今何処にいるんだ?」
「N.Y.。言ったでしょ?ホントに聞いてなかったの?新ちゃんのバカーーー!!」
「ちょ、落ち着けって」
曰く。
大切なパーティーに呼ばれているのだが、今更夫には頭が下げられない。
どうしても欠席できないので。
「新ちゃん。ちょっとこっちに来て母さんのパートナー勤めてよ」
「こっちって、俺明日学校……」
「母親の一大事なのよ!!一日くらい休んで駆けつけてくれてもいいじゃない!!」
どの辺がどれくらい一大事なのか。ここで甘やかしたら今後も付け上ってこんなことが続くのではないか。
そんな危険性も考えはしたのだが。
……これは直接行って二人を仲直りさせた方が早そうだ。
最終的にそう判断し、阿笠博士に言付けて日本を発った金曜の早朝。
蘭に直接連絡しなかったのは。ちょっとばかり恥ずかしい家庭の事情が話しずらかった、から。
勿論バイトではないので、有希子から特にお小遣いは出なかったが。
往復の交通費と、到着してからの諸経費。有希子らしく大雑把に概算で出してくれたので、随分浮いたのだ。
更に優作も「お詫び」と称して色々興味深そうな本を日本に送ってくれたので、当分自分で本を買う必要もなさそうだ。
……結果としては、結構いいバイトだったよな。
親公認で学校を休んで、中学生が単身N.Y.へ二泊三日。顔だけは知っているハリウッドスター達のパーティーに出席するなんて、実にエキサイティングな体験ではあった。
幼馴染に心配をかけてしまったのだけは、計算外だったが。
日頃のお礼に奢ろうと思ってたのは計算内なので、結果オーライ。
今出来る、ほんの少しの贅沢をして。
薄暗い映画館の中、隣でスクリーンに釘付けになっている幼馴染の横画をチラッと見て。
……いつか、あんなパーティーに二人で。
そう思ったのは。まだまだ内緒なのだ。
だからどーと言うこともない話なのはいつものことです切腹。
えーと、工藤夫婦が新一を放ったらかしてアメリカ移住したのは、新一がまだ中学生の頃、でしたよね?
あれ。記憶違いじゃないですよね。うわー、もうこの膨大な原作のどこ読んだらわかるかわからない!!違ったらごめんなさいー。
どーにも。平次もそうなんですけど新一もあんまりバイトってイメージじゃないです。
そもそも高校って……最近はバイト禁止じゃないんですかね?私の時は禁止でしたよ?え、時代ですか?
それ以前に部活が朝錬があって朝早くて授業して昼錬して授業して通常練習したら、疲労困憊でバイトどころではありませんでした。
あ!!でも新一は高校では……サッカー部は退部してるんでしたっけ。いつ退部したんだろう。
兎に角蘭ちゃんにも(和葉にも)バイトのイメージが無くて、そんなこんなでこんな話になりました。
スカイラークガーデンは私の小遣い財布では結構厳しかったですが……皆沢山お小遣い貰ってたりします??
ただ単に新蘭のやり取りが書きたかっただけとも言います(切腹)。中学生らしさが出てたら良いのですが。
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