親同士が親友で。
物心付いた時から一緒に居る、幼馴染。
離れたくても。
離れられない腐れ縁。
だけど一度だって。
離れたいなんて思ったことはなかったのに。
***
電車がホームに滑り込む。雑踏の中、もどかし気に全速力でその先頭に立ち。大きな階段を一段飛ばしで駆け上がる。
逸る気持ちから。後半は二段飛ばし。
駅の改札は。最近便利な世の中になった。ICカードが軽い電子音を立てれば、平次の行く手を遮る物はない。
外は雨。
幸い然程激しくはない。霧のような驟雨がただ視界を悪くする。
人波を器用に掻き分けて。
それでも2、3人が抗議の声を上げる。
それは無視。
「え、平ちゃん、知らんかったんですか?」
頭の中で。大滝の声がリフレインする。
「遠山のおやっさん、ロスでの研修に決まりはったて」
……嘘や。
大体。刑事部長がなんで今更研修なんかでロスに。そういうのは、もっとこう、本庁の若い刑事が。
「そうなんですわ。せやから私らもなんかの間違いやないか、言うてたんですわ」
……絶対。何かの間違いや。絶対。
「まだホンの噂ですさかい……せやけど、気ぃなるんは……」
雨の中。ただ走る。無論、傘など差していない。持ってもいない。
「なんや、本部長の推薦や、言う噂まであるんですわ。なんやそう言われると、信憑性ある言うか……」
……ありえへんな。
府警本部長の服部平蔵が好きに動けるのは。遠山刑事部長在ってこそだろう。
一介の刑事の頃からの名コンビ。
そう簡単に。手放すわけがない。
「せやけど、研修は二年て聞いてますし……」
……二年。
「和葉ちゃん。どないするんやろなあ、って。皆で心配しとりましたんや」
……和葉!!
府警本部の玄関を全力で走り抜ける。
「あの!!」
受付の婦警が声を上げる。一瞬のことで、わからなかったのだろう。
「俺や!!」
叫ぶと。それ以上何も言われなかった。
エレベータは全機一階には居なくて。待つのももどかしく階段を駆け上がる。
途中。顔見知りの刑事が何人か声を掛けてくれたが。全部無視して。
一路。府警本部長室へ。
……嘘やろ!!
二年もの間。アメリカに行くなどと。
それを。平蔵自身が推薦したなどと。
そんなの、は。
……和葉!!
殆ど体当たりをするくらいの勢いで。
「オヤジ!!」
本部長室に飛び込んだ。
***
「なんや、平次。そんなに急いで。どないした」
相変わらずの。落ち着いた声。
開いているかどうかも良くわからない細い狐目が。ゆっくりと平次に向けられる。
「……なんぞ、事件か」
「オヤジ……」
「違うみたいやな。……ほなら」
細い目と反比例するような太い眉が。ピクリと動く。
「帰れ。ここは、お前の来るところとちゃう」
「……ホンマ、なんか?」
「何がや。質問があるなら端的に手短に。わしは、忙しい」
「遠山のおっちゃん、ロス行くってホンマか?」
「……ああ。その話か。何処から漏れたんやろなあ。ホンマ、人の口には戸は立てられへんいうけど、府警本部内でこれはあかんやろ。早速犯人見つけ出して……」
「ホンマ、なんか!!」
「ホンマやで。平次君」
答えたのは。平蔵ではなかった。
平次はまったく気づいていなかったが。本部長室にはもう一人。
「遠山の……おっちゃん……」
「久しぶりやなあ、平次君」
明朗に。笑う。
「ホンマ、に」
「ああ。ホンマや」
何の躊躇いもなく肯定されて。不覚にも眩暈に似た感覚に襲われる。
声が上手く出ない。呟くように。
「ほんなら、二年間。和葉、どないすんねん……」
「平次君?」
「連れて、行くんか?……アメリカ……」
「あーー。なるほど、なあ」
ポン、と一つ。手を打つと。
遠山刑事部長は府警本部長に視線を送る。
何も言わず平蔵は頷く。
この二人は、いつもこんな感じだ。
「まあ、座りなさい。平次君」
「おっちゃん!!どないするんやって……」
「ええからええから。その件で、平次君にもちょっと話があるんや。落ち着いて話した方がええことやから。お茶でも貰おか?」
「いや……要らへん……」
勧められた椅子に。崩れるように座り込む。酷く座り心地がいい。
そういえば。この部屋で椅子を勧められるのなんて初めてだ。
「そう……ロスに行っている間の和葉のことやねんけど……やっぱり心配やからなあ」
「……」
「なんやかんや言うても、まだ子供やから。放っておくと何するかわからへんしなあ」
「そう、やけど」
「やっぱり一緒に連れてくんが、一番やと思てる」
「そう、なんや」
和葉が。アメリカへ。
「なーんて、な」
「はあ?」
「嘘や、平次君。なんや和葉居らんようになるかも言うて、そない心配してくれたんか?」
「ち、ちゃうわ!!これは、ええと」
「これでわしも安心して、和葉置いて行けるわ。なあ、平蔵」
「まあ……わしらも全力でバックアップするさかい……心配すんな、遠山」
「な、なんの話やねん」
「せやからな。平次君」
正面の椅子から立ち上がると。遠山は自分を見上げる服部平次の肩にポンと手を置いて。
「正直和葉もアメリカ連れて行こうかとも思たんやけど。平蔵のところにお世話になることにしたわ」
「え、うち?」
「せや。まあ、一つだけ条件があんねんけどな……」
「じょ、条件て。なんやねん」
「平次君が」
ニッコリと。遠山刑事部長は笑顔を作る。
朗らかな笑み。しかし何故か、平次の背筋には冷たいものが走った。
「和葉を嫁に貰うて、約束してくれたら、な」
「よ、嫁って!!」
思わず立ち上がりかけたその肩を。
刑事部長がぐぐっと押さえつけて平次を再び座らせる。
その表情は。相変わらず能面のようにはりついた、明朗な笑顔。
「そらそうやろ?仮にも高校生の男女が同じ屋根の下で暮らすことになるんや。わしは勿論平次君信用してるけどなあ。平次君かて健康な男やしなんかの間違いがあってからやったら遅いんや」
「普通、間違いがあってからちゃうん?責任とかそういうんは……」
「間違いがあってからやったら遅い言うてるやろ?平次君」
「は、はい……」
「勿論、婚約したから言うて、手ぇ出してええわけとちゃうで?」
「そ、そんなん、言われへんでも手ぇなん出さへんし……」
「なんや、平次君。それはどういうことや?うちの和葉に女性としての魅力が掛けてるとでも言いたいんか?ん?」
「い、いえ。決してそのようなことは」
「そうやろ?間違いがあってからやったら遅いんや。勿論、和葉がアメリカ行くかも知れへん言うて雨ん中飛んできてくれた平次君や。和葉のこと、嫁に貰てくれるやんなあ」
「そ、それは」
ダラダラと背中を冷たいものが流れ落ちる。
これは。何の罠だろうか。
据え膳?いや、確実に毒入りだ。
「せやかて、俺一人の問題ちゃうし……和葉、は」
「勿論和葉にはOKさせた」
「ほ、ホンマ。か?」
思わず声が上擦って。慌てて視線を逸らせる。
……和葉が、俺で、ええって?
いや、罠かもしれない。チラリと伺う遠山刑事部長の笑顔は、先程から全く変わらない。
落としの遠山。健在。
走ったので汗と。そして雨に濡れたのと。
さっきまで全く気にならなかったのに、服が体に張り付く気がして妙に落ち着かない。
実際には、行き届いた本部長室の空調によって。もう随分乾いているはずなのに。
とにかく。どうしようもなく。
落ち着かない。
……せやけど、ホンマに、ええんか?和葉……。
まだ。全然未熟な自覚くらいある。和葉より、事件を優先してしまう自分を、心のどこかで許してくれるのではないかと甘えているのもわかっている。
そんな、俺でも。
……こんな、俺でも。ええんか?和葉。
和葉を、嫁に。
そんなことは考えたことがなかった。嫌だと思っていたわけではない。
だけど自分達はまだ高校生で。まだまだ学生で。そんなことは、もっとずっと先のことだと。
和葉を嫁に貰うことを考えたことはなかったけど、貰わない人生を思ったこともない。
……俺は。
この先。何があるかなんてわからない。それは、自分にだって。和葉にだって同じことだろう。
その上で。もし、本当に和葉が決心してくれたというのなら。
罠でもいい。毒膳でもいい。
……毒を食らわば、皿までってやつや!!
「おっちゃん!!俺……!!」
***
「なーんて、な」
「は?」
肩に置かれた刑事部長の手が。ポンポンと軽やかに。
「冗談や。冗談」
「はあ?」
「まだまだ未熟やなあ、平次」
「お、オヤジ……まさか……」
「わしがロスに研修で行くんはホンマやけどな」
平次の正面に腰掛けながら。遠山父は笑う。
「講師として、三日ほど研修に出ることになっただけや。まあ、ついでやから十日くらいは向こうに居るから、その間はまた和葉のこと宜しく頼まなあかんのやけどな」
「十日……」
そんな期間であれば。和葉が服部家で生活するのは幸か不幸か珍しいことではない。寧ろ日常茶飯事に近いくらいで。
「平次」
平蔵の。鋭い声。
「お前の気持ちは、よう分かった」
「や、ちゃうねん!!あれは、やなあ……」
「せやけどな」
低い声が一段と低くなって。
平次はもう。顔を上げる気力も起きなかった。
「わしの言いたいことは。わかってるやろなあ」
「……おう」
いつの間にか雨が止んで。窓の外では重たい雲の隙間から。
ホンの一筋の光が差していた。
煮え切らない感じですみません。が、自分が好きなところで。煮え切らない所で。寸止めです。生殺しです服部平次。うはは。
葵さん的には遠山父は、和葉の恋を応援してる感じが萌えです。つか、嫁にやるなら平次の所しかないと思ってるといいなと思います。
でも勿論娘を持つ父親の心情として、タダではやらんぞみたいな。複雑な想いもあったりして。
そういう意味では、平蔵よりも静華よりも平次の成長を願っている人物かもしれません(笑)。嫁にやるなら平次の所、でも今のままじゃダメだぞみたいな。
平蔵もそんな感じで。いずれ嫁に貰う気満々だけど、今は未だダメだぞみたいな。そんな感じが大好きです。
新蘭と平和で二分された感じのリクでしたが。平和、ですよ。和葉出てきませんけどね……よくあることです(爆)
つか、携帯で電話して聞けよとか突っ込んではなりません。きっと平蔵さんは直接押し掛けないと話をしてくれないのです。そういうことにしてください。
読み物を書く上で。携帯は時々とても邪魔でなりません。時に萌えアイテムですが、時に萌え阻害アイテムです。
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