ある日の毛利探偵事務所。
の黒電話が。軽やかな音を響かせた。
が。
デスクに座っているはずの主は残念ながら不在。
旧知の刑事から依頼された事件の捜査で、つい先ほど出かけてしまったばかりだ。
一回。二回。三回。
「よ……いしょ」
毛利蘭は。精一杯背伸びをすると、デスクの黒電話の受話器を取った。
緊張しながら。一つ大きく息を吸い込むと。
「もしもし。毛利探偵事務所です」
「あら。蘭、元気?」
「お母さん!!」
幾分不安げだった蘭の顔が。ぱあっと輝く。
蘭の母、妃英理が毛利家を出てそろそろ一年が経とうとしている。蘭は今年の春、小学校三年生に進級した。
別居、と言っても蘭は英理と全く会っていないわけではない。
が。やはり離れて暮らしているのだし、弁護士として徐々にその名を知られてきた英理は最近多忙を極めていて。
会うことはおろか。こうして電話で話すことも最近は稀で。
もう。何ヶ月ぶりの電話だろうか。
「お母さん、元気?忙しいの?」
「そうね。ちょっと忙しいわ。蘭は大丈夫?風邪引いてない?」
「うん。大丈夫。元気だよ。風邪なんて引いてないよ」
「そう。それならよかったわ。……お父さんは?」
「お父さんは今事件の調査」
「あ、そうじゃなくてね……お父さんは……その……風邪とか……」
「あ!!そうだ!!あのね!!」
「な、なぁに?」
「新一のとこのおば様が、アップルパイくれたの!!」
「あら。よかったわね」
意外と家事をそれなりにこなす工藤有希子だが。アップルパイは、得意中の得意。
「有希子のアップルパイは、ホントに美味しいから」
「うん。こーぎょくが沢山貰えたからって、一つ丸々焼いてくれたんだよ!!」
「そう」
「お父さんがね。お母さんが作るアップルパイとは雲泥の差だって言って、喜んで食べてたよ!!」
「そ、そう……」
「あんまり美味しいから、お店で売ってるのとかわらないな〜って」
「そ、そうよね」
「こんな美味しいアップルパイが毎日食べれる新一たちが羨ましいな〜〜、俺が有希ちゃんと結婚すればよかったな〜〜って」
「へぇ……そう……」
「で、でもね!!」
美味しかったアップルパイを思い出しながら屈託なく話していた蘭は。
電話越しの母の声が低くなった気がして。慌てる。
「お母さんのアップルパイは、べったりしてて、パイ生地が全然サクサクじゃなかったけど」
「そうよね……」
「でも中のリンゴはシナモンが沢山沢山効いてて美味しかったなって!!」
「それはそれは」
「懐かしいなあ〜〜もう食えないと思うと寂しいなあ〜〜って言ってたよ」
「あ、あら」
声が少し。跳ね返る。
「じゃ、じゃあ、そのうち。焼いて送ろうかしら」
「ありがとう!!お母さん!!」
「でも……暫くはちょっと忙しいわ。また新しい依頼を受けちゃったのよ」
「そうなんだ……でも、お仕事だから仕方ないよね」
「ごめんね、蘭」
「ううん。お仕事だから仕方ないもん」
「いい子ね、蘭。でも安心したわ。あの人も、元気そうで。依頼もそれなりに来てるみたいだし」
「うん。お父さんも言ってたよ!英理が居なくても、もう大丈夫だぞ!って」
「そ、そう……」
「お父さんね。ホントはちょっと不安だったみたい」
「そう……」
「でもね!この前、刑事さんからじゃなくて、普通の依頼人さんが来たんだよ!」
「あら。よかったじゃない」
刑事を退職しての探偵事務所の設立。自然、最初は旧知の刑事からの紹介による依頼が多かった。
勿論それでなんの問題もないのだが。一般の依頼人も増えて居るならそれに越したことはない。
「今日の依頼人さんは、すっごい美人だったよ!」
「あ、あら。そうなの?」
「お父さん、すっごい張り切っちゃってね!!いつも着ないいっちょうらのスーツ着てったんだよ!!」
「まあ……何処へ行ったのかしら?」
「ええとね、米花ホテルのらうんじ。なんかね、旦那さんのそこうちょうさなんだって」
「そう……。それ、いつ頃の話?」
「ついさっきだよ。ええとね、20分くらい前かな。あのね、うちの前でタクシー捕まえてた」
「ありがとう、蘭。お母さん、ちょっとお仕事で出掛けなきゃいけないの。忘れてたわ」
「うん。行ってらっしゃい!!また電話してね」
「ええ、蘭。風邪引かないようにね。今日は声が聞けて楽しかったわ」
***
「……それで?」
「大変だったよ。帰って来たお父さん、すっごいぐったりしてね。なんであいつがあそこに居るのかな〜って。おかしーの!!」
「てゆーかさ。お前はそれでよかったのかよ」
「え、なんで?」
学校帰り。ランドセルを揺らして。
蘭は新一を振り返る。
「だってよ。お前の方が会いたかったんじゃねぇの?おばさんに」
「……」
「おじさんに会わせるよりさ。お前が会いに行けばよかったじゃねーかよ」
「だって……お父さん、お母さんに会えないと寂しそうなんだもん」
「でも会うと喧嘩ばっかじゃん」
「うん。でもね、お父さんぐったりしてたけど、でもちょっと嬉しそうだったんだよ」
「ふうん」
「だからいいの」
「……そっかー」
「そう」
「……」
「それにね」
コツンと一つ。足元の石を蹴って。それから。酷くはにかんだように笑うと。
「だって、新一はずっと一緒に居てくれるんでしょ?」
「え」
不覚にも。
顔の温度が急激に上がって。続く言葉が出なくって。
「じゃあ、明日また、学校でね!!」
走り去る蘭に。何も言えなかった。
折角のリクエストだし!!と超頑張って書いたのですが!!超頑張ったのですが!!
……正直に申し上げましょう。コゴエリは苦手です……ごめんなさい……なんだかツッコミどころが一杯な感じに……。
蘭ちゃんが生まれる前とかにすればよかったかな〜と思いつつ。
電話で蘭ちゃんに小五郎さんの様子を聞く英理さん、というリクそのままに頑張ってみたものの玉砕って感じでしょうか……不甲斐ない。
力不足でした。申し訳ないです。蘭ちゃんはホントにイイ子ですよね……ホントに、よく出来た子です。偉いです。
そんなことを考えていると。切なくて堪らなくなります。切ないよう。
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