服部家の桜が。今年も綺麗に咲いた。
***
「平次!!和葉ちゃん!!ちょう、こっちおいで!!」
静華の声に。縁側で模造紙を広げて好き勝手にクレヨンでお絵かきをしていた二人が顔を上げる。
「なんやろ。お菓子の時間やろか」
「せやけどさっきお昼もろたばっかやで?」
「ほんならきっと、お客さんや」
「せやせや。さっきピンポーンて音してたもん」
「それやたらやっぱお客さんや!!」
「お客さんや!!」
弾かれたように立ち上がり。二人で呼ばれた玄関へ駆けて行く。
この春から幼稚園の年長組に進級する二人にとって。お客さんは、イコールお菓子が貰えるということ。
廊下を音を立てて走ると静華に怒られるので。
二人ともスッカリ。足音を立てずに走る術を身につけてしまっている。
「……あれ?」
その足が。玄関先で止まった。
「どないしたん?平次。和葉ちゃんも」
不思議そうに。玄関先に正座して客人を迎えていた静華が振り返る。
「えっと……」
誰だろう。
見覚えはある。確かにある。絶対にある。
のに。
「どないしたんよ、二人とも。お隣の真生お兄ちゃんと真澄お姉ちゃんやないの」
静華がクスクスと笑う。
玄関に立つ二人もクスクスと笑う。
ポカンと。
幼い平次と和葉だけが口を開けて突っ立って。
「ほらほら。二人とも邪魔やからこっち寄って。お兄ちゃんとお姉ちゃん、上がられへんやないの」
「いえ。僕ら、ここで」
「何言うてんの。折角来てくれたんやないの。お茶でも飲んで行き。せや、お庭の桜綺麗やから。縁側で」
「それじゃ……ちょっとだけ」
「ああ、せやけど縁側はあれやわ。この子らが散らかしてるから。ちょう待っててな。すぐ直すから」
「すみません……なんか……」
「ええのええの。ま、とりあえず上がって待っといて」
三人のやり取りを。二人はやっぱり呆然と眺めるだけ。
靴を脱いで家に上がった真澄が。二人を見下ろして苦笑する。
「平次君も、和葉ちゃんもそんな顔してぇ」
「……」
服部家の隣に住む双子。二卵性なので然程似ては居ない。物心付く頃からいつも遊んでもらっていた。町内会の中でも最も馴染みのある存在。
の筈なのだが。
言われれば。わかるのだが。なんとなく、わかったのだが。
なんだか。物凄く。
違和感が。
……なんやろ。
二人は同時に。首を傾げる。
真生や真澄より余程。双子のようだ。
真生も靴を脱いで玄関に上がり。
「なんや、二人とも。制服やったからわからんかったんか?」
ポンポンと二人の頭を叩いた。
弾かれたように。二人の頭上を浮遊していたクエスチョンマークが消えて。
「制服!!」
やっぱり。同時に叫んだ。
***
「ホンマ、ここのおうちの桜は綺麗やねえ」
「外からいつも見させてもろてますけど。やっぱ縁側から見るんは違いますねえ」
静華に煎れてもらったお茶を飲みながら。真生と真澄が溜息をつく。
クスクスと。静華は笑みを返す。
「なんやの。二人とも。昨日までその辺大声で走り回っとったんに。制服来た途端、まるで借りて来た猫やわ」
「そう言わんといて下さいよ。静華さん」
「おばちゃんにはかなわへんわ」
「せやけどホンマ、大人っぽくなってぇ。見てみぃ。平次と和葉ちゃんなん、まだ吃驚してもうて」
静華が。笑って視線を送る。縁側から少しだけ部屋に入ったところ。平次と和葉は珍しく正座などして畏まって。
まだ少し。放心したように。
「制服や」
「制服やね」
「あれや。セーラー服と、なんやったっけ」
「学ランや」
縁側から。真生が声を掛けると。二人の肩がビクリと揺れて。
姿勢を正す。
「あーあ。すっかり嫌われてもうた」
「ホンマ、ナニ緊張してるんやろ、この子ら」
「しかたないわ、おばちゃん。なんや黒っぽいし、見慣れへんのやし」
「せやけど、この辺かて中学生おるんに。変な子やわあ」
お茶のお代わり持ってくるわ、と。静華が席を立った。
「すっごい」
「大人や」
漸くまともに口を開いたチビ二人に。双子は苦笑。
「そう?」
「そうや。アタシほんま、吃驚したもん」
「俺もや」
「そんな違うもんやろか」
「うん。全然ちゃう」
至極真面目な顔で。幼い二人が頷く。
「なあ。なんで制服なん?」
「なんでって、中学校の制服やで。うちら春から中学生なんねん」
「中学生……」
「せや。平次君らは来年小学校入るやろ?そんで一年生、二年生……」
真生が指折り数える。二人の視線は折られる指に釘付け。
「……六年生!!小学校は六年生までやからな。その次が、中学校の一年生や」
「また一年に戻るん?」
「せや。小学校の一年やのうて、中学校の一年や」
「へ〜〜。すっごいなあ」
「別に凄いことあらへんよ、平次君。騙されたらあかんて」
「騙してなんないやろ。ホンマの事やんか」
「そうやけど。別に凄いことあらへんやん。中学校なん義務教育やし。誰でもなれるんやから」
「そらまあ、そうやな」
「誰でもなれるん?」
「なれるなれる。嫌でもなる。平次君も和葉ちゃんも、大きなったら中学生になるんや。絶対」
「へーーーー」
「せやからそんな、凄いことちゃうねんで?」
「やっぱ凄いわ」
「凄ないって。ホンマホンマ」
「せやかてメッチャ大人やもん」
「せやろ?」
「うん。制服、メッチャかっこええ!!」
「うわー。和葉ちゃんにかっこええなん言われるなん、俺感激や。もっと言うて」
「アホ!!ナニ言うてんの!!」
「真澄お姉ちゃんもメッチャかっこええ!!」
「そ、そう?」
「お前かて人のこと言えへんやん!!」
「うっさいわ!!」
「いややわ。ケンカ?」
「あ、ちゃいますちゃいます」
不意に静華に声を掛けられて。真生と真澄が姿勢を正す。
「お茶、遅なってゴメンな」
「そんな、全然。スミマセン、ホンマ」
「なぁなぁ、おかん」
平次が。割って入る。
「俺も中学生になれるん?」
「なれる、言うかなるやろなあ。ああー。あんたただでも黒いんに学ランなん来たらもっと黒なってまうわ」
「俺もこれ着るん?」
「もっと大きゅうなってからな」
「アタシも?」
「そうや。和葉ちゃんはきっと可愛いやろなあ、セーラー。おばちゃん今から楽しみやわぁ」
「そうなんや……」
二人は改めて。双子の制服をしげしげと眺めて。
感嘆の。溜息をついた。
***
「制服、ええなあ」
「うん。メッチャ大人みたいやった」
その夜。和葉は服部家にお泊まり。平次の部屋に布団を一枚、横に敷いて。足の先が少し出てしまうが、気にしない。
平次は元来寝相が悪いし、和葉は丸くなって寝る。
「大人みたいやのうて。大人なんや」
「え?中学生って、大人なん?」
「きっとそうや」
「そうやね。きっとそうや!!せやかて一、二、三……ええと……」
「六や六。俺らが来年と、あと六回お正月せな中学生なられへんねんで?」
「そうやね。大人や」
「大人や」
「凄いなあ。大人やで」
「凄いで。大人やもん」
「大人やったら……何すんのやろ」
「何って……ええと……結婚?」
「結婚!!」
思わず。和葉が跳び起きる。平次も合わせて起き上がった。
「そうや。結婚!!お父ちゃんが、和葉も結婚したい、言うたら、大人になったらな、言うてたもん!!」
「せやせや!!あとあれや。おとんとか、和葉んとこのおっちゃんが飲んでるびーる。あれも大人になったら言われた」
「あと、キスも大人になったらなて、お父ちゃん言うてた」
「うわー。かっこええなあ。大人んなったらキスとかすんのや」
「真生お兄ちゃんもすんのかな」
「そらするやろ」
「真澄お姉ちゃんも?」
「そらそうや。大人やもん」
「大人かあ……」
また二人同時に。パフンと布団に寝っ転がる。
「中学生になったら、アタシもすんのかな」
「そらするやろ。大人やもん」
「平次も?」
「そらなあ」
「そっかぁ……」
まだ。相手が誰かなんて事にすら。思い至る事もなく。
「ええなあ……中学生」
「大人やねえ……」
幼い二人は。あっと言う間に眠りの中。
よもや高校生になってもなんの進展もないとは、本人達も思わなかったに違いない!!(爆)
つか、コナン界の軸がアレなだけで、実際問題お前ら何年そうやってるつもりやねん!!みたいな。
しかしまあ、子供の頃は制服を着てるというだけでごっつ大人に見えたわけですけど、ちなみに私立小学校に通ってる子も大人に見えましたが。
今から考えると中学生なんて子供ですよね〜〜(爆)何しろ当時は二十歳越えたらおばさんだと思ってましたからねえ。
まあ、葵さんは実際問題十分おばさんな年頃ですけどね。
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