「後十回って、何のことだと思う?」
「ふぁあ?」
幼馴染みの唐突な台詞に。黒羽快斗は焼きそばパンを咥えたまま振り返る。
「ひゃひひゃひゃふぉひゅっひゃい?」
「だからさあ。それがわからないんだってば」
「んにゃの俺にだってわかんねーよ。大体、誰が言ってたわけ?TVかなんか?」
「違う。お父さん」
「おじさんが?」
「そう」
「後十回で、なんなんだよ」
「わかんない」
それだけの情報では。流石に天下の大怪盗とは言え。わかるわけが無い。
「わかんないんだけど……後十回だなって……お父さんなんか、凄く寂しそうで」
「寂しそう?」
「でもね。笑って、楽しみだなって言うの」
「楽しみ?」
「そう。笑ってるんだけど、でも寂しそうなの。なんだろう……」
「ふうん」
心当たりは無い。
「ねえ、快斗。何か分かる?」
「いや。全然」
「そうだよね……」
心配そうに肩を落とす青子に。申し訳ない気もしたが。分からないものは分からない。
今の段階では手の打ちようがなかった。
***
「快斗、快斗、あのね」
二週間後。寝惚け眼で家を出ると、待ち構えていた青子が興奮気味に駆け寄ってくる。
「あのね。この前の、後何回ってやつ」
「ん……あ?んー。ああ。あれね」
咄嗟に言われて。思い出す幼馴染を褒めて欲しいものだ。
昨夜怪盗KIDとしての仕事を終えて。いつもに増して寝不足の頭で、たったアレだけの話題を思い出せるのだから。
「おじさん、あれから何か言ってたのか?」
「そうなの。それで青子、わかっちゃったんだけど」
「なんだったんだよ」
「怪盗KID!!怪盗KIDが関係あるのよ!!」
「はぁ?怪盗KID!?」
思わず声が上がる。それでも大した声ではなかったのに。青子は大げさに耳を塞ぐ素振りで眉間に皺を寄せて。
「なぁによ。怪盗KIDのことになると途端に目が覚めるんだから。青子の話なんて半分寝たままで聞いてたくせに」
「別に。寝てねぇよ。んで?おじさんの後十回と怪盗KIDが、何の関係があるんだよ」
「あのね。昨日、怪盗KIDが出たじゃない?」
「あ、ああ」
「先週末も、出たじゃない?」
……仕方ねぇだろ?お宝が連続で来日なんてするからさ。
「そうだっけ?」
「そうよ。それでね、先週お父さんが、後九回って言ったんだけど、でも怪盗KIDと関係あるかはちょっとわかんなかったんだけど……」
「昨日も言ったのかよ」
「そう。今度は絶対!!って言うか、お父さん。KIDの後処理で今朝、ついさっき帰ってきたんだけど」
申し訳の無いことだとは思うが仕方が無い。
宝石を盗むだけ盗んで、お目当てのものかどうかを確認して。適当に返却したら家に帰って惰眠を貪るだけの自分と違って。
結局怪盗KIDにしてやられてしまった警察側は、事後処理に追われてすぐに帰宅できるわけがないのだ。
それでも自分だって寝不足なのだから。
中森警部の疲労は計り知れない。
「玄関先でね。後八回だな、青子って」
「怪盗KIDの出現と一致するわけだ」
「そうなの。すっごい疲れた顔して、でも寂しそうに笑いながら」
「でも、後八回KIDが出ると何だって言うんだ?」
「それはまだわかんないんだけど。でもね」
青子の足が止まったので。振り返る。
大真面目な顔で。
「きっと、後八回で捕まっちゃうのよ!!怪盗KID!!」
「はあ!?」
……ありえねぇな!!
大体。なんで後八回で、今まで捕まえることの出来なかった怪盗KIDを捕まえることが出来るというのだろうか。
占いか何かじゃあるまいし。
……まさか。
例えば小泉紅子辺りが。警部に何か吹き込んだのだろうか?
しかし中森警部という人物は。その手の胡散臭い情報を簡単に信じるとは思えない。
……いや、そうでもねぇか?あれで結構単純だからな……。
だとしても。
「ありえねぇな」
「なんでよ!!」
「大体、なんで怪盗KIDが捕まるのにおじさんが寂しそうなんだよ。嬉しいんじゃないのか?」
「それは、そうだけど。だって、お父さん怪盗KIDを追うのを生きがいにしてるんだもん。捕まえられたら嬉しいけど、でもやっぱりちょっと寂しいだろうし……それに、これは青子の勘なんだけど」
「勘ねえ……」
幼馴染の勘は。こういう場合に当たった例がない。
「怪盗KID、殺されちゃうのかもしれない!!」
「なんだよそれ!!」
……おいおい。冗談でも勘弁だ。
「今までお父さん達警察は、怪盗KIDは殺さずに捕まえるんだ〜って頑張ってきたけど。これ以上捕まえられないとなると、生死は問わない!!って命令が下るんじゃないかなあ……」
「そりゃないだろ。怪盗KIDは殺人犯じゃねぇんだぜ?」
「そうだけど。でもお父さん、後八回で怪盗KIDももう……って」
「もう、なんだよ」
「わかんない。それ以上言わなかったもん。それで、またちょっと笑って、思えば怪盗KIDとも長い付き合いだしな……って」
「ふーん」
今の日本で。怪盗KIDを捕まえるのに生死は問わない、というのはありえないだろう。
流石にそんなになりふり構わなくなるとは思えない。
ただ。
……まさか。
「ね、快斗!!どう思う?」
「あ?まあ兎に角。怪盗KIDが殺されるってことだけは、ねぇだろうな」
「そんなのわかんないよー!!特殊部隊とか投入されちゃうかもよ!!」
「ないない。ありえねー」
「絶対って言えるの?スナイパーとか来ちゃうかもよ!!暗殺者とか!!」
「あのなー」
それはない。という確信は持てる。
ただ。
***
青子の判断は。半分は正しかった。
どうやら。中森警部のカウントダウンは、怪盗KIDの出現回数らしい。
あれから、怪盗KIDが出るたびに。そして、逃すたびに。
警部のカウントは、減っているという。
ただ。
……後0回になったら……。
青子の勘は正しくは無いだろう。それは確信がもてるのだが。
一つの疑念が。
……まさか。
怪盗KID暗殺計画よりは余程信憑性がある。寧ろ、今までだって話に上っていてもおかしくない。
その。疑念が。
怪盗KIDに。黒羽快斗に、隙を与えた。
「今日こそ観念しろよ怪盗KID!!」
中森警部と、屋根の上で一対一。その右手には拳銃。
……威嚇、だよな。
その点については疑っていない。疑っていない、が。
「……警部」
「何だ!?」
中森警部は。常に無駄に声がでかい。
「今日で。カウントゼロ、ですね」
何が、かはわからないが。それでもポーカーフェイスで。知っている顔をして。さらりと言い放つ。
瞬間。
中森警部の顔色が変わった。
「……気付いていたのか」
低い、声だった。
……まさか……警部!!
「しかし!!ここでお前を捕まえれば!!そんなことはもう関係ない!!」
「……警部……」
ここで怪盗KIDを捕まえられなければ。
……左遷……。
幾ら怪盗KIDの第一人者と言え。自分だって中森警部を外すなとさりげなくアピールして来たとは言え。
そろそろ限界と言われれば。それは仕方が無い。
……怪盗KIDの担当から。外されるんですか……中森警部!!
自分がここで捕まれば。そして脱獄すれば。
そうすれば。
……ダメだ。顔を見られるわけにはいかない。
何重に変装したところで。今更隠しきれるとは思えない。
勿論。中森警部が怪盗KIDの担当から外れることは、寧ろ自分には都合がいい筈だ。
もう。心苦しく思うこともない。今よりもずっと、警部にも青子にも気を使わなくても、良心の呵責を感じずに済む筈だ。
済む筈なのに。
……警部!!
青子も言っていた。怪盗KIDは中森警部の生きがいだ。
今だから分かる。あの時、父の盗一がこの世を去って、怪盗KIDが一時姿を消した時の。あの時の警部の落胆を。
……もし、ここで。俺が逃げ果せたら。
「観念しろ!!怪盗KID!!」
ああ。だけど。
……父さん!!
***
ゴメンなさい。中森警部。
でも俺は。どうしても。今捕まるわけには行かないんです。
本当に。本当に。
ゴメンなさい。
***
「記念パーティー!?なんの!?」
「だーかーらー。怪盗KIDを取り逃がした回数100回記念だって!!」
「はぁ!?」
「お疲れ様の意味も込めて。警視庁の後輩の人たちが企画してくれたんだって」
「それで……カウントダウン?」
「そ。嬉しいけどちょっと恥ずかしかったんだよな〜〜とか言いながら、すっごい嬉しそうなの。心配して損しちゃった」
「は……はは」
思わず。顔が引き攣る。
全て杞憂だったというのなら。昨日のあの時の俺の迷いも。全て勝手な独りよがり。
……カッコわりーーー!!
それでもまあ。
これからもこんな日常が続くのなら。それはそれでいいのかもしれない。
がっくり肩を落として。黒羽快斗は。そう自分を納得させた。
そんなわけで何故か快青とコ哀とジンシェリのリクが多かったこのお題。……何故快青?
や、後者二つは分かるんです。「カウントダウン」と言われれば私も思いつく「天国へのカウントダウン」まあ、コ哀とか、ジンシェリとか。
そっちのリクが多くなるのも分かるのですが……快青……マジ快でなんかそんなネタってありましたっけ??
と思いつつ、でもその快青に挑戦したくて挑戦してみたのですが、ちょい微妙だったでしょうか。すみません。
でも、なんつか、あれっすよ。コ哀は無理ですから私には。ごめんなさい。
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