なんと言おうか。
一晩考えて。でも結局何も思いつかなくて。
己の無力を思い知りながら。
江戸川コナンは今。何も言えず。
蘭の顔を見ることも出来ずに。
一人モソモソと。蘭のよそってくれたご飯を。ぎこちない握りの箸で口に運ぶ。
「ゴメンネ、コナン君。遅くなって。でも、出来立てだよ〜」
そんなことを、誰にともなく呟くように。手元から視線を外さずに。蘭はコナンの前に唐揚の入った皿を置いた。
朝から。
蘭はコナンと目を合わそうとしない。
そしてコナンも。蘭の顔がまともに見れずに。
それでも小さく。
「……ありがと、蘭姉ちゃん」
漸くそう呟くと。
蘭の手が優しく。ポンポンとコナンの頭を軽く叩いて。
「ちゃんと食べてね」
そう言うと蘭は。そのまま立って、台所に戻っていった。
「あ、そうだ。コナン君、ハンバーグも好きだったよね!!」
「……うん」
「残り物だけど、冷蔵庫にお弁当用に取って置いたのがあるから。あっためるね」
「……うん」
台所から聞こえる声に。何とか声を絞り出して応える。
蘭は、聞こえているのか、聞こえていないのか。それでもハンバーグにラップを被せて、レンジに入れる。
涙が。出そうになった。
……泣いちゃダメだ。
蘭に。心配をかけてしまう。不審に思われてしまう。
……ああ、だけど。
まるで。全て察しているかのように。気付いているかのように。知っているかのように。
朝ご飯だというのに。
蘭はテーブルの上に。食べきれない程の食事を並べる。
全て。コナンの好物ばかりだ。
……気付いてる、のか?
何故?誰かが漏らした?そんな筈は無い。このことを知っているのは、服部平次と。阿笠博士と工藤夫妻。……灰原哀。
……まさか。灰原が。
一瞬疑念が過ぎる。けれどそれを、コナンは頭を振って否定した。そんなわけがない。哀は何よりも、蘭が危険な目に会うことを嫌っている。こんなことを、蘭に告げるとは思えない。
遂に。
黒の組織との決戦だなんて。
死ぬか。それとも、工藤新一に戻るか。
もう選択肢は二つしかないなんて。
今日この家を出たら。もう二度と、江戸川コナンとして蘭に会うことが出来ないなんて。
そんなこと。
……蘭が、知っているわけは無いのに。
工藤夫妻、特に有希子は蘭に甘いが。やっぱりこの件に蘭を巻き込むような真似はしないだろう。
シナリオは。出来ている。
あと、数時間で。
有希子がコナンを迎えに来る。勿論、江戸川文代として、だ。
しかも今回は、アメリカに連れて帰るのではなく。
日本に一時帰国したので、その間だけ親子で過ごしたいという理由で。
蘭は多分。快く送り出してくれるだろう。
その後で。やっぱりコナンをアメリカに連れて行くと。コナンの声で。お母さんと一緒にアメリカに行くから。今までありがとうって。
そう電話をすれば。するだけで。それでいい筈で。
今は。ただ、普段と何も変わらない。休日の朝の筈なのに。
それなのに。
……なんで。
朝から。なんだか空気が重苦しい。
……やっぱり、誰かが。
ハンバーグは。水曜日の遠足の為に取っておいたものだろう。チンと軽い無機質な音がして。ラップの取れる音。台所からフワリと甘い香りがする。
また。涙が出そうになる。
……バカ!!確りしろ!!俺!!
こんなところで泣いている場合じゃない。弱くなっている場合じゃない。まだまだ、これからなのに。
「はい。コナン君、ハンバーグ」
「ありがとー蘭姉ちゃん。でもどうしたの?」
「え?」
「だって、今日の朝ごはんは一杯だよ?僕の大好きなモノばっかりだ!!」
「……」
無邪気を演じて笑って蘭の顔を仰いで。
不覚にも。笑顔が固まる。
蘭の瞳に。
何も言えなくなる。
……まさか……全部知ってる、のか?
今日。コナンが居なくなることも。
そして。
コナンの。正体も。
……蘭……?
呼び鈴の音が。ホンの僅かな沈黙を破った。
「お、お客さんだよ。蘭姉ちゃん」
コナンを見詰めて話さない蘭の瞳に。コナンは恐る恐る口を開く。
「あ……そうだね」
慌てて蘭は玄関に向かう。来客は、2Fの探偵事務所に。けれど今、事務所には誰も居ない。
サンダルを。履いて。蘭が振り返る。
なんだか、スローモーションのように見えた。
「コナン君の……お母さんかもよ」
「え……!?」
言葉に詰まる。
「そ、そんなわけないよ!!僕のお母さん、アメリカに居るんだもん!!」
「そうね」
静かに扉を開けて。蘭がその向こうに消えた。
***
「まあ。そんなに、よろしいのよ?だって、私達が日本に帰っている間だけですのよ?」
「でもコナン君。結構汚したりするから……沢山あって、無駄じゃないと思うんです」
「そうお?それなら……ほら、コナン。お姉ちゃんにありがとう、は?」
「……ありがとう……」
コナンの旅行の話に。蘭は特に異論は唱えなかった。……それは、予想の範囲内ではあったけど。
予定の日程では。余りある荷物を詰めてくれて。
つい、有希子も面食らってしまって。
「ちょっと、新ちゃん。どういうこと?まさか蘭ちゃん、知ってるの!?」
「んなわけねぇ……筈なんだけどなあ」
小声で囁きあう。
「それじゃ。コナン君宜しくお願いしますね……って、なんだか変ですね。私がそんなこと言う立場じゃ……」
「あ、あら。そんな。こちらこそいつもお願いしちゃって……、ホント、悪いと思ってるんですのよ。でもこの子がどうしてもお姉ちゃんと一緒がいいって駄々捏ねるものですから。ご好意に甘えてしまって……」
「いえ。私、一人っ子なんで……弟が出来たみたいで。とても楽しかったです」
「蘭ちゃん……」
有希子の足を思い切り踏みつけようとして。
……楽し……かった!?
思わず。蘭を見上げる。
……蘭……お前……やっぱり……。
何処まで知っているのだろう。
「じゃあね。コナン君」
「ら、蘭姉ちゃん……」
笑顔を作る蘭に。どうしていいのかわからなくなる。情けないけれど。本当に、本当に、どうしていいかわからなくて。
さよならと。
言うべきなのだろうか。
それとも。
行ってきます、と。
それとも。
背負ったリュックの肩紐を。ぎゅっと握る。
「……怪我、しないでね」
「え……!?」
「気をつけて、行ってらっしゃい」
「う、うん……行ってきます」
有希子も。困ったのだろう。柄にもなく、口の中でごにょごにょと。何か挨拶らしい言葉を紡いで。
コナンを促がして。毛利邸を出る。
扉が閉まる瞬間に見えた。蘭の笑顔が。
胸に焼きついた。
初めて書きました。凄く真面目に、新蘭です。コ蘭?まあどっちでもいいんですけど。
原作でどうなるか分からないのに書いてしまいました。私にとっては割と鬼門だったのですが。どうでしょうか。どうでしょうか。
蘭ちゃんはコナン君の正体、気付いてるのか、気付いてないのか。最後まで知らないままなのか、最後には知るのか。
わからないと色々書けない所もあるのですが。分からないからこそ書いてしまえるとも言うわけで。うんまあ、そんあわけです。
何言ってるんでしょうかね。すみません。ちなみにこのリクは新蘭と平和がほぼ同率、新蘭が一票勝ったって感じでしたが。
そんな中にジンシェリというリクもあってちょっと吃驚。……どっちがどっちを心配する想定でのリクだったのか。それが超気になります。
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