「ったく。なんでこーなるんだよ」
「そら、工藤のせいやん」
「なんで俺なんだよ」
「ほな、俺のせいやって言いたいんか!?」
「半分はそうだろ!?」
「よー言うわ。工藤がネズミなんかにびびるからやろ!?」
「バァカ!!外で待ってろって言ったのにお前ぇが飛び込んでくるからじゃねぇかよ!!」
「工藤が扉閉まるスイッチなん、押すからやろ!!」
「スイッチだなんて気付かなかったんだよ!!」
「ほらやっぱ工藤の……」
「うるさい黙れ!!さっさとその暗号解けって言ってんだろ!!」
「そら、さっきから頑張ってるけどなあ……」
溜息混じりに。服部平次は紙の束をヒラヒラと。
「ドンだけ枚数あると思ってんねん」
「さっさと解けって言ってんだよ」
「……」
仕方なく。平次は再び暗号と格闘を始める。
ここは。黒の組織のアジトの一つ。正確には、元アジトの一つだ。
黒の組織との対決を無事に終えて工藤新一に戻り。今日は平次と二人、事後処理というか後調査というか。とりあえずアジトの一つにやってきた。
ここはそのアジトの。更に隠し扉のある地下室。
床にあるキーに暗号を入力すれば地下室への階段の鍵が開く。非常にシンプルなもの。
入るための暗号は、灰原哀から聞いていたので難なく地下室を開ける事が出来た。のだが。
念のため、と。服部平次を一人残して地下室に入ったところ。
不覚にもネズミに驚いて声を上げ。
慌てた平次が地下室に下りてきた。
そこまではまあ、よかった。
自分が。うっかり扉の閉まるスイッチを押すまでは。
それでも。どうせ出るための暗号も、入るためのものと同じに違いないとタカを括って居たのだが。
どうやら違ったらしい。入力しても、鍵はうんともすんとも言わない。
仕方が無いので手当たり次第。思いつく限りの文字列を入れているわけだが。
文字数制限が無い上に、endキーがあるところを見ると。暗号は何文字かすらわからず。
組み合わせなんて、計算したくないほどある。
二人して途方にくれたところ。
なんと、暗号を示したらしい資料を発見。
簡単な文字列解析。楽勝……なのだが、如何せん、量が多い。下手な暗号解析より、性質が悪い。しかも、二文字目の解析には一文字目が必須なので、手分けして解くわけにも行かない。
とりあえず解析は平次に任せて。引き続き新一は心当たりの文字列を入れまくっているわけだが。
未だヒットの気配が無い。
……くそ!!
平次に。八つ当たりの一つや二つしたくなるのも仕方が無いと自分では思うのだが。しかし現状への責任がより自分にあるのも否めない。
密室に。
二人閉じ込められてそろそろ三時間。
暗号の紙の束を発見するまで二時間近くかけた。平次の暗号解析は漸く二文字目。
……もう少し早くできねぇのかよ!!
と、言いたいところだが。自分だってあの量をそんなに早く解ける気はしない。何しろ、頭のよしあしでもひらめきの問題でもなく、只管物量の問題なのだ。
「腹減ったなぁ……」
「黙って解け」
「そっち……ヒットせぇへんのか……?」
「まだだ」
ぐしゃぐしゃと前髪を掻いて。平次が再び紙の束と格闘を開始する。
一文字目がわかったので新一の作業はある程度限定されてきているものの。
……意味のある文字列じゃ、ねぇのかもな。
入るときは意味のある単語だったのだが。寧ろそれがフェイクかもしれない。
片っ端から文字列を打ち込む。
こうなったらこっちも物量作戦しかない。
***
……もう……何時間経ったかな……。
今日ここに来ることは。誰にも告げていない。が。
……そろそろ……蘭が……。
連絡の取れないことを心配してくれるかもしれない。携帯の電波なんて、この地下の密室には最初から届いていない。
但し。
常日頃。二人ともそれぞれの幼馴染を。それはもう、盛大に待たせているので。
何時間連絡が取れないと心配してくれるか。甚だ疑問なのだ。
情けないことに。
どちらかが気付けば。お互いに連絡を取るだろう。そして蘭なら、灰原哀に何か心当たりを聞いてくれるに違いない。
と言っても。新一が哀から聞いたアジトの情報はここだけではない。
数ある中からここを探し出す確率は……。
……やべぇ……気が遠くなってきた……。
それでも。
ここでこのまま。朽ち果てるわけには行かない。
折角。元に戻れたのに。
やっと。会えたのに。
……待ってろよ!!蘭!!
気を取り直して。新一は再び、キーとの戦いを開始した。
***
流石に少し。意識が遠のいてきた頃。
「終わった!!」
服部平次の喚起の声に。意識を引き戻される。
大量の紙束との格闘を終えた、平次は。それはそれはもう、晴れ晴れと。
「工藤!!やったで!!」
「でかした!!服部!!」
早速二人で。キーを見詰める。
「……おい、服部。ホントに、これか?」
「ああ。なんでや?」
これは。最初に試した。し。その後の物量作戦でも入れた気がする。
たった五文字だ。
しかも。
AKEMI
灰原哀、つまり宮野志保の。姉の名前。
……おっかしいなあ……俺なんか、ミスったのか?
なんてことは今はどうでもいい。遂に扉は開くのだ。
ピ。ピ。ピ。ピ。ピ。
ピ。
しかし。キーはうんともすんとも言わない。
入る時には。確かに「OK」が出て。更にはガチャリと分かりやすい開錠音までしたのに。
「まさか……俺どっかで、間違えたんか……?」
「さあな……」
導き出された答えが答えだけに。間違ってるとは思えなかった。
この部屋は。宮野志保が研究に使っていた部屋。暗号を決めたのも、宮野志保だろう。
……もしかして……これが、こいつ自体が、フェイクなのか!?
この。紙の束自体が。
平次も同じ答えを導き出したのだろう。
珍しく。酷く絶望した目をしている。
他に何か。部屋にヒントが隠されているというのか!?それとも……。
***
「後は、この部屋くらいかしら?」
僅かな声が耳に届く。新一は飛び起きた。
飛び起きて初めて。自分が意識を失っていたことに気付く。平次も少し離れたところで力尽きていた。
「服部!!起きろ!!」
「んあ……」
「声がする!!」
……幻聴か?
そう思った時。
「早く開けてみて、哀ちゃん」
「平次、大丈夫やろか」
「でも……ここなら……」
「蘭!!」
何よりも先に。叫んでいた。
「新一ぃ!!」
愛しい人の声が。必死に自分を呼ぶ。
「新一!!そこに居るの!?」
「平次ぃ!!」
「和葉ぁぁ!!」
「え……ホントにここに!?」
哀の声は。少し困惑気味。
「何してるの、二人とも。怪我でもしてるの?」
「バーロ!!怪我なんてしてねぇよ!!さっさと開けろよ灰原!!」
「わかったわ」
漸く少し緊張した声で。哀が応える。キーを操作する電子音。そして。
希望の扉が開かれる。
地下室にも電気はついていたし。地上も、もう夜なのだろう。差す光は太陽光ではなかったが。
この上もなく。心地よかった。
「あら。ホントにここに居る」
誰よりも先に蘭の顔を見たかったのに。先に覗き込んできたのは、灰原哀。
扉を持ち上げると。新一と平次が階段を駆け上がるより先に、一人地下室に降りて来た。
「あ!!アホ!!」
完全に開け切っていなかった扉は重力にしたが手。パタンと閉まる。平次が真っ青になって声を上げた。
「灰原お前……出るための暗号、ちゃんと分かってるんだろうな……」
「暗号?」
首を傾げる哀に。血の気が引く。
……まさか。
「やだ。ホントに怪我してないんじゃない。動けない事情でもあるのかと思って二人を置いて先に来てあげたのに。じゃあ、何してるわけ?二人してこんなところで。大変だったのよ?蘭さんと和葉さんが、貴方達が帰ってこないって大騒ぎして」
「当たり前だろ!!お前、入るための暗号教えて置いて、出るための暗号教えてくれなかったじゃねぇか!!」
「出るための暗号!?」
「知らねぇとは言わせねぇぞ!!入る時のと違うじゃねぇか!!」
「……その、紙の束」
「ああ。解いたで。せやけど、違た」
「それ、全部?ご苦労なことね」
「あんなあ、姉ちゃん。こっちがどないしんどい目に会うたと思てんねん。さっさと暗号……」
「貴方達って。ホントにバカね」
「灰原!!お前!!」
「暫く放っておきたい気もするけど。上の彼女達が心配するから戻りましょうか」
踵を返して階段を上り始める。新一と平次は。思わず同時に。
「暗号!!!!!!」
ポケットに手を突っ込んだまま。階段を上りながら哀は振り返った。
「……ないわよ」
「ない!?」
「ないって、どういうことやねん!!ここにちゃんと、暗号入れるキーが……」
「壊れてるのよそれ」
「はぁ!?」
「ちなみにその紙の束は私が暇を持て余して作ったものよ。ちまちま作りながら……そうね、それでも一年くらいは掛けたかしら。単純作業とは言え、よく数時間で解いたわね」
「ちょっと待てや姉ちゃん!!壊れてるって……」
「壊れてるのよ。ほら」
階段を上り切った哀が。扉を持ち上げると。
扉は。なんなく持ち上がる。
「入る時には暗号が必要だけど、出る時は要らないの。だから教えなかったのよ」
「……」
「もしかして。何時間もここに居て、試さなかったの?一度も」
「せやかて……」
「強行突破なんて。最初に思いつくかと思ったのに、意外とお行儀いいのね、二人とも」
「灰原……お前……」
「別に。私のせいじゃないでしょ?入る時には暗号が要るとは言ったけど、出る時に要るとは言ってないもの」
「姉ちゃん……」
「ま、出る時に要らない、とも言わなかったけどね。……それにしても」
ノロノロと。哀に続いて二人も階段を上る。
疲労感が。全身に回って履き怪我するくらいだった。
「探偵って。ホントはただのバカなんじゃない?」
薄く笑いながらそう言われて。
地上に出るなり二人は。ばったりと倒れ込んだ。
と言うわけです。葵さんは探偵たちの無駄に頭が良い所が大好きです(爆)
そんなこんなでまたもや黒の組織との決戦後という設定で書いてみたわけですが。
蘭ちゃんが真実を知るかどうかと同じくらいどうなるかが気になるのが哀ちゃんです。志保に戻るのか。哀ちゃんのままなのか。
どっちもそれなりにいいような気がするんですよね……。哀ちゃんのままでもいい気がする。そのまま少年探偵団と育つのも。
でもそれは人生をやり直すってことで。それっていいような気もするし、なんだかなって気もするんですよね。悩ましい。
とりあえず今回は哀ちゃんのままで書いてみましたが。どうだったでしょうか。
この後は幼馴染みに盛大に叱られつつ盛大に甘えるといいよ東西名探偵。
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