A secret makes a woman woman
女は秘密を纏って美しくなる。
確かに。ミステリアスな女性は魅力的。
だけど。
それじゃあ。
秘密を纏った男は。
女にとって魅力的だろうか。
***
「それはまあ、秘密にもよるんじゃねぇか?」
「秘密による?」
「そーだよ。例えばさあ、まあ月並みだけど。実は敵国の諜報部員とか。なんかそういう男ってやっぱミステリアスでいいんじゃねぇ?」
「あー。なるほどなあ」
「隠してる秘密がさ。実は浮気してますとか不倫してますとかオタクです、じゃ。やっぱ魅力的とは言い難いだろ」
「そらそやな」
「ま、それを言ったら女の秘密だって種類によるんじゃねぇか?」
「そうやなあ」
「んだよ、急に。何かあったのか?」
「ん?何って程のことやないんやけどな……」
絵に描いたような浪速っ子であるこの西の高校生探偵が。歯切れが悪いのは、隠し事をしている時か。
……やっぱ。遠山さん絡みかよ。
電話口で相手に悟られないように冷笑を浮かべる東の高校生探偵は。自分だって蘭が絡むと途端に歯切れが悪くなることには気付いていない。
「いや……工藤はええな、て思って」
「はあ?」
意外な言葉に眉間に皺が寄る。
……なんの嫌味だよそれは!!
未だに江戸川コナンで居る自分が。服部平次から羨ましがられる理由など思いつかない。
勿論。
江戸川コナンであることで。随分得をしていることも、ある。それは、認める。
しかし江戸川コナンであることで損をしていることも多いのだ。プラスマイナスゼロというヤツだろう。
……寧ろ。マイナスじゃねぇのか?
最愛の幼馴染に嘘をつき続け。欺き続け。それでいて、連絡手段さえ禄に与えず。
待たせたままなのだ。
一緒にお風呂に入ったとか同じベッドで寝たとか毎日手料理を食べてるとか膝の上に座ったとか、そんなあれこれでは埋められるものではない。
「お前に羨ましがられることなんて。何一つとしてねぇと思うんだけどな?」
「うーん……なんちうか……」
「なんだよ。はっきり言えよ」
「その……あれやんなあ。あの姉ちゃんて、ホンマお前のこと好きやんなあ」
「ば……!!ばーろー!!きゅ、急に何言うんだよ!!」
思わず。受話器に向かって怒鳴りつける。
こんなフェイントは。卑怯だ。
「せやかてホンマのことやん」
「そ、それはまあ……まあ、そう、だけど……よ」
自分で認めるのは。照れ臭いのもあるが。同時に増す罪悪感に辛くなる。
「なんだよ。それがなんか、関係あるのか?」
「いや……なんちうんやろ。工藤の、その秘密がな。姉ちゃんにはまた、魅力的なんかな、って思てな」
「はあ?」
そんなことは。考えたことがなかった。
確かに。事件について多くを語らず行方を晦ました工藤新一は。例えば警視庁、もしくは政府。更に言うなら国際機関から。
極秘の調査依頼を受けて隠密に行動している……ように見えなくも無い、かもしれない。
が。
……だったらもっと上手くやるよな。
FBIの証人保護プログラムとまではいかなくても。
姿を消すにしても。ある日突然、なんてことにはならないだろうし。それくらい、蘭にだってわかるだろう。
そんなカッコいい方向に。誤解するとは、しているとは思えない。
……してくれてたら。大馬鹿推理之介はねぇよな……。
「せやけどなあ、工藤」
「あん?」
「辛ないか?」
思わず言葉に詰まる。
辛いに決まってる。そんなことは、誰の目から見ても明らかだろう。
……何を、今更。
「……ばーか。辛いに決まってんだろ?」
近くに居るのに。こんなに近くに居るのに。彼女の望みを叶えて上げられない自分。
辛くないはずが無い。
「やっぱ……そうやんなあ……」
「服部……お前、どうかしたのか?」
らしからぬ暗い声に。不安になる。
……まさか、こいつも、幼児化?
それは無いにしても。何か、幼馴染に隠さねばならない秘密が。自分の、幼児化に匹敵するような何かが。彼の身に起きたのだろうか?
自分の知る限り。服部平次にこれ程思い悩む、工藤新一に相談するような秘密など。ない筈だ。
「俺もな……お前の正体とか、和葉に隠してるんとかは、別に平気やってん。まあ、和葉はあの姉ちゃんと仲ええし、それなりには気にしとるけど、せやけど所詮他人事やん?」
「そうだな」
「せやけどなあ……やっぱ……俺のコトで、しかも和葉も関係すること隠すんは……辛いなあ……」
「服部……」
「和葉が知りたいこと、俺は知ってんのに。言えへんのは……なあ……」
「何があったんだよ。服部!!」
不安になる。ありえないと、そう思っていても。
……まさか。こいつにまで、組織の手が……!?
「俺、ホンマはな。工藤のことちょっと羨ましいな、思たこともあんねん」
「服部……」
「スマンな、工藤。俺が間違うてたわ。……お前も……辛いんやもんなぁ……」
「服部!!何があったんだよ!!言えよ、服部!!」
なんだろう。酷く焦って、呼吸が上手く出来ない。
平次の声音が。コナンの不安を一層煽る。
……なんなんだ!?一体、何が……。
「何って……まあ、アレや。お前は、知ってることやけどな」
「俺?」
慌てて記憶を手繰る。何かあっただろうか?思い当たらない。思い当たらないことが、余計に不安を煽る。
……俺が知ってるってことは、やっぱり組織がらみなのか!?
だとしたら。巻き込んだのは自分だ。
蘭だけでなく。和葉まで待たせることになったのならば。どれもこれも、発端は自分だ。責を負うのなら、自分だ。
……俺の、せいで。
自分と同じ想いを、平次に。蘭と同じ想いを、和葉に。
それなのに。何も思い当たらないことが酷くもどかしい。
もしかしたら自分は。自分のことに必死で。何か大切なことを見落としているのだろうか。平次と和葉、二人を苦しめる何かに、気付いてもいないのだろうか。
……だとしたら……俺はホントに、最低だ。
何も思い当たらないことに。酷く焦る。
蘭の柔らかい笑顔。平次の屈託のない笑顔。和葉の明るい笑顔。
それらが頭の中をグルグルと駆け巡り、しかし次の瞬間三人は顔を曇らせる。切なげに、眉を寄せて。
……俺……が……。
受話器を握り締める手が震える。覚悟してなかったわけではない。それ、でも。
「服部……何があったんだよ……」
「せやから、工藤も……」
「何があったか、言えって言ってんだよ!!」
つい声が大きくなる。八つ当たりだ。分かっている。心当たりの無い自分への苛立ちを。ただぶつけているだけに過ぎない。
わかっている。けど。
涙が出そうだった。辛うじて堪えた。
「言えよ!!服部!!」
長い沈黙。
多分、一分にも満たない沈黙が。何故だか酷く長く感じられて。
判決を待つ咎人の気持ちを味わう。
漸く漏れた小さな声。
「せやから……その……あれや……俺の……。……初恋?」
「はあ?」
「あれ、ホンマは和葉やったやん?」
「あ、ああ」
「せやけど今更そんなこと言えへんし。せやけどあいつ、今でもメッチャ気にしとってな。俺が京都行くたんびに、蒸し返すねん」
「……」
「俺ホンマ、隠してるん辛なって来てんけど、せやけどカッコ悪いやろ。今更。ホンマ、堪忍して欲しいわ……」
「……」
受話器を持つ手が。震えを増す。
怒りで。
「なあ、工藤。どないしたら……」
「知るか!!」
一方的に通話を切ると。
渾身の力で。コナンは受話器を叩きつけた。
平次がちょっとアホ過ぎたかな〜〜って気がしなくもないですが。東西名探偵のこんな感じの擦れ違いっぷりは可愛いと思います(爆)
俺様なところも多々ある新ちゃんですが。こんな感じでやっぱり仲間(?)のことを思って辛くなったりもすると思います。
特に和葉が絡むとね。自分と蘭を投影して辛くなるわけですよ。でも平次はアホの子なんで。ワハハハハ。新ちゃんは可哀想でナンボです<酷!!
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