それはもしかしたら。偶然だったのかもしれない。
偶然だったのだろう。
ただ。自分がその場に居たから。……偶然、声を掛けただけだ。
「哀ちゃん、あのね」
江戸川コナンへの輸血の為の採血を終え。幾分青白い顔でベッドに横たわる蘭の様子など。見に行かなければよかった。
……どっちにしろ。分かっていたことだもの。
「私もこの子と同じ血液型ですから」
そう言った蘭の声には。揺ぎ無い確信があった。
……気付いて……しまったのね……。
当然と言えば当然だろう。寧ろ、今まで隠し通せていた方が不思議だ。
それでも。心のどこかでまだ。どうか気付いていませんようにと。気のせいであって下さいと。
そう期待して。蘭の病室を訪ねたのに。
……眠っていると。思ったのに。
蘭は天井を見詰めたまま。哀の方を見ずに。それでも、「哀ちゃん、あのね」と。
「コナン君は?」
「……江戸川君は、大丈夫……で、す。さっき一度、目を覚ましたって……今は、また、眠って」
「そう」
天井を見詰めたままの蘭は。すぅっと目を閉じて。
「……そう」
もう一度。そう、呟いた。
それだけなのに。
……ああ。気付いてしまったのだ。
蘭の確信を、哀が確信する番だった。
ずっと。恐れてきた気がする。この日を。何よりも、この日を。
初めて彼女に会った。あの日から。
江戸川コナンの。彼女に対する態度に。何度苛々させられたことだろう。これでは、何れ気付かれるだろうと。
巻き込んで、しまうだろうと。
あの男が中途半端な態度を取るたびに。怒鳴りつけたくて、殴りつけたくて仕方がなかった。
……もう。決して失いたくないのに。
だけど全てが今更だ。蘭は気付いてしまった。
江戸川コナンと。工藤新一が。同一人物であることに。
常識では考えられない何かが。彼の身に起きたことに。
……いいえ。今更、じゃない。
まだ間に合う。今ならまだ間に合う。なんとかして。これが誤解だと。そう、思わせることが出来れば。
別人だ、と。思わせることが出来れば。
……鼬ゴッコ、かしら?
その場凌ぎでしかない。かもしれない。何れなにかもっと決定的にばれてしまった時に、言い訳が立たなくなるかもしれない。
それでも、いい。
今だけでも。彼らが別人であると。彼女に思い込ませることが出来るなら。
彼女を。少しでも危険から遠ざけることが出来るのなら。
もう。二度とあんな想いはしたくないと。しないと。そう、心に誓ったのだから。
……お姉ちゃん。
蘭が。小さな寝息を立て始めたのを確認して。そっと、病室を出た。
***
「なあ、おめー」
試作品を片手に。江戸川コナンが何気なく言葉を紡ぐ。
……ホント。バカな男。
何故自分がここまでしてくれるのかと。本当に、わけがわからないといった風情で。
この男は。いつもそうだ。
全く、分かっていない。
何もかもが。
きっとこの男は。自分が、工藤新一に手を貸す理由が。毛利蘭にあるなんてことは、思っても見ないのだろう。
そこに接点を見出すことなど。できないのだろう。
かといってここまで工藤新一に手を貸す理由も思いつかず。それで、こんな間の抜けた問い掛けをする。
……高校生探偵が。聞いて呆れるわね。
「死ぬかもしれないけど、試してみる?」
そんな脅し文句にすら。一も二も無く乗ってくる男。
自分は死ぬわけが無い。とでも思っているのだろうか?
そもそもAPTX4869を飲んで無事だっただけでも。奇跡に近いと言うのに。
実験用ラットでの生存率は低かった。寧ろ殆ど無かった。だからこそ、ジンが殺人用に好んで使用して。
恐らく。人間での生存例は。工藤新一と自分くらいだと言うのに。
……貴方が死んだら。彼女はどうなるのよ。
そんな覚悟もないままに。……彼なりには覚悟はしたのかもしれないけれど。その程度の覚悟で。
この計画に乗るこの男が。酷く腹立たしかった。
「貴方のためじゃないわ」
ただ。そう答えた。
ホントは。死ぬとは思っていない。
ラットでの実験では。死亡率は0%だ。寧ろ効果が無い確率の方が高い。
……見透かされたのだろうか。
それはそれで腹立たしいが。とりあえず。
これで彼女が少しでも危険から遠ざかるのなら。
今自分に出来る精一杯をしようと。
心に誓った。
***
……完璧なシナリオだと思ったのに。
舞台の上で。演技中の再会。彼女は、きっと酷く驚くだろう。
聞きたいことも、言いたいことも。山ほどあるに違いない。
それでも生真面目な蘭が。舞台の上で、劇そっちのけで。新一に食って掛かるとは思えない。
だから。
舞台の上でちょっとだけ会って。そして演劇が終わる頃には姿を隠せば。
何の問題も無いと。
クラスメイトが。工藤新一が確かに居たと証言してくれるだろう。
毛利小五郎が。江戸川コナンが確かに客席に居たと証言してくれるだろう。
それで。
なんの問題も無いはずだったのに。
「……コナン君?ねえ、コナン君?ねえ」
「え……あ、はい、……ええっと、な、なんだよ」
「どうしたの?ボンヤリしちゃって」
「まだちょっと、熱あんだよ。ゲホッゴホッ。ゲフッ」
「大丈夫?コナン君」
「だ、大丈夫……」
どうして。学校でまでこんな真似をする羽目になっているのだろう。自分は。
挙句の果てには。毛利探偵事務所で寝起きまでしているのだ。
堪らない。やめて欲しい。どうせそこは自分の居場所ではないのだから。暖かい温もりなんて知りたくもない。
明日からはもう。阿笠博士の家に逃げ込もう。
こっちはそう、心に決めたのに。
「やっぱ高校生の体はいいよな〜〜」などと。ホントに、高校生探偵なのかと。問い質したくなる。そのお気楽な発想はなんなのかと。
無事に元に戻れたなどと。本気で思っているのだろうか。
……まあ、その可能性もゼロじゃないけどね。
それでも実験では。最終的に効果が切れなかったラットは居ない。江戸川コナンが、完全に工藤新一に戻れた可能性は。極めて低いだろう。
そんなことも知らずに。
……ホント。碌な男じゃないわね。
無論。教える気はない。そんな義理は無い。寧ろこれくらい、可愛いものだと思って欲しいくらいだ。
蘭に。
あんな男辞めておけと言いたくなる。
はあ、と一つ大きく溜息をついて。
歩美のもの問いたげな視線に。
哀はまた大袈裟に。咳き込んで見せた。
哀蘭です!!勿論新蘭ベースで明志・志明ベースですが、大好きです哀蘭!!もう、ホントにホントに大好きです。
うちの哀ちゃんはコナン君より寧ろ蘭ちゃんが大好きです。寧ろコナン(新一)に対しては「いっそ居なくなれば?」くらいの勢いで。
でもそれじゃあ蘭が泣くから、「もう少し確りしなさいよね」って感じです。知ってるだけに苛々すると思います。
「シャッフルロマンス」のお題で哀蘭書く人間なんて、コナン界広しと言えど、私くらいのもんだろうな(笑)
まあ、新蘭で書いたら絶対どっかとネタが被るって話もありますが(爆)
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