日の当たる居間の隅で。ぬくぬくと丸くなって。
和葉はお昼寝をしていました。
和葉はまだ小さいので。お外に出して貰えません。お外は危険が一杯です。
だから最近は、服部家の窓は閉まったままです。空気の入れ替えは、和葉の到底届かない、遥か上部の小さな窓を全開にして行われます。
天気のいい日です。こんな日は、小さな和葉はずううううううっと寝ています。
和葉はまだ子供なので。遊ぶのと寝るのが仕事なのだと。静華も言います。
だからこんな風に気持ちのよい日は。日がな一日、お昼寝です。
……ふにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
小さな四肢を伸ばして。爪を大きく開いて。大欠伸。
不意に門の辺りにざわめき。和葉は跳び起きます。
……平次!!
今日はいつもより幼稚園からの帰りが遅いようでしたが。一日中寝ている和葉にはあまり関係がありません。
けれど今。平次の声と一緒に。もう一人。聞き馴れない声が。知らない気配が近付いてくるのは。和葉にとっては大問題でした。
……お客さんやろか。
このお家には。お客さんはそこそこ来ます。和葉は。あまりお客さんが好きではありません。
まだもっと小さな頃に。大きい知らない人が大きな声を出して。凄く怖かったからです。
ちなみにその大きな人は。今ではすっかり懐いている平蔵さんだったのですが、和葉は気付いていません。
平次を迎えに玄関まで。
けれど勿論、犬のように平次を出迎えて尻尾振って飛びつく訳ではありません。
嬉しいけれど。なんでもない振りをして。
……ふーん。帰って来たん?別に待ってなんおらんかったで?まあ、遊びたいんやったら遊んであげへんこともないけど。
と言って。玄関から繋がる廊下の途中の電話台の辺りから。ちょこっと顔を出すだけです。
それでも平次は。帰って来ると嬉しそうに和葉に駆け寄って。
2,3歩逃げ掛ける和葉を。褐色の手でわしゃわしゃと撫で捲くり。
和葉がその手首を掴んで掌に猫キックをかますと。
それはそれは嬉しそうに笑うのです。
けれど。
今日は様子が違います。
お客さんです。
玄関の向こうまで来ているようなのですが。平次は中々家の中に入って来ようとしません。
「ぜーったい、俺の勝ちや」
「何言ってんだよ。俺の勝ちに決まってるだろ?ほら、見ろよ。可愛いだろ」
「はん!!そんなん、うちの和葉見てから言いや。めっちゃ可愛えねんから!!」
「うちの蘭より可愛いなんてことは、ぜってー、有り得ねぇな!!」
「なんやとコラ!!」
「やる気か!!」
……平次?
電話台の影で。和葉は首を傾げます。
今自分の名前が呼ばれた気がしました。
……なんやろ。
「とにかく。お前んち入ろうぜ。対決だ」
ガラリ。
玄関が開いて。和葉は思わず飛び上がります。
平次と。もう一人。同じ年頃の少年。と。
猫。
子猫です。きっと和葉と、そう歳の変わらない。白い猫です。
……猫、や。
生まれて少ししてこのうちにやって来て。外に出たことの無い和葉は。お母さんでも兄弟姉妹でもない猫に会うのは初めてです。
……メッチャ、綺麗な猫!!
少年の手の中の猫も。大きな目を見開いて和葉を見ています。綺麗なグリーンの目です。ピンとたった耳。
知らない猫です。怖い猫かもしれません。でも不思議と、そんな感じはしません。
世の中には怖い猫も沢山居るから、油断してはいけませんよとお母さんに言われましたが。でも不思議と、そんな感じはしません。
……遊ぼ。
「にゃ」
小さな小さな声で。和葉は白い猫に呼びかけます。
緊張の為か、少年の腕にしがみ付くようにしていた白猫の耳が。ピンッと小さく揺れました。
ジッと。澄んだグリーンの目が和葉をジッと見詰めます。
「あれか?」
「せや。めっちゃ可愛いやろ?」
「まあ……可愛いかもしんねぇけど。あんな物陰で隠れてるようじゃなあ。やっぱ、度胸では蘭の勝ちだな」
「そう言うて。お前んとこの猫かてお前にしがみ付いてびびってるやんけ」
「バァカ。他所の家に来たんだからこれくらいは当たり前だろ。な〜。蘭〜」
少年に頭を撫でられながら。白い猫はまだジッと和葉を見詰めたまま。
「にゃ」
小さくまた。和葉が声を掛けると。素早い動きで少年の腕の中から飛び降ります。
「あ!!蘭!!」
「よっしゃ!!勝負開始や!!行け!!和葉!!」
蘭と呼ばれた白猫は。飛び降りた位置でちょっと躊躇う様に。
和葉も。電話台の陰からピョンと飛び出します。
「ふにゃ」
「……にゃ?」
……蘭ちゃん?
……和葉ちゃん?
蘭がちょっと小首を傾げます。それから。ちょっと腰を引いて。勢いを貯めるような仕草をして。
ピュッと。和葉めがけて飛びつきます。
「行け!!蘭!!」
「和葉!!負けんなや!!」
二匹ホンの一瞬組み合ってコロコロと。そしてお互い立ち上がると。どちらからともなく廊下の先に一目散に駆け出します。
「逃げた!!」
「アホ!!逃げたんはそっちやろ!!」
「なんだと!?」
「とりあえず、追うで!!」
「そうだな。怪我しちゃやべぇし」
二人は。大慌てで靴を脱いでその後を追った。
***
服部家に、愛猫連れで唐突にやってきた少年は、工藤新一。平次の、幼稚園のクラスメイトだ。
推理小説家の父に元女優の母。そして本人は将来探偵を目指す推理オタクのホームズフリーク。
その新一を。一方的にライバル視しているのが。同じく推理オタクの服部平次。
それでも普段は。何かと突っかかる平次を「バカバカしい」と相手にせず受け流してきた新一だったが。
今日。平次が幼稚園でその愛猫を褒めるのを聞いて。ついつい自ら突っかかってしまった。
最初はどっちが可愛いという争いから。
どっちが賢いとか。
どっちが強いとか。
その結果。今日、幼稚園の帰り道。愛猫の蘭を連れて。
服部家の敷居を。初めて跨ぐことになったわけで。
***
本日の服部家。は、幸か不幸か平蔵も静華も留守。
ドタバタと幼い足音が二人分、自身の愛猫を探して家中を縦横無尽右往左往。
「居たか?」
「いや。居らん」
「ったく!!なんでこんなに無駄に広いんだよお前んちは!!」
「無駄言うな!!せやかて、工藤んちやって豪邸やん!!」
猫を連れに帰りに寄った工藤邸は。大きな洋館だった。
ちなみに平次が工藤邸に寄ったのも、今日が初めて。
「兎に角、外に逃げてなんてねぇだろうなぁ」
「それはないやろ。うちのおかんが出掛ける時に戸締り忘れるとは思えへんしな」
「まあ……そうだな」
新一も。静華のことは幼稚園の行事等で見知っている。
「ま、探すしかないな。もう勝負がついて、お前んとこの猫、怪我してるかもしんねぇし」
「アホ!!うちの和葉のが強い言うてるやろ!!」
「何言ってんだ!!蘭の方が強い!!ついでに言うなら賢いし可愛い!!」
「そらうちの和葉や!!」
「兎に角お前はそっち探せ。俺はこっち探す」
「よっしゃ……って、おい、あそこ!!」
「ん?」
平次の指差す先には。日の当たる縁側近くの大きな窓の窓辺に。
ぐったりと倒れ込む。二匹の子猫。
「まさか!!」
「相打ちか!?蘭!!」
勢いよく部屋に駆け込んで、走り寄る。
が。
その気配にも。二匹の子猫は起きる気配がない。
一見して外傷はなさそうだ。血も出ていない。ただ只管。
小さなお腹が。規則正しく上下する。
ゆっくりと。ゆっくりと。
「……」
「……」
「まさか……」
「……寝てるんか?」
別に息が荒いわけでもない。傷なども見当たらない。
平次と新一は。二人してその横に座り込み。
それぞれの愛猫を起しに掛かる。
「和葉!!和葉!!」
「うにゃん……?」
……平次?
「和葉!!どないしたんや!!寝てるんか?」
「ふにゃあ。ふな、ふな、にゃあ」
……あんな、平次。蘭ちゃんと、遊んだん。一杯遊んだんよ。
「疲れたんか?喧嘩は、どないやったん?」
「にゃ?」
……喧嘩?喧嘩なん、してへんよ?
「勝ったんか?」
「にゃ」
……遊んでもろた。
「……勝った言うてんで」
「バァカ。勝ったのは蘭だと」
「なんやて?」
「蘭が、そう言ってるしな」
「アホ!!んなわけあるかい!!」
「なんでだよ!!うちの蘭が巻けるわけねぇだろ!!」
「それこそ何でや!!」
「上等じゃねぇか!!やろうってのか!?」
「ええでこら!!表出ろや!!」
……平次?
ドタドタと。大きな足音で庭に飛び出す。
ピシャリと。窓が閉められた。
その衝撃に、二匹は飛び起き。
「にゃ?」
「……ふにゃ」
……どうしたのかなあ。
……わからへん……。
顔を見合わせて。小首を傾げて。思い出したように毛繕いをして。そしてまた、ぱったりと倒れる。
「ふにゃあああああ」
「にゃん」
……めっちゃ眠い〜〜〜!!
……私も……。
「にゃあ。ふにゃ」
「にゃ」
……なあ、蘭ちゃん。後でまた、遊ぼ。
……うん。後で、また。
庭では。竹刀片手の平次とサッカーボールを片足の下に設置した新一が。まだ何か不毛な言い争いをしていたけれど。
ポカポカお日様がとても気持ちがよくて。
初めて出来たお友達が嬉しく。
そして一頻り遊んだ今。眠くて眠くて仕方がなかったので。
……何してたんか、後で平次に聞いてみよ……。
うーんと四肢を伸ばして。
和葉はまた。蘭の隣で心地よい眠りに落ちた。
わぁいまたやってしまいました猫パラレルー。仔猫パラレルー。仔猫和葉可愛い〜〜〜〜仔猫蘭ちゃんも可愛い〜〜〜〜〜vv萌えます。
そんでも仔猫と少年達は基本的に擦れ違ってると思うんですけどね。でもちゃんと根っこで繋がってる。そんな感じが好きです。
つか、幼稚園児平次&新ちゃんが、竹刀とサッカーボールでどう勝負をつけるつもりか知りませんが。
多分平次が負けます(爆)
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