トントンと階段を上がり。
ほんの少し開いていたドアの隙間からヒョイと部屋を覗き込んで。
「へ……」
幼馴染の名を呼ぼうとして。息を飲む。
部屋の主は。机に突っ伏して、規則正しく胸を上下させていた。
案の定。
元々。ご飯の時間になっても降りてこないからと。下から呼んでも返事がないからと。
きっと寝てるに違いないから、起こしてきてくれと。静華に頼まれて上がって来たのだから、別に声を掛けるのを躊躇う必要なんてなく。
寧ろ起こしてしまわなければならないのだが。
なんとはなしに、それが躊躇われて。
そっとその隣に立つ。
どうやら。事件ファイルの整理中だったらしく、机の上は雑然としている。大雑把に見えて、案外そうでもない。整理されたファイルはどれもこれも整然としている。
余程眠かったのだろう。
片手に挟みを持ったまま。
……昨日も一昨日も、事件やったし。
そして帰ってくるなり府警本部の稽古に付き合わされて疲労困憊で帰って来たのが数時間前。
寧ろファイルの整理をする前に、さっさとベッドで寝てしまった方がよかったんじゃないかと思う。
今回は。寧ろ今回も。
あまり寝覚のいい事件では事件ではなかったのだろう。帰って来た平次には、ただ体力的なモノだけではない疲労感が漂っていた。
……そんなに……無理せぇへんくても……
なんてことは。口が裂けても言えない。言いたくない。ただ、思うだけ。
それでも。
寝るならさっさとご飯を食べて。歯も磨いてちゃんと寝間着に着替えて。ベッドで寝た方がイイに決まっている。
「平次……」
その肩を揺すろうと手を伸ばしたその視界に。
……あ。
平次の手の甲の傷が飛び込む。
薄く。薄くなってしまった傷。もう痛むこともなければ、痒くもないと笑っていた。
それでも手の甲にうっすら残った傷。もう、注意して見ないと分からない。
きっと。
そのうち綺麗に消えてなくなるのだろう。
でも。
……アタシは、忘れへん。
あの時、握られた手。汗ばんだ、発火しそうなくらいに熱い平次の掌。
その手を。
大好きな、大好きな、誰よりも守りたい幼馴染の手を傷つけた、感触。
皮膚が裂けて。鏃が食い込んだ感触。
一瞬離れた手と手。その間に一気になだれ込んだ冷たい空気。
そして。
指先に感じた平次の手の温度。ドクドクと、まるで脈打つように。心臓の音まで聞こえてくるようで。
……アタシは、忘れへん。
じわりと。ゆっくりと。平次の指を伝って流れて来た平次の血。
真っ赤な。真っ赤な。血。
……アタシは。絶対忘れへん。
平次を。信じることが出来なかったこと。
平次を。自分の手で。傷つけてしまったこと。
平次の、心の傷も。手の傷も。
……アタシは、平次を信じへんかったのに。
それでも。自分の手を、決して離そうとしなかった平次を。
二人で助かることしか考えていなかった平次を。
決して。希望を捨てなかった平次を。
……アタシは、絶対に、忘れへんから。
誰が忘れても。この手の傷が消えても。絶対に、絶対に、忘れないから。
絶対に助かると。助かってみせると。そう信じた平次を。
……だから、アタシも諦めへん、から。
最後の一瞬まで。絶対に、諦めないから。今後何があっても、絶対に諦めないから。
絶対に。
自ら死を選んだりしないから。
死ぬ勇気があるのなら。きっと、絶対、生きて行ける。
だから。
大きく息を吸い込む。
自分の耳を、自分で塞いで。全力で、叫んだ。
「平次ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!ご飯やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
平和の原点!!ですよね!!蜘蛛屋敷と美國島は平和の原点ですよね!!鉄板です!!
平次の覚悟に惚れたあの日が懐かしいです<コラ。やぁ……あれから何年経ったのかなぁ……うむ。
勿論この後起きた平次と口喧嘩になるのです。口喧嘩は平和の原点です。喧嘩ップル万歳!!
←戻る