朝起きて、窓の外を見て。
平次は大きく一つ、溜息をついて再び枕に顔を埋めてゴロンと寝返り。
そして一つ大きく溜息。
その時。
「へーーーーーーーーーーーじにーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーーーーーーん」
「みつけた!!みつけたでぇ」
「アタシも!!あたしも見つけた」
「俺なん凄いで!!四つみつけた!!」
「僕10個くらい!!」
「嘘付け!!そんなにあるかい!!」
「あったもん!!ホンマやもん!!」
未だ年端も行かないあどけない声が、服部家の玄関前、二階の平次の部屋の下から大合唱。
俄かに顔を輝かせて。平次は庭に面した窓に駆け寄る。
「あったか!!」
「あったあった!!平次にいちゃん、すぐきてぇな!!」
「おう!!すぐ行く!!待っとれ!!」
階段を乱暴に下りる足音に。台所の静華が眉を潜めた。
***
朝のニュースをぼんやりと見ながら。和葉深く深く溜息をついた。
冬の寒さが俄かに緩んで、高知では例年より早めに桜が咲いた。
だから。大阪でも、期待できると思ったのに。
『昨日漸く開花が宣言された染井吉野は、来週の半ばに見頃を迎えます』
品のいい女性アナウンサーの声が。妙に癇に障る。
「今日お花見なんてありえませんよね。あたりまえですよ」
そう言っているように聞こえるのは、自分の被害妄想に違いない。
……平次が、悪いんや。
八つ当たりの標的は、今日も幼馴染に向けられる。
先日。絶対忘れるなとあれほど念を押した約束を。すっかり忘れたのだ。あの西の高校生探偵は。
とは言え長い付き合いだし、和葉だって平次の性格くらいは熟知してる。
事件が起きれば一直線の西の高校生探偵は、自分との約束どころか学校行事、大事な試合、なにもかもが二の次になるのだ。
それくらいわかってるし。やっぱり腹は立つけど心のどこかで仕方がないと諦めてしまうし、事件の話を嬉々として話す平次をカッコいいなと思ってしまうから。
今更、そんなことに怒ったのではない。
「すまんすまん。ちょう電話しとったら時計見んの忘れとったわ」
和葉からの度重なる着信を無視して電話をし続けたその相手は、東の高校生探偵、工藤新一。
美人の幼馴染にすら滅多に連絡してこないというその高校生探偵は、現在大きな事件に関わってるらしく基本的に音信普通。
自称親友の平次のところにだって滅多に連絡はないらしい。
だから。
久しぶりに掛かってきた電話に話が弾んだのも分かる。どうせネタは事件のことだろうと半ば諦めた。が。
「ちゃうちゃう。事件の話とちゃう」
「事件以外、工藤君が平次と何話すんよ」
「あーーーえーーーと、まあ、アレや。事件とは、関係ないねん。ホンマやホンマ。そんな大した話とちゃうねん」
「大した話やないんやったら、また今度でもええやん!!」
「せやかて、工藤から次いつ連絡あるかなんわからんし……」
「そんなん知ってるもん!!ドアホ!!工藤君に言うといて!!平次になん、下らん電話してる時間があったら、蘭ちゃんに電話してって!!」
……悔しかった、のだ。
どうせ事件のことを話してたのだ。それくらいわかる。
ホンの僅かに、平次の視線は泳いでいた。事件と関係ないなんて、嘘だ。
和葉が首を突っ込んだり、変に心配したり、そんなことを気にして隠しているのだと。直感的にわかって。
だから余計悔しくて。
気を遣われてるのが悔しくて。
つい、大喧嘩に発展した。
その末に。
漸く一つの約束を、平次に取り付けたのだ。
今週末。
二人で花見をしようと。
……寝屋川で。
京都でも大阪城でもなく、寝屋川で。
……目測、誤ってもうたなあ……。
今年は暖かいと。開花が早いとニュースで盛んに言うから。すっかり乗せられてしまった気がする。
……あーあ……。
和葉は炬燵の中でゴロンと寝返りを打つ。炬燵がまだ出てるような気候なのだから。桜なんて、花見なんて、夢のまた夢。
……平次……どうする気ぃなんやろ……。
桜は、咲いてない。
よって、お花見はできない。
今日の約束は、『寝屋川で桜を見る』
中止か、延期か。はてまた予定変更か。
条件が整わなかった以上、勝手にこの約束は不成立と判断しているのかもしれない。
寧ろその可能性が高い。
……あーーあ。
こんなことなら。普通に昼ごはんを奢る約束にして置けばよかった。
なんて、後悔しても後の祭り。
***
「和葉ねーーーーーーちゃーーーーーーーーーーん」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
近所の姉妹の妹の方。確か今年から、ピカピカの一年生。
和葉は慌てて炬燵を這い出て、玄関へ急ぐ。
「和葉ねえちゃん、おはようございます」
「かのちゃん、おはよう」
小さなおかっぱの少女は、行儀よく頭をさげる。
「あのね、かのね、お遣いに来たの。一人で来たの」
「偉いなぁ、かのちゃん。もう一年生やもんね」
「そうやねん。かの、一年生になんねん。せやからお姉ちゃんがおらんくても、一人でお遣い出来んねん」
「お姉ちゃん、どないしたん?」
「お姉ちゃん、平次にいちゃんのお遣い」
「平次の?」
「うん。せやけど内緒やねん」
「……ふーん……」
「せやけど、かのも平次にいちゃんのお遣い。あんな、平次にいちゃんがな、これ、和葉ねえちゃんに持ってって、て」
「なんやの、これ……?」
差し出されたビニール袋には。タッパウェアが一つ、道明寺粉が一袋、桜葉の塩漬けが一袋。
タッパウェアの中身が、静華特性餡子であることは、探偵でなくてもすぐわかる。
……は、はーーーん。
勿論。幼馴染の意図するところも。
これで桜餅を作らせて。花より団子。これでお花見をしようと言う魂胆に違いない。
……せやけど、なんでアタシが作らなあかんの。
本来なら。償うべき平次が桜餅を作って。それを和葉にご馳走して然るべきではないだろうか。
……しゃあないなあ。
「ほんなら、かのね、お姉ちゃんのとこに行かなあかんから。もう行くね」
「うん。ありがとね。またなぁ」
「ばいばぁい」
小さな後姿を手を振って見送って。もう一つ、それでもさっきまでより幾分軽い溜息をついて。
和葉は渡された食材を手に台所へ向かった。
***
「おはよー、和葉チャン」
玄関で。この上もなく上機嫌な幼馴染を迎えて、和葉は眉間に皺を寄せる。
この幼馴染が。自分を「和葉チャン」などと呼ぶ時には、よからぬことを考えているのに違いないのだから。
「……どないしたん?ご機嫌やん」
「そらもう」
「なんやの?気色悪い」
「気色悪い言うなや。エエオトコやろ?」
「はあ?なに言うてんの」
益々気味が悪い。
和葉の当てが外れたことが。桜が咲かなかったことが、そんなに嬉しいのだろうか。
「ま、ええわ。ちゃんと作っといたよ。桜餅」
「おおきに。ほな、行くか」
「行くって、どこに?」
てっきり。和葉の家で桜餅を食べて。花より団子。でも桜は桜。
ご丁寧に塩漬けの桜まで入っていたから、桜餅の上に載せておいた。
これで花見だと。
そう言い張るのだと。
そう思っていたのに。
「アホか。今日は花見に行くんちゃうんか?」
「花見って」
和葉の胡乱な視線にも、平次の笑顔は崩れない。
暫く考えて。
「ああ」
「ああ?」
「友呂岐緑地の早咲きの桜」
「は?」
「一本だけ、もう咲いてんのあるやん。染井吉野ちゃうけど、なんて名前やったっけ。あれで、お花見?」
「せやなぁ。折角やから桜餅食うんはあっこがええかもしれへんけど、せやけどせっかくやから染井吉野見に行こうや」
「……」
「何してんねん。桜餅、早よ詰めてこんかい」
「う、うん」
笑顔に押されて。反論の言葉が見つからずに台所に戻って。
……何考えてんのやろ。
それでも言われるままに出来たての桜餅を、駅前のドーナツ店でもらった小さなお重に詰めて、セットの風呂敷で包んで。
出かける支度をして再び玄関へ。
門のところで手を振る幼馴染に軽く手を振って、戸締りをすると小走りに門へ駆け寄る。
「……自転車なん」
「せや。バイクやと、勿体無いやん?」
……何が?勿体無い?ガソリン代?
「後ろ乗れや」
「当たり前や。前って言ってもお断りやから」
「ははは。それもそやな」
相変わらずご機嫌の幼馴染に、もう一度僅かに眉根を寄せて。
和葉は自転車の後部座席に飛び乗る。お重は、肩から襷に掛けた鞄の中。
「ほな、行くか。花見」
「せやから、どこ?」
「まず、俺んちやな」
「はあ?」
服部家の桜なんて。それこそ咲いてるわけがない。
昨日、見上げて確認したのだ。昨日の今日で見頃を迎えるなんて、それこそありえない。
「桜、咲いたん?」
「咲いた咲いた」
「お花見できるくらい?」
「ま、細かいこと気にしぃなや」
「ちょ、平次!!」
和葉の言葉を遮るように。勢いよくサドルに跨ると平次は一言も断らずに自転車を滑らせる。
大きく傾ぐ自転車に。和葉は思わずしがみ付いた。
「花見、すんのやろ?今日。寝屋川で。そういう約束やんなあ」
「そ、そうやけど、ちょ、平次!!」
「先ずは俺んち。三つ咲いたで。桜」
「三つ?」
「あと俺らの小学校で校庭で結構咲いてた。日当たりええとこに……んー、20位かな。あと中学行くまでの桜並木やろ」
「20って……」
「あと駅前の桜も五つ位咲いとった。あと児童公園と、あ、鈴木んちの隣の広場と……」
「……」
まさか。寝屋川中、僅かに咲いた桜を巡るつもりなのだろうか。
……仕返し、やろか。
無理に約束などさせたから。そして和葉の読みが外れて桜が咲かなかったから。
……それとも?
満面の笑顔で自転車を漕ぐ平次の背中を眺めながら。
和葉一人、首を捻った。
何が基本かというと、情報収集がです。はい。子供に情報集めさせて、自分で確認して。ご苦労様でした平次君!!
平和と、子供が書きたかったんです。なんとなく、二人とも子供の面倒見るの好きそうじゃないですか。
平和といえば家族同然といのが私の萌えポイントなのですが、町内会とか町ぐるみとか、なんかそういう地域密着っぷりも萌え萌えだったりします。
子供の頃はガキ大将だったに違いないです服部平次!!そんでもって今でも近所の子供には慕われてそう。暇だと遊んであげてそう。
すみません。世知辛い昨今、そんなことありえないですか?いいじゃないですか妄想なんですから……ゲフ切腹。
ちなみに平次のピンポイントお花見ツアー(仮称)は。和葉への当てつけかもしれませんが、彼なりの精一杯かもしれません(爆)
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