今日も明日も明後日もずっと。
平次に会えない日が来るなんて、思ったこともなかった。
***
初めて平次にチョコを上げたのは、一体幾つの時だったか。
確かまだ、幼稚園にあがるか、あがらないか。多分、まだ上がる前。
気付くとあちこちに氾濫していたチョコを母に強請ったら、アレは男の子のためのものだと教えられた。
「和葉は女の子やろ?せやから、チョコをあげる方や」
「いやや。アタシが食べたいもん、チョコ」
「あのチョコはあかんの。あれはな、女の子が男の子にあげるためのもんなん」
「男の子に?」
「そうや。好きな男の子にあげるんよ。和葉は、誰が好き?」
「平次」
……だって。
お母ちゃんが「男の子」て言うから。
あの頃、アタシの周りにいた「男の子」なんて平次くらいで。
近所に住んでた、アタシや平次とよく遊んでくれたおにいちゃんも。いつもおまけしてくれる駄菓子屋のおにいちゃんも。
……お父ちゃんすら。
アタシの頭に浮かんでこなかったけど、それはやっぱり仕方のないと思う。
……お父ちゃんはめっちゃ落ち込んだらしいけど。
あの頃の「好き」なんて、ホントに御飯事みたいな、他愛のないものだったけど。
にっこり笑った母に促されてアタシは平次と、父にチョコを買った。
不思議と今でも覚えているのは、多分、自分が一番食べたいものを選んだからだろう。
チョコ本体より。
薄いピンクのに赤と金でストライプの入った包装紙がなんだかとても可愛くて。
だから選んだ。
平次が、物凄く喜んでいたのもよく覚えている。
多分、チョコが嬉しかったのだと思うけど。
静華は、あまり平次にそういったお菓子を与えることがなかったので。チョコは滅多に口にすることがなかったので。
だから平次はとても喜んで。
そして一ヵ月後には
当たり前のようにお返しを貰った。
当たり前のように。
……ケホ。
考えていたら咳が出て、そのまま酷く咳き込んだ。
季節外れの、インフルエンザ。
学校で流行ってる時にはぴんぴんしてたのに。そろそろ収束したかと思った四日前。
突然熱が出て。父が「今の事件やったら大丈夫や」と言って休みを取って病院に連れて行ってくれて。
診断結果は、インフルエンザ。
流石にそんなには休めないし、うつるし。熱が高いと言っても、そんな付きっ切りで看病するほどじゃないし。
翌日からは、一人。
平次は。
寝込んだ日に電話があった。熱があるから学校を休むとメールしたから。
インフルエンザだと伝えたら、盛大に笑い飛ばされた。
相変わらずデリカシーがない。
けど。
熱で頭は痛いし学校にも行けないし。平次にも会えないし。もうすぐホワイトデーなのにと正直ちょっと憂鬱な気分だったのが。吹っ飛んだのも事実。
平次と話していると、そんなあれこれが詰まらないことのような気がしてくるから不思議だ。
以来毎日電話をくれる。
どうやら静華が気を使ってくれているらしくて、電話の向こうで息子の尻を叩く声が聞こえたこともある。
正直、ちょっと助かってる。
流石に、お見舞いには来てもらえないから。
平次は「俺がインフルエンザになん負けるかい」と言って笑い飛ばしたが。
頑なに固辞した。
次の週末。剣道部は京英高校との壮行試合を控えている。
泉心学園、改方学園と並ぶ関西の剣道名門校。そこの主将も、平次とは少年剣道時代からのライバル。平次は一年の時、練習試合とはいえこの主将に黒星をつけられてる。
この壮行試合。卒業式を控えた、秋に引退した三年生を送り出すためのイベント的試合なのだけど。
その主将は剣道推薦で進学決めてて稽古もずっと続けてて、平次との高校生活最後の試合を楽しみにしてるって聞いてる。
平次には、絶対、勝って欲しいから。いつもの300%くらいの体調で望んで欲しいから。
それに。
インフルエンザを保菌した平次本人は大丈夫でも。それを剣道部の部員含めあちこちでばら撒かれては困るのだ。
……試合までには、治るかな。
絶対、応援に行きたい。絶対、傍に居たい。
お守りを持って。
……あん時の二の舞は、もう嫌や。
去年の泉心学園との試合。お守りを忘れた平次が心配で。試合までに間に合うつもりで一人とりに帰ったら。
思いの外試合が早く進んで。
ざわめく人波を掻き分けて、掻き分けて、掻き分けて、目に入ってきたのは。
……もう、あんなん絶対嫌や。
だからそれまでにこのインフルエンザは治さなければならないから。一切の無理はせず大人しく寝ている。
平次の見舞いも断って。
もう四日。平次と会ってない。
***
子供の頃から、別に毎日必ず会ってた訳じゃない。
だけど偶然なのかなんなのか。曜日に関わらずバレンタインは毎年会ってた、のだと思う。意図せずに。
だから、平次にチョコを渡すために。努力した記憶がない。
学校があれば学校で会う。
学校がなくてもなにかしらで会う。
それは。
ホワイトデーも同じで。
だから。わざわざ渡しに行ったことも、わざわざ渡しに来て貰ったこともない。
平次が毎年お返しをくれるのは、何故?
それが、チョコに篭めた気持ちへの応えでないことくらい知ってるけど。
チョコをくれた人間が目の前に居るのに。お返しをしないのは気まずいから?
年々貰うチョコが、義理チョコも本命チョコも増えてきた平次が、自分にだけお返しをくれるけど。でもそれは、幼馴染だから。
望むと望まないとに関わらず、傍にいるから。
だから?
***
それなら、もし。
傍にいなければ。目の前に居なければ。
……わざわざ、渡しに来る?
日付が変われば。
明日になれば。
ホワイトデー。
***
ピリリ、ピリリ、ピリリ、ピリリ
突然の電子音に和葉は飛び起きた。
ベッドでゴロゴロまどろみながらだったので。何時の間にか寝ていたらしい。
鳴っていたのは自分の携帯。だと気付くのに少しかかった。
耳慣れない音。
「アタシこんなん、設定してへん……」
未だ少し熱のある頭でボンヤリと枕もとの携帯に手を伸ばす。
鳴っていたのはアラーム機能。毎朝目覚まし代わりにはしているけど、こんな時間に設定した記憶はない。
だってまだ真夜中。
ブラックライト機能の壁掛け時計が、ボンヤリとした光を放ち、針は0時を少し過ぎたところ。
「なんやのもう……」
寒いので布団を羽織って、ベッドの上に座って。
ベッドランプをつけて改めて携帯をチェック。
「なんやのこれ!!」
明らかに。
時計が。寧ろカレンダーが。設定が滅茶苦茶。
進んでるのなら、……ありえないけどうっかり三日四日寝てしまったのかと思わないこともないけど。日付が過去になっているので一目で分かる。
「ったく、なんなんよ」
犯人くらいすぐ分かる。この家に出入りが自由で、こんなわけのわからない悪戯をしそうなのはただ一人。
……あんなに、来るなて言うたんに。
もう随分よくなってるとはいえ。
……ホンマに、アタシの言うことなん聞いてへんのやから。
苦言の一つも言ってやろうと。電話を掛けようとした時。
軽やかなメロディと共に携帯メールが一通。
『絶対勝つ。心配すんな』
***
狂った携帯のカレンダーでは。壮行試合の日が丁度3/14。
その日のスケジュール帳には一言。
『晩飯つき』
ラブい!!凄いラブい!!きっと新一の入れ知恵だ!!(笑)
最初は違うネタだったんですけど、途中で試合の話とか入れたら妄想が凄いことになって凄い展開に。うははー。
ちなみに最初試合の相手は沖田でした。葵さんは次こそ平次が勝つと信じて疑っておりません。
発展途上の平次ですが、二度目はないのだ!!……でももしかしたら服部VS沖田は原作で出てくることもあるかな〜〜とか……。
沖田負けることにしたら沖田ファンに殺されるかな……とか妙な気を廻して無理のある設定になってしまいました。スミマセン。
も一つ。和葉母初書き!!でも相変わらず設定が分からないので難しいですよね。存命専業主婦なら寝込む和葉の傍にいるでしょうしねぇ……。
公式設定出てこないかな〜。
小学生の頃。子供の頃は男の子に本命とは言えずに義理を装ってチョコをあげてた私と友人でしたが、ある時当日に友人の意中の人が学校休みやがりまして。
彼女は家まで私に行くか散々悩んでました。そして結局行かなかった……。今となっては懐かしいアマズッパイ思い出です。自分じゃないけど。
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