「お前、遠山さんが今何処にいるか知ってるか?」
珍しい。こちらから連絡することは山ほどあっても、向こうから連絡してくることなど滅多にない「東京の大親友」からの珍しい着信履歴に。
遂に黒の組織とやらが動き出したのかと、これからカラオケでもどうかと言う部活連中の誘いを断って一人離れて、体育倉庫の裏まできてリダイアルしてみたところ。
全く予想してなかった名前が飛び出してきた。
……和葉が、なんやて?
しかも。電話越しの声は幾分低く、緊迫感が伝わってくる。
「和葉が、どないしてん!!まさか黒の組織に……」
「バカ」
短く鋭い言葉が吐き出される。
「誰が組織の話なんかしてんだよ」
「せやかて工藤が電話してくるなん、他の用事やったことないやん」
「今日は違う」
「ほんならなんや?和葉が何処におるって、俺かてそんな、あいつの行動全部把握してるわけやないで」
「んじゃ、なんも聞いてねぇんだな」
「なんもっちうか……そうやなあ。この週末はうちには来うへんておかんが言うてたなあ」
「お前には、なんも言ってなかったのかよ」
「俺に?」
寒風吹き荒ぶ体育倉庫の裏で。平次は一人で首を捻る。
「ああー、そうや。そーいやこの土日は約束があるとかなんとか……」
「どこに行くか聞いてないのかよ」
「いや、聞いてへん」
「お前って、ホント使えねぇやつだな」
「なんやと?」
聞き捨てならない台詞に。平次の太い眉が顰められる。
「大体、なんで俺が和葉の予定なん、把握しとかなあかんのや」
「自分のオンナの居場所くらい知っとけ」
「誰が誰のオンナやねん!!」
「とにかく」
電話越しの声が何処までも低く低く冴え渡り。平次の照れ隠し故の大音量にも一向に動じない。
「遠山さん、今東京に居るぜ」
「東京?何しに?」
「俺が知るかよ。ま、ホントに東京かどうかはわかんねぇけどな」
「なんやそら」
「東京駅に来たってことは確かだよ。だけどその後の足取りは掴めねぇ」
「っちうか、なんで工藤が和葉の足取りなん追ってんねん」
聞いてから。
「あ、そか。あの姉ちゃんと一緒やねんな、和葉」
「そういうことだよ」
「あーーーあーーーーあーーーーーーー」
受話器を持ったまま何度も頷く。
和葉と蘭が一緒で。そして和葉の足取りが追えない、と言うことは。
蘭の足取りが追えなくて。
それでこの東の高校生探偵は頗る機嫌が悪いのだ。
「なんや。二人で出掛けたんか?」
「いや、多分園子も一緒だな。蘭のメモの写しを見ると」
「写し?」
「鉛筆の後を調べたんだよ。お前が、ほら、あの悪徳弁護士にとっ捕まった時にやった奴だ」
「そんなことせぇへんでも、それこそお前、いつものあれや、蘭ねぇちゃんどこに行くの〜〜〜誰と行くの〜〜〜僕も行く〜〜〜言うたらよかったんちゃうか?」
思いっきり茶化したつもりが。
「んなこととっくに言ったって。断られたけどな」
エベレストよりプライドの高いこの高校生探偵は。時と場合によってはいっそ潔いくらいにそのプライドを捨て去る。
「……言ったんかい」
「当たり前だ。俺は目的のためには手段は選ばねぇんだよ」
「んで、断られたんや」
「予約があるからダメだとよ。しかもだ」
「なんやねん」
「このことは絶対に新一に言うなって言うんだぜ」
「本人に言うてるやんか」
「バカ。蘭は未だ知らねぇの。何処に行くかも教えないくせに、今日出かけたことすら内緒だって言うんだぜ」
「んで。なんで和葉が一緒やてわかんねん」
「俺が駄々捏ねてたら園子の奴から電話があってよ。その時電話越しに僅かに聞こえたんだ。和葉ちゃんと合流したから早く来いってな」
……駄々捏ねたんかい。
などと。突っ込んだ日には血を見る気がして平次は、喉まで出掛かった台詞を飲み込む。
身長差のある蘭が持つ携帯の。更にその向こうの声までしっかりチェック済みなのだから。流石工藤と言うべきかなんと言うべきか。
「んで逃げられたんか?工藤らしくないのう」
「しょうがねぇだろ?まさか蘭が家の前でタクシー拾うなんて思わなかったんだよ。あいつがタクシー拾うなんて余程のことだぜ?大抵電車で移動して交通費は安く上げるんだからな」
「けち臭いのう」
「家庭的って言ってくれ。しかも丁度よくタクシーが通りがかりやがって!!ナンバーは覚えたものの、スケボー持ってなかったから追いつけなかったし」
「追ったんかい」
「元太達使おうと思ったら、奴ら光彦んちでゲームしてやがった!!クソ!!使えねぇ!!」
「や、あいつらかてそんなにいっつも街ん中うろついてへんやろ」
「タクシー会社にすぐ問い合わせたんだが、蘭の奴、米花駅ですぐ降りてたんだ。たかだか駅までタクシー使うなんて、怪しいにも程があるぜ」
「急いどったんやろ」
「その後の足取りは全くだ。駅員すら覚えてねぇ。ったく、あんだけの美人なんだから一度見たら忘れんなよ」
「……」
躊躇いなく言い放つその様子に。平次は反射的に開いた口を慌てて閉じた。
過去の経験からして。この状態の東の名探偵は非常に危険なのだ。
触らぬ工藤に祟りなし。
「ま、俺も甘かったぜ。お前が遠山さんの行き先を聞いてれば問題ないと思ってたんだけどな」
「そんなん言うたかて、せやからなんで俺が和葉の居場所なん把握しとかなあかんねん」
「っとに使えねぇ奴だなあ。お前、俺の役に立ったことなんて一度もねぇんだし、こんな時くらい役に立とうって思わねぇのかよ」
「工藤……そら冷たいんとちゃうか?」
ハロウィン仮装パーティーの身代わりの件も帳消しになってしまったらしい。
「とにかくことは一刻を争う」
「なんでや?」
「蘭の居場所が知れねぇんだぜ?当たり前だろう!!それよりなにより!!」
「なんや」
「コナンだけじゃなくて新一にまで内緒なんだぜ?怪しいじゃねぇか?」
「なにがや」
「お前、ほんっとにこういうの鈍いなあ。オトコだよオトコ」
「オトコ?」
「そ。オトコ」
「そらちょっと、話が飛びすぎとちゃうか?別に和葉やねぇちゃんらがどっか遊びに行ったからて……」
「お前、ホンットにバカだな。今日が何の日かわかってねぇのかよ」
「今日?今日は、土曜やけど」
「ったく、話になんねぇな。もうお前には構ってらんねぇ。切るぞ」
「ちょ、ちょう待てや、工藤。何がなんやらわからへんのに切るなや。気になるやろ」
「お前、ホントに今日が何の日かわかってねぇのか?」
「そんなん言うたかて、俺ここ数日事件追っとって日付感覚が……今日の練習試合か和葉メールもろて思い出したくらいやし……」
なるべく学校をサボらないようにはしているが。結局昨日はサボった。西の高校生探偵として名前が売れてからと言うもの、寧ろ学校側は寛大に協力体制を取るようになったのだが、母の静華がいい顔をしない。
最後には「今回だけやで?」と言って送り出してはくれるが。
そんなこんなで東奔西走。
そんな中、一度だけ和葉からメールが来た。今思えば一度だけというのはいつもからすれば少ないかもしれない。
が、別段気にも留めなかった。
『土日、戻って来るの?』
『なんか約束あったか?』
『別にないよ。アタシも用事あるから平次んち行かれへんし、ただの確認。せやけど、土曜は練習試合どうすんの?』
『土曜までには解決して帰る』
そんなやり取りをしたのは……確か木曜の夜。
漸く事件を解決して始発で大阪に戻って来て。まだ寝静まった早朝の自宅に寄って防具を引っつかんで練習試合を完勝で飾って今現在。
日付を確認しようにも携帯を閉じれば、この電話も切れてしまう。
「ったく。お前ってそう言うやつだよな」
「せやからなんやねん。じらすなて」
「だーかーらー。バレンタインだよバレンタイン」
「はぁ?」
「2月14日バレンタイン。お前、ホントに気付いてねぇのかよ」
「ああー、そら、まあ、あっちこっちでチョコ売っとったけど、せやけど、今日やったとは」
「まあいい。これでお前にも事態の重さが分かったろ」
「えーーーっと」
「鈍い奴だなあ!!今日!!バレンタイン当日だぜ!!??お前、遠山さんにチョコ貰ったのか?」
「んなわけあるかい。大阪戻ってからあいつに会うてへんし」
「で。お前にチョコも渡さないで遠山さんは東京に来てんだぜ?それもお前に内緒で」
「工藤は貰たんか?チョコ」
「んなわけねぇだろ?それが今日になって蘭は俺にも新一にも内緒だって言って園子と三人で出かけたんだぜ?」
「はあ」
「ったく」
受話器の向こうでは盛大な溜息。
だけど。
大体事態は飲み込めたし。工藤の言いたいことも朧気ながらわかっては来たけれど。
……なんつうか、なあ。
「もういい!!とりあえずこっちはこっちで捜査するから!!お前にはもう付き合い切れねえ!!」
「そう言うてもなあ」
「こっちで何かわかったらすぐ連絡してやるから。その代わり、そっちも何か分かったらすぐに連絡しろ。いいな」
勢いよく。
電話が切られた。
***
バレンタイン。
別に。和葉が今年もチョコをくれる保障なんて、どこにもない。
毎年貰ってたチョコ。だけどそれには、なんの約束もなくて。
小さい頃から、続いてるただの習慣。幼馴染だから。ただの義理。
だから。
今年、和葉がチョコをくれないからといって。
別にそれは、事件でもなんでもない。
バレンタインの当日に。
大阪を離れて、自分に内緒で東京に行ったからって。
誰にも行き先を告げずに。
蘭や園子とでかけたからって。
別に。
それが。
……なんやっちうねん。
東の高校生探偵は、随分動揺していたが。
……一緒にすんなっちうねん。
だって。
ただの、幼馴染だ。そう。ただの。
バレンタインだからって。
別に。
なんだというのだろう?
どうせ、和葉だって。何も考えていないに違いないのに。
ただ、工藤のねえちゃんと遊びに行くその日が。
ただ、偶然2/14になっただけで。
きっと何事もなかったかのように。
今日の夜には大阪に帰ってきて。
何事もなかったかのように。
「平次、はい、義理チョコや。あり難〜〜く、受け取り」
いつものようにそう言って。
きっとチョコをくれるに違いないのに。
違いないのに。
***
それなのに何かが気になって、何かが引っ掛かって。
和葉の携帯を鳴らすこと数回。
毎度毎度、電波が届かないか電池が切れていると言う無機質な音声ガイドを聞くうちに。
……なんやっちうねん。
なんだかわからない何かが。酷く自分を焦らせる。
それがなんだか分からないだけに。分からないものだから。
酷く、焦れて。
……ええ度胸やないかい。
行き先を告げなかったくらいで。この西の名探偵に見つけ出せないとでも?
東京に行った手掛りがある以上。追えないわけがない。
……人探しは、捜査の基本やっちうねん。
工藤がもう動いてる。
この上自分も東京へ行って捜査を開始すれば。
……すぐ、見つけ出したる。
何かが。
何かが酷く自分を焦らせるから。
それが何かは、わからなかったけど。
***
「今頃、慌ててるわよぉ」
「そうかなあ」
「そうよう。きっと今頃あの眼鏡のガキンチョから新一君に連絡が行ってるに違いないんだから。蘭、言って来たんでしょ?コナン君に絶対内緒にしてって」
「うん……一応、言ったけど……。新一、そんなことに興味持つかなあ」
「平次なん、絶対今日がバレンタインて忘れてる気ぃするんやけど」
「大丈夫大丈夫。あのガキンチョが新一君に連絡が行ったら最後、絶対、手掛りを求めて新一君は服部君に連絡するんだから」
「そうやろか」
「そうそう。絶対そうだって。恋愛に関してはこの園子探偵に任せてよね」
「うーん」
「なぁに?このあたしの作戦になんか文句があるとでも?」
「そういうわけじゃない、けどね」
「せやねん。文句なんないない」
「ったく。二人ともお人よし過ぎ。たまには振り回すくらいじゃないとダメだってば」
「そうだけどねえ……園子の計画って……なんて言うかこう、わかりずらいって言うか」
「せやけど、来てくれてんやろ?京極さん」
「そうなのよね……」
「大丈夫!!愛があればどんな思いも通じるんだから!!」
「せやから、その、愛ってとこに、ちょっと、自信が……」
「私も……」
「もうーー!!大丈夫だって!!この園子様に任せなさいって!!」
立ち上がって。園子は仁王立ち。
「所々に手掛りは残してきたんだから抜かりはないわ。これであの二人が見つけられなかったら、高校生探偵の看板下ろしてもらわなきゃ」
「せやけど、見つけられたとしても、どないすんの?ここまでこれるわけないし」
「それはまあ、どうにかするでしょ。あの二人だもん」
不安そうに、蘭と和葉は顔を見合わせて窓から下を見下ろす。
轟音と、僅かに揺れ続ける足元。
ここは米花町上空。
ヘリの中。
「そうやろか……」
「差し詰めあたしは二人の大事なお姫様を誘拐した悪党ってとこかしら?どんな顔して来るかしら。たっのしみ〜!!」
「園子ったら……」
「惜しむらくはそんな二人をみれないってことかしら。さぁて。今頃どのへんかな〜vv」
***
さあ。頑張れ名探偵。
最強園子万歳!!
書き上げてから、平和と言うより寧ろ新蘭だな〜とか、いっそ平和要素削除して新園蘭でもよかったかな〜とか
思ったかどうかは内緒ですvv書いてる本人には重要ですもの平和vv勿論新蘭も園蘭も大好きですけどvv
つか、常に暴走しがちな平次ですが、新ちゃんが暴走すると寧ろ一歩引くような気がしてますが、どうでしょうか。
そんで新ちゃんは蘭ちゃんが絡むと見境がないと思うのですが、どうでしょうか。
そんで平次は、自覚がないだけに苛々すると思うのですが、どうでしょうか。
どちらにせよ。無事チョコがもらえるといいね名探偵諸君!!
きっと園子が残す手掛かりは
寧ろ難しいと思うよ!!
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