平次なんて嫌い。
嫌い嫌い嫌い大っ嫌い。
***
「何むくれてんねん」
「むくれてなん、おらん」
「ほなら、その頬っぺたは生まれつきか」
「そうなんちゃう?」
「嘘こけ」
「なんで嘘って決め付けんの!!」
「何怒ってんねん」
「怒ってなん、ないもん!!平次のドアホ!!」
ズンズンと。赤いランドセルをカタカタと、ポニーテールの揺れるのと同じリズムで揺らしながら。
和葉は殆ど俯いたまま。白く雪に染まった歩道を、確りとした足取りで歩いていく。
ランドセルと同じ、赤い長靴。赤い傘。
ピンクベージュのAラインコートの裾には、可愛らしい茶色のステッチ。
白いマフラーと白い手袋は、静華の手編み。ポニーテールを結ぶのも、白いリボン。
「なー、和葉ー」
「何よ」
「今日、うち来んのやろ?」
「行かへん」
「おかんが、焼き芋焼いとく言うてたやん」
「いらんもん」
「なんでや」
「なんでも」
取り付く島のない和葉に。平次の眉根に皺が寄る。
数年ぶりに、寝屋川は大雪。
今日は朝から散々雪合戦をして遊んだ。その時は、幼馴染の機嫌はすこぶるよかったように思う。
それなのに。
一体いつの間に、と思うくらい唐突に。和葉の機嫌は一変してしまったのだ。
ダウンジャケットに片手を突っ込んで。片手には空色の傘。しかし幾ら考えても心当たりがない。
信号待ちの間。全く目を合わそうとしない幼馴染がどうにも面白くなくて。
手近の手摺に積もった雪を集めて小さな雪玉を作って。
ポスっと投げつけてみた。
「何すんの!!」
思いの外、鋭く振り返る和葉に。思わず一歩後退。
「何て、雪」
「なんでアタシに投げるの」
「別に、ええやん」
「ようないわ!!ドアホ!!」
「そんな強してないで?ぎゅーって握ったんとちゃうし」
「そんなん関係ない!!なんで、アタシには雪投げんの!!」
「あかんのか?」
何気ない問いに。和葉は一瞬怯んで。
「もうええわ!!」
振り返ると。信号が青になった横断歩道を。ズンズンと歩きだす。
慌ててその後を、平次も追った。
雪を投げられて、怒っているのだろうか?
だとしても、帰り道で雪を投げつけたのなんて今のが最初なのだ。
校門を出る頃、まだ和葉の機嫌はよかった。三丁目の駄菓子屋の前、まだ機嫌はよかった。
一体何処から悪くなったのだろう?
雪合戦の時は。和葉は常に平次のチームに居たので、和葉になんて雪は当ててない。
敵チームの雪玉は食らっていたけど、それは自分だって食らったし、雪合戦なんてそんなものだし、自分が怒られる筋合いのものでもない。
大体、今頃機嫌が悪くなってるのも納得行かない。
寧ろ。
わけも言わずに膨れっ面の幼馴染に。むかついて。
「何怒ってんねん!!ドアホ!!」
信号を渡りきったところで、トドメの一発。
数歩先を歩いていた和葉は立ち止まって。
暫く俯いたまま。
微動だにしない赤い傘に。更に言い募ろうとした時。
「どーーーーせアタシは可愛ないわ!!」
戦いの火蓋が切って落とされる。
「あーあー。ホンマ可愛ないわ!!ぶすっくれて、なんやねん!!ホンマ!!」
「なんやってぇ!!どーーせアタシはブスやもん」
「なんも言わんと不貞腐れおって。気色悪いんじゃ」
「気色悪いってなによ!!平次の鈍感!!アホ!!ドアホ!!」
「誰がドアホじゃ!!言いたいことがあるんやったらはっきり言えっちうんじゃ!!ドアホ!!」
「ドアホは平次や!!」
「和葉や!!」
「どーーせアタシはドアホでブスやもん」
「なんやねん、お前」
珍しく。卑屈な物言いに、平次は思わず言葉を切る。
まだ「卑屈」などと言う言葉は知らなくても。いつもと違う言葉の応酬に、違和感があって。
いつもなら。
こんなことを、この幼馴染は言わないのに。
……なんやっちうねん。
「自分で認めんのやな。ドアホ!!」
「ドアホでブスやもん。平次が言うたんやん」
「ドアホは言うたけど、ブスは言うてへん」
「どーせアタシは、オンナちゃうもん」
「はあ?なんやねんそれ。んなこと言うてへんぞ」
「言いましたぁ」
「言うてへん」
「言うたもん」
「何時何分何秒、地球が何回回った時に言ったちうねん」
「さっき!!」
「さっきっていつや」
「さっきはさっきや」
「わかるかい!!んなもん!!俺は言うてへん」
「言うたもん!!」
歩道の真ん中。二人の応酬は続く。
「言うた!!」
「言うてへん!!」
「言うたもん!!オンナには雪ぶつけへんて」
「はあ?」
平次が。その大きな瞳を見開いて。
「雪がなんやて?」
「オンナには雪ぶつけへんのやろ?アタシにはぶつけるやん!!」
「そら、雪合戦のことやん」
「そうや」
確かに。
「せやかて、オンナ泣かしたらあかんておかんがうるさいんや」
「当たり前や。オンナ泣かすオトコなん最低や」
「せやから俺、雪合戦ん時オンナには当てへんようにしたけどな」
そうなのだ。
最近、母親がそれを煩く言うので。平次としては調子が来るって仕方がない。
オンナでもオトコでも。平次としては関係なく遊びたいし、遊ぶ以上区別なんてしたくないのに。
……すぐ、泣くのだ。オンナと言う生き物は。
なんでそんなことで、と平次が思うことで泣くオンナ友達のせいで。
平次が不本意に怒られたことなど数知れない。
だから。
雪合戦の時も。
オトコしか狙わなかった。
ただ、それだけ。
「それが、あかんのか」
「あかんくないけど」
「それやったら何怒ってんねん」
「怒ってへんもん」
「うそこけ。それでなんで和葉がオンナやないねん」
「せやかて平次、アタシには雪ぶつけるもん」
「そらそうや」
「なんでやねん!!せやからアタシはオンナやないねん!!そういうことやん!!」
「アホか!!」
一歩前に出る平次に。明るい空色の傘に積もった雪が、トサッと小さな音を立てて落ちた。
「当たり前やろ」
「どの辺が当たり前やの!!アタシやって女の子やもん!!平次のドアホ!!」
「誰がドアホじゃ!!そんなこと言うてへん」
「言うてますぅ」
「しゃあないやん。和葉は和葉やねんから」
「はあ?なんやの、それ」
「せやかてお前、雪投げても泣かへんやん」
「当たり前や。誰がそんなんで泣くねん」
「雪合戦でも俺と一緒に突撃するやん」
「……そうやけど」
「せやから。和葉は普通のオンナちゃうねん」
「普通のオンナやなくてなんなの!!」
「えーと、ほら、あれや」
一瞬の逡巡の後。いい言葉を探し出した平次の瞳がキラキラと輝いて。
思わずドキッとさせられて。
和葉は殆ど前傾姿勢で言い争っていたその姿勢を起こして。
両手でキュッと傘の柄を握り締める。
「和葉は、普通のオンナやないねん。特別なオンナやねん」
「特別?」
「そうや。そらまあ、オンナやけど、せやけど雪投げても泣かへんし」
気兼ねなく遊べる。気兼ねなく言い合える。気兼ねなく側に居られる。
「オンナはオンナやけど、特別なオンナや」
「う、うーん」
「あかんのか?」
「あかんく、ないけど」
普段全然乱暴モノの平次が。雪合戦では女の子に優しかったと。ちょっとクラスで話題になってて。
誇らしかったのに。
それなのに。
雪合戦でのことを話したら「オンナに雪ぶつけるわけにいかんやろ」とかさらりと言い放たれて。
言い放つと同時に、手近にあった雪を、ポスっと投げられたものだから。
面白くなくて。
「別に、和葉のことオンナやないなん、思てへんで?」
「それやったら、ええけど」
しんしんと、降り続く雪が。
寝屋川の街を白く白く染めて。
まるで見知らぬ土地のように白く染め上げて。
一緒に、和葉の心にも、深々と、深々と。
「特別、なん?」
「せや。特別」
「……それやったら、許したる」
「はあ?許したるってなんやねん。俺別に、悪いことしてへんやん!!」
「なあ、平次。焼き芋食べに行ってもええ?」
「そらええけど」
「ほな、早よ行こ!!おばちゃん待ってるわ!!」
「あ、こら!!和葉!!」
和葉の赤い傘が揺れて。白い雪がハラハラと傘から落ちる。
リズミカルにランドセルを揺らしながら駆ける和葉を。平次も慌てて追いかけた。
なんとなくイメージは小学校の一年。平次にフェミニズムの欠片もないわけですが、それはそれ今後の静華さんの教育次第です(笑)
男女の隔たりのなかった年頃(寧ろ女の子の方が優位?)から、ちょっとずつその違いを意識し始める年頃、ってイメージなんですけど
小学校一年じゃ遅いのかな……幼稚園くらい?微妙ですが
少年探偵団とか見てると遅い気もしてくる……
アレを基準にしてはいかんのか!?まあ、平次はそういう自覚が遅そうだからいいことにしよう……。
どっちにしろ和葉はオンナ扱いしてもらえませんが。それはそれで萌えではないですか!?私だけですか!?
ちなみに、好きな女の子を苛めるような発想も、服部平次にはございません(爆)平次ですから。
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