大晦日。
こんな年の瀬くらい。全国の犯罪者の皆様も大人しくしていてくれないものだろうか。
そんなことをぼんやり思ったのは珍しく大阪に雪が降った冬。
突然浪速を襲った連続殺人事件で本部が府警に立って。言うまでもなく平蔵も、そして和葉の父も府警へ。
そしてほどなくして静華も、着替えなどを届けに府警に行った。
雪が、降っていたので。
「俺らも、一緒に行った方がよかったんかな」
「う……ん」
年末のスペシャル番組が見たくて。二人は留守番を決め込んだ。
ら。
雪で。電車が止まって。
静華が帰宅できなくなった。
連絡の電話の受話器を置いて。少し途方に暮れた様に平次は幼馴染を振り返る。
「どないしよ」
「とりあえず……おばちゃん、御節作ってくれてったから……飢え死にはせぇへんと思うよ?」
「アホ。そんな心配してへん」
「アタシ宿題持ってきたし……平次が心細いんやったら、ここに居ったげてもええけど」
「ドアホ。誰がそんなこと言うたんじゃ。大体、帰りとうても今帰ったら、絶対こけて雪塗れやぞ、お前」
「こけへんもん」
「ほっほーー」
軽口を叩きあいながら。二人揃って居間に向かった。
服部平次、遠山和葉。10歳の冬。
***
しんしんと。雪が服部家の庭に降り積もる。
「こら、明日は初日の出どころとちゃうなあ」
「それ以前に、寝屋川におったら初日の出見れへんけど」
「まあなあ。しゃあないやん。和歌山のおっちゃんとこ、今年は海外旅行の福引当てた〜言うてどっか行ってもうたし」
「どっかやなくて、グァム。なんで平次、そんなことも覚えられへんの」
「俺はどーでもえーことは覚えへんオトコやねん」
「はいはい。せやけど、ホンマ降るなぁ」
「俺、こんな積もるん久しぶりに見たで」
「お庭の池、凍ったりせぇへんかな」
「そこまで寒ないやろ」
「鯉。凍死したりせぇへんやんな」
「せぇへんせぇへん」
「あ、平次。お餅焼けてる」
「おう」
二人して。色違いの半纏を着込んで炬燵で丸くなって。
平次の隣に置かれた火鉢では、昨日突いたお餅がぷっくりと、香ばしい匂いを放つ。
TVでは。年末のスペシャル番組。最近台頭してきた若手芸人がコントの放映時間を掛けて水風呂の中で我慢大会をしている。
「なあ」
「あん?」
「アタシら、なんか大事なこと忘れてへん?」
「忘れてるて、何を?」
「何か思い出されへんから、忘れてるて言うてんの」
「そう言われてもなあ」
焼けた餅を。醤油をつけて海苔で撒いて。平次は眉根を寄せる。
「御節あるやろ?餅も突いたやろ?年賀状はもう出したし……初詣に行く時の着物はそこにおかんが出してったし」
「そうやんな……」
「レコ大も紅白も録画してるし、箱根の予約も一応したし」
「やっぱ思い過ごしやろか」
「せやせや。忘れてることなん……いや、ちょう待てや」
「なんか思い出した?」
「思い出してへんけど……なんやひっかかるなあ……」
「やろ?なんやったかなあ……」
「炬燵もミカンもあるし、門松もお飾りももう飾ってるし……」
「おばちゃん、出掛ける時になんか言うてへんかったっけ。平次、玄関でなんか言われてたやん」
「そうや!!」
炬燵に張り付くようにうつ伏せてた平次が、勢いよく顔を上げる。
「蕎麦や!!年越し蕎麦!!」
「それや!!」
「おかんが、もし遅なったら自分らぁで作れて」
「え、アタシらで?」
「せや。丁度出汁取ったところでおとんから電話あったから、途中やから続き頼む、て」
「アタシ……お蕎麦の汁なん作ったことないで?」
「俺もや」
「茹でんのは出来るけど」
「そら、俺かて出来る」
「どないすんの?ざる蕎麦にする?」
「せやけど、漬け汁ないやん」
「そっか……ほんなら、そのまま?」
「アホ。そないなわけに行くか」
母に。自分達で「作れ」と言われた以上、「作らない」という選択肢は平次にとっては敗北を意味する。
「そんなん、なんとかなるわ」
「なんとかって……適当?」
「え……っと……あれや。おかん、殆ど使てんの見たことないけど、料理の本、台所の棚にあるし」
「あ、そっか」
「蕎麦の汁くらい、作り方載ってるやろ」
「うん」
「ほな、さっさと作るか」
「せやね。そうしよ」
暖かい炬燵から出て寒い台所に行くには。それなりに勇気とタイミングが必要で。
思い立ったがなんとやら。二人は未練なく、炬燵を這い出た。
***
出し汁:カップ6
醤油 :大さじ6
みりん:大さじ2
砂糖 :少々
***
「……平次……」
「なんや。どないしてん」
茹で上がった蕎麦を一回水に通して。笊を振って水切りしながら平次は、心許な気な幼馴染の呼ぶ声にコンロの方を振り返る。
「……これ……なんやろ……」
「何って。なんや。失敗したんか?」
「……そうみたい……」
「アホか。蕎麦の汁くらいで何失敗すんねん」
「せやけど……なんやろこれ……アタシ、焦がしたんかな」
「汁なん焦げるか。出汁取った鰹はもう出してあんねんやろ?」
「うん。それは、おばちゃんが」
「ほんなら後は、本の通りに調味料入れるだけやん」
「そうなんやけど……」
歯切れの悪い和葉の声に。水切りを終えた平次は蕎麦を笊に預けて幼馴染の横へ。
「うわ。なんやこれ」
「ごめん。アタシ失敗したわ」
「失敗……って、何してん。ちょう貸せ」
和葉を押しのけるようにコンロの前に立つ。されるがままに和葉は一歩後退。
「うわ。しょっぱ」
「やろ?アタシもさっき舐めた。あーーーー、もう、めっちゃショックや。ホンマごめん」
「せやけど、ホンマ何入れてん」
「え……と、出し汁がカップ6……んで醤油が大さじ6……」
「醤油?」
「うん。醤油……。って、なんで醤油って書いてあんのやろ」
「間違ってるんちゃうか?」
「せやけど、書いてあるやんな。アタシの見間違い?」
「いや?書いてある。せやけど普通、蕎麦の汁に醤油いらんやろ」
「ゴメン……アタシが、おかしいって気付いてればよかったんやけど」
「アホか。間違う本が悪いわ」
「せやけど、どうしよ」
「せやなあ」
先ほど指を入れて舐めた、黒い汁を。今度はお玉に掬って一口。
「……濃い、けど、まあ、悪い味とちゃうんよな」
「ええよ。そんな気ぃ使わんでも」
「ホンマやって。飲んでみ」
「ん」
差し出されて、和葉も一口。
「辛」
「せやけど、悪くはないやろ?」
「うん。甘辛い?あれやね。ざる蕎麦の、漬け汁があったかいみたいな……。あ、アタシざる蕎麦のとこ見てた?」
「いや、それはない。多分この本が、あったかいんにもざるの書いてんねん」
「騙されたわー」
「しゃあない。このまま食うか」
「ええー?」
「まあ、冷してざるにしてもええけど。あったかいんでも行けるんちゃうか?」
「ん……まあ……これは……これで……。不味くは、ない、か」
「おう。いつもの蕎麦と、別もんやと思ったら、行けるやろ」
「そやね」
「ほな、このまま行くか」
「うん」
服部家で。
静華の手伝い、というレベルではなく台所に立つのなんて初めてで。
一生懸命本を見ながら作ったそれは、間違えたわけでもないのに思ったものとは全然違っていて。
……料理のでけへんオンナやと思われたかな。
そんな不安が胸を過ぎりつつも幼馴染は屈託なくて。
一安心。
時計を見ると除夜の鐘までもう間もなく。
慌てて、蕎麦の準備。
***
「ほな、いっただっきまーす」
「いただきます」
雪が、また降り始めた。全ての音を雪が吸収するのか、何故だかとても静かな夜。
最後の方だけみた紅白は、今年も白組が勝っていた。
だぁれも居ない広い服部家に二人。炬燵に入って年越し蕎麦。
「ん。まあ、ええんちゃうか?」
「そやね」
「まあ、あれやな。俺の蕎麦の茹で方に助けられたな」
「ええー」
「俺のお陰や。感謝しぃや」
「それはどうやろ」
「なんやと?」
「本が間違っても美味しく出来たんは、アタシの腕とちゃう?」
「なんやお前。さっきまでなっさけなさそうな顔しとったくせに」
「してへんもん!!そんな顔」
「しとったしとった。ここんとこに皺寄せて」
「してへんもんアホーーー!!」
手元にあった台拭きが平次に投げつけられる。
「何すんねん、ドアホ!!」
「誰がドアホやねん」
往復する台拭き。いつもなら叱りに入る静華が不在のため。その応酬が止む気配がない。
そうこうするうちに。
除夜の鐘が鳴り出した。
初めてのお使いならぬ初めてのお料理。10歳じゃ遅い?
手拭の応酬って結構萌えポイントなんですけど私だけですかね……。
なんつか、身近な、実害のないもんでお互い攻撃するっつか、じゃれあってるだけっつか、そんな感じで。
と言うわけで、実は実話ネタです。つか、私がやらかしました!!
だってレシピには関東風とか関西風とか書いてなかったんですよ!!書いてある通りに醤油入れたんですよ!!
思いの外真っ黒いものが出来上がって、思わず父に泣きつきましたともさ当時の私!!
知らんかってん……関東風が黒いなんて……。
親戚が要るので関東に来たことがなかったわけじゃないんですけど、きっと蕎麦饂飩は食ったことなかったんです。
ざる蕎麦好きだからざる蕎麦ばっか食ってたのかなー。兎に角まあ、そんな幼い頃の思い出も平和に変換すれば萌えです萌え。
関西風でもざる蕎麦の漬け汁は黒いです、よね?うちだけ?
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