雪が降るかもしれない。
年末から盛んに天気予報士が何か言っていたが。
初日の出が見れないまでも、雪も雨も降らなかった。
シン、と冷える元旦。
今年は新年早々寝正月を決め込んだ怪盗KIDに対して、窃盗事件が多発するこの時期、結局中森警部は休めるわけもなく。
妙な空咳をしながら「おばさん風邪っぽいから、二人で行ってらっしゃい」と黒羽家を送り出されて二人。
快斗は、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで。
青子の髪飾りがフワフワ揺れるのをボンヤリと眺めながら。
初詣。
眠いのは。
珍いことに怪盗KIDとしての仕事の影響ではなく。
ただ単に、夢見が悪かっただけ。
ワイヤと白の造花からなる青子の髪飾りが揺れるたびに。
なんだかその一定のリズムがまるで自分を眠りの底に誘うような気さえして。
また一つ、欠伸を噛み締めた。
「四回目」
「あ?なんだよ」
「快斗が欠伸したの。もー。だらしないなあ!!正月っから快斗は!!」
「しょーがねーだろ。眠いんだよ」
「一年の計は元旦に有りって知らないの?」
「お?珍しく小難しいこと知ってんじゃん」
「この前紅子ちゃんに教わったんだもん。青子だってバカじゃないんだからね」
「ナニ言ってんだよアホ子が」
「アホ子じゃないもん!!バ快斗!!」
振り翳された拳を避けつつ。反射的に体が動いて。青子の膝辺りに手が伸びた。
「ふふん」
「……ナニ勝ち誇ってるんだよ」
「捲ろうったって、そうはいかないんだから。悔しかったら捲ってみなさいよ」
「べっつにいいよ。捲らなくても今日は犬柄だって知ってるし」
「な、バカ!!エッチ!!スケベ!!なんで知ってんのよ!!」
「……当たりかよ」
「あーー!!酷い!!青子のこと嵌めたの!?」
「嵌めたって言うか……まさか、戌年だから犬〜とか思ったわけじゃねぇだろな」
「思ったら悪い?」
「悪いって言うか……」
「あーー!!今青子のことバカにしたでしょ!?」
「バカにしたって言うか……」
もう。なんて言ったらいいのやら。
新しい年を迎えたところで。何が変わるわけでもないことなんて百も承知だが。
結局百八つの煩悩を捨て切れなかった自分は、今年も好奇心旺盛な健全な男子高校生だったりするのだが。
……いい加減、少しは成長しろよな。
なんだか。疲労感が増してしまう。
それと一緒に。
「ったく、青子は。ちょっとは成長するってことを知らないのかね」
「何よそれーー!!」
「着物、よく似合ってるよ」
「え、ナニ?どうしたの急に。あ、ありがと」
「……着物は寸胴がよく似合うって言うからな」
「なんですってーーー!!」
「胸もケツも出てない方がいいんだよ。ったく、なんでこんな完膚なきまでにおこちゃま体型かねえ」
「きゃ!!バカ!!バ快斗のエッチ」
「え、今の腹だろ?」
「胸だよバカーーーーーーーーーー!!そんなところにお腹があるわけないでしょーーーーー!!」
「しかもチビだし」
「チビじゃないもん!!」
何も変わらない幼馴染が。
嬉しくも有り。
切なくも有る。
特に。
あんな夢を見てしまったから。
「ったく、そろそろ人も増えてきたから前見て歩けって。ぶつかるぞ」
「う、あ、うん」
「ちびっ子おこちゃま青子ちゃんが踏み潰されても、俺の責任じゃないからなー」
「そんなに小さくないもん!!」
「あ、おこちゃまは認めるのね」
「違うもん!!青子だってもう大人なんだからね」
「へーほーふーーん。どの辺がどう大人なんだよ。証拠は?」
「証拠って……」
「ねぇのかよ」
「え……と、えーと、一年の計は元旦にあり!!」
「なんだよそれ」
「大人でしょ」
「あーーーーーーーーーーー。ああ。ああ。はいはいはいはい」
「ナニよそれーーーーーーーー!!」
「ほら。後ろ向くなって!!」
神社の鳥居を潜ると。地元の小さな神社とはいえ、今日ばかりはそれなりの人の出で。
軽く見知らぬ人にぶつかった青子を。慌てて自分の方へ引き寄せる。
ぶつかられた方は気にも止めずにそのまま群衆の中へ。
「大人は、きちんと一人で歩けるもんだぜ」
「あ、……歩けるもん」
引き寄せた瞬間に。
青子の髪からシャンプーの香りがして。
不覚にも少しだけうろたえてしまって。慌てて平静を装う。
……ったく、お子ちゃまのくせに。
あんな形での快斗様の夢の中への友情出演は、ご遠慮願いたいものである。
調子が狂うったらない。
「快斗ーー?ナニ立ち止まってんのよ。早く行こ」
「あ、おう」
「早くお参りしようよう。お昼までには帰っていらっしゃいっておば様言ってたし」
「わかってるって」
急かされて。
人波に流されながら賽銭箱を目指してゆっくりと歩を進める。
全く。
相変わらず、なのに。
……ったく、勘弁して欲しいよな。
夢の中では。
そう。夢の中では。
***
「快斗五円玉持ってる?」
「当たり前田のクラッカー」
「……ナニそれ」
「知らねぇのか?前田のクラッカーってのはなあ」
「ねえ、二枚持ってる?」
「聞けよ人の話」
「あ、ごめん。五円玉あったからいいや」
「完璧無視ですか青子さん」
「え、なぁに?快斗なんか言った」
「もういいよ」
漸く辿り付いた賽銭箱の前で。青子は財布の中から五円玉を探し出すのに夢中で。
快斗は抜かりなく二枚用意していた五円玉のうちの一枚を。
ホンの少し肩を落として財布に戻す。
「さぁて今年は。何をお願いしようかね〜」
「今年こそ!!お父さんがKIDを捕まえますように!!お父さんがKIDを捕まえますように!!」
「…青子さん……全部聞こえてんですけど」
「うるさいなぁ快斗はーー!!聞こえてもいいの。ちゃんと神様に届かないと困るでしょ?」
「あ、そう」
一番聞こえてはいけない人物、ある意味一番聞いて欲しい人物が隣に居ることなんて気付くことなく。
青子は一生懸命手を合わせて。
……ちぇ。
可愛い青子の切なる願いの成就を握っているのは。寄りにも寄って自分なのだから。
もうどうしてよいやら。
「ったく、五円玉で何が叶うって言うんだよ」
「だって、五円玉は御縁があるっていうでしょ?」
「んじゃ五十円にしたら御縁が十倍なんじゃねぇの?」
「御縁が遠くなるんだって」
「んじゃ五百円だな」
「ええーー。それでお願い叶わなかったらバカみたいじゃん」
「そんな信心じゃ、叶うお願いも叶わねぇよ」
「神様って、そんなにせこいのかなあ」
「さぁねえ」
「……五百円にした方が良いかなあ……」
「……嘘だよバカ。御縁が遠く遠くなったら困るだろ?」
「そっか。そうだよね。……お父さんが怪盗KIDを逮捕できますように!!お父さんが怪盗KIDを逮捕できますように!!」
「結局それかよ」
「当たり前でしょ?快斗も一緒にお願いしてよ」
「やなこった」
怪盗KIDが自分の逮捕を神様に祈るなんて。
「快斗のケチ!!」
「俺は俺の五円玉を有効利用するんだよ」
「いいじゃない!!五円くらい!!」
「五円くらいって言うなよ。この五円玉は俺の願いを叶える大事な大事な五円玉だぜ?」
「なにそれ。ばっかみたい」
……青子さん青子さん。さっきまで一生懸命お祈りしてたのは誰ですか?
「じゃあ快斗は何をお願いするのよ」
「……なんでもいいだろ」
「よくなーーーい。なぁに?青子にも言えないようなことお願いするの?やっらしー」
二拝二拍一拝。
盛んに片方の袖を引っ張る青子を無視して、神前で手を合わせる。
「ちょっと快斗!!聞いてるの?」
「んだよ。邪魔すんなって」
「なにお願いしたか教えてよ」
「やっだねー」
「ケチ!!快斗のバカ!!バ快斗!!」
ひっぱられた手を。ひっぱられるままにして。
快斗は小さく舌を出して青子の攻撃をヒラリとかわす。
「心配しなくても青子の胸が早く大きくなりますようにってちゃんとお願いしといたから」
「なにそれ!!快斗のバカ!!バ快斗!!エッチ!!」
「ま、未だに犬のプリントパンツじゃでかくなるものもならねぇか」
「関係ないでしょーーーーー!!」
神社の境内に青子の声が響き渡る。
周囲の参拝客が苦笑する中、二人は一向それを気に止めることなく。
「こら!!待ちなさいよバ快斗!!」
「待てと言って待てるかアホ子!!」
「アホ子って言うなバカーーー!!」
捕まれた袖を振り解いて走り出す快斗を。着物姿で青子が追いかける。
「ちょ、バカ!!んなカッコで走るなって」
「快斗が逃げるからでしょ!!待ちなさいよ」
「着物着てる時くらいおしとやかにできねぇのかお前は!!」
「待ちなさいよ!!こらーーーーー!!」
諦めて歩を緩めると早速後ろから袖を捕まれて。
かと思った瞬間両腕が快斗の鳩尾辺りに伸びて来て。
「うわ!!バカ!!やめろ!!イテ!!イテテテテテテ!!」
「捕まえたぞ!!快斗!!もう逃がさないんだから!!」
「バカ!!やめろって!!苦しいから!!」
「さぁ!!何お願いしたか吐きなさい!!」
後ろから。思いっきり抱き付かれて。
……と言うより、締め上げられて。
「ったく!!可愛くないなあ青子は!!」
「なんですってぇ!!」
細い腕に更に力が込められる。結構、バカにならないくらい苦しくて。
「どうだ!!バ快斗!!」
「だから着物でこういうことするなよな!!」
「関係ないでしょ!!吐きなさいったら吐きなさいーーーーー!!」
「離せコラーーーーーーーーーー!!」
年が明けたからって、何か変わるはずもなく。
わかってる。そんなことはわかってる。
幼い頃、誕生日が来たらぐんと背が伸びるのではないかと思ったように。
年が変われば何かが変わると思ったことがある。
……居なくなった父が。戻ってくるのではないかと思ったことすらある。
だけど年が変わったところで。何かが革新的に変わるわけもなく。
……相変わらず、胸ねぇよなあ……。
抱きつかれながら、もとい、締め上げられながらそんなことを考える始末。
そうなのだ。
夢の中で。
夢の中で青子は。
***
神様お願いです。今年は、今年こそはもう少し青子を。もう少し青子と。
こっちは新年早々邪な初夢に悩めるお年頃の健全男子高校生なんです。
夢の中でこの幼馴染は。
小さく笑って目を閉じて。
ちょっとばっかり上を向くのです。
神様お願いです。
それが自分の願望だってことくらい分かってます。
分かってます。分かってますけど。
直前でお預けを食らって目が覚めて。そして否定しようのない現実に。
いっそ眩暈がします神様。
どうか。どうか。どうか。
今年こそは。もう少し。
相変わらずラブ足りなくてすみません〜。
なんかもう、うちの快斗は、快斗に限らず平次も新一も、今年こそは今年こそは今年こそはと
そればっかりなんですけど、全然進歩がなくてすみません。アハハ!!<笑って誤魔化すな
でもKID逮捕を切に切に祈る青子の隣に快斗がいるってのは、萌えじゃないですか?
そんでもって屈託なく快斗を後ろから締め上げる青子も萌えですが、何か。
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