クリスマスを控えた駅前繁華街は、人人人人人人人人。
一体何処からこんなに湧き出てくるのかと言いたくなるくらいに。
人人人人人人人人。
人ごみの中をボンヤリ歩きつつ。服部平次は周囲の邪魔になるのも気にせず、立ち止まると大きく一つ伸びをした。
眠いのだ。
昨日から事件に関わって。府警の刑事達と夜通し捜査。
勿論好きでやってることだし、明け方を過ぎて昼も近づく頃にはグダグダだった刑事達に比べれば。若い分元気ではあったのだが。
それにしたって部活後直行だったし。
「ふわ」
欠伸も出るってものだ。
「はあ」
そのまま。ズボンのポケットに手を突っ込んで歩き始める。
先日。バーゲンに二人して出陣して行った母と和葉が買ってきたロングコート。
着慣れないし、なんとなく自分にはどうかと思うのだが。
……寧ろ、工藤っぽいやんなぁ。こういうん。
ズボンのポケットに手を突っ込む癖のある自分には、ひらひらする裾が少々余計だ。
「絶対、平次にも似合うと思うねん!!」
そう言った幼馴染が。試しにと言われてとりあえず羽織った自分の姿に一瞬たじろいだのを、見逃すわけがない。
……似合わないなら、似合わんって言えや。
やっぱり似合うなぁ。ホンマ。思った通りや。さすが和葉ちゃんの見立てや。そんなんとちゃうよおばちゃん。
なんてとってつけたような猿芝居に。
ちょっとばっかし、ムッとしつつも。
きちんと有効利用している自分を。褒めて欲しいものだ。
……大体、学生服にロングコートってどないやねん。
さっきからつい引き合いに出してしまう東の名探偵なら。あそこのガッコなら、ブレザーだし。ロングコートも、まあありかもしれない。
勿論、詰襟の同級生達にはロングコート派も多いのだが。
どうにも。
自分は馴染めない。
……バイクに乗るせいかもしれへんな。
ホントは、ちょっと、気に入ってるのだ。今まで着た事がなかっただけで。着たら案外良かった、のだが。
……なんやねん。あの反応。
疲労からホンの少しご機嫌も斜め。しかも事件は、東奔西走した自分より早く(個人的には同時と思いたいのだが)、デスクの前の父親に功を掻っ攫われた。
……ああもう。ホンマむかつくわ。あのクソ親父。
「そうか。あいつも」
自分が事件に関わっていたと。そして真実に辿り付いたと聞いたときに。狐目の府警本部長は一言そういったと言う。
……どうせ遅いて言いたいんやろが!!わぁるかったなあ!!
無意識のうちに。
もう一度ポケットに手を突っ込んで。
服部平次はズンズンと人ごみを抜けていった。
***
お?
山のように人がごった返す駅の改札正面百貨店の前。一段と、人人人人。
どうして見つけてしまうのだろう?
見慣れたポニーテール。と言うのも。我ながら変な気がする。
ポニーテールはポニーテールだ。
決して今の流行ではないから何処にでもいるわけでもないけど、珍しくもない。
皆同じだ。後頭部から垂れた馬の尻尾。
それなのに。
人ごみの中。行き交う人々の邪魔になりながら。勿論平次はそんなことは意に介さずに。
ボンヤリ立ち止まって幼馴染の後姿を見つめる。
ショーケースに張り付くように。一心不乱に何かを見つめるのは、見紛うことなく幼馴染。
……額つけたら油なるから。やめろて言うたんに。
ポニーテールは微動にもしない。
注意深く。気付かれないように。幼馴染の視線の先を追いかける。
……財布。
黒い、財布。
……なんや。あんなもんが欲しいんか?
黒い、折りたたみ式と思しきショーケースの中の財布は。あまり幼馴染には似合わない。
幼馴染に似合うのは。どちらかと言うと、もっと色合いが薄い感じ。どちらかと言うと、もっとポップな感じ?
それに。和葉が持つには少し大きい気がする。
……男物、か?
それならば。
……誰に?
一瞬眉を寄せて。服部平次は次の瞬間自分にとって都合の悪いその選択肢を捨て去る。
……そら、ないな。
あっても。例えば父親とか。府警の大滝……に財布は、ない気もするけど、まあその辺。
それとも。
その奥の、ちょっと置くの小振りの女性物だろうか?
同じ黒。やっぱり少し和葉には似つかわしくないが。それでも手前よりは妥当な線だろう。
などと。
勝手に一人で納得したところで。
「和葉〜」
近寄ってきたクラスメイトに。平次は慌ててその場を立ち去った。
***
「和葉、ごめん、お待たせ」
「ううん。全然」
「何言うてんの。ホンマごめん。お昼あたし奢るわ。そんで?ナニ見てたん?」
「ん?別に」
「なんや服部君に?……ってそう言うたら、さっき服部君居た気ぃしてんけど」
「え、嘘。ドコ?」
慌てて辺りを見回しても。クリスマス前の雑踏の中。目立つあの背中は見当たらない。
ちなみに。それを「目立つ」と思っているのは彼女だけなのだが。
「気のせいやったかな」
「そうちゃう?朝電話したら、おばちゃんが事件からまだ帰ってないいうてたもん」
「なーんや。あたしに声掛かったんは、服部君がおらんかったからか」
「ナニ言うてんの!!一週間前から約束してたやん。今日」
「そうやけど。せやけど、おかしいなあ、ホンマおると思てんけど、服部君」
「おらんおらん」
「和葉のこと心配でついてきてんのとちゃう?」
「そんなわけないやん。せやから、平次は事件やって」
「そっかー。いっつも一緒におるから。なんや和葉のおるとこにはおる気ぃしたわ」
「何言うてんのもう!!」
それでも気になって。もう一度雑踏を見回して。
……おらん、やんな。
「そんで?決まったん?」
決まってはいないけど。でも気になったのは。
……これ……平次、こんなん使うかな……。どうやろ……。
「んー、まだ全然目移り中。そっちこそ目星つけて来たん?」
「全然ー。オトコの欲しいもんなん、ホンマわからへんわ。面倒臭いわ」
「もう。そんなん言うて。ラッブラブなクリスマスデート〜〜言うてたん誰やろな〜」
「和葉んとこには負けますぅ。親公認やしなあ。幼馴染言うてその辺のバカップルよりよっぽどラブラブやし」
「そんなんちゃうもん!!」
「はーいはいはいははい。ほな、行こか」
***
「なあ、平次」
「あー?」
「平次のお財布って、ドコで買ったん?」
「ああー?」
ズボンの後ろポケットから分厚い財布を探り出して。
「うわ。おっ金もちぃ」
「アホ。んなわけあるかい」
「あ、ホンマや。うわー、平次ポイントカードとか溜めんのやめてや。神戸のお店なん、次にいつ行くんよ」
「せやかてくれるやん」
「貰うな。もしくは捨て。あ、東京のもある」
「あー。それは工藤と……」
「工藤?工藤君、戻って来たん?」
「……と、連絡取るために、ボウズに会うた」
「なんやのそれ」
使い古された、黒い財布。合皮の。
「結構ボロボロやん」
「アホ。ええねんて。財布くらい」
「で、ドコで買うたん?」
「ん?ドコって、どこやったかなあ。んー。めぇっちゃ値切ったことは覚えてんのやけど」
「まぁた、そんなん言うて」
「せやかて買い物は値切るん基本やん。それに中身より高い財布使ててもアホらしいしなあ」
「そ、やね」
声のトーンの、ホンの少しの変化に。
「ま、貰たりしたら、しゃーないけどな」
「え?」
「和葉かて、使うやろ?貰たんやったら」
「そら、まあ」
「それに、あれや。高い財布使てるとな。中身もランクアップするらしいで」
「なんやのそれ」
「言うたままや。早よ返せ、財布。中身抜くなや」
「抜こうにもお札が入ってませーん」
「しゃあないやろ。小遣い前やし。……ところで和葉」
「何?」
炬燵の上のミカンに手を伸ばしつつ、視線は手元の新聞から離さずに。
「お前、黒とか好きやったっけ?」
「黒?」
幼馴染が。ほんのり頬を染めたことに気付きもせずに。
「いや、黒の服とか、なんやそういうんあんまし着ぃへんな、思て。携帯もピンクやし」
「せやかて、アタシが黒着たら、平次と揃って黒黒になってまうやん」
「アホ。なんやねん、それ」
和葉もミカンの籠に手を伸ばしながら、さり気なく。
「黒、は、好きやけど」
「けど?」
「なんかちょっと大人っぽいやん、黒って。アタシには未だちょっと早いかな〜て……」
「ほー」
「好き、やし。欲しいねんけど」
「ふうん」
「自分で買うには、ちょっと」
「なるほどなあ」
何気ない。いっそ聞いてないのではないかと思える返事に。ホンの少し、微妙なトーンの変化。
「ミカン、美味しいね」
「おう」
***
クリスマス・イブ。
静華が、美味しいディナーが食べたいと予約した店に。頭が割れる程痛いと主張する静華を残して、二人で。
「おばちゃん、大丈夫やろか」
「大丈夫やろ。あんの鬼婆、殺しても死なへんて」
「何言うてんの!!……なあ、ホンマに大丈夫やったんかなぁ。看病せんでも……」
「ええってええって。気にすんな。行かんかったら折角の予約勿体無い言うたんはおばはんやし」
「そう、やけど」
仕切りと。居心地悪そうにソワソワする幼馴染に。
「和葉、お前なあ。ホンマに心配なんやったら、こんなとこまで来る前に心配しろや。店まで入って前菜まで出てきて。ナニ四の五の言うてんねん」
「そう、やけど」
ちらり、と和葉が。隣の席に置いてある自分のバッグに視線を送り。
その視線を辿って。漸く平次は一つのことに思い至る。
……そう言えば、こいつのプレゼントなんやろなぁ。
いつもなら欲しいものを聞かれて。答えと一緒に和葉の希望も聞き出して。
それが。今年は一切なかった。
のだが。
うっかり自発的に用意できたプレゼントに気を取られて今まで気付きもしなかったなんて、自分も探偵としてまだまだだ。
……なんやろ。俺、最近欲しいものとか言うたかなあ。
ちょっとだけ心配しつつも。
そこはそれ。幼馴染の選択は大抵間違っていたことがないので。
寧ろ、心配なのはこっちだ。
……使てくれるやろか。使うやんな。欲しかったから、見てたんやろし。
その財布を。和葉が本日までに自分で買ってないことは、店への聞き込みで確認済み。
「あんな、和葉」
「あの、平次」
同時に。差し出したそれぞれの包み紙は。
「なんや、和葉。あの店で買うたんか」
「って、平次もなん?混んでたやろ、あそこ。よう行ったなあ」
「それは、まあ」
互いに互いのプレゼントを受け取って。
「あ、そんでな、平次」
「おおきに。なんやろな〜、開けてええか?」
「ええ、けど。せやけど、あれやねん。ええと、ごめん」
「はあ?なんやねん」
「あの、アタシ、今年平次に欲しいもん聞かへんかってんけど」
「おう。聞かれた記憶はないで」
「せやけど、こういうん平次にええかな、て」
「そら、楽しみやなあ」
一瞬。今日も着て来たロングコートのことが頭を掠める。
「せやけど、やっぱ平次、こんなん使わへんかもしれへんし、気にいらへんかも知れへんし。せやから、ごめん」
「未だ開けてへんて」
「うん、せやけど、先に言うた方がええかと思て」
「余計な気ぃ回すなや。俺のは……そうやなあ」
和葉は。あの日の姿を自分に見られたなんて、気付いていないだろう。
「驚くと思うで」
「驚く?」
「せやせや。まあ、開けてみぃ。俺も開けんで」
「う、うん」
ガサガサと。店員が次のコース料理を運ぶタイミングを伺ってる事も気にせず、二人して一心不乱にラッピングを解くと。
それぞれに、同じ箱。
開けると。
「え?」
「え、ええ?」
***
あの時。和葉があのショーケースを見ていたのは。
あの財布が。欲しかったからじゃなくて。
***
「う、わぁ」
「……っちゃー」
「すご……こんなことってあるんや……」
「ダブってもーたな……」
眉を寄せる平次と。
目を輝かせる和葉と。
「すごいなあ。こんな偶然あるんやぁ」
「え」
「それとも、平次知ってたん?アタシが買ったプレゼント」
「あ、いや」
「そうやんな……そんな、わざわざ同じの買わへんやんな」
「あー、ああ」
知っていたどころか。
完全に勘違いしてたなんて。
……せやかて、なんかメッチャ欲しそーな顔しとったやんか。あん時。
あんなに嬉しそうな目をするのは。絶対、そうだと思ったのに。
「奇跡みたい」
「あ、えーと、あんな」
ホントにホントに驚いて、嬉しそうな和葉に。ドンドン居心地が悪くなって。
「和葉、あんな」
「あ」
思わず切り出しかけると。弾かれたように顔を上げた和葉に不安の色。
「ごめん、アタシはしゃいでもうて。平次……それ、あんま好きとちゃう?」
「あ、いや、そんなことないで」
それ以前にちゃんと見てなかったので。反射的に笑顔を作って改めて財布をチェック。
「アタシな、なんでかそれ見た時に、平次にええなーって思てん」
「へ、へぇ」
「理由なんてないねんで。せやけど、ホンマに、なんでか。ごめん、アタシほんまに思い込み激しいなあ」
「あ、アホ。そんなことないって」
寧ろ思い込みが激しいのは。
「俺、それ買うた時、自分のも買おうか迷てんけどな」
「え、そうなん?」
「せやけど、自分で使うんより和葉が使うんも、ええかな、て。たまにはそんなんも。……なぁ」
心の片隅で。ホントは和葉に黒は、どうかと思ったりもしたなんて。
もう言えなくて。
「これ、ホンマ可愛いなぁ」
「そか。そんなら、ええねんけど」
「うん。黒あんま持たへんけど、せやけどここんとこのこの模様とか、メッチャ可愛いし」
「せやねん。これ結構ええやんな」
和葉が好きそうだったので。だから、自分で欲しがってるの、かと。
「平次も、それ気に入ってたんや」
「おう」
「よかった、今度は失敗しなくて」
「今度は?」
「うん」
漸く一段落したと判断した、と言うより痺れを切らしたのか、店員がコース料理の続きを運んできたので。
慌てて二人して財布を片付けながら。
「この前買うてきたコート……平次、あんまし気に入ってへんやろ」
「え」
だって。あれは。
和葉だって微妙な顔してた。のに。
「あれも、アタシ一目ぼれやってんけどな……絶対平次に似合うなー、て」
運ばれてきた料理が嬉しいのか。また顔を輝かせて。
ちょっと照れたように。
「そんでホンマに着て貰たら思ったよりカッコよくて。アタシ吃驚してん」
***
出会ってから17年。
いつだって。一番分かっているつもりで、一番分からないのがこの幼馴染。
どんな事件も解く自信はあるけれど、幼馴染の心を解く自信は。
だから。だからこそ。
この幼馴染は、面白い。
そんなことを、柄にもなく実感してしまうのも。クリスマスにはいいかもしれない。
メリー、クリスマス。
思い込みは和葉の専売特許ですけど、平次だって十分思い込み激しいって言うか。
こうと思い込んだら一直線って感じがしませんか?工藤工藤工藤工藤言ってますし(爆)
というわけで、財布と思い込んだら財布財布と。
こと和葉に限ってはその推理力も鈍ることがあって欲しいと思うのは妄想ですかーそうですかーガクリバタリ
最後の平次が相変わらず誰それ状態の別人ですが。きっと悪いもんでも食ったんです
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