聖なる夜には。奇跡だって起こせる。
そんな気がするんだ。
***
「寒いねー」
「とーほくでは雪だって母さんが言ってた」
「とーほくってどこ?」
「ずっと北」
「北海道より北?」
「北海道の方が北」
紅葉のように赤くなった小さな手に、青子がハーッと息を吹きかけると、それは手の平に届く前に白い気体になって冷たい空気に溶け込んでいく。
「なんだよ、青子。手袋は?」
「学校に忘れちゃったみたい」
「ったく、青子はアホ子だよな」
「アホ子じゃないもん!!」
「んじゃ、俺の貸してやるよ」
「え、いいよー」
もう一度両手に息を吹きかけて。
「だって、快斗も寒いもん」
「俺は平気だって。ポケットあるから」
「青子もあるもん。でも、ポケットに手ぇ入れて歩いちゃだめって先生が」
「そうそう。転んだりすると危ないからな。その点、俺は大丈夫」
「なんで?」
「だってほら」
大袈裟に転んだように見せて。素早くポケットから出した片手を地に付いて一回転。
「凄い凄い!!快斗!!」
「だろ?だから手袋は貸してやるって」
「うん」
空色の手袋はベージュのAラインコートとピンクのマフラーとはちょっとばかしミスマッチだったけれど。
青子は嬉しそうに幼馴染から手袋を受け取って。大事そうに嵌める。
その笑顔に。うっかり見惚れてしまい。我に返った快斗は勢いよく頭を振ると、慣れない空気に言葉を捜した。
「もうすぐ、クリスマスだよな」
「……うん」
「青子、今年はサンタさんに何頼むんだよ」
「……わかんない」
「俺は何にしようかな〜」
明るい話題を振ったつもりが。ノリの悪い幼馴染を振り返ると。
さっきの笑顔はどこへやら。
「……なんだよ。どーしたんだ?」
「クリスマスなんか、来なきゃいいいのに」
「何でだよ。サンタさんにプレゼント、欲しくないのかよ」
「欲しい、けど」
「何やったんだ?青子。今年はいい子じゃなかったからサンタさん来てくれないかも〜ってか?」
「違うもん」
「んじゃなんだよ」
「別に、サンタさんなんて来てくれなくていいもん」
「へ?」
「来てくれなくていいから……」
キュッと赤いランドセルの肩のベルトを握り締める空色の手が。やっぱりどこか不釣合いで。
「来てくれなくてもいいから、その代わり……」
「代わりに?」
「……なんでもない!!」
いきなり。叫んで青子は走り出す。
赤いランドセルが、その背で勢いよく飛び跳ねるのを、うっかりぼんやり見送りながら。。
その代わりに。
……どうして、わかっちゃうんだろう。
どこにも確証はないけれど。ただなんとなく。青子の言おうとしてたことがわかってしまう。
それは、自分の気持ちだからだろうか?
サンタさんなんか来てくれなくていいから。
今年も。
……父さんのマジック、見たかったな……。
二人が出会ったその年から。毎年開かれる黒羽家・中森家の合同クリスマスパーティー。
恒例の、マジックショー。
……父さん……。
駆け去った幼馴染がすっかり見えなくなってから。
快斗は再び両手をポケットに突っ込んで。少し背中を丸めて歩き出した。
***
「ほぉら、私からのクリスマスプレゼントだよ、快斗、青子ちゃん」
似合わないと毎年失笑されながら。盗一は東急ハンズで買ってきたサンタの衣装に身を包み。
「ここに一枚のハンカチがあります。ほら、よく見てごらん。なぁんにもないだろう?」
白いハンカチを一枚出して。ひらひらと二人の幼子の前で振って見せる。
「今日は寒いねえ、青子ちゃん」
「え、うん」
「でもおうちの中は暖かいね」
「うん!!」
「だけど、折角のクリスマスだから、やっぱり樅の木には雪が欲しいよね」
「うん!!」
白いハンカチが、ヒラヒラとまるで白い蝶のようにはためく。
「「「わん、とぅー、すりー!!」」」
子供達も一緒に合唱。ひらりと翻るハンカチから、雪。
「うわー!!雪だ!!」
「本物だよ?ほら、冷たいだろ?」
「凄い凄い!!魔法みたい!!」
「食べてもいい?」
「いいけど、食べ過ぎるなよ?快斗。お腹壊しても知らないからな」
「そしたら青子、快斗のケーキも食べてあげるね!!」
「なんだと!!」
おおはしゃぎの子供達を。
いつも温かい目が見守っていた。
ヒラヒラと振られるハンカチからは、ハラハラと雪が降り続く。少しずつだけど、確かに冷たい雪の感触。
「いつもながら、凄いねえ。君のマジックは。流石日本を代表するマジシャンだ。この刑事の目を持ってしても、まったく仕掛けがわからんよ」
「こっちも一応、プロですから。そう簡単に見抜かれちゃ、ね」
「ははは。こっちだって一応、プロなんだがなあ」
最後に。
盗一は手の平にハンカチを乗せると、青子に向かってウィンク。
「ほぉら!!クリスマスプレゼントだ!!」
「すごぉい!!」
手の平には。小さな小さな雪だるま。
***
青子はこの雪のマジックが大好きで。
毎年毎年同じマジックを強請って。だからもう、クリスマスパーティーと言えば、このマジック。イコールと言っても過言ではなかったのに。
なのに。
今年はもう、そのマジックを見られない。
そんなことは、よくわかっている。
青子だってよくわかっているから。だから口に出しては言わないのだ。
どんなに願っても。
もう。二度と。
白いハンカチを弄びながら、快斗はボンヤリと天井を仰ぐ。
「凄いや父さん!!ほんとに魔法みたいだ!!」
そう言ってはしゃぐ幼い快斗に。
「魔法じゃないよ、快斗。これはマジックだ。だから、タネも仕掛けもちゃぁんとあるんだよ」
「えー!!俺、全然わかんなかった」
「当たり前だろう。快斗。父さんはマジシャンだ。そう簡単に見破られてたら、失業しちゃうじゃないか」
「ねえ!!どーやんの?教えてよ!!」
「ははは。さあ、どうだろうね」
結局笑って誤魔化されて。手品のタネは分からず終い。
白いハンカチは、何度振っても何も出てくるわけもなく。
「あら、快斗。何してるの?」
「んー……マジックの、練習……」
「あらあら。ご飯出来たからいらっしゃい。今日は北海道のおじさんから送ってきた鮭よ」
「げぇ!!なんでだよ!!」
「だぁいじょうぶ。ちゃんとすり身にしてコロッケにしたから。早くいらっしゃい」
母に急かされて。つい、そのハンカチをズボンのポケットに入れた。
***
「メリークリスマぁス!!」
クリスマス・イブ。
今年は近所の友達も呼んで。賑やかに……賑やかにクリスマスパーティー。
サンタさんなんて、クリスマスなんて来なくていいと沈んでた青子も数日振りの笑顔で。
クラッカーを鳴らして、なんちゃってシャンパンで乾杯。
大きな鶏肉の丸焼き。色とりどりの小さな旗の立ったサンドイッチ。
なによりも、特大のクリスマスケーキ。
そしてプレゼント交換。
去年とは、去年までとは違うけど。
……父さんのマジックはないけれど、楽しい、明るい、クリスマスパーティー。
だけど。
楽しい時間は過ぎるのが早くて。
たくさんたくさん沢山笑って。
笑って。
笑って、笑って、笑って。
そして。
「じゃあ、またね!!」
賑やかな声が。地球の引力に引かれる波のように。
すーーーーーーーーっと引いてしまって。
皆を見送った玄関先。
家の中では大人たちが、パーティーの片づけをする慌しい気配。
「青子、もう入ろ」
「……うん」
「寒いだろ」
「……うん」
再び。
しゅんと萎んでしまった背中が。
……見てらんねぇって、こういうこというんだろうな……。
だけど。
……父さん……。
こんな時。
あっという間に青子の笑顔を取り戻せる方法。
だけど。
今は、もう。
……父さん……俺。
盗一の息子として。常に準備しているネタくらいある。
時計台の前でやったあれ。
あれなら。
あれなら、青子は喜んでくれるだろうか。
片手に何気ない素振りでネタを仕込んで。
「あーおこ」
「……うん」
「ほら、俺からもう一個クリスマスプレゼント」
ちょっと驚いて振り返った幼馴染の前で、ポンっと一輪の赤いバラを出す。
その瞬間。
僅かに歪んだその表情に。
やべ!!マジックは、逆効果だった!!
次の瞬間、それでも笑顔を作ろうとする青子に。
思わず。
「なぁんてこれは、序の口!!」
「え?」
「このハンカチ、覚えてるか?」
「あ、それ」
あの日から。なんとなくポケットに入れて持ち歩いていた白いハンカチを。
……バカ!!何やってんだ俺。
雪なんて。
出せないのに。
だけど、もう。
見る見る広がる幼馴染の笑顔に。
「さーあ。タネも仕掛けもありません」
父のマネをしてハンカチを見せて。
……どうしよう父さん。
期待に満ちた青子の瞳の輝きに。
居心地の悪さと。後悔と。戸惑いと。
それと同時に。
『快斗、いいかい?マジシャンはいつも気品と自信を持って。不安になっても、絶対にそれを悟られちゃぁだめだ』
「さあ、このハンカチをこう……」
『ポーカーフェイスを忘れずに』
……だけど、だけど父さん。
寒いのに。
空気はこんなに冷たいのに。
青子の表情は、ほんとに、ほんとに、明るくて。
もっとずっと、喜んで欲しいのに。笑って欲しいのに。
……父さん、どうしよう!!
***
聖なる夜には。奇跡だって起こせる。
そんな気がするんだ。
***
ヒラリとハンカチが舞うのと同時に。
白い、雪が。
チラチラと。チラチラと。チラチラと。
空から。
天から。
チラチラと。チラチラと。チラチラと。チラチラと。
「凄い凄い快斗!!」
予想以上の、青子の嬉しそうな満面の笑顔。
強く強く願った、青子の。心からの。笑顔。
……父さん!!
***
聖なる夜には。奇跡が起きることもある。
だけどね、快斗。
奇跡は、強い、
強い、強い、強い。
人の想いが起こすんだよ。
快斗。
***
「おや、何をなさってるんです。快斗ぼっちゃま」
「んーーー。マジックの練習」
「快斗ぼっちゃま!!」
寺井の、感動した声。
「ようございました……ようございました、快斗ぼっちゃま」
「そのぼっちゃまってやめてくんねぇ?」
「盗一様が亡くなられてから、ぼっちゃまがマジックをなさらなくなったと。奥様も私もご心配申し上げておりました」
「……別に、やめたわけじゃねぇよ」
既に涙声になってる寺井にぶっきらぼうに返しながら。
ホントは。
やっぱりちょっと、辛くて。
どうしても、思い出すから。
思い出すと、思い知るから。
だけど。
……今度こそ、自分の力で。青子を笑わせるんだ。
「ようございました。私はもう、二度とこの日は訪れないのではないかと……」
「だから、別にやめてなんて」
「さあ、快斗ぼっちゃま。これを受け取ってください」
「ん?何それ」
差し出された小さな箱を。訝しげに受け取る。
「盗一様のネタ帳でございます。もしも自分に何かあったとき、快斗ぼっちゃまがマジックをおやめになるようでしたら箱から燃やせと」
「え」
受け取った箱は。何処が蓋でどこが底かもわからない、立方体。
「……もしかして、これに雪のマジックも……」
「クリスマスのでございますか?多分、書いておいでだと思いますが」
「って、これ、どーやって開けんの?」
「さあ。それは私も聞いておりません」
……じゃあ、もっと早くこいつを手に入れてたら。
あの時。ちゃんと自分の力で……。
「……いらねぇ」
「快斗ぼっちゃま!!」
「嘘。貰うけど、でも開けない」
「何故ですかぼっちゃま。その中には世界中のマジシャンが喉から手を出すほど欲しがってる盗一様の……」
だって、ちゃんと。
ちゃんと自分の力で。
青子を笑わせたいから。
……それに。
「大丈夫だって」
***
「寺井。悪いが、もし私に、万一のことがあったら。これを、快斗に」
「盗一様!!何を仰るのです。万一のことなどと、そんな不吉な」
「だけど、もしかしたらあの子は、こんなものいらないって言うかもしれないね」
「まさか。そんなことは」
「大丈夫さ。心配は要らないよ」
驚く寺井に。盗一は悪戯っ子のような笑みを浮かべて。
「だってあの子は、私の子だよ?」
***
いつかきっと。
誰の力も借りずに。
世界で一番尊敬している、父の力すら借りずに。
だけど今はまだまだ子供で。
だから。
聖なる夜の奇跡に。
……メリークリスマス。
恐れ多くも快青冬企画に参加させて頂いてのクリスマス快青。
企画主催様。こんな素敵な企画をありがとうございますー!!ありがとうございますー!!ラブ!!
なんて浮かれてたんですけど。紆余曲折の末、自分的萌え萌えなチビ、あーんど盗一さんを盛り込んだら……。
わかってます!!わかってますよう!!……リング中、一番ラブ足んない自信ありますよぉ!!(爆)
や、うち的にはいつものことなんですけどねー<こら
寧ろこれでも結構ラブい方かと……ぼそぼそ。
すみません。こんなですが。でも私の快青愛が少しでも伝われば。伝わればいいのですが。
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