「はい」
「はいってなんやねん」
「平次、机の上に放りっぱなしやったから。アタシがちゃんと保管しといたげたんよ」
「……」
「なんやのその顔。ちゃんと感謝してや」
「……何が感謝やねん。アホくさ」
「アホって何よ。平次、これなしで今年のホワイトデーどうするつもりなんよ」
和葉が差し出したのは、レポート用紙数枚に渡るリスト。
春は名のみぞ風の寒さや。庭の梅も綺麗に咲いたと言うのに一ヶ月前に舞い戻ったかのような寒空に。
炬燵の中の平次がゴロンと寝返りをうつと天井を仰いで大きく吐息した。
「今年は、もうエエわ」
「何言ってんの。そう言うわけにもいかへんやろ?」
ヒラヒラとリストを振って、和葉も炬燵に座り込んだ。
「チョコくれた人には、ちゃんとお返しせなあかんって」
「そんなん言うてもなあ」
むっくりと平次が起き上がる。
「さすがに今年は洒落ならへんて」
和葉の手からリストを受け取り、ざっとその枚数を確認すると一ヶ月前と同じ惨憺たる気分になってまたゴロンと寝転んだ。
寧ろ。
目の前にブツがない分、申し訳ないことに憂鬱だけがのしかかる。
一ヶ月前。この炬燵の上は凄いことになっていた。
山のように積まれたチョコ。クラスメイトに部活の女子。……は、まあ、これまでも貰っていた気もするが。
更には、どこで住所を調べたのか送られてくる西の高校生探偵ファンから。
炬燵から毀れんばかりに積まれたチョコは、まさに凄い、としか表現できない事態になっていた。
嬉しくない、わけではない。
決して。義理チョコは一切受け取らないから勘弁してくれなどと言う気はない。
が、所詮は義理チョコの山。しかも店が開けるんじゃないかと言うほど詰まれた日には哀しいかな有難みも半減してしまう。
結局食べきれるはずもない山のようなチョコの殆どを、近所の教会に寄付してしまった今、あれは夢か幻かといった勢いなのに。
無常にもやってきたホワイトデー。
「あんな貰ったもん、全部にお返しなんできるわけないやろ」
「何言うてんの。そんなんしてると、そのうち皆捜査とか協力してくれなくなんで?」
「そう言うてもなぁ」
「この前かて、あんたが剣道の試合すっぽかしたりするから。大変やってんで?」
「せやけど、そんで頑張ってくれたんは男連中やん」
「……直前の選手交代に奔走してくれたんは、マネージャの皆やってんけど」
「……反省してます」
「ほら。日頃お世話になってる上にチョコまでもろたんやから。感謝の気持ちを込めてお返しくらいしても撥あたらへんと思うけど?」
「そら、そうやねんけどな。せやから去年まではしてたやん」
「なんで今年はせえへんの」
「せやかて。クラスの奴らとか、剣道部のんはええけどな。あと、あれか。世話んなった府警の婦警さんとかな。せやけど、勝手に送って来おった奴らにまでお返ししてたらきりないで。送料だけでもバカにでけへん」
「それはまあ、せやねんけど……」
「全部にお返ししてたら俺破産やし、せやかてお返しするんとせぇへんのとわけるんも失礼やん」
「う、うーん」
「せやからことしは一切なしや。その方がすっきりしててええやろ」
「あ、あかん!!あかんよ!!」
身を乗り出す和葉に、平次は思わず身を引く。
「あ、えーと、あれや。そう言う不義理は、あかんと思うねん」
「なんやねん。お前。急にデカイ声出して。腹でも痛なったか?」
「アホか。ちゃうもん。とにかく、一切なしは、あかんと思う」
「せやかてなあ、線引くんも失礼やしなあ」
「うーん、とりあえず、送ってきた知らん人はごめんなさいするしかないやんなあ」
「せやけど、一応事件で会うたことのあるんとかもおんねんけどな」
「難しいなあ」
「さっきからそう言うてるやろ。せやから、あれや。ここはすぱっと。全部なしやったら話は簡単やろ?」
「あかん!!あかんの!!」
「なんでやねん」
「なんでって」
平次がその顔を覗き込むと、和葉はふいっとポニーテールを振ってあらぬ方向を向いて。
「皆、平次のお返し期待してるもん」
「皆て?」
「クラスの子とか、マネージャさんとか」
「ホンマかー?」
「せやから、うーん。あ、そうや、ほな、こうしよ。クラスの子と、剣道部の人と、あと、婦警さん。なんか、お菓子がたくさん入ったん一箱持ってって、皆で分けてもろたらええやん」
「ああ、そらええなあ」
「送ってきたファンの人は……申し訳ないけど、そこまではやっぱ無理やから。せやからせめて、知ってる人くらい、な」
「そらまあ、そんでも悪くはないけどな」
「けど、何よ。男らしゅうすっぱり決め!!」
「せやけどなー」
「もう!!何が不満なんよ!!」
「……今から買い物て、どっこも人だらけやし……」
「体力は有り余ってるんとちゃうの!?事件の時はどんな人込みでも飛び出してくやん!!」
「それとこれは別問題やろ」
「別にすんな!!今くらい根性見せ!!根性なし!!」
「誰が根性なしやねん!!」
「ほら!!さっさと準備して!!置いてくで」
「……なんや。お前も行くんかい」
「あったり前やろ?」
「どの辺が当たり前やねん」
眉根を寄せて幼馴染を見上げる平次に、和葉は炬燵から立ち上がりながらニッコリと笑顔を返す。
「アタシは平次のお姉さん役やもん。お目付け役や」
更に視線で不満を訴えたが、和葉はそれを敢えて無視して平次を急かすように上着を着る。
大きく一つ溜息をついて。平次はズルズルと炬燵を這い出た。
「へえへえ。さよけ」
「ほら!!もう、急いでって。炬燵に根ぇ生えんで?」
「生えるかボケ。バイクは勘弁せぇや。俺はええけど、お前が死ぬで。寒ぅて」
「アタシは別になんでもええもん。なあ、平次。ついでやし、御飯食べて来よ。アタシ、おばちゃんに言うて来る」
「へぇへぇ」
「あと、時間あったら本屋さん行きたいねん。あとな」
「……まだあるんかい」
「ええやん。時間あったら。ほら!!急いでって!!」
「へぇへぇ」
***
「……そんで二人で出掛けてたんだ。今日」
「そうやねん。ごめんな、蘭ちゃん。電話遅なってもうて」
「ううん。いいの。急ぎじゃなかったから大丈夫。でも、偉いなあ、和葉ちゃん」
「え、なんで?」
携帯を片手に和葉はベッドの上でごろりと一回転。
「だって、服部君のホワイトデーの義理チョコのお返しの事まで気を使ってあげてるんだもん」
「せやかて平次、そういうん全然やし。毎年大変やねんから」
「じゃあ、去年も一昨年も?」
「そうや。アタシが代わりに買って来た年もあってんから」
「え、でも、それじゃあ、和葉ちゃんへのお返しは?それも和葉ちゃんが買ったの?」
「ううん。そん時は流石におばちゃんが、それはあかん、言うてくれて。アタシのんだけ平次が買ってくれた。……コンビニのやったけど」
「やっぱ偉いよねえ」
「せやかて、アタシは平次のお姉さん役やし」
「でもさ……」
言い差して、電話の向こうで言葉を探す親友に、和葉はベッドの上でもう一回転。
「うん。まあ、あれやけどね。義理言うても、平次が他の女の子にするお返しにアタシが口出すんも、ホンマは複雑な気持ちやねんよ」
「そうなんだ……」
「せやけど、今年みたいにお返しは一切なし、なん言われたら……」
半転して、天井を仰ぐ。
「……やっぱ、アタシも欲しいもん。平次の、お返し」
「じゃあ、和葉ちゃんの分も買って貰えたんだ」
「あ、うーん。アタシのんはあれかな。クラスの分のうちの一個?」
「え、でも、それでいいの?」
「ええのええの。貰われへんより」
「でも、ねえ」
「まだ、ええねん」
「そっか……」
「そうやそうや。それに、あれやん。アタシの知らんとこでお返しとかされるより、ましやし」
「強いねえ、和葉ちゃんは」
「な、何言うてんの!!蘭ちゃんは!!アタシのことより蘭ちゃんや!!あげてんやろ?チョコ」
「え、私?」
「工藤君に、チョコ」
「う、うーん……一応……新一の手には、渡ったみたいだけど……」
「それやったら、あるんちゃう?お返し」
「そ、そんなのわかんないよ!!だ、大体新一なんて!!まだ事件事件って、帰ってこないんだから!!」
「ホンマに〜?」
「ホントホント!!」
「ふーん」
「ホントだってば!!」
「はいはい」
「ちょっと!!和葉ちゃん聞いてる!?」
「聞いてる聞いてる」
***
「んで」
電話越しのいつもより一段と冴え冴えとした声に平次は寝転がってたベッドの上で姿勢を正す。
「結局買ったのかよ。お返し」
「しゃ、しゃあないやん。和葉が、買え買え言うから」
「んで?クラスメイトと、婦警さん、だっけ?」
「あと部活の奴らや」
「ふーん」
「工藤……声がめっちゃ冷たいんやけど」
「べっつにぃ?」
「せやかてお前、不義理はあかんて、和葉が」
「お前がそれを言うかよ。いっつも遠山さんのこと放ったらかしてる奴がよ」
「あ、アホ!!そんなん、工藤かてあのねえちゃん待たせっぱなしやん!!」
「俺はしょうがねえだろ俺は!!コナンのままでどうしろって言うんだよ!!」
「そんなんどーとでも」
「どーとでもじゃねぇよ。その前にお前だお前。そんで?どーすんだよ、そのお返し」
「どーする言うてもなあ。買うてしもたもん、捨てるわけにいかんし」
「じゃあ配るのかよ」
「しゃあないやん。買うたんは和葉も一緒やったんや。今更誤魔化されへんし」
「で?」
「……で、ってなんやねん」
「どーすんだよ。あれ」
「……あれってなんやねん」
「買ったんだろ?遠山さんへのお返し。ちゃんと」
「……うっさいわ」
「どーすんだよ。折角準備したんだろ?一個だけ」
机の上には、小さな包み。
「ちゃんと言えばよかったんじゃねぇかよ。もうお返しは買ってあるから心配すんなって」
「アホ!!言えるか!!」
「だからお前はバカなんだよ」
「んなもん工藤に言われる筋合いはないわ!!大体工藤はどないやねん!!貰たんやろ?今年もねえちゃんに、チョコ」
「だから俺に何ができるってんだよ!!コナンのままで!!」
「せやかてお返しはするんちゃうんか?」
「どーでもいーだろ、そんなこと。切るぞ」
「うわ!!ずる!!」
ああ。今年も甲斐性無しです服部平次。……と、私。ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ大遅刻〜〜〜〜〜(滝汗)
なんですかねえ。こういう、台詞だらけの話は、読み物に向いてるとも思えないのですが、かといって無配本向きでもなく。
難しいです。トホホ。
義理チョコを、本命チョコのカモフラージュにして配ったりするじゃないですか<しませんか?
クラスメイトや部活仲間にチョコを配りつつ、でも本命のはちょっとだけ大きめにしてみるとか姑息な手を使ったりしませんでしたか私はしましたよコンチクショウ!!
でも、貰った方は自分のだけが大きいかなんてわからないので当然気付いてもらえず、しかも関係ない奴が「俺のだけリボンの色が違う!!もしや!!」とか反応しやがる(爆)
違う!!違うっつーの!!……なんて私自身のセーシュンノアマズッパイオモイデはどーでもよくて。
本命の女の子に「はい。義理チョコ」と言ってチョコ貰った方も大変ですよね男の子(笑)
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