「僕の。この完璧かつ一分の隙もない芸術的なまでに理路整然としたこの推理に依れば。犯人は奥さん。あなたしかいないんです」
真っ向から工藤新一に指差された女性は、恐怖に引きつった顔でわずかに「ヒッ」と悲鳴を上げた。
「簡単なトリックです。いえ、トリック以下。僕にいわせれば子供騙しですね。こんな小細工では警察はともかく僕の目は誤魔化されません」
ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま。新一はゆっくりと部屋の中央の大きな飾り机に近づく。
大理石の床が。妙にコツコツと硬い音を立てた。
「僕の導き出した真実は一つ。その真実をもっとも物語っているのは……」
以下略。
「……工藤君、今日もはりきってますねえ」
「ああ」
「と言うより、今日は一段と手厳しいですねぇ」
「機嫌でも悪いんじゃないのか?」
「どうしたんでしょう」
「どうしたもこうしたも」
全てを工藤新一に任せたままにして、目暮警部はやや後方に立って同様に高校生探偵を眺める部下を振り返った。
「こんな日に事件に呼び出されて、機嫌がいいわけもないだろう。まあ、呼び出したのはこっちだが」
「いやー。助かりましたよ。おかげで時間に間に合いそうです」
「んあ?」
「あ、いえいえ。なんでもありません。そうですね。今日はバレンタインデーですから」
工藤新一の厳しい追及に。ついに被害者の妻が泣き伏して自白を始めた。
「いやー、お手柄だったね工藤君」
「別に。これ位なんでもないですよ」
「すまんかったなぁ。こんな日に呼び出して」
「いいえ。まあ」
ポケットから携帯を取り出して。
「……まだ連絡がありませんから。大丈夫ですよ」
「そうか。それならよかったんだが」
警部の顔に安堵の笑みが浮かぶ。しかし、大丈夫と言いつつ新一の表情は相変わらず険しい。
「あら。こっちももう片付いたのね」
「さ、佐藤さん!!」
不意に扉が開いて佐藤刑事と。その後ろには珍しいことに服部平次。
「そっちも片付いたのかね」
「ええ。服部君が頑張ってくれたのでさっさと終わりました」
「……あんなもん、大した事件とちゃうかってで?」
「そ、そうかね。と、とにかく、服部君も助かったよ。折角東京まで来てたのを……」
「ええねん。まだ連絡ないし」
工藤新一に負けず劣らず機嫌の悪い服部平次はいつもの屈託のない笑みはどこへやら。
仏頂面とはまさにこのこと。
「服部君も、機嫌悪かったんですか?」
「ええ。捜査の間もあの調子で……やっぱり頼んだは悪かったかなあ」
「でも、最初はそんなに機嫌悪くなかったですよねえ」
「そうなのよ。だから私も不思議なのよね]
変な事件だった。
まったく同じ日のある一時間のうちに、会社役員と作家の兄弟が殺されかかったのだ。しかも殆ど同じ手口で。
現場は、仲のよい兄弟の自宅である二世帯住宅。それぞれに妻帯者。
それぞれの妻が怪しいようにも見え、そうでないようにも思え。交換殺人も疑ったがそれにしては不審な点も多く。
証拠も挙げられずに困り切って断られるのを覚悟で工藤新一に連絡したのだ。
バレンタインデー当日。警察からの連絡に反応のないことも予想していたというのに、案外新一は特に異論なくこの依頼を受けた。
幼馴染と上京していた服部平次とともに。
そしてそれぞれの現場を一見して、この二つの殺人が「非常な偶然に偶然が重なった、一見関連があるようで関連のない別個の殺人」であることを見抜いて、それぞれをそれぞれが担当したのである。
なんのことはない。
二人の妻がそれぞれに夫に殺意を抱き。誰にも相談することなく一人で殺害を企てたその時刻と方法が近似してしまっただけなのである。
殺害方法については同じドラマからヒントを得たらしいので、ある意味仕方ない。
全く関連性がないとわかれば事件解決早かった。
早かった。のだが。
依頼を受けた時には別段機嫌の悪くなかった二人が、時間の経過に伴い見る見る機嫌が悪くなり。
「もしかして、彼女からの連絡が来ないんですかねえ」
「それにしては、あんまり携帯を気にしてる風でもなかったのよねえ」
「じゃあやっぱり、呼び出されたことが段々腹に据えかねてきたとか……」
「でもまだ昼過ぎよ?確かにデート短くなっちゃったかもしれないけど……」
仏頂面の東西高校生探偵は、お互いの推理について話し合っているようだが相変わらず表情は険しい。
「こらこら!!二人とも、こんなところでぐずぐずしてていいの?早く彼女のところにいかないと!!」
「あ、いえ」
工藤新一が再度携帯を確認。
「まだ連絡がないんで。もう少し現場を検証します」
「そ、そう?無理しなくていいのよ?」
「別に、無理なんしてへんし。気にせんとって」
「でも二人とも……」
「最初から、連絡待ちだったんですよ。だから寧ろ事件に呼んでもらえたのは渡りに船で」
「せやせや。気ぃも紛れたしな」
「気が紛れたって……もしかして喧嘩でもしたの?」
「や、そんなんとちゃうから」
平次が。相変わらず険しい表情に無理に笑顔を作って片手をヒラヒラと振った時。
ぐぅうぅぅぅぅっぅぅぅぅううううぅううぅうぅぅぅうぅうぅうぅうぅううぅうぅううぅ。
盛大な腹の虫が。その場の空気を凍らせた。しかも二匹分。
「二人とも……お腹空いてるの?」
「なんなら飯くらい奢るぞ。わしのポケットマネーだから大したもんは奢れんが」
「あ、それなら僕が。いつもお世話になってますし」
ガックリと肩を落とした高校生探偵二人は。僅かに頬を染めて。
「いや……いいんです。聞かなかったことにしてください」
***
外はやけに寒かった。が、柄にもなく妙に縮こまってしまうのは寒さのせいばかりではないかもしれない。
東西の高校生探偵は吹き荒ぶ寒風の中、上着のポケットに手袋をした両手を突っ込み、マフラーをはためかせ、背中を丸めて街道を歩く。
手袋・マフラーそれぞれが明らかに手作りだったのだが、今の二人にはお互いに突っ込みを入れる元気もなかった。
相変わらず景気の悪い顔をして。
大好物の事件を解いてきたばかりだというのに溜息ばかり。
「……寒いなあ」
「ホンマやな。どっかで茶でもすっか?」
「確かにあったまりたいけどよ。今コーヒーはちょっと……」
「俺もや」
とりあえず。外気を避けて駅ビルに突入。あわよくばどこかのフロアの待合ベンチを確保しようという腹である。
「工藤、飯抜きなんや」
「お前もか」
「しゃあないやろ?せやけど遅いなぁ。和葉ら。何してんねん」
「俺らが出て来る時に漸く作り始めたから……もう少しだろ」
「せやなあ」
「ま、助かったよな。目暮警部の依頼は。朝飯食わねぇ言い訳にもなったし、気も紛れたし」
「なんや。やっぱ工藤も食う気なかったんや」
「まあな。お前も渡りの船のクチだったのかよ」
「せやせや。なにしろ毎年進化すんねん」
「……お前んとこもかよ」
「ほな、工藤の姉ちゃんも」
「進化って言うか……いや、美味いだけどさ」
「せやねん。美味いねん。それは、間違いないんやけどな」
何と言って朝ごはんを抜こうか思案していたので。事件が入ったのは都合がよかったのだが。
それでも否応なく増してくる空腹感に機嫌は最悪。
都合よく。3階のエスカレータ側にポツンとベンチを発見。どちらからともなく座るとほぼ同時に足を組む。
そして。
ぐぅぅぅぅぅっぅぅぅぅぅきゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる。
ほぼ同時に盛大な腹の虫。
「何か、食うか?やっぱ」
「せやなあ。空きっ腹は返ってようないかもしれへんなあ」
「軽く……あ、牛乳とか飲むといいのかな」
「そら酒飲む前やろ。せやけどええな。牛乳。飲みたなったわ」
「んじゃ、コンビにでも行くか?」
「ホットミルクがええな……」
「あ、それ賛成。んじゃやっぱどっか入るか。……男二人でホットミルクもあれだけどこの際しょーがねー」
「そうと決まれば……」
***
「ホンマ、平次のアホ!!事件事件って!!」
「新一も。和葉ちゃんたちが来たと思ったら服部君連れて行っちゃうし。ごめんね、和葉ちゃん」
「そんなん。蘭ちゃんが悪いんとちゃうもん。せやけど平次……まだご飯も食べてへんかったのに……大丈夫やろか……」
「え、服部君も?新一も、二人が来てから、とか言ってまだだったんだよ。朝ご飯」
「そうなんや。平次もいっつも空弁楽しみにしてるんに、今日は東京着いてから、言うて」
「ふうん。どうしちゃったんだろうね……」
カシャカシャと。抱えた特大ボウルの中身を泡立て機で掻き混ぜつつ。
和葉は片手を伸ばして一口サンドイッチを口の中に放り込んだ。
「アタシもご飯食べてへんかったから、蘭ちゃんのサンドイッチ、助かったわ」
「よかった。腹が減っては戦ができぬ、だからね」
「せやせや。折角の蘭ちゃんのお勧め特別レシピやもん。頑張らな」
「あ、でも、別に特別ってわけじゃ……」
「ええねんええねん。アタシが蘭ちゃんと一緒に作りたかっただけやから。気にせんとって」
カシャカシャと。カシャカシャとボウルの中で混ぜられているのは、チョコ。
二人は今、バレンタインのチョコレートを作っている。
正確に言うと、チョコレートケーキ。蘭がガトーショコラで和葉がチョコブラウニー。
「でも、服部君が甘いもの好きって、なんかちょっと意外だな」
「そうやねん。平次、洋菓子より和菓子っていっつも言うんやけど、チョコレートは別格みたいやねん」
「ふうん。新一もそう。甘いものはあんまりなーって言うくせに、チョコはよく食べるんだ」
「いつやったかな。アタシ、義理チョコもって思ってチョコようけつくったんよ。トリュフチョコ。チョコ何キロ分やったかな……」
「へー、凄いね」
「クラスで義理チョコ配ったりするん、蘭ちゃんとこで流行らんかった?」
「うちの学校、学校にチョコ持ってくるの禁止だったから」
「そうなんや。うちのガッコは皆配る、言うから。アタシも配ろ、思って作ったん、平次が皆食べてもうたん」
「へー。チョコ好きなんだー」
「せやねん。なんでこんなに作るんやぁ、とか文句言いながら、全部やで?アタシ信じられへんかったわ」
「私も去年と一昨年はチョコケーキにしたの。ホントはお父さんの義理チョコと一緒にするつもりが、新一がホールで全部食べるって言うから、お父さんの分は慌てて買いに行ったんだ」
「そうなんや。チョコケーキ1ホールなん……アタシも甘いもん好きやけどさすがに1ホールは無理やわ」
「私もだよ。男の人って不思議だよねえ」
「ホンマ」
カシャカシャと。手を休めずにお喋りは続く。小麦粉を計って、篩にかける。
「せやけど、アタシ来年どうしよ」
「私も。今年は和葉ちゃんがガトーショコラのレシピ教えてくれたからよかったけど……もうそろそろネタ切れだなー」
「せやねん。やっぱ前の年より頑張らな、って思うと……次はなんやろ」
「チョコ菓子って、あんまりレパートリーないよね」
「今更生チョコとか、オレンジピールとかもう無理やし」
「そうなのよねー。1ホールのケーキの翌年がこーんな箱一個じゃ、カッコつかないもんね」
「あー、ほんま。オトコは貰うだけやから、なんも考えなくてええから楽やろなあ」
「ホント。乙女の悩みは尽きないのにね」
「ね」
***
お互いもう聞き慣れた腹の虫を聞き流したところで。互いの携帯にそれぞれ携帯メール。
「ほな、行くか」
「おう」
甘いものは嫌いじゃない。嫌いではないが特に好きなものではない。
ましてや。チョコレートなんて一度に量食べるものではない。
食べるものではないが。
かと言って。
他の誰にも、絶対に渡したくないのだから仕方がない。
覚悟完了、準備万端。
気分はもう、戦場へ向かう戦士のようだ。
それでも。
笑顔で受け取って。笑顔で食べきる。これ基本。
店から出ると。2月の寒風が空きっ腹に堪えた。
いざ。戦場へ。
ラブいと思ってるんでしょうか、どうでしょうか!!<力強く
だってこれ、多分付き合ってますよ!!<自分で書いておいて多分とか言うな
新一も平次も頑張ってますよ!!蘭ちゃんと和葉の為に!!
一人で数キロ分のチョコを平らげる平次万歳!!ホールケーキ平らげる二人に万歳!!うわー。鼻血噴きそう〜(笑)
女の子の頑張りが微妙に殻回ってるんですけど。でも去年より小さく出来ないってのも微笑ましくて可愛いと思うんですよ。
そして言い出せない男性陣は黙ってそれを平らげるしか!!
たまにはこんな感じもいいかと思ったのですが、寧ろ常にこれくらい頑張れ
特に服部平次
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