今日はまた、一段と冷え込んだ。
「ホンマ、雪でも降るんちゃうか」
「ばーろ。こんくらいじゃ降んねぇよ」
軽口を叩きつつ、服部平次は江戸川コナンの後について毛利探偵事務所の階段を上る。
手袋をしてても悴むように手が冷たい。
今日は全国的に曇りの元旦。和葉と一緒に見に行く予定だった初日の出は、幸か不幸か端から見れなかった。
もっとも。
晴れたとしても、自分が今この時間に東京に居る時点で見れなかったわけだが。
年末に毛利探偵事務所に舞い込んだ一通の手紙。冬休みで調度和葉と東京に来ていた平次はコナンと一緒に首を突っ込み。
大晦日。大捕り物も大詰め。あと少しというところまで来たのでとりあえず和葉を先に大阪に帰して。
自分も後を追うはずが、うっかり年を越えてしまった。
「ホンマ、案外梃子摺ってもうたな」
「お前があそこで犯人に余計な啖呵切ったりするから逆上したんだろ」
「なんや、お前、人のせいにするんか?工藤がサッカーボール外したりするからややこいことになったんやんけ」
除夜の音を遠くに聞きつつ、警視庁の面々と犯人と年越し蕎麦のない年越し。
好きで事件に関わってるとは言え。
まったく虚しくないかといえば、そうでもないところが微妙なところ。
「ったく、蘭の年越し蕎麦食い損ねちまったじゃねぇかよ」
……和葉の年越し蕎麦、食えへんかったな……。
やっぱり食べ慣れてるものは美味い。舌に馴染んでいるのだから仕方がない。
別に、幼馴染が作るから、というわけではない。そう。ない。
「ったく、さっさと大阪帰りゃいいじゃねぇかよ。別にうちに寄ってく理由もねぇだろ」
「冷たいのう、工藤は。ええやんか、ちょっとくらい休ましてくれても。疲労困憊なんや」
「体力馬鹿がよく言うぜ」
「ホンマ冷たいのう。あ、あれか。あのおっさんまだ帰ってへんかもしれへんし。姉ちゃんと二人きりなん、邪魔したか?」
犯人を追い詰める過程で。麻酔針をうちこんだ小五郎は、そういえば放ってきてしまった。
目が覚める頃にはあの屋敷には誰も居なかったに違いない。
自力で戻っているか。もしくは、まだ夢の中。
「んなこと言ってねぇよ」
「ま、ちょっとだけや。ホンマ、すぐの飛行機で戻るし」
毛利探偵事務所をスルーして、江戸川コナンは毛利家に直行。
不承不承の背中を付いて行く。コナンが背伸びをしてドアノブを回すのを、ポケットに手を突っ込んだまま見守った。
「ただい……」
照れくさいのか少し俯き加減で毛利家の玄関をコナンが開けると。
「あ、コナン君、おかえり!!」
よく通る、爽やかな声が響いた。
「お疲れ様、コナン君。なかなか戻ってこないから心配しちゃった」
「た、ただいま。蘭姉ちゃん」
「ったく、このガキはどこうろついてたんだ?この毛利名探偵様のことは置いてっちまうし」
新聞の影から毛利小五郎が顔を出す。どうやら自力で目覚めて先に戻っていたらしい。コナンの後姿に一抹の落胆が見て取れる。
「すまんすまん、おっちゃん。ま、後は犯人追いかけるだけやったから。若いもんに任せといたらええねん」
「それにしたってなあ」
「ま、細かいこと気にしぃなや」
「コナン君も服部君もお疲れ様。何かあったかいものでも入れようか」
「お、ねえちゃん。悪いのう」
「……悪いと思ってるなら遠慮しろよ」
「何か言うたか?コナン君」
「別にぃ?蘭ねぇちゃん、僕ココアがいい〜」
「お子様やのう、自分」
「だって僕子供だもん」
「服部君は?紅茶でいい?」
「んー。できれば日本茶」
台所に向かう蘭の背中を見送って食卓に座ると、コナンはもう一度吐息した。
「ま、ええやん。一年は長いんや」
「ほっとけ」
テーブルの中央にあるミカンに手を伸ばすものの届かない。平次が一つ投げてやるとパシッと受け取った。
「で?何しに来たんだよ」
「せやから休憩や言うてるやろ」
椅子を引きつつ、平次は携帯を確認。わずかに眉根を寄せて座る。
「なんだよ。なんか面倒なメールか?」
「いや、別に」
年が明けた瞬間に受け取った年賀メール。最近はどこの携帯会社もきちんと対策しているらしく年明け直後も電波状況は良好だ。
制限文字数ギリギリまで書いてくる幼馴染のメールに。短く一言返した。「こちらこそ」。
いつの間にか更に着信があった。
「いつ戻ってくんの!!??」
パチン、と携帯を閉じた。
「いいのかよ」
「なにがや」
「遠山さんだろ?返事書かなくていいのかよ」
「ええねん」
「いいわけねぇだろ」
「後で書く。後で」
守れなかった約束。しかも新年早々。
事件解決に尽力したことは後悔してない。和葉だって納得しているはずだと一方的に信じてはいる。
が。
全く気まずくないわけではない。多少なりとも気が咎めている。
だから。ここで下手に連絡するより、空港について乗る飛行機を見定めてからの方が得策だろう。
ま、茶ぁもろたらさっさと帰るか。
毛利探偵事務所に寄ったのには、わけがある。毛利蘭の顔が見たかったのだ。
無論、自分が勝手に親友と位置づけているところの東の高校生探偵工藤新一に対して後ろめたい理由などない。
ただ。
そこから少なからずとも、自分の幼馴染の情報が取れると思ったのだ。
年末年始を事件に明け暮れた自分と幼い同居人に、蘭からは一言の苦言もない。
つまり、和葉から蘭に、何かしらの愚痴は伝わってないということだ。
それはすなわち、幼馴染の機嫌が然程悪くないことを示している。
よっしゃ。まだ大丈夫や。
それが確認できた以上長居は無用。失礼にならない程度にお茶を頂いて、あとは一路羽田空港に向かうだけである。
呆れ顔のコナンの視線を軽く受け流してぼんやりと視線を窓の外に向けた時。
「お待たせ。折角だから、お餅焼いてきたよ。二人とも、お腹空いたでしょ」
鰹の香りが鼻腔を擽った。
「餅」
「そう。お雑煮にしたの。服部君もどう?」
「あー。俺は」
差し出されたお椀を受け取りつつ言葉を切る。何が不満なのかと。極言すれば蘭に対する不満など許しはしないと言いたげな鋭い視線を、コナンが送ってくる。
それをさらりと受け流して。
「俺、は」
お椀に浮いたお餅とナルトと三つ葉。小首をかしげながら蘭は祝箸を渡す。お椀から視線を外さずに平次はそれを受け取った。
「……やっぱ、俺、ええわ」
「え、そうなの?」
「悪いな、ねえちゃん。やっぱもう帰るわ。大阪」
「お前なあ」
隣で江戸川コナンはその表情に不満の色を一杯に湛えて。
「だったらここに寄らねぇでさっさと帰ればよかったんじゃねぇかよ。蘭がわざわざ作ってくれたんだ。それくらいありがたく食えよ」
「すまんのう。せやけど心配すんな。ねえちゃんの愛はちゃんと工藤にやるから」
「ばぁか。お前のに愛なんて詰まってるわけねぇだろ」
それでも差し出されたお椀を反射的に受け取って。コナンの両手を塞いだところで平次は勢いよく立ち上がった。
「すまんな、ねえちゃん。世話んなった」
「世話って、そんな。ねぇ、ホントにいいの?ごめんね、お茶の方がよかった?」
「ちゃうちゃう。気にせんとって。なんや和葉から、早よ戻れ言うてメール来たんや」
「あ、そうなんだ。じゃあ、急がないとね」
「ほな、ボウズ。またな」
「バイバイ。平次兄ちゃん。和葉姉ちゃんと仲良くね」
「……要らん世話じゃ。ぼけ」
それでも珍しく。それ以上は言い返さずに服部平次は扉の向こうに消えた。
「ったく。何しに来たんだぁ?あいつは」
新聞の影から毛利小五郎が顔を出す。
「急に和葉姉ちゃんが恋しくなったんじゃないのー?」
「あ、そうか」
意地の悪いコナンの発言に、蘭がポンと手を打った。思わずコナンは蘭を振り返る。
「そっかそっか。そういうことか」
「どうしたの?蘭姉ちゃん」
「ううん。なんでもない」
「平次兄ちゃんがどうかしたの?」
「なんでもないよ、コナン君。お雑煮、美味しい?」
「うん」
「よかった」
蘭の笑顔に、コナンは平次の豹変などどうでもよくなって二つ目の雑煮のお椀に手を伸ばす。
なんだかわからなくても。
取り合えず自分が幸せなら西の高校生探偵のことは二の次になる、友達甲斐のある東の高校生探偵は。
今年も健在。
***
飛行機の搭乗直前に急いでメールを打つ。
「今飛行機乗る。雑煮宜しく」
送信完了を確認してすぐに電源を切って搭乗。どうせ返事は見ないでもわかっている。
正月早々、大阪行きの飛行機は満席。さっさと席について続々と登場してくる人々を見ながら。
「あ」
気づいた時にはもう遅い。
「……土産もん買うん、忘れたわ……」
西の高校生探偵も。
今年も健在。
新年早々ラブの欠片も見当たらないもの書いてる辺り、葵さんも今年も健在です切腹。
でも一応和葉の機嫌は気になる模様。探偵事務所に寄らずに大阪に帰った方が和葉は喜んだかもしれませんがそれはそれで。
つか、喜ぶかな?「ちゃんと新年の挨拶して来たん!!??」とか言って怒られそう。
「平次、いっつもお世話になってるんやから!!今年も宜しくって頭下げて来なあかんやん!!」みたいな。不束な弟がいるとお姉さんは大変です萌え。
つか、正月の雰囲気皆無なのはどういうことかな毛利探偵事務所。雑煮だけがほんのり正月の気配。
……違うんですよ。事件のバタバタで蘭も小五郎さんも寝てないんですよ。勿論コナン君もですが。
そんでこれから寝て昼に置きだしてお屠蘇をするんですよ。
……それはうちの実家の正月ですか切腹。 毎年……徹夜して……初日の出見て……朝寝て……昼起きて……みたいなー。
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