何度鳴らしても出ない携帯を、盛大な溜息と共に切った。
もう何度目か分からない幼馴染へのコール。平次は、一向に出る様子がない。
……もう知らん。平次のことなん、知らんもん。
そう心の中で一人ごちて。机の上に投げ出した携帯のことを忘れようとしてみて。
それでも、不意に鳴った携帯を飛び起きて取ってしまう自分が、ちょっと口惜しい。
「平次?」
「なんや、和葉。どないしてん」
「どないしてんって何よ!!もう何回電話したと思ってんの!!」
「しゃあないやん。丁度聞き込み中やったんや。折角向こうが話す気ぃになってんの腰折るわけにいかんやろ」
「アタシの電話はどうでもええの!!??」
「そんなん後で掛ければええだけやん。ちゃんと掛けてるやろ?ホンでなんやねん」
「御飯」
「は?」
電話の向こうでは頓狂な声。
「飯が、どないしてん」
「晩御飯、どうすんの!!??今何時やと思てんの!!」
「何時て……、なんや、もうこんな時間か」
「全く。事件に夢中になるとそればっかやねんから!!」
「しゃあないやん。今日はもうええわ。その辺でなんか食う」
「その辺でって!!また牛丼とかやねんやろ!!??栄養偏るよ。あかんやん、試合も近いんやからちゃんと体作らな!!」
「わかったて。ほな、帰ったら食うから残しといてっておかんに言うといて」
「帰ったらって、何時に帰って来るんよ!!21時過ぎのカロリー摂取は……」
「ったくお前はうるさいのう。牛丼と21時過ぎとどっちがええねん」
「どっちもあかん!!今すぐ帰って来てご飯!!」
「アホか。今すぐて、俺今奈良やで」
「奈良!!??また!!??昨日もおったやん」
「同じ事件追ってんねんから当たり前やろ。取り敢えず飯は残しといてっておかんに言うといて」
「なんでそんなんアタシが伝えなあかんのよ」
「お前今どこにおんのや」
「……自分ち」
「そんでなんで俺の飯のことで電話してくんねん。ま、ええわ。おかんにはメールしとく。ほなな」
「あ!!平次!!無茶したらあかんよ!!」
「おう!!」
切れた電話に溜息一つ。なんだか、ここのところずっと同じ会話をしている。
もうすぐ冬休み。と思ったら、平次は毎日のように事件を追って東奔西走しているのだ。
幼馴染が暇さえあれば事件に首を突っ込むのはいつものこと。
詳しいことを和葉に話してくれないのもいつものこと。
全部、いつものことなのだが。
……今年のクリスマス、どうするつもりやねんやろ。
もうすぐ、クリスマス。と言うより、あと3時間もすれば12/22。
毎年クリスマスは幼馴染と過ごしてきた。別に他意もなければ色っぽい理由も艶っぽい理由もない。
ここ数年、知り合いの教会でボランティアのようなことをやっているのだ。
その教会では保育園のようなものを併設していて、クリスマスには子供向けのパーティーを催す。その手伝いを二人でするようになったきっかけはなんだったろうか。
小さいけれど綺麗な品のいい教会で、整えられた庭には大きなもみの木があって子供たちには「もみの木教会」と呼ばれて親しまれている。
毎年、大きなツリーにたくさんの飾り付けをして。ケーキを焼いてお菓子を作って。ターキーを焼いて、パンを焼いて。シスターの手作りピザは、絶品なのだ。
そしてサンタに扮した平次が子供達にプレゼントをあげて。
「あ!!平次兄ちゃんや!!」
「アホか!!俺はサンタじゃ!!」
……そんな色黒のサンタ、おらんって。
それでも毎年賑やかに。色気はないけど賑やかに。幼馴染と楽しい時間を過ごしていたのだが。
「ごめんね、和葉ちゃん。今年、クリスマスパーティー、でけへんの」
シスターからそう電話があったのは5日前のこと。
何でも教会が急に移転することになってしまったらしく、引っ越しの準備をしないといけないというのだ。
「引っ越しの準備、お手伝いしましょうか?」
「ああ、それはきっと業者さんに頼むことになるからええのんよ。大きなオルガンとかあるし……」
何処か歯切れの悪いシスターは、移転先を聞いても「未だちょっとわからへんの……」と言葉を濁して電話を切ってしまった。
思いがけず空いてしまったクリスマスの予定。
別に、平次と一緒に過ごす必要はない。理由もない。
そもそも、クリスマスを恋人と一緒に過ごさなければならないなんて道理はどこにもない上に、二人は未だ恋人ですらないのだ。
だから。
和葉のクリスマスの予定は、真っ白なまま。幼馴染に至っては、クリスマスのクの字も忘れた勢いで事件一直線だ。
毎年恒例だった教会でのパーティーがなくなった今、平次にとってクリスマスはまさにどうでもいい行事なのかもしれない。
わざわざ予定を入れる気もなければ、ましてや和葉と過ごすなんて選択肢は、事件で一杯のあの頭の中には何処にもないに違いないのだ。
そもそも自分だって、いざ平次と二人で過ごすことになったところで何をして過ごしたもんだか見当もつかない。
それでも。
それでもやっぱり。
幼馴染の予定が確定しない以上、自分の予定が入れられないのが悲しいところ。
……平次、クリスマスどうするつもりやねんやろ。
和葉はベッドにうつ伏せて、手元のクッションをぎゅっと抱き締めた。
***
結局そのまま眠ってしまった。
明日は終業式で。今日は午前中で授業は終わり。
それなのに。気付くと幼馴染はもう教室に居なかった。昇降口に向かう廊下にその姿を見止めて慌てて後を追う。
「平次!!」
「なんやねん、和葉。俺、急ぐねんけど」
振り返りつつ足早に歩く平次は歩調を緩めない。和葉はそれを小走りに追う。
「平次、何処行くん?」
「事件の調査や。もうちょいやねんけどなあ」
「……ホンマに、事件?」
「アホ。嘘言うてどないすんねん」
眉間に皺を寄せて漸く足を止める。
「また、工藤君?」
「アホ。今回は違うわ」
そのまままた歩き出す。和葉もそれについて行く。
「ホンマに?」
「ホンマじゃ。なんで俺が嘘つかなあかんねん」
「事件って、どんな事件?お父ちゃんに聞いたけど、今そんな事件心当たりない、言うてたで?」
「そらまだ警察沙汰になってへんからな」
「そうなん?」
「なんや、変な顔して。警察沙汰になってへんだけで、事件は事件や」
「そう、やけど」
校門を出て平次は右折。駅と反対方向に歩き出す。
「平次、何処行くん?」
「せや。和葉、ちょうどええわ」
すぐに小道を左折。そこには。
「バイク!!平次、今日バイクで来たん!!??」
「せや」
「そんでアタシが迎えに行ったら未だ寝てたんに遅刻せぇへんかったんや!!バイク通学は校則違反やて、何度言うたらわかんの!!」
「しゃあないやろ、緊急事態や」
「寝坊なんする平次が悪いんやん!!」
「ちゃうちゃう。急いで奈良まで行くん、これが一番なんや」
「アホ!!学生服でバイク乗ったりして、先生に見つかったらどないすんの!!」
「せやせや。せやから……」
カバンから財布と携帯を取り出すとズボンのポケットに捻じ込み、カバンだけ和葉に投げて寄越す。
「ちょ、平次!!何やの!!……きゃっ」
更に投げられた学生服の上着に視界を遮られる。
「なにが、きゃっ、やねん。気色悪ぅ」
「アホ!!平次の口真似のが気色悪いわ!!ちょっとこれ、学生服!!って、ああ!!そんなとこにブルゾン入れてるし!!」
「ズボンはこのままでもええやろ。それ、もって帰っといてくれ。皺にすんなや」
「な、なんでアタシがそこまでせなあかんの!!」
「寒かったら着てええから」
「着るか!!アホ!!」
和葉の赤面など意に介さずに。平次はブルゾンを着込んでメットを被るとさっさとバイクに跨った。
「ちょぉ!!平次!!」
「今日も遅なるから飯いらんて、おかんに言うといて」
「ちょ、ちょお待って!!平次」
慌てて駆け寄る。
一番、聞きたかったこと。
「なんやねん」
「あ、えと、今年の、クリスマス……」
「クリスマスぅ?」
盛大に寄った平次の眉間の皺に言葉を飲む。
ああ。やっぱり。
そう思うと、もう次の言葉は出てこない。
しかし。次の瞬間メット越しの平次の顔に笑みが浮かんだ。気がした。
「任せとけ」
「へ?え?任せとけ、て」
「ほな、行って来るわ」
エンジン音に全てが掻き消される。
「任せとけって何よ!!ちょっと!!平次!!」
幼馴染はもう答えない。
「ちょぉ!!平次!!無茶したらあかんよ!!」
「おう!!」
片手を上げて。バイクが走り去る。
平次のカバンと学生服を抱えたまま。一人取り残されて。
……なにが、任せろやねん。さっぱり意味わからんやん!!
「もーーー!!平次のアホーーーーーー!!」
冷たい空に。和葉の声が吸い込まれた。
***
結局その日、一度も平次との携帯は繋がらなかった。出ないだけならまだいい。
更に時が流れて更に半日。
携帯から聞こえてくるのは無機質な声ばかり。
「お客様のお掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません」
電波の届かないところに居るなら、まだいい。
それでも。それがもう何時間も続くのだ。
まさか。事件に巻き込まれて、ピンチに陥ってたり。
自分からの電話を鬱陶しがって電源を切ってたり。
……まさか。そんなことは。
ベッドの中でゴロゴロと。ゴロゴロと、ゴロゴロと。
あと、4時間でクリスマス・イブだ。
自分の予定は埋められないまま。平次は相変わらず事件事件で。
こんなことならクラスメイトの誘いに乗っておけばよかったかも。
そんなことを考えながら。
ゴロゴロ。ゴロゴロ。
不意に。携帯が鳴った。
弾かれたように飛び起きて。着信画面も確認せずに通話ボタンを押す。
「平次!!??」
「あ、あの……和葉ちゃん?」
「え」
よくよく考えれば。着信メロディは平次のそれに設定しているものではなかった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「ええのんよ。あ、もしかして和葉ちゃん、今年のクリスマスは平次君と約束なん?」
「ちゃ、ちゃうねん!!ちゃうんよ。そんな、約束なん、あるわけ、ないし」
「そうなん?」
「ほ、ホンマやって。それより、どうしはったん?」
電話の相手は、例の教会のシスター。
「それがね、和葉ちゃん。今年もクリスマスパーティー、できることになったん」
「え、お引越しは?伸びたん?」
「ううん。引越し、せんくてよくなったんよ」
「え」
電話越しの声が、少し潤んでいる。
「あんな……この前は言えへんかったんやけど、うちの教会、立ち退け言われてて……」
「ええ!!」
教会の持ち主は、地域のキリスト教協会と神父様。神父様はもうずいぶん御高齢で、長く入院と聞いている。
それが。急に土地と建物を手放したから立ち退くようにと見知らぬ男が現れて。
「それで、急に引っ越すことになったんやけど……」
その日から教会の周りを、不審な人相の悪い男たちがウロウロするようになったらしく、随分怖い思いをしたという。
肝心の神父様とも連絡は取れず。キリスト教協会の方でも「神父様の意向」ということしか把握していなくて。
何もわからないままに、引越し先も決まらず悪戯に不安な日々を過ごしていたところ。
今日になって、譲渡の話が白紙になったから引っ越さなくても大丈夫だとキリスト教協会から連絡があったという。
「それでな。急であれやねんけど、もし和葉ちゃん、まだクリスマスとか大丈夫やったらまたパーティーのお手伝い、してくれへんかな、て」
「あ、はい、予定なん、ないし」
「ホンマに?平次君と予定あるんやったら無理には……」
「そ、そんなん、あるわけないもん!!」
「もう、あと一日しかないから大したことでけへんけど……せやけどな、今年でけへん言うたら子供たちがホンマ悲しそうやったから……」
「大丈夫や。アタシ頑張るし、平次も、多分……」
事件事件と飛び回っていた平次は、多分まだ予定は入れていないだろう。
事件さえ、解決すれば。
「ほな、明日お願いしてええかな」
「うん。学校終わってからでええかな」
「そらもちろんや。和葉ちゃん来てくれたら子供たち喜ぶし」
「平次にも連絡して、連れてくな」
「ホンマに?平次君も来てくれたら、ええねんけど……ごめんな、バタバタして、こんな急に……」
「ええってええって。今年もパーティー、パーっとしよ!!」
電話を切って。
すぐに平次の携帯を鳴らした。
今度は1回コールで。
「俺や」
「平次、あんな、明日」
「教会のクリスマスパーティーの準備やろ。ええで。他に別に、用事なんないし」
「え、事件は?」
パーティーがあるから。
さっさと事件を解決しろと。そう言おうと思ったのに。
「アホ。そんなん、俺にかかったら一発や」
「一発って、ここずーーっと同じ事件追っかけてたんとちゃうの?奈良の」
「ま、細かいこと気にしぃなや。明日ガッコの後直行やろ」
「う、うん」
何かが。
何かが、気にかかった。
***
平次が追っていた事件のこと。
急に話が白紙に戻った、教会譲渡のこと。
解決した、事件。
なあ、平次。
もしかして。
「なんや、和葉。変な顔して」
「べ、別に、変な顔なんしてへんもん!!」
「お、すまんすまん。変なんは生まれつきやったな」
「なんやてーー!!」
パーティーの準備ももう大詰め。下準備がほとんど終わって、教会の飾りつけは子供たちも手伝っている。
「ああー、また平次兄ちゃんと和葉姉ちゃんが痴話げんかしてるー」
「アホ、痴話げんかちゃう!!」
「痴話げんかってなぁに?」
「あんな、ホンマは好きやのに、嘘言うて怒らせるんを、痴話げんかいうねん」
「アホ!!好きて、そんんなんちゃう!!」
「つか、痴話げんかの意味がそもそもちゃう!!」
わーーっと囃し立てるだけ囃し立てて、子供たちが走り去る。そろそろ庭のツリーに電気を灯す頃なのだ。
「ほんで。どないしてん」
「……事件」
「事件?」
珍しく。平次が少し話しずらそうに視線を逸らす。
「奈良の事件、なんやったん?」
「あー、まあ」
「いっつも自分で解決した事件、アタシに嬉しがって話すんに」
「子供のおる前で物騒な話するもんちゃうし」
「平次が言うても説得力ないで。いっつも子供にやって自慢するし。コナン君やってすぐに事件に巻き込むやん」
「あのボウズは、また特別やし」
「なあ、どんな事件やったん?警察も知らんようなじけんやってんやろ?誰からか依頼あったん?」
「依頼、なあ」
椅子に乗って天井の高いところにモールを貼る。
「強いて言えば、依頼主は和葉やな」
「アタシ?」
「このパーティー、なくなった言うん聞いてから、お前様子変やったし」
「あれは、別に」
確かに。毎年楽しみにしてたこのクリスマスパーティーがなくなって、残念ではあったけど。
でも。
それよりも気になっていたのは。
そんなことではなくて。
「……アタシが、依頼主?」
「ま、細かいことは気にしぃなや」
そう言って笑う平次は。
いつもの、あのいたずらっ子のような笑顔で。
ああ。
もう、どうでもよくなってしまう。
平次が追っていた事件のことも。
この数日のやきもきした気持ちのことも。
この。
キラキラした笑顔の前では。
「平次君、和葉ちゃん。ツリー、点灯すんで?」
「お、待っとったで。和葉、ほれ、変な顔してへんと、見に行くで」
「うん」
何気なく差し出された手を、しっかり握って。
二人で、子供の後を追うように外に出る。
パッと、ツリーの電飾が点いた。
色とりどりの、ライトが。キラキラと。キラキラと。
アタシの隣でツリーを見上げる幼馴染を顔を照らす。
***
ああ。
神様、神様。
イエス・キリスト様。マリア様。サンタさん。
最高の、クリスマスプレゼントを。
ありがとうございます。
えと。一応、ちょっとだけ、裏設定を。
この教会は結構立地条件のいいところにあったりして、それに目をつけた悪い人が神父様を脅して土地を巻き上げたんですねー。
シスターからの連絡で何か裏があると勘付いた平次がそれを追って、事件を解決して土地を取り戻したわけです。
それよりもなによりも。去年の読み物と基本設定(?)が違うとか突っ込まないで下さいプリーズ!!
というわけで。ラストちょっとラブいと思いませんか?ふふふ。お手手繋いでクリスマスツリーを見上げる二人!!どうよ!!どうよ!!
隣には最高の笑顔の幼馴染ですよ!!そんな平次を見つめる和葉の笑顔も最高に違いなく。ああ。ああああああ。萌え。
去年より色気ないですけど。個人的には萌え萌えだったりします切腹。
日付の辻褄が合わなかった所とさり気無く(?)修正……しました切腹。。2004.12.25
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