「ごめんねぇ、和葉ちゃん」
「ええーーーー!!」
「言うてくれたら和葉ちゃんの為に取り置きしといたんやけど」
「そんなん悪いし。気にせんとって」
慌てて手を振って遠慮しながらも。こんなことならとって置いてもらった方がよかったかもしれないと思ったのも、正直なところ。
閉店間際の商店街。今日この日、こんな時間に買いに来る方が悪いのだが。
学校帰り。うっかり部活の友達とお茶なんかしてたから。すっかり遅くなってしまった。
自分の落ち度のように謝る八百屋のおかみさんのにお礼を言って店を出て。
遠山和葉は大きく一つため息をついた。
片手の買い物袋には、南瓜と小豆。
一緒に買うはずだった肝心のそれは、袋の中にない。
もう一つ、ため息。
ドラッグストアの店頭で売られている入浴剤に少し心惹かれはしたけれど。なんだか寧ろ虚しい気がして。
意を決するように踵を返すと家路についた。
***
服部家の無闇に広い檜のお風呂が壊れたのは数日前。給湯器の故障らしい。
「修理に来て貰えるん、来週やから。それまであんたは銭湯でも行っとき」
来て貰おうと思えばすぐに来て貰える修理が来週になったのは、何のことはない、今週静華は町内会の旅行で留守なのだ。
自分が困らなければとりあえず息子のことはどうでもいいらしい。都合よく(悪く?)夫の平蔵も大事な会議があるらしく警視庁に今週いっぱい出張中。
どこまでも息子のことはどうでもいいらしいが、平次も別段気にする風もなく。久々の銭湯に気持ちよく通っているらしい。
この季節、湯冷めしないのだろうかと思うのだが。本人はとりあえず気にしていない。
服部家の風呂の故障が一幼馴染である和葉に影響するというのも変な話なのだが。
……ホンマは、平次んちでお風呂借りれたらよかってんけどな……。
他力本願なのは百も承知。
和葉の家のお風呂だって取り立てて狭いわけでもないが。取り立てて、広いわけでもない。ふつうの家族風呂だ。
女子高生一人湯に浸かるのに、別段、何の問題もないのだが。
今日は、冬至。
薫り高い柚子湯に入るのには、やっぱり服部家の風呂は贅沢感溢れる感じがしてていいのだけれど。
残念ながら、今年はそれは望めない。
というわけで、実に数年振りに自宅での柚子湯を試みたわけだが。
肝心の柚子を買い損ねてしまった今、うきうきした気分に水を注されっ放しといったところだ。
もう一つ、溜息。
炬燵に潜って湯船に湯が張られるのを待つ。TVは、何処を回しても「通常放送は今日で最後ですね!!」とにこやかな出演者。
「来週は!!スペシャルでお会いしましょう!!」
手持ち無沙汰にまたチャンネルを回した時に。
ピンポーン。
不意のチャイムに、和葉は顔だけを玄関に向けた。
こんな時間に、宅配便はありえない。
来客の予定は、もちろんない。
ピンポーン。
眉を顰めて、やる気なく炬燵を出る。
ピンポーン。
「はい」
「俺や俺」
「平次!!??」
インタホン越しの聞き慣れた幼馴染の声。慌てて玄関までの短い距離を走って。
勢いよく開いたドアに、平次が一歩下がった。
「平次、どないしたん?」
「なんや、和葉。出てくんの遅いで。寝とったんか?」
「ね、寝てなんおらんもん」
「ま、なんでもええわ。上がらせてもらうで」
「ちょ、ちょっと!!何しに来たん!!??」
何も言わずに靴を脱いで、平次はさっさと玄関を上がろうとする。
「ま、ええやん。ええもん土産に……って、なんや」
和葉の隣を通り過ぎかけて、振り返る。
「和葉、もう風呂入ったんか」
「え、まだ、やけど」
「なんや、折角柚子持って来たったんに」
「え、柚子?柚子湯の?アタシ今日買い損ねたん。嬉しいな〜」
「へ?お前もう、風呂入ったんとちゃうんか?」
「せやから入ってないって」
「嘘や。お前、柚子の香りすんで」
ぐいっと手を引かれて。すぐ近くに、幼馴染の息遣いが聞こえる。
「ちょ!!ちょう!!平次!!」
「ん〜〜。あ、柚子と、ちゃうか」
「離してって!!何すんの!!」
慌ててその手を振り解く。
「お風呂、まだやって言うたやん。今溜めてるとこやし」
「そういうたら、音してんなぁ」
「せやからさっきから言うてるやん!!柚子も、アタシ今日買い損ねてんから」
「そうなんか?その割りにはええ匂いすんなあ、お前」
「アホ!!」
再び顔を寄せられて。今度は両手でその胸元を押し返す。
「そんなわけないやん!!お風呂まだなん!!汚れてんの!!ホンマ、デリカシィないんやから!!」
「そういうもんか?」
「そういうもんなん!!平次のアホ!!」
「アホアホ言うなや。ほれ、柚子」
「もう知らん!!」
乱暴に。その手から柚子の入った袋を奪い取る。
「ええやんか。エエ匂いすんで、和葉」
「もう知らんって言うたやん!!それ以上言うたら柚子は没収!!帰って!!」
「なんでやねん。褒めてんのやぞ、俺は」
「知らんもんは知らんの!!もう黙って!!」
これ以上そんなことを言われたら。
心臓が破裂して、死んでしまう。
なんでこんなことをこの幼馴染は。
さらりと言ってしまうのだろう。
破裂寸前の心臓を。手にした柚子でぎゅっと押さえつけた。
「なんやお前、赤い顔して。風邪か?のぼせたんか?」
「お風呂まだなんにのぼせるわけないやん!!平次のアホ!!」
「ほんなら風邪か?」
「ちゃうわ!!アホ!!」
「……どーでもええねんけど、風呂溢れてへんか?」
「え……ああ!!もう!!平次のアホ!!」
「せやからなんで俺がアホやねん」
慌てて湯殿に向かう。急いで蛇口を閉めて。大きく一つ溜息をついた。
相変わらず、この幼馴染は。
「で?風呂、どっちが先に入るんや?俺先もろてええんか?」
「ええわけないやろ!!平次の後なん、入れるわけないやん!!」
「ほな、お前さっさとは入れや」
「……嘘。アタシまだ南瓜台所に放ったまんまやねん。平次が入ってる間に煮てまうから。先入ってええよ」
「ホンマか?」
途端に。満面の笑顔。
「……そんな嬉しいん?」
「ま、な。和葉には悪いけど、柚子湯は一番風呂が絶品やから」
「そんな、柚子湯好きやったっけ?子供の時なん、風呂に入れるより食う方がええとか言うてたくせに」
「それはまあ、せやけどな。せやけど俺」
バスタオルとか、着替えとか。手早く準備しながら、言葉を切る幼馴染を振り返る。
「柚子の香り、俺好きやねん」
「な!!」
思わず抱えていた柚子の袋を取り落としかけて。
「なんや、和葉。どないしたんや。さっきからホンマ顔赤い……」
「アホ!!平次が変なこというからや!!さっさと入って!!平次が入ったら、そしたら南瓜食べて。そんでアタシ、お父ちゃん帰ってくる前にお風呂入ってまうんやから」
「お、おう」
「もーーー!!なにトロトロしてんの!!さっさとして!!」
強引にバスタオルを押し付けて、その背中をぐいぐい押して風呂場に押し込める。
「ちょ、待てや、和葉。俺まだ服脱いで……」
「知らん!!アホ!!」
そのまま浴室まで押入れて。ガラリとガラス戸を締める。それから洗面所のドアも閉めて殆どダッシュで台所へ駆けた。
わかってる。
バカバカしい、三段論法だ。三段どころか十段くらい飛躍している。
「お前、柚子の香りすんで」+「柚子の香り、俺好きやねん」=「俺、和葉のこと好きやねん」
「そんなわけないやんか〜〜〜〜〜〜!!アタシのアホ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
台所で一人叫ぶと。力任せに南瓜に包丁を入れた。
***
「ったく。なんなんや、あいつは」
風呂上り。和葉が用意した丹前を着込んで。平次は一つ大きく伸びをした。
浴室も。洗面所も。そして自分自身からも柚子の爽やかな香りがする。
「んーーーー。ホンマ、エエ匂いや」
至極満足気に。服部平次は大きく頷いた。
だからどーしたと言われても困るいつもの感じがどうしたものかー。ラブは!!ラブはどこ!!??
なんとなぁく、和葉が服部家に居るのには違和感ないのですが、平次が遠山家に居ることは少ないのかな、とか。
つか、遠山母の立場が微妙なのでイメージしずらいというのもあるかもしれません。
今日は静華さんと町内会の旅行かもしれません(爆)
てなわけで。天然平次とドキドキ和葉という割と……王道……ですかね?
でもきっとこの後二人はナニゴトも無かったかのように南瓜の煮物と冬至粥を食うのです。そうなのです。
萌え。
つか、天然平次万歳。自然体で。どうか貴方はそのままで<ナニゴト。
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