青く澄んだ空がどこまでもどこまでも遠く。
雲ひとつない空はそのまま海と溶け合って太陽の光にキラキラと煌めく。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
遠山和葉は両手を挙げて大きく伸びをした。
「泳ぎたいーー」
「せやなー」
「今日、絶対泳げるやん」
「ホンマ、よう晴れたなあ」
「めっちゃエエ天気やもん。泳ぎたいーー」
「俺は止めへんでー」
「平次の人非人ーー」
「なんでやねん。止めへん言うたやろが。心置きなく行って来い」
「平次のアホーー」
気温は、もしかしたら30度を超えているかもしれない。燦燦と照りつける太陽は真夏のそれと変わらない。気がする。
が。
「こんな時期、海なんクラゲでいっぱいやん」
「せやせや。せやけど和葉チャンがどーしてもって言うんやったら俺は止めへんし。心置きなく行って来いや」
「刺されるん嫌やもん」
「そらまあ、刺されるやろなあ」
「せやから泳げへんて言うてるやん」
「別にそんなん気にせぇへんかったら止めへん言うてるやろ」
「平次のアホーー」
「なんで俺がアホなんじゃ」
お盆などとおの昔。暦も変わって今は長月。海水浴をするのには気候よりも水温よりも大きな問題が立ちはだかっている。
青い空、青い海。天気も気温も上々。肌に纏わりつく潮風だけは紛れもないのに、目の前の海には敵が一杯。
「あー、もう。何しに海まで来たんやろ」
「そらお前が海見たい言うたからやん」
「せやけど」
平次はさっさと駐車場脇の階段を下りる。真夏級の太陽に焼かれた砂浜は、スニーカ越しにわかる程に熱い。
「泳げそうで泳げないんは、やっぱ悔しい」
「せやから止めへん言うてるやろ」
「それはもうええ!!」
突っ込みついでに軽く叩こうとするところを、ひらりと身をかわした。
「あっつっ」
サンダルのまま階段から砂浜へ一気に突っ込んだ和葉が慌てて平次にしがみつく。
肩にぶら下がるように器用にしがみついて、足が砂に埋まらないようにしている。
……猿か、こいつは。
「何すんねん。重いでぇ、和葉ちゃん」
「せやかて!!熱いって」
「アホ。すぐ慣れるわ。そんな灼熱地獄とちゃうで」
「そうやけど……」
恐る恐る体重を地球に預け、一歩二歩と踏み出した。そのまま軽やかに歩き出す。
「あー、吃驚したぁ」
「アホか。こんだけエエ天気やねんから、砂が熱いんくらいコンマ一秒で判断せぇ」
「アホ言うな!!元々は平次が避けるんが悪いんやん!!」
「黙って叩かれる奴なんおらんって」
「もうええもん。あー、せやけど砂熱いんも慣れると気持ちいぃ」
「ったく、コロコロかわるやっちゃなあ。大体そんな踵高いもん履いてたらこけんで」
「大丈夫やも……」
言ってるはじからこける。
……ガキか、こいつは。
「お前の大丈夫は酔っ払いと一緒やな」
「なんやのそれ」
「酔っ払いが大丈夫っちう時は一番大丈夫とちゃうもんなんや」
「酷!!一緒にせんとって!!」
「ったくそんなとこに座り込んでへんとさっさと立てや」
「はい」
……おい。
「はいってなんやねん」
「手ぇ貸してぇな」
「アホか。んなもん一人で立て」
「ええやん、貸してくれても」
「右手やったら5千円で左やったら1万円な」
「高!!なにそれ!!」
「和葉ひっぱるんに骨折れたら困るやん」
「そんな柔い腕とちゃうやん。アタシの三倍くらいあるくせに!!大体、なんで左手のが高いん?平次右利きやん」
「アホ。左手でも鉛筆や箸は使えるけど、竹刀は右手やったら使えんのじゃ」
「あ、そか」
「どうでもええから早よ立て」
「ええー。も少し座ってる。結構気持ちいいやもん」
「……熱ないんか」
「もう慣れた」
砂浜に座り込んだまま、和葉は手元の砂をかき集めて小山を作り始める。
「なにしてんですかー?和葉ちゃん」
「うわ!!標準語気色悪!!」
「お前酷いこと言うなあ。工藤のねぇちゃんに言いつけるで」
「蘭ちゃん達はええの。平次が言うから気色悪いんや」
「で、なにしてんねん。山作ってトンネル掘るんやったらもう少し水辺がお勧めやで」
「ちゃうもん。もうすぐ……ええと……」
小山を前にキョロキョロと見回して。
パッと目を輝かすと身を乗り出して砂の中から何かを掘り出す。
「あー」
「はい。平次も座って座って」
「ケツに砂付くやん」
「男がそんな細かいこと気にせぇへんの。アタシやってとっくに砂塗れやもん」
「お前はもう少し気にせぇ」
「とにかく、はい。座って」
「しゃあないなあ」
小山の上には一本の棒が突き刺さっている。
「……何年振りやろ」
「これ、どっちから始めるんやったっけ。ジャンケン?」
「ま、なんでもええやん。そっちからでええで」
「ほな、遠慮なく」
すっかり砂浜に座り込んだ和葉はザザーッと砂をかき集める。
さらさらに乾いた砂がその指の間から零れ落ち、山は一回りも小さくならない。
「お前、手ぇちっこいなあ」
「そう?」
「そんなもんじゃびくともせぇへんで。ほな」
身を乗り出すと和葉の正面から両手で180度ずつ。腕も使って砂をかき集めた。
山は一気に二周りほど小さくなり、頂上に突き刺さる木の棒が僅かに傾ぐ。
「惜しい!!」
「アホ。倒れるほど取るか。次和葉ちゃんの番やで〜」
「もー!!平次の方が手ぇ大きいんやもん。アタシの方が不利やん」
棒が倒れないように、そうっと、そうっと、和葉が砂をかき集める。
木の棒は、いい具合に反対に傾いだだけで倒れなかった。
「上手いなあ、お前」
「迂闊や!!手の大きさ考えてなかったわ。平次、ハンデ!!」
「ハンデってなんやねん。山崩しにハンデもなにもあるかい」
「せやけどこんなに大きさ違うねんで」
差し出された掌に、何気なく自分の掌を重ねる。
「うわ!!小さ!!」
「平次がでっかいだけや」
「なんやねん、この手。赤ん坊みたいやなー」
「そんなことないもん!!」
「うわー!!ちっこーー!!」
その掌が予想以上に小さくて。驚きのあまり平次は和葉の手を取った。
「うわ!!ちっさ!!見てみぃ、お前の指俺の第一関節より短いんとちゃうか。うわ!!細!!ようこんなんで箸持てるなあ」
「は、箸くらい持てるわ!!離して!!」
「せやけどお前、こんな手ぇちっこかったか?昔は俺とかわらんかったやんけ」
「せやから平次がどんどん大きくなっただけや!!アタシのは普通!!」
「俺かてそんなでかないで……まあ、あれや。剣道やってるから掌厚いけどな」
「平次は指も結構長いもん。どうでもええから離して!!」
「うわー、面白ー。ホンマ赤ん坊みたいや」
「そんなに小さないもん!!」
「せやけどなあ。俺のんと比べると、同じ人間の手ぇに見えへんで」
「ええから離せーーー!!」
漸く。漸く幼馴染の頬が少し赤く染まっていることに気付いた瞬間。
こんな細い腕のどこにそんな力があるのか不思議なくらい勢いよく手を引かれた。
和葉の手を握ったまま、平次は前のめりにバランスを崩して空いた片手を地に付く。
その手が、僅かに残った小山を崩して。
ぱったりと、棒が倒れた。
「あ」
「はい!!平次の負け!!もう帰ろ!!」
「なんやねんお前。急に」
「平次がアホなことするからや!!」
「手ぇの大きさ比べんのがなにがアホじゃ」
「アホはアホや!!平次のドアホ!!ドスケベ!!」
「なんでじゃ!!」
平次が立ち上がる瞬間、和葉は駐車場に繋がる階段目指して身を翻して。
二歩ほど歩を進めたところで、砂に足を取られてまたこけた。
「……なにしてんねん、お前。ホンマ学習能力ないなあ」
「アホ言うな!!」
「未だ言うてへん。しゃあないなあ」
よっこらしょっと、身を屈めて。座り込む膝の下に腕を入れた。
「な!!」
和葉が動く前に、横抱きにして持ち上げて。
「うわ!!軽!!」
「なにすんの!!離して!!降ろして!!」
「アホ。暴れんな。そんな踵のサンダルでまた砂の上歩いたらまぁたこけんで」
「こけへんもん!!降ろして!!平次のスケベ!!」
「誰がスケベじゃ!!暴れんなボケ!!」
「もう!!なんで平次がここまでせなあかんのよ!!」
「そら、当たり前やろ」
ふっと和葉の抵抗がやむ。和葉を抱き上げたまま駐車場に向かいつつ。
「お前は俺の子分やから。子分の面倒みるんは親分の努めやからなあ」
「誰が子分よ!!アタシのがお姉さんやったやん!!」
「そんなちっこい手と細い腕で何ができんねん。俺がこけたら負ぶってくれるんか?」
「う」
恨みがましそうに見上げられて。それが何故か酷く嬉しくて。
「平次が、歩けへんくなったら負ぶえるもん」
「アホか、無理やろ」
「無理ちゃうもん。平次が崖から落ちそうになったら、ちゃんと引き上げるし」
「嘘こけ。自分が落ちとったやんけ」
「……アタシやって、やる時はやるんやから」
ふと。こいつなら。
いざとなったらやってのけるかもしれない。
と、思ったことは口にせず。
自分のバイクの隣まで来て和葉を降ろした。
「ほな、砂掃って帰るか」
「ん」
自分の方を見ない幼馴染は。まだ子分と言われたことで機嫌を損ねてるのだろうと一人で納得して。
「早よせぇ」
「って、平次、まだ砂ついてるって。ズボン」
和葉が平次のズボンの砂を払う。
「ホンマ、やっぱアタシが付いてへんとあかんやん、平次は」
「……砂なん、そのうち取れるわ」
ぶっきら棒に応えてメットを被るとバイクに跨る。タンデムシートに、和葉が飛び乗った。
ほんの少し傾いた太陽が、水面をキラキラと照らして。
「あ、平次」
「なんじゃ」
「もしかして、しめて一万五千円、とか言う?」
「はあ?なんじゃそりゃ」
「なんでもない!!ほら、早く帰ろ!!早よせな晩御飯に間に合わなくなるし。ちゃんと送ってぇな」
「へぇへぇ」
和葉の両手が平次に回されるのを合図に。バイクのエンジン音が響き渡った。
あ、甘い……甘すぎる……の、脳味噌が……暑さで溶けてて<またその言い訳ですか
私の脳味噌も溶けてましたが……平次の脳味噌も溶けたんですきっと……ゲホゴホ。
あ。私のイメージでは和葉は7分丈くらいのパンツを穿いてることになってたのですが、何処にも書いてないや。
この際ミニスカでもショートパンツでも構いません。好きに妄想してください。いやんもう、平次のスケベ!!<こらこらー
自分の妄想の中では映像がハッキリしてるので、当たり前のような顔して書き忘れることがあります。気をつけます。
というわけで。幼馴染だろうと兄弟だろうと子分だろうと。うちの平和はやってること変わりません。
関係ないですが私の手もよく赤ん坊みたいと言われます。小さい上に掌の面積に比べて指が短くて太くて、掌が厚いからです。
和葉の手はそんなに小さくないイメージ。掌も指も細くて薄くて、指が長くて
爪の形がキレイなの希望
要するに
平次の手がでかすぎってことで。
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