子供の頃に叶えられなかった夢を。
今叶えよう。
***
「ホンマに、ええんやな」
「エエよ。覚悟はできてるもん」
「ホンマやな。後で後悔しても知らんぞ」
「前にする後悔なんて知らんもん」
「屁理屈言うな。おっちゃんに、何言われても知らんからな」
「あんなあ、平次」
和葉は姿勢を正して正面に座る幼馴染を見据える。
「ここまで来て何言うてんの。男らしくないで」
「いや、俺の方はなんも問題ないんやけどな」
涼しげな浴衣姿で胡坐をかいて。幼馴染はがりがりと頭を掻く。
「なんやしらんけど、女って色々面倒やん」
「あほ。そんなん男も女も変わらんって」
「明日一日、なんもでけへんかも知れんぞ」
「宿題ももう終わったし。明日台風の予報で雨みたいやし。平次かて、それで今日って言うたんやろ?」
「まあ、そうやねんけどな」
もう一度髪を掻く。
「ホンマに、ええんやな」
「ええって言うてるやん」
「ほな」
平次は姿勢を正した。
***
あれは何年前のことだったろうか。多分、小学校の一年生か、二年生。
毎年のように服部家に届けられていた夏の風物詩。
スイカ。
母の静華が切ってくれるその果物……正確には野菜なのだが……が、平次も和葉も大好きで。
塩を振っては食べまくった。
「おかん、もっとないん?」
「おばちゃん。アタシももっと食べたい」
「あかんよ」
冷蔵庫の中には。まだまだスイカが残っているはずだ。
何しろ平次や和葉の頭ほどあるのだ。ちょっとやそっとではなくならないこと位、幼い二人にもわかる。
「おかんのケチ!!」
「ケチで言うてんのとちゃう。もう食べれへんやろ」
「まだ食えるもん」
「あかん。もう終いにしとき」
あんなにたくさんあるのに。あんなに魅力的なのに。スイカはこんなにおいしいのに。
幼い二人には全く納得がいかない。
「おかんが居らん時にこっそり食うたろか」
「せやけど、おばちゃんが言うてたよ。スイカってメッチャ皮が硬くて切るん大変やって」
「アホ。そんなん、半分に切ってあればええやん」
「なんで?」
「スプーンで掬って食えばええやん」
「スプーンで!!??」
和葉が目を輝かす。
「ええな!!それ」
「な、めっちゃ上手そうやん」
「ほんなら、おばちゃんが居らん時にこっそり……?でも、後で怒られるやんなあ」
「それなんや……」
平次は腕を組むと考え込む。言い訳はいくらでも思いつく。
言い訳は思いつくが。どれもこれもあの母親を騙し通せるとは思えない。
「やっぱ、無理かな」
「うーん」
「スイカ……ええな……」
「なんでおかんは食わせてくれんのやろ」
「うーん」
二人縁側で足をぶらぶらさせて考え込む。夏の日差しが容赦なく二人の肌を焼いた。
「なあ」
「ん」
「何も、冷蔵庫のスイカやのうても、ええんちゃうか」
「え」
振り返る、和葉は眼を丸くして。
「せやけど、他にスイカなん、ないやん」
「あるやん。八百屋に」
「平次、まさか」
眉間に皺が寄る。平次はその顔の前で手をひらひらと振った。
「ちゃうちゃう。別に盗んだりせぇへん」
「せやけど、スイカって高いんよ。アタシのお年玉、お父ちゃんが預けてもうてるし」
「俺もや」
「アタシのお小遣いでなん、買えへんよ……」
「俺もや」
「ほんなら、どうすんの?」
ニッと平次は笑って。
「俺にエエ考えがあんねん。行くで、和葉」
先に縁側から庭に飛び降りると、振り返って右手を差し出す。平次に引っ張られるように、和葉も庭に下りた。
「ほな、行くで」
「行くって、どこに?」
「スイカ食いに」
「せやから、どこ?」
先を走る幼馴染に慌てて付いて行く。
蝉の声がワンワンと耳に煩かった。少し走ると、すぐに汗がじんわりと吹き出てくる。
前髪を撫ぜる風だけが少し涼しかった。
***
夕刻。服部家で夕食を取る幼い二人から笑顔が消えない。
「どないしたん?二人とも。なんかええことあったん?」
「内緒や、内緒。なあ」
「なあ」
「なんや二人して。ま、ええけど……平次、あんたもうご馳走様なん?」
「もうええ。ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
普段ならご飯をお替りする息子の少食ぶりに首を捻りつつ。
静華はまた仲良く手を繋いで居間を出て行く二人の後姿を見送った。
「どこ行くん?」
「風呂」
「お風呂、まだ入れてへんよ」
「ちゃうねん、おばちゃん。お風呂入るんやのうて……」
「夏休みの工作で作った船の実験や」
「ああ、あれ。ほな、滑ってこけへんようにな」
「はぁい」
「はぁい」
妙に素直に返事する二人にもう一度首を捻った。
***
お風呂場にはバケツが二つ。張られた水にはそれぞれ、半分に切られたスイカが浮いていた。
二人は今日、八百屋でアルバイトをした。
どうしてもスイカが1個欲しいから、働かせてくれと交渉した平次に。
八百屋の主人は一日店を手伝うことを条件に快諾してくれた。
静華には内緒にしてくれると約束してくれて、静華が買い物に来た時にはこっそり匿ってくれた。
そして、最後にスイカをくれた。
少し小振りのスイカ。店頭に置くには小さかったのかもしれないけれど。
二人には、大きすぎるスイカ。
店で二つに切って貰って、二人抱えるようにして帰ってきて。
台所に立つ静華にばれないようにこっそりと、お風呂場で冷やした。
そして。今。
「いっただっきまーす」
「いっただっきまーす」
二人の夢が、叶おうとしている。
***
「ほな」
「うん」
平次の部屋で二人正座して向き合って。
その右手にはそれぞれスプーン。
「いっただっきまーす」
「いっただっきまーす」
二人の間には。それぞれ二分の一のスイカ。
未だ幼かったあの日。二人は二分の一のスイカを食べ切ることができなかった。
しかも、その日のうちに。
「おかん……俺、腹痛い」
「おとうちゃんー、お腹痛いよう」
案の定。二人とも腹を壊した。
「せやからあかんって言うたやろ!!」
後で静華に、こってり絞られたのは言うまでもない。
「あー!!ホンマに美味しいなあ!!スイカ」
「ホンマや。ま、この後の腹痛くらい安いもんや」
「アタシちゃんと整腸剤もって来たもん〜」
「アホ。スイカ舐めてると痛い目見るで」
「せやから覚悟はできてるって言うたやん。もー、品のない話は後や後!!今はスイカを堪能せな」
「せやな〜。せやけどメッチャ甘いなあ、このスイカ。塩いらんで」
「ホンマ!!平次、ありがとな!!」
小さな事件を解決して。スイカを貰って帰ってきたのは平次。
とりあえず数切れと思って二つに割ったところで。ふっと二人の脳裏に蘇ったあの夏の日。
「……俺、ちょう、リベンジしとこかな」
「あ!!ずるい!!アタシも!!」
「せやかてお前、また腹痛くしても知らんで」
「ええもん、そんなん覚悟の上や」
「ほな、いっとこか」
「うん!!」
***
子供の頃に叶えられなかった夢を。
今叶えよう。
***
その日。服部家の台所の生ごみ捨て場には、綺麗に平らげられた半球のスイカの皮が、二つ。
腹を壊したかまでは不明です切腹。
す、すみません。ええと、めぇめぇ様のリクエストは「幼なじみ萌え、な平和」とのことだったので……。
いつもと全く変らない仕上がりに……。こんなでよかったでしょうか……。
スイカ半分を丸々をスプーンで食う。子供の時に憧れたのは私だけでしょうか!!
いえ、未だに夢叶ってないんですけどね……お腹壊すからって言われてたんですけど、ホントに壊すのかな。<こら
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