子供の頃に憧れた。なんでも可能にする、その手。
***
「あ、あーーーーーーーーーー」
これ以上ないくらいに悲しげな声に。服部平次は足を止めた。空を仰ぐ中森青子の視線の先には真っ赤な風船。
「バァカ。何やってんだよアホ子」
「バカじゃないもん!!バ快斗!!」
「なんで俺がバカなんだよ。風船離したのはお前だろ?」
幼馴染との言い合いの間に風船はドンドン空に溶けていく。
……最近の風船はそのうち落ちてから地に還る地球に優しい奴だと聞いた。素材は……なんだったろう。
「ご、ごめんね、青子ちゃん」
おろおろと謝るのは和葉。どこから見ても和葉は悪くない気がしたが、謝ってしまうところがこの幼馴染のいいところ。
「何言ってんの。遠山さんは悪くないって。悪いのは青子。全面的に最初から最後まで一貫して全て青子が悪い」
「そ、そんなに言う事ないでしょーー!!」
「だぁって。口と一緒に手も開けるなんて、今時幼稚園生でもやんねぇぜ?それとも何か?青子は親切にも青子にアイスクリームを一口分けてあげようとしてくれた遠山さんが悪いって言うわけ?」
「そんなこと言ってないもん!!和葉ちゃんは悪くないよ。で、でも……なんで快斗にそこまで言われなきゃなんないのよーー!!」
「アホ子がアホなのが悪いね。俺は真実を言ってんの」
「ひっどーーーい!!風船なくなっちゃったんだから!!少しは気ぃ使いなさいよ!!」
「だから自業自得だって言ってんだろ」
二人のやり取りを、和葉は苦笑しながら見守っている。この二人の間に割り込める人間も少なかろう。
服部平次は相変わらず、距離を置いて三人を見ていた。赤い風船はもう空に溶けこんでどこにも見えない。
蘭が忘れた荷物を一緒に取りに行った新一は当分戻らないだろう。どうせこの公園のこの辺りで待ってなければならないのだ。
快斗と青子のやり取りは続く。
平次は近くにあったベンチに腰を下した。ふ、と自分の手を見る。
子供の頃に欲しかった。なんでも可能にする、その手。
***
あれは幼稚園で何かしらの行事があった時かもしれない。自分は片手を幼馴染と繋いで。片手には、青い風船。そして和葉の片手には赤い風船。
和葉はその赤い風船がいたく気に入っていて、自分が歩くのに伴ってふわふわ揺れるその動きに目が釘付けだった。
「ちゃんと前見て歩かんか。こけんで」
今ならきっとそう言うだろうが、如何せん当時の自分もまだ幼く。寧ろクルクル変わる幼馴染の表情に、自分だって前なんて見ていなかった。
そんな状態だったから。
結果は火を見るより明らか。なんでもない段差に和葉は躓き、慌てて片手を付いた。
……自分と繋いでいない方の手を。
「あ」
一瞬のうちに赤い風船は空に浮きあがる。それを捕らえようと反射的に伸ばした平次の手は、結果として自分の青い風船をも離してしまった。
二つの風船が、絡み合うように、競い合うように空に溶けていく。
「あーあ……」
起き上がらないまま。膝をついて和葉は空を仰ぐ。平次もその横に立ち尽くして風船を見送った。
「風船……」
みるみる和葉の表情が崩れていく。大きな瞳には涙が浮かんだ。
「和葉の風船、飛んでってもうた……」
「……ごめん」
反射的に謝ると、不思議そうに自分を見上げる。
「平次の風船も、飛んでってもうたんや……」
「……」
もう一度二人で空を見上げても、もう風船は見えなかった。
「ごめんな、平次」
「別に、和葉のせいとちゃうわ」
「せやけど……ごめんな」
「もうええわ。行くで」
片手を差し出すと、ちょっとだけ笑って和葉がその手を取る。ゆっくりと立ちあがると空いている方の手で自分のスカートと足に付いた埃を払った。
平次は、自分の片手を見つめる。
あの時。この手は和葉の風船を捕らえる事が出来なかった。
もしも物語の魔法使いの手であったなら。
きっとあの風船を捕まえる事が出来たのに。
「平次、行こ」
笑う幼馴染に促されて。二人はまた歩き出した。
***
「もーー!!快斗のバカバカバカバカ!!」
「バカはお前だろ!!アホ子!!諦めろよ風船くらい!!」
「風船くらいって何よ!!そんな言い方しなくていいでしょぉ!!」
一向に終わらない二人のやり取りに、和葉がゆっくりと平次の座るベンチに近づいてきた。顔を上げずに平次は二人を見守る。
「ホンマ、仲ええなぁ。あの二人」
「まあ、あいつらもちっこい頃からの付き合いらしいし。幼馴染なんこんなもんやろ」
「……そうやね」
どうやら二人はまた風船を貰いに行くかどうかでもめているらしい。
風船を配っていたのは公園の入り口。距離的には戻る事になんの問題ではないのだが。
……元々、「お子様限定」の風船を一つわけてもらったのだ。その際に快斗が係りのお姉さん相手に必要以上に「如何に青子がお子様か」をアピールした事は言うまでもない。
言えばもう一つくらい分けてくれるだろうが、さすがに気が引ける。
「そんなに言うなら青子一人で行って来いよ」
「い、いいじゃない!!付いて来てくれても!!快斗のケチ!!」
「なんで俺がケチなんだよ!!大体最初に風船貰えたのだって俺のおかげだろーー!!」
「違うもん!!快斗が青子の悪口ばっかり言うからお姉さんがわけてくれたんじゃない!!」
「悪口なんて言ってないだろ?全部ホントのことじゃんよ。今でもくまさんパンツ履いてるとかさあ」
「は、履いてないもん!!くまさんなんて!!」
「じゃあうさぎか?」
「……ど、どうでもいいじゃない!!快斗のエッチ!!どスケベ!!なんでそんなこと知ってんのよーー!!」
堪らずに和葉が吹きだす。
「青子ちゃんて、ホンマ可愛いなぁ」
「……俺はお前よりお子様な高校生がおるとは思わんかったぞ」
「どういう意味よそれ」
「さぁなぁ」
さらりと返すと隣に立つ幼馴染は。何か言いた気に和葉は視線をさ迷わす。
「平次も、あれくらい可愛い方がよかったん?」
「はあ?」
「……幼馴染」
和葉の言わんとする事がわからず平次は大きな瞳を見開いて和葉を見上げる。ベンチの横に立つ和葉は目を合わせない。
「だって、ホンマに青子ちゃん可愛いんやもん。それか、蘭ちゃんみたいに美人がよかった?」
「……なにアホな事いうてんねん」
「あ、アホってなんよ」
「アホはアホや。しょうもないこと言うな」
反論しようとする和葉より早く。
「俺の幼馴染はお前だけや。……それでええやん」
「……うん……」
小さく頷く横顔に。続く言葉は飲みこんだ。
……お前は?
***
「だーーーーーーー!!もういい加減諦めろよ!!風船なんて!!」
「風船なんて、って言わないでよ!!青子は欲しかったの!!風船!!」
「そんなに大事なんだったら手ぇ離すなよ!!」
「好きで離したんじゃないもん!!」
「飛ばさねぇように手首にでも結んでおけよ」
「次はちゃんとそうするもん!!青子だってバカじゃないんだから!!」
腰に手を当てたまま、快斗は青子の顔を覗きこむ。
「絶対だな?」
「ぜ、絶対」
「次は絶対飛ばさないな?」
「飛ばさないもん」
「んじゃ」
右手を青子の前に差し出して。その拳に左手を添えて。
「ワン、ツー」
みるみると青子の顔が輝く。遠目に見てもわかるほどに。
「それ!!」
「キャー!!」
ポンと軽い音を立てて現れたのは赤い風船。出てくるなり空に飛び立つ風船に、青子が慌てて手を伸ばす。
「なぁんてな」
「もーーーー!!快斗のバカバカ!!」
風船の紐の先は快斗の指に結ばれている。軽口を叩きながら青子ははちきれんばかりの笑顔で。
「快斗、ありがとーー!!」
「もう飛ばすんじゃねぇぞ?快斗様の風船なんだからな」
「うん。快斗。ありがとーーー」
子供の頃に憧れた。なんでも可能にする、その手。
どんなに願っても手に入らなかった。その手。
「……お前は、どうやねん」
「へ?」
微笑ましげに二人を見守っていた和葉が平次を振りかえる。
「ああいう手ぇの幼馴染がよかったんとちゃうか?」
「手、って。黒羽君のマジック?」
「便利やでぇ。風船でもなんでも、ポンと出してくれんで」
「なに言うてんの」
そう言って笑った幼馴染の笑顔が。酷くまぶしくて。
「アタシは好きやで。平次の手」
***
子供の頃から欲しかった。幼馴染の手を二度と離さない、手を。
……予定外のシーンが入って長くなってしまいました……抜くべきか。抜くべきだったか。
未だ迷ってます。全体的に間延びしちゃったかなあ……。どうでしょう。
つか、新蘭戻ってくる間もなく終わりです。終わってしまいました(笑)。まあいいじゃないですか。ねえ。
なんつか、私的に。各幼馴染カップルの精神年齢(?)は新蘭>平和>快青って感じです。主に女の子の精神年齢か?
もしくは口喧嘩のレベル。うん。そう。レベル。「バ快斗」とか「アホ子」とか。幼稚園児かお前ら!!みたいな。
そういうところが萌えなんですけどねーー。平和は「アホ」連発な感じで、小学生レベルかな<どっちにしろ低い。
ちょーーーーーっとだけ美國島を意識。でもちょっとだけなのでこっちにしました。
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