花が咲いたら。お花見に行こう。
***
「平次ーー」
よく通る声が朝の服部家に響き渡る。卒業式も終わり修了式も終わって短いけれど楽しい春休み。
平次は縁側に出ると外の気温を確かめついでに玄関の幼馴染に声を掛ける。
「和葉、上がって待っとけ」
「うん」
温かい。が、夜は冷える。平次は羽織を羽織って、更にコートと道行と肩掛けを風呂敷に包んだ。
それと、母が用意したお重。
少々多めになってしまった荷物を両手に玄関に向かう。
和服は、荷物を沢山持つのに向かないところが難点だ。
「平次、それ新しい着物?」
「あ?ああ。なんやおかんが嬉しそうに準備して行ったからなあ。着ぃひんと何言われるかわからんからな」
「ふうん?でも、似合てるよ」
和葉の手にも風呂敷包み。大事そうに抱えるそれを見て、平次はまだ荷物があったことを思い出した。
「あかん。魔法瓶忘れたわ」
「あ」
荷物多いからいいよ、と言いたくても。それが無ければ和葉の荷物が無駄になる。無しというわけにはいかないのはよくわかっているので、和葉も言葉を飲む。
「平次、アタシその緑の風呂敷のん、持つよ」
「アホ。こっちは重いで。ほな、すまんけどこっち頼むわ」
道行やらの入った緋色の風呂敷を押しつけて台所へとって返す。静華によって用意された魔法瓶を開けて確認すると間違いなく熱湯が入っていた。冷めないように慌てて閉める。
「ほな、行くか」
魔法瓶は肩から掛けて、平次はお重を抱える。和葉が、嬉しそうに小さく肯いた。
今日は、京都でお花見。
***
商店街を抜けた頃、朋子は前から歩いてくる目立つ二人連れを見つけた。小学校の頃の同級生、服部平次と遠山和葉。
かなり、目立っている。
無論二人とも容姿がよいせいもあるのだが、なにより目立つのはその格好。今時、和服で連れ立って歩く高校生など珍しい。
「服部君、和葉」
「トモコ」
声を掛けると和葉が笑って掛け寄ってきた。手には風呂敷包みを二つ。
「どこ行くん?着物なん着て」
「お花見。京都府警の人らにお呼ばれしてん」
「へええ。風流やねえ。そんで着物なん?」
「せや」
明るく答える。しかしお花見とはそんなに風流なものだったろうか?元々はそうかもしれないが朋子のイメージでは青いビニールシートとかカラオケとかお酒とか。頭にネクタイを結んだオヤジのイメージだ。
近寄ってこない平次を和葉が振り返る。服部平次は風呂敷包みを抱えたまま、器用に自分の左手首を指差した。
そこには腕時計は見当たらなかったが、どうやら時間がないと言いたいらしい。
「和葉、急いでるんやろ。ごめんな、声かけて」
「ううん。ごめんな、トモコ。また今度、ゆっくり」
「うん。また連絡する。せや、桜終わらんうちに友呂岐緑地でお花見しようや。小学校の同窓会兼ねて。私、皆に声かけてみる」
「あ、ええなあ、それ」
「ほな、また連絡するな」
手を振って見送るが、雑踏の中二人の後ろ姿はどこまでも目立っている。
……全然、自然やねんもんなあ。
環境のせいなのだろうとは思う。服部平次の母親は昔から常に着物を着ている人だし。それにしたって17にして着物を粋に着こなすなんて、なにかの若宗匠みたいだ。
その頭の中は殆ど事件で一杯らしいが。服部流推理道の若宗匠?うん。そんな感じ。
小さく笑って。朋子は踵を返すと自宅へ向かった。
***
会ったことは二三度。きちんと顔を覚えてはいなかったが、それでも会えばわかる自信はあった。が。
目立つ二人連れがいると思ったら声を掛けられて、正直驚いた。
「あ、おったおった。今木はん」
「え、ええ!!??平次君!!??」
西の高校生探偵として名高い彼は着物に羽織姿で現れた。連れている幼馴染の彼女も着物。大きな桜の木の下で場所取りの為にブルーシートの上に寝転んでいた今木刑事は慌てて飛び起きるとついつい正座をした。
まさか着物で来るとは思わなかった。おじゃる……いや、綾之小路警部とは事件で知りあったと聞いていたが。実は彼もまた公家出身とかそういう落ちなのだろうか。
「へえぇぇ。めっちゃ綺麗に咲いてるやん。ええとこ取っててくれたやん」
「え、ええ。自分は今日は遅番なもので。朝から、ここに」
「綾之小路警部から聞いてます。こっからはアタシらが場所取りしときますから」
「はあ。お、お願いいたします」
目を白黒させる、というのは今の自分を言うのかもしれない。今木はそう思った。
京都府警恒例のお花見のはずだ。先日京都で起きた殺人事件で功績のあった高校生探偵を花見に誘った事は綾之小路警部から聞いている。聞いてはいるが。
こんな風情で現れるなんて聞いていない。ついつい言葉が改まってしまう。
しかも自分の周りに座った二人が風呂敷から出してきたのは、重箱。
「今木はん、飯食うたん?」
「よかったら少しいかがですか?」
「い、いや。俺はええよ」
慌てて手を振る。朝から何も食べてはいなかったが寝ていただけだ。お重の中身には心惹かれたが、何より今自分が浮いた存在に思えてならない。
こんなことなら、一枚くらいブルーシートではなく茣蓙でも敷いて場所取りをしておけばよかった。着物の若者二人に重箱に桜。どう考えてもブルーシートは自分同様浮いている。
慌てて立ち上がるとあたふたと靴を履いた。
「ほな、二人とも。後頼みます」
「おう、まかせてぇや!!また後でな」
「は、はあ」
署に出向いたら。今日のお花見がホントに恒例のお花見なのか。よもや正装せねばならないようなものではないということを。ちゃんと綾之小路警部に確認せねば。
今木はそう考えていた。
***
出されたお茶を。服部平次は三口で飲んだ。最後にきちんと、ずずっ、と音を立てる。
「ん、旨!!お前結構上手なったなぁ。茶ぁ点てるん」
「ホンマ!!??この前おばちゃんにも誉められてん」
嬉しそうに笑うと、幼馴染から受け取った茶碗を湯で濯ぐ。
「もう一杯、どう?」
「俺はもうええわ。御自服でいっとけや」
「ほな御相伴に預からせて頂きます」
二人手を付いて草礼してくすっと笑う。
まさに、その空間は異空間と言えた。
ある意味、これ以上はないくらいしっくり来てはいる。舞い散る桜の下で着物の男女が重箱をつついた後に野点と来たものだ。京都とはいえ、そうそうお目に掛かれる光景ではない。
が、ある意味これ以上ないくらい浮いているとも言う。
事実。暮れ始めた太陽にぼちぼち周囲に人が集まっては来ているのだが、周囲の団体は二人を気遣ってか居心地悪そうに酒を飲んでいる。ネクタイも、緩めるのが精一杯。とても頭に捲いてカラオケのスイッチなどは入れられない。
それでも、酒が飲めるだけまだましかもしれなかった。
京都府警の面々に到っては、自分達の為に陣取られたはずのブルーシートに近づくことすらできなかったのである。
「どないしましょう、警部」
「ふむ」
おじゃる警部は眉根を寄せた。残念ながら付いてくる眉はわずかだが。
「ええやないか。風流で」
「そら、風流やけど。せやけど、今日の為に隠し芸やら用意してる奴らもおるのですわ……」
「ふむ」
自分としては夜桜の下で野点に抵抗はないものの、かといって部下達にそれを強いるのは酷であることくらいはさすがのおじゃる警部も学んでいる。
壊しがたい雰囲気ではあったが。
溜息をついて、おじゃる警部は二人に近づく。侵しがたい空間に踏みいるのには、凶悪犯がたてこもる現場に踏みこむ以上の勇気がいった。
なんと言って声を掛けたものかと言葉を探す。
が。
「お。遅かったやん、おじゃる……綾之小路警部」
人の気配に振りかえった高校生探偵が、幼馴染の肘鉄を食らいつつおじゃる警部を振りかえった。
「あれ?一人なん?」
「いや、他のもんは、そこに」
歯切れ悪く後方を指差すと二人は立ちあがってその方向を除き込む。
「あ、ほんまや。皆一緒に来たんや」
まさか、バラバラに来たものが全員あそこに固まって立ち尽くしていたとも言えない。
「ほな、こっち片付けるわ」
「あ」
もったいない、とは思うものの「そのままでええで」とも言えない。
「桜野ハンが、今日とって置きの隠し芸見せてくれる言うてたけど」
「あ、ああ。……毎年芸達者な奴やねんけど、今年は新ネタがある、言うて」
「ホンマに!!??大阪府警の三品さんと、どっちが上かな」
「そういやこいつ、カラオケ歌う〜〜、言うて、こっそり家で練習までしてたんやで」
「あ、平次!!そういうことはバラさんとって!!……あ、でも、カラオケとか……」
「ああ。ちゃんとありますで、向こうに。ほな、お前ら、準備しぃ」
「はい!!」
部下達を振りかえると弾けたように近づいてくる。
あんなに近寄りがたかった空気が今は無く、茶箱が片付けられたという以外何も変わってないはずなのに、二人の姿はあっという間に京都府警の面々に溶け込んだ。
相変わらず着物。それでも、雰囲気が馴染んでいる。
「ふうん」
おじゃる警部は寧ろ自分が一歩離れたところでその様子を眺めていた。
なんというか、切り替えが早い。スイッチとでもいうのだろうか。
この二人は。
「警部、こっちこっち!!」
声を掛けられて顔をあげると部下の一人がすっかり赤ら顔で自分を手招きしている。お酌をしているのは服部平次。そのコップにも、隣の幼馴染のコップにも一目でそれとわかるオレンジジュースが入っていた。
……しかし、この雰囲気では酔った部下がいつ彼らに酒を勧めないとも限らない。
まずはそれを見張らねば。
「あ、アタシ、モー娘。歌ってもええかな」
「いよ!!待ってました!!」
「和葉ちゃーーん!!こっち向いてーー!!」
酔っ払い刑事達の声援にも嫌な顔一つしないで応える。……大阪府警の面々で慣れているのかもしれない。
小さく肩をすくめて。綾之小路警部は自分を呼ぶ部下の隣に向かった。
だからどうしたと言われても困るのはいつものことなのですが……ふう。……今時こんな高校生いませんよね切腹。
うーん。趣味全開ですごめんなさい……。桜〜〜桜〜〜って、桜の描写があんまりないし!!すみません妄想してください!!
京都の何処だか知りませんが(<をい)桜満開ですよーーー!!……って、京都に上野公園みたいなお花見の名所ってあるんでしょか?
鴨川の桜くらいしかしりません……。カップルが等間隔に座るってやつ(笑)
ああ!!おじゃる警部は映画関係か!!……い、いいですよね、こっちで。
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