どうしたわけか、この時期には雨が降らない。
気がする。
服部平次は自宅の縁側に並べられた平たい笊を眺めながらふと思う。
笊は一定の距離を保って幾つも置かれている。今年もこんなに作るんかい。呆れる反面マメなことだと感心もする。
そもそも。なんでうちですんねん。
心の中で突っ込みつつ、これだけの笊が並べられる縁側が遠山家に存在しないことは百も承知。何を考えたのか服部家の縁側は、アホのように長い。
子供の頃、なんらかのペナルティで縁側の雑巾掛けをさせられた身としては、何度それを恨めしく思ったか知れない。
しゃがみ込んで笊の中を確認。今年も晴天が続いたお陰で、白く小さいそれは平次の指の間からパラパラと零れた。いい乾き具合だ。
立ち上がって大きく伸びをしたところ、門に近付く声が聞こえた。母と、幼馴染の遠山和葉。先ほど雛祭りの準備と言って、ちらし寿司の材料を買いに二人で出かけていった。
桃の節句のお祝いは遠山家の雛壇の前でするわけで、遠山家でもそれなりの準備をするのだが。毎年は母はちらし寿司を持参している。
縁側に平次の姿を認めた和葉が、玄関を経由せずに直接庭を横切ってやって来た。笊の一つを覗き込む。
「どう?もう、作れるやんな」
「パラッパラやで。ええんちゃうか」
「ホンマや」
その細い指から白いお米がパラパラと落ちる。片手に持ち替えた荷物が重そうだったので、平次は無言でそれをもぎ取った。
「あ。……おおきに」
小さく笑うと、そのまま縁側から上がろうか玄関に回ろうか、一瞬考え込んで結局玄関に向かう。ポニーテールの揺れる後姿をなんとなく、見送った。
買い物の荷物をもって台所へ行くと、静華がてきぱきと鍋や油を用意している。
「おかん、これ」
「ああ。そこにおいといて」
言われるままに荷物を食卓に置くと、起用にバランスをとりつつ笊と二つ重ねた和葉が顔を出した。
「おばちゃん、もう作ってもええかな」
「ええよ。そっち先にしよ。お寿司は、明日でええから」
「……危ないなあ。ひっくり返したらどないすんねん、二個も積んで」
「へ、平気やもん」
「せやかて、折角準備したんにダメにしてもうたら残念やし。一個ずつにしい、和葉ちゃん。運ぶん、平次も手伝ってくれるから。なぁ?」
「へぇへぇ」
二人で縁側へ戻り、笊を一つずつ持つ。まだまだ3往復は必要なのだから笑かしてくれる。
「平次、今年も手伝ってぇな」
「なんで俺やねん。おかんでもええやん、別に」
「せやけど」
雛あられ作り。
よく乾かしたお米を熱い油に一掴み投入。あっという間に膨れるので素早く油から上げて。
……そこまでが和葉の仕事。
砂糖と水を、フライパンで熱して水飴状にして。膨らんだお米にさっと絡めて。
……それが、平次の仕事。
別に。油から上げて間髪入れずに砂糖に絡めなくてもいい気がするのだが。どこでどう勘違いしたのか、この幼馴染はスピード勝負だと信じていること。
「平次と作るんが、一番楽上手くいくんやもん」
タイミングとか、呼吸とか。そう言ったものが。静華は基本的に動作が優雅で、隙がない代わりに早くもない。……時と場合によることは平次だけが知っていることなのだが。
「しゃあないなあ」
……ホントは、今年もお払い箱にならずに済んだことに心の中でだけ感謝しつつ。
「和葉チャンがそんなに言うんやったら、手伝うたろ。せやけど、高いで?」
「た、高いって!!お金とんの!!??」
「アホ。お金とは限らへんで?せやなあ……」
台所に笊と置いて。二人でまた縁側へ引き返す。平次の言葉の続きを待つ和葉の表情は怪訝なまま。
「なあ、平次。お金とちゃうの?何?」
「せやなあ……」
縁側で笊を持って。幼馴染を振り返る。
「出世払いにしといたるわ」
「え、ちょっと。なんなん?そんな凄いものなん?」
「早、大きくなれや、和葉ちゃん」
「何言ってんのよ!!もう、全然わけわからへんよ!!」
背中の声を敢えて無視して。平次は小さく笑うと台所へ向かった。
3月3日は桃の節句ですが……手元の手帳を見る限り……「平和の日」らしい……。ま、まじですか!!今更言われても!!
とりあえず桃の節句で、雛祭り、と言うより寧ろ雛あられネタです……。んー。
珍しく短くコンパクトにまとまって本人ご満悦ですが、相変らず平次は何考えてるのかわかりません。
出世払いで一体和葉に何させるつもりなんだか!!(笑)
書いていたらほんのりエロくなったので路線変更して誤魔化したのは内緒です(失笑)
つか、去年の鶯餅に続いて雛あられですか葵さん。食いモンばっか。
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