狭いカラオケボックスの中。和葉はちらりと携帯を確認する。
電波状態良好。
着信は、なし。
今日は終業式の後、一度帰宅して着替えてからクラスの女子ばかりでカラオケに繰り出した。
クリスマス。この後家族で祝う子。彼氏と過ごす子。教会のミサに参加する子。それぞれ。
取りあえず夕方まで女の子ばかりで騒ごうというのが、趣旨。都合のついた子達が集まった。
最後まで参加を保留していた和葉がここにいるのは、終業式後のH.R.が終わるのを見計らったかのように幼馴染の携帯ににかかってきた一本の電話のせい。
パラパラとページを繰る手を止めて携帯に視線を送る。
「和葉。服部君から連絡あった?」
「あるわけないやん。平次、今頃クリスマスのクの字も忘れて事件一直線や」
下手すると、自分との予定も失念している可能性がある。
まあ、それが平次やし。
鍵のかかったホテルの一室に身元不明の女性の絞殺死体と泥酔した男。外部からの侵入形跡は無い密室。現場に残された凶器。しかし一貫して罪を否定する容疑者。
しかも前日その容疑者の男と呑んでいたという友人の証言や飲み屋の女将の話を聞いているとどうにも男が犯人とも思えないらしい。
依頼主は、今日クリスマス・イヴにその容疑者に会う約束をしていたという彼女。それが平次も和葉も見知っている近所の商店街の店員だったこともあってつい和葉も同情してしまい。
非常に複雑な表情の幼馴染の背中を叩いて送り出してしまった。
そのことに後悔はない、けど。でも。
時計はそろそろ16時。携帯は、まだうんともすんとも言わない。
***
「今年のクリスマス、どうするんや?」
平次に聞かれて和葉は考え込んだ。
この場合の「どう」は「どこに行きたい」とか「何時にどこで待ち合わせ」とか、そういったものは指していない。
イコール、「何が欲しい?」
毎年クリスマスは静華の手料理による服部家でのクリスマスパーティー。
小さい頃はそれでも服部・遠山両家の当主も休みをもぎ取り一緒にクリスマスを祝っていたが近年それもままならない。
なんとなく毎年寂しくなってきていたところ、今年は静華までもがお茶会に呼ばれてしまった。
「あんたはともかく、和葉ちゃんが可哀想やろ?」
そう言って静華が予約したのは神戸の小さなレストラン。
「なんで神戸まで行かなならんのや」
「せやかて、うちの知り合いがやってるお店でめっちゃ美味しいんやで?クリスマス限定メニューに加えて和葉ちゃんの為に特製スイートまで用意してくれはる言うてくれてんのや」
「俺の分はあるんやろなあ」
「ちゃんと二人分予約したったわ。せやからあんたは24日はしっかり予定空けて。和葉ちゃんに付き合うてあげるんよ」
そんなやりとりを隣で聞きながら。
静華の配慮に驚く一方。……平次が、本気で嫌がってたらどうしよう。
そんな不安が正直和葉の中にはあった。が。平次は別段それ以上何も言わなかった。
そして。
「今年のクリスマス、どうするんや?」
学校の帰り道。まるで期末テストの手応えを聞くようなさりげなさで。
「今年って、神戸まで行くんやんなあ」
「おかんがわざわざ予約してくれたからなあ。別に他に飯食いたい所も無いし。和葉、どっかあるか?」
「ううん。別に、無いけど」
「ほな、神戸でええんやろ?」
「うん」
しっかりと頷くのを確認して。平次はまた視線を進行方向に戻す。
母の話を聞いた時には余りのコテコテっぷりに、流石に和葉の反応が気になった。
これは。幼馴染の範疇を越えてはいないだろうか?さすがの和葉でも、引くかもしれない。
喜んでいるようでその実微妙な表情に。一抹の不安があったのだが。
……そんな、気にしてへんかな。これやったら。
安堵の溜息は幼馴染には聞こえないように。
「で、何欲しいねん」
「三宮にな。可愛いお店があるんよ」
「……そんで?」
「そこの……何がええかな。んー。欲しいもんありすぎて迷うわ」
「ほな、当日飯までに選ぶか?」
「そんでもええかな」
「ええで」
平次が欲しいものは既にリクエスト済み。バイクに乗る時の手袋。お店どころか型番指定まで頂いて、既に購入済み。
和葉のほうも。本当は欲しいものは決まっていたのだけど、一緒に選んで欲しくて言わなかった。
二人で買い物をして。一緒に選んでもらって。そしておしゃれなレストランでディナー。
……コテコテ。
お互いがお互いにそう思いつつ。お互いがお互いの反応を微妙に窺いつつ。
ドキドキしながら24日を迎えたことは当人だけが知っていること。
***
歌い終わって時計を見ると17時を。神戸まで、なんだかんだで1時間。弱。
お店の予約は19時。
この際、買いものは諦めるべきかもしれない。それなら、まだあと2時間猶予がある。
平次が呼び出されたのは本町のホテル。自分ももう少し神戸よりに移動しておく、というのも手だが、寧ろ無駄足になる可能性もあり。
女の子ばかりのバカ騒ぎも楽しくて、どうせ待つならこのままがいいという思いもあり。
どうしても携帯の着信状況が気になりはしたが。
「3番松浦あや!!グッバイ夏男歌います!!」
などとノリノリの友人たちに拍手と声援を送る。
その時。
携帯が、震えた。
***
「もしもし。平次?」
飛びつくようにして携帯に出る和葉に部屋が一瞬静かになる。
「平次!!事件終わったん!?」
「んー、半々やな。まだや」
「今日、あかんかな」
「まだいけるやろ。それより和葉」
「なに?」
「お前、まだカラオケにおるんか?」
「うん。おるよ?」
「皆おるんか?」
「うん。全員おる」
「そら助かったわ。ちょう、お前らに聞きたいことあんねん」
「アタシらに?」
和葉の言葉にマイクを握っていた一人がカラオケの音量を絞る。
「せや。密室トリックは解けて外部犯の可能性が出てきたんはええねんけどな。不審者目撃情報はあんのやけど、被害者の身元もまだわからへんし、手掛かりさっぱりや」
「そんで?アタシらに聞きたいんってなに?」
「その被害者がつけとったペンダントがな。どっかの店の限定品って雑誌で見た気がするってホテルの従業員が言ってんねんけど、店までは覚えてへんらしいねん」
「限定品?」
「せや。今警察も動いとるけど、お前らそんだけ揃ってたら一人くらい知ってる奴おるんちゃうかな、思てな」
「うん。わかった」
「今から画像送るから。ちょう見てみてくれや」
携帯が切れ、和葉は手短に事情を説明する。タイミングよく、携帯がメールを受信した。
和葉の手元に全員の視線が集中する。
「あれ、これ」
「これって……」
「あれ、やんなあ」
「あの店やろ?これ」
それぞれがお互いの顔を見合わせて頷きあって。和葉は急いで携帯の発信ボタンを押した。
「和葉か」
「平次、これ。これ、アタシが今日行きたい言うた店のや」
「ホンマか!!そら、めっちゃ奇遇やな」
「うん。アタシもめっちゃ吃驚したん。そんでこれ、今年のクリスマス限定商品やねん。昨日、販売開始やと思う」
「うわ。めっちゃ絞り込めるやん。この店、その三宮の一店か?」
「ううん。最近梅田にも出店してん。でも、その二店だけ」
「二店か。まだましやな。こら、めっちゃ手掛かりやで」
「あ、あんな。平次。二店やねんけど……」
焦った和葉の舌がもつれる様子に、隣にいた一人がその携帯を奪い取る。
「服部くん?」
「その声は笹原か」
「せや。あんな。それ予約限定商品やねん。予約時に名前とか住所とか連絡先とか書かせてるはず。しかも昨日引取りにきた客言うたら、そんなにおらんと思うで」
「なるほど。店員が覚えてるかも知れへん、ちうことか」
「うん。そんでな、服部くん。写真やとちゃんと見えへんかってんけど、その天使が持ってるハートの真中。ピンク?水色?」
「それがなんかあるんか?ピンクやけど」
「そんなら決まり。それ、三宮店限定や」
「店によって色違うんか」
「しかも一店30個限定やねん。大人気でもう予約一杯やと思うけど……。こんだけわかれば名探偵やもん。事件、何とかなる?」
「なるなる。少なくともこの女か犯人には繋がるやろ」
「せやったら、さっさと事件解いてや。和葉、待ってるんやから」
「んー。まあ、わかったって」
「服部くん!!ごまかさんとって」
「わかったて。それより笹原、丁度ええわ。お前にもう一個、聞きたいことあんねんけどな」
「なに?」
平次の質問への返事は。随分と小さくて和葉には聞き取れなかった。
「和葉、はい。アンタに代わってって」
渡された携帯に、一つ深呼吸してから出る。
「平次。アタシ」
「和葉、メッチャ助かったで。今刑事が店に向かってるわ」
「う、うん。でも、アタシやなくてもここにいる皆知ってたくらいやし……」
「そんでな、和葉」
「うん」
「もうちょいや。すぐ事件解くから。お前先飯屋行って待っとけ」
買い物は。
思わず出かけた言葉を飲み込んで、頷く。
「う、うん。わかった」
「ほな、笹原達にもよろしく言うといて。19時やからな。遅れんなや!!」
「あんたに言われとうないわ!!」
電話を切って。一つ大きく溜息。
「和葉?」
「ううん。なんでもない。平次が、皆に宜しくって」
「よかったやん。和葉。案外早く解決するんちゃう?事件」
「それやといいんやけど……。平次やもん。きっと、大丈夫や」
「はいはいはいはい。ほな、丁度ええし、うちらもこれで切り上げよか」
「あ、ごめん。皆、歌えなくて」
「歌った歌った。もうお腹一杯や。どうせ18時前にはお開きの予定やってんもん。和葉、行くんやろ?神戸」
「うん」
「ほな、お開き。奈津美も18時に駅前やろ?おデート」
「ほほほ!!羨ましいんやったらはっきりそうお言い!!」
「もー!!あとでちゃんと報告すんやで?ほな、お疲れ様!!」
バタバタと帰り支度を始める混雑の中で。和葉が肩を叩かれて振り返ると先刻の笹原がにっこり笑って。
「和葉」
「ん?」
「どないしたん?ボンヤリして」
「し、してへんよ」
「プレゼント、買いに行けないん、気になるん?」
「うん……でもしゃあないよ。時間、もうないし」
「でも私、期待してもいいと思うけどな」
「期待?」
小首を傾げるその肩を軽く叩いて。
「後で死ぬほど感謝してぇな!!」
「え、なんのこと?」
「って、服部君に伝えといて」
「う、うん」
事態が飲み込めないままに。和葉は急いで会計を済ませると駅に向かって急いだ。
***
「和葉の欲しがってたもん?それやったら……」
タイムアップ。切腹。
あ、いえ。続きがあるわけじゃないですよ?話自体はコレで終わりです。練る時間がなかっただけで……。
時間軸辺りが不安なのですが、辻褄が合わなくても黙殺してくださると嬉しいです。切腹
はあ。一分過ぎちゃったら二分も三分も十分も同じかなあ。かっこ悪い……。
何はともあれ神戸のおちゃれなレストランでディナーですよ今年の平和!!すごい進歩じゃございませんことかしら!!<日本語崩壊
進歩がないのは寧ろ私ですかそうですか<自棄。ああ。情けない。
** 2004/02/08 改訂 ***
大急ぎでアップしたので色々粗があったので修正しました。多分、少しは読めるものになってると思います。
色々言葉が足りなかったり、いらん蛇足がついてたり……。お見苦しいものをお目にかけてしまいました切腹。
いや修正してもこの程度なんですけどね(笑)。ほんのりラブい雰囲気が伝われば幸いですvv
私としては平和が幸せであればそれで十分なもので〜〜<末期症状。
くりすますでなー萌え萌え。
さて、バレンタインはどうするのかなお二人さん?
←戻る