自分と和葉の付き合いは長い。というより、もはや「付き合い」という認識が薄いくらいに時間を共有している。
父親同士が長年の親友であり、自分達が生まれる前から服部家と遠山家は付き合いがある。
その時から家族同然の付き合いだったと聞いているから、自分と和葉が兄弟同然に育てられたのも無理はない。
一緒に暮らしているわけではないし、学校は一緒でも部活は別。それぞれに生活はあるので殆ど顔を合わせない日や、全く顔を合わせない日もあるにはあるはずなのだが、そんなことを意識することがないくらいに。
その存在は互いにとってあまりにも自然だ。
故に、稀に聞かれることがある。
飽きないか、と。
***
黒豆、お膾、栗金団。焼き魚に田作り、海老の塩焼き。
今年のお節も静華と和葉の合作。和葉が服部家のお節を手伝うようになってもう随分経つ。
最初の頃は合格点ぎりぎりで、何を食べても静華が作ったものか和葉が作ったのかわかるほどで平蔵や平次の苦笑を買ったものだったが。それも年を重ねるうちに、どちらが作ったかわからないほどに上達した。
上達は、した。確かに美味しい。
が、最近、微妙にどちらが作ったものか分かるようになってきた。上手い下手ではない、微妙な味の差。
変な話だとも思う。教えているのは静華だし、味を見てやってるのも静華だ。和葉はそれを一生懸命真似しているはずなのだが。
何はともあれ。服部家のお節は美味しい。
美味しい、が。
三日もすれば飽きてしまう。お節に限らず、餅も雑煮も食べ飽きた。
服部家の正月は忙しく、三が日を過ぎても年始挨拶の来客が絶えない。台所を預かる静華にとても家事などする暇はなく、お節はその本来の役割を遺憾なく発揮する結果になっている。
今日は静華自身が年始の挨拶に出かけ、平次の昼食はお節に決定。しかし。
腹は減っているはずなのだが、どうにも箸が進まない。行儀が悪いと分かっていても箸が迷う。
「ラーメン……食いたいなあ……」
自分が台所に立つのは吝かではない。しかし目の前にお節がある以上、残すのも勿体無い。何しろ、美味しいのだ。悪くしてしまう手はない。
そう思い直して箸を進める。なんだかんだ言いつつひょいひょいと口に運び黒豆に箸を延ばしたところで。
玄関の引き戸が開く音がして聞き慣れた声が廊下を通りすぎていった。
「た、だ、い、ま〜〜〜〜〜」
「ただいまってなんやねん。ここはお前んちとちゃうぞ」
「あれ、平次。帰って来てたん?」
ひょいと居間に顔を出す幼馴染のポニーテールが揺れる。
「事件やったんとちゃうん?」
「もう終わったわ」
「ふうん。そんでコタツに潜ってお節つついてんの?」
「腹減ったんや。ったくぎょうさん作りおって」
「せやけどお節、それでもう最後やで?あんなにあったんに、あっという間やなあ」
「さよけ」
そう言われると、なんとなく希少価値を見出してしまうのは自分の性格がせこいのだろうか。
今年特によくできていた栗金団は何はなくとも食べておかねば、という気になってしまい更に箸を伸ばす。
「せやけど平次、ようお節飽きへんなあ。もうずっとそれ食べてるやん?」
「他に食うもんないやんけ」
「自分で作ればエエやん。面倒くさがらんと」
「アホか。お節があるんに他のもん食ってたら痛んでまうやん」
「せやけど」
廊下から顔を覗かせたまま、和葉は小首を傾げる。
「お節、美味しかった?」
「旨かった旨かった」
「やっぱり」
「自画自賛かい」
「……そういうわけちゃうけど……。せやかて平次、今年は特に沢山食べてくれたし。お節」
「そらまあ、お煮しめとかな。最初に食わされたもんに比べたら格段に美味なってんで。よう成長したなぁ、お前」
「うっさいーー!!昔のことはええやん!!もう!!」
顔をしかめて小さく舌を出す。
「そんなん言うんやったら平次なん、一生お節食べてたらええわ!!」
「なんじゃそりゃ」
「折角違うもん作ったげよう思たんに!!」
箸を止める。
目の前のお節が美味しいという気持ちやもったいないという気持ちに変わりはなくても。飽きているのも事実。
自ら違うものを作るのには抵抗を感じるが、作った本人が作ってくれると言うのだからこれに乗らない手はない。
「ほな、俺、ラーメン食いたいわ」
「あかんって。お節って結構味濃いやで?ちゃんとええもん、作って上げるから」
「ええもんって、なんやねん」
「内緒。ほな、作ってくるからお節でも食べてて」
ひらひらと手を振って台所へ姿を消す。ここが服部家である以上、台所を預かるのは静華であり、寧ろ和葉は客なはずなのだが。こんな光景は今更である。
「……お節食って待っとけって、それで腹一杯になってまうやん」
それでも最後にお膾を一口で平らげて。平次は新聞を開くと事件欄に目を走らせた。
***
「いっつも一緒におって、飽きへん?」
悪意があるわけでなく、素朴な疑問なのだろう。稀にそう聞かれることがある。
聞かれたところで、応えは一つ。「別に」
どんなに記憶を手繰ったところで、飽きるという感情を抱いた心当たりはない。
実際は言うほど一緒にいるわけでもないのも事実だが。実際よりも一緒にいると感じているのも事実。
この存在に飽きる。そんなことがあるだろうか。
***
「お、ま、た、せvv」
ついつい読み耽っていた新聞から顔を上げる。やんわりとしたお米の香りが鼻孔を擽った。
「粥、か」
「せや。七草粥」
「……もうそんな日か」
「平次、まだ正月ボケなん?昨日のご飯の時、今晩松もお飾りも片すよって、おばちゃん言うてたやん」
「ああ……」
昨晩の食事の折にそんなことを言われた気もしたが。朝から呼び出された事件に、寧ろ正月気分などふっ飛んでいた。
「平次が今年一年。怪我しないで怪我しないで怪我しないように」
「怪我ばっかかい」
「せやかて平次、病気せぇへんくせに怪我多いんやもん。去年何回大怪我したん?数えてみぃや」
「俺は過去は振り返らん男なんや」
「寒!!」
「なんやと?」
新聞を丁寧に畳んで横に置くと有無を言わせぬ風情ですぐ目の前に七草粥を置かれる。
「こういう時は、あっさりしたもんが胃にええんよ」
「んー、まあ、そうやなあ」
必要以上に丈夫な自分の胃袋に対してはなんの不安もないのだが。
こういう小さな気遣いはこの自称お姉さん役の幼馴染らしくもあり。つい、笑みが毀れる。
「旨い旨い」
「ホンマ?」
案外、ラーメンだったなら一口二口で終わっていたかもしれない。
保存食の意味合いの強いお節に対して、あっさりとした七草粥はなんの抵抗もなく平次の胃の腑に染み渡る。
「ホンマや。旨いで。ごっそうさん」
「早!!平次、ちゃんと噛んで食べへんと……」
「粥なんそう噛んでられるか。あー、なんや粥食うと今度はお節食いたくなったわ。黒豆もらっとこ」
「え、もうええやん、お節。飽きたんちゃうん?」
「うっさい。俺は長老喜をこよなく愛してんのや。それに今年の黒豆は甘さが絶妙やったし」
「そ、そう?今年の黒豆アタシやったんよ。……なんや、そう言われるとアタシも食べたなってきた……。お箸持ってこよ」
台所へ向かう後ろ姿を横目で見やって。今年もこんな毎日が続けばいいと。
ふと。
心の底から強く願ったりしてみた。
***
どんなに美味しいお節でも。毎日食べていれば飽きるのは当たり前。そんな時には七草粥を。
そんなあれこれがこの幼馴染の中には全部詰まってるから。。
飽きるなんてことは、ありえない。
……のだと思う。上手く言えないけれど。
すずな、すずしろ、ほとけのざ、ごぎょう、はこべら、せり、なずな。
ううう。言わんとすることはこんなんで伝わるのでしょうか切腹。
まあ、突き詰めて極言するなら服部平次は遠山和葉にめろめろってことです。うは!!<極限過ぎ
長老喜ってなかなか普通に売ってないんですよね……今年あちこち探して回ってしまいました。
普通のスーパーでは売ってませんでした。最終的には成城石井でゲットしました。
つか、聞いても店員さんが知らないことしばしば。もしかして……関西が主流だったりします?
ずっとどんな漢字を書くのかと思ってたのですが、「長老喜」と書いて「チョロギ」と読むようです。
あ、葉牡丹は。一月七日の花だそうです<またそんなタイトルのつけ方を
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