「平次。和葉ちゃんは?」
「ん?今帰ってった」
「なんや。今日はうちでご飯食べてくんとちゃうんかったんや」
静華は残念そうに階下を見やって溜息をつく。
「それやったらうちもこんなに手ぇかけへんかったんに」
「こら待ておばはん。俺の飯はどうしてん」
「ちゃんとあるから心配せんとき。せやけどうち和葉ちゃんとお正月の着物の相談もしたかったんに」
「そういうことは俺か和葉に早目に言っとかんとあかんて。あいつ今、年賀状書くんに忙しいんや」
「ああ……それで」
漸く納得したのか静華の額の皺が消える。
「あんた、ちゃんと年賀状書いたん?」
「書いた書いた。後一枚や」
「和葉ちゃんの年賀状は今年もパソコンなん?」
「まあな。元絵は自分で描いとったけど、俺のパソコンでなんや悪戦苦闘しとったで」
「あんたが教えてあげへんからやん」
「そんなんとっくの昔に教えたったわ。あいつ、ホンマパソコン弱いんよなー」
モニターから視線を外さず。片手でマウスを操りつつ平次はさらりと言い放つ。
つい先程までそのマウスを操っていたのは和葉。
わかんないわかんないと駄々っ子のように訴えるその後ろからモニターを覗きこんでは操作を教え、最後にはマウスを奪い取って殆ど自分がやってやったなどということは、母には内緒だ。
ましてや。
その時触れた手に、妙にドキっとしたことも。
「へ、平次!!」
「ったくお前はホンマ頭悪いなあ。ここんとこはこうや」
「あ、頭悪い言うな!!アホ!!」
重ねた手と手の温もりを。憎まれ口を叩いてごまかしたことも。
この母親に悟られでもしたら何を言われるかわからない。
「ま、ええわ。ほな、そろそろ晩御飯やから。あんたでもええわ。ちょう、下手伝って」
「了解」
スタスタと階下へ下りる背を見送って、PCをシャットダウンする。
「お前もそろそろパソコン買うたらええやん」
「せやかて……年賀状作る時くらいしか使わんし。メール、携帯で出来るし」
「お前、毎年俺んとこに作りに来る気ぃなんか」
「心配せんでもデジカメの写真も見に来るもん」
「さよか」
そっけなく返すとそれでも少しは気になるのか印刷された年賀状を確認しつつ。
「……迷惑、やった?」
「別にええけどな。せやけどプリンタのインク代も無料っちうのは虫がよ過ぎへんか?」
「あ、そっか……。今度買って返すよ」
「ええけど。間違って違う種類買うて来んなや」
「そんなに色々あるん?」
「めっちゃある」
「……平次、一緒に買いに行ってくれへん?」
「結局俺が行くんかい」
「うっ……。で、でもお金出すんアタシやもん」
「ま、ええわ。そんかし年明けな。年末のプリンタ売り場は戦場やで。今年の分くらいもつやろうし」
ちゃっかりと。一緒に出掛ける約束を取りつけていることにあの幼馴染は気付いているのだろうか。
ま、別に気付かんでええけどな。
二人の間が。何も変わらずにまた年が明けることが物足りなくもあり、御んの字だと感じる気持ちもあり。
小さく溜息をついて平次は机の上の年賀状を手に取る。和葉の分のミスプリント。
元旦。自分のところに届く年賀状は、この図案ではありえない。あの幼馴染の律儀な性格はよくわかっている。
それに甘えている、自分も。ちゃんとわかっている。
綺麗に折ってゴミ箱に投入すると、母の催促が来ないうちにと階下へ向かった。
***
食事を終えて、再び自室に戻る平次の片手にはみかんが二つ。先日事件が縁で知り合った和歌山のみかん農園から送られてきた温州みかんは実に美味しい。
みかんの皮を剥きつつ、汁で汚れないようにと気遣うのは机の上の白紙の年賀状。
和葉宛の年賀状。
幼い頃一枚一枚手書きで描いていた年賀状は、年を経て枚数が増えるのと共に世の技術も進歩して。プリントごっこになり、PC印刷になった。
それでも。和葉との年賀状だけはお互い毎年オール手書きを維持している。
なにしろ、毎日毎日嫌と言うほど顔を合わせているのだ。下手をすると年賀状を見るより先に初詣で顔を合わせることになる。
そうなってくると、ありきたりの定型文以外、書くことがない。
なんとなく一言二言付け加えてはいるが、それも変わり栄えするものではありえず実に味気ない。
だから。
せめて文も絵もオール手書きにしようというのが、二人の間にいつの間にか出来た不文律だった。
他の年賀状は全て書き上げて、残るは和葉宛の一枚だけ。図案ももう頭の中では決まっている。
問題は。
その付け加えている一言二言。
毎年。書こうと思いつつ書けない。その一言を今年こそ。そう思いつつ、筆を立てては見たものの。
もう一度吐息して精神集中。
伝えたい言葉。
寧ろ。
決意表明に近い。
平次は筆を年賀状に立てると、いっそ乱暴とも思える筆遣いで文字を認めた。
『今年こそ………』
***
我ながら綺麗に書きあがった年賀状に、和葉は至極満足げにペンを置いた。
手にとって距離を変えて何度も確認する。今年の出来は上々。思わず頬も緩む。
平次宛の。この世にたった一枚の年賀状。
交友関係が広がるにつれ、年賀状はプリントごっこになりPC印刷になり。味気ないな、と思いつつも一言メッセージと宛名書きを手書きにするのが精一杯で。
だけど。
他の友達には申し訳なくはあったけど。でもやっぱり平次宛の年賀状も皆と一緒にしてしまうのが嫌で。
毎年手書きにしてた。
「せやけど、お前のまで印刷にしたら、ホンマ書くことないしなあ」
和葉とは違う理由で。平次も毎年手書きの年賀状をくれる。それはそれで、嬉しい。
自分だけ、特別であることが。
こんなことにささやかに幸せを感じてしまうのは、コドモの発想かもしれないけれど。
それでも。幼馴染の特別な存在でいられることが。嬉しくて。
反面少し怖くもあるけれど。
いつか。特別という位置から格下げされてしまい。そしてその位置に誰か別の人が座ってしまったらと。
指先で年賀状を弄びつつ、溜息をついて。
「来年こそ……伝わらへんかな……」
伝わって欲しいような。伝わって欲しくないような。どっちつかずの自分の想い。
想いが通じるのならば伝わって欲しいけれど、通じないのならいっそ伝わらなくてもいいとさえ思ってしまう。
アタシ、卑怯やんな。
後少しの勇気を。来年は持てますようにと。祈るような想いで、年賀状にそっと唇を寄せる。
毎年のささやかな儀式。こうすれば想いが通じるなどという話が女子の間で流行ったのは随分と昔。多分小学生の頃。
一向に効き目はないようだが、ついつい毎年してしまう。
……いっそ、ホンマにキスマークでもつけたろか。
それでも。あの幼馴染は笑い飛ばすかもしれない。
もう一度小さく吐息して。
和葉は他の年賀状も一緒に鞄に入れると、ポストに向かった。
***
今年こそ。今年こそ。毎年そう祈り続けて。
***
「なあ、平次」
「あ?」
「今年こそ、なんなん?」
「はあ?」
「平次の年賀状。毎年毎年『今年こそ』て、その後はなんなんよ』
「あーーーー、まあーーーー」
炬燵の向かい側で着物姿でみかんを剥く幼馴染に視線を移し。それから理由もなく新聞を眺めたりして。
「なあ。なんなん?」
「ああーーー」
心の中で小さく溜息をつきながら。
「ぎょうさんありすぎて、書き切れへんだけや」
「ふうん」
「お前、みかんのその白い筋、一緒に食った方がええねんで」
「え、そうなん?」
「せやせや。繊維質も豊富やしな。栄養もぎょうさんあんねんて」
「そうなんや。アタシいちいち剥いてた」
「まあ、旨いもんちゃうけどな。たまには食うといた方がええんちゃうか?」
「うん。そうする」
素直に肯く幼馴染に。平次はもう一度小さく溜息をついた。
***
今年こそ。そう思うのに。
あーもー。2004年もヘタレ男ですうちの服部平次。しかしそんな彼が私は愛しくてなりません。
頑張って二人してプリンタのインクでも何でも買いに行ってくれよコンチクショウ!!
そして和葉も後一歩踏み出せず状態で。いつ進展するんでしょううちの平和。
困ったものです<何他人事みたいに
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