「おはよー!!」
何も変わらない。寧ろいつもより明るい笑顔に。平次は面食らい、それから小さく吐息した。
「平次、どないしたん?朝から元気ないやん?」
「なんもあらへんわ。お前はあいっかわらずアホみたいに元気やな」
「アホってなんよ」
「アホやなかったらマヌケやな。ホンマ、脳天気な顔しおって」
「しっつれいやねえ!!平次こそ、溜息一つで幸せ一つ逃げるって知らんの?」
「俺はお前のアホさ加減を憂いとんのや」
「アホアホ言うな!!そんなに言うんやったら、クッキーあげへんよ」
「クッキー?」
「そ。昨日あの後焼いたん。あ、おばちゃん!!おはようございます!!」
よくある、本当によくある服部家の朝の風景。和葉は奥から顔を出した静華に大きく一礼して、笑顔のまま話し始める。
平次はもう一つ小さく吐息して、それから玄関に座り込んで靴を履いた。
……ったく、単純なやっちゃなあ。
変に意識されたり、避けられたりするよりはずっとましだが。色々覚悟していただけに、面食らう。
……俺が気にし過ぎなだけ、か?
「平次、何ボーっとしてんの?ガッコ、遅れるよ?」
「へぇへぇ。ほな、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい。二人とも、喧嘩なんせぇへんようにな」
「誰がじゃ」
「大丈夫やもん。な、平次」
自分を見上げる幼馴染の極上の笑顔に。眩暈に似た感覚とともにとてつもない敗北感が平次に襲い掛かる。
思わずその笑顔に笑顔で返して髪をくしゃくしゃっと撫でてやりたくなる衝動を抑えて。油断するとぎゅっと抱き締めたくなる衝動を抑えて。
平次は黙って玄関を出た。
「もう!!置いていかんとって!!」
今日も、天気がいい。
***
学校の部活が終わる時間を見計らったかのように大滝警部から携帯にメールがあった。
ので、部室の前で偶然会った同じく部活帰りの幼馴染を放って駆けつけた。
ら、携帯に幼馴染からメールがあった。
「牛乳1本 小麦粉1K(カメリア) 砂糖1K」
他には一言もなかったが、どうやら買ってきやがれという意味らしい。
「ったく、人こき使いおって」
ぶつくさ言いつつ、それでも無事に事件を解決した帰り道近所のスーパーに寄った。そのままとりあえず帰宅して、荷物を置いて着替えて、バイクを引っ張り出したところ。
「平次、でかけるん?」
縁側から母の声が飛んだ。
「おう。ちょう、和葉に買い物頼まれたんや。届けてくる」
「ほな、これも持ってって」
台所から出てきた静華の手には、鍋。
「なんやこれ」
「秋刀魚の煮付け。美味しく出来たしおすそわけや」
「……鍋毎か?」
「そうやねえ。ちょう待って。移し替えるわ」
一分の隙もないかと思えば変な所で抜けている。パタパタとスリッパの音を立てて台所へ戻る後姿を見送って、平次はバイクの代わりに自転車を引っ張り出した。
元々荷物の量があると言うのに、この上増やされる上に汁物ときた日にはバイクよりも自転車の方が望ましい。どうせ、目的地までの距離は大したものではない。
なかなか出てこない母に縁側から台所の様子を窺おうと覗き込んだ瞬間。台所で何かが落ちる盛大な音が聞こえてきた。
一つ溜息をついて、靴を脱いで縁側から上がりこむ。
「おかん、なにしてんのや」
「なんや、入れるもん出そう思ったんやけど。崩れてもうた」
床中に、保存容器が散らばっている。台所の上部の棚に詰め込んでいたのが崩れて落ちて来たらしい。
「なにしてんねん」
「あんたちょう、それ拾っといて」
足の踏み場もないほどに散らばった保存容器をモノともせずに、静華は鍋から煮付けを移している。
「……これで終いや。もう崩さんよう、気ぃつけぇや」
「はいはい。ほな、これ和葉ちゃんちに持ってってあげて。あとこっちも。大学芋。それと福砂屋のカステラな。三本もうちで食べれへんから、一本持ってって」
荷物倍増が決定。
異論を唱える気にもなれずに黙ってそれらを受け取ると、平次は再び縁側から庭を抜け、自転車に跨ると遠山家へ向かった。
夜風が少しだけ、頬に冷たい。
程なくして到着した遠山家の二階には、明かりがついていなかった。
思えば在宅の確認をしていなかったがここまで来てしまっては今更だ。
別に和葉自身がいなくても、家人がいれば買い物とお裾分けなど預ければよい。代金は、明日学校で徴収すればよいのだ。
そう思い直して門灯がついているのを確認してから呼び鈴を鳴らす。
「はーい」
声は、インタホン越しではなくドア越しに聞こえてきた。
「俺や」
「あ、平次?入って。鍵、開いてるから」
和葉の声に間違いない。平次は眉間に皺を寄せると荷物を持ち直して玄関を入った。
「……ったく、何してんねん。鍵開けっ放しにすんな言うたやろ?誰が入ってくるかわからんのやで?このご時世、色々と物騒やねんから……って、何してんのや、お前は」
目に入った光景が。何かを思い出させると思ったら、つい先程の服部家の台所。
遠山家の玄関には、所狭しと新聞の折り込み広告と思しき紙が散らばっている。それが、いつも下駄箱の横の小机に積まれている事を平次は知っていた。折り込み広告を一切読まない主義の遠山家では、朝夕新聞を取り込むとすぐにその小机に広告だけ積み上げていく。
その山をうっかり崩したのであろうことは容易に想像がついた。
問題は。
幼馴染がそれをモノともせずに、寧ろ床のことなど目に入っていない様子で。懸命に天井を仰いでいることにあった。
「なにしてんねん」
「電灯換えてんの」
もう一度問うと、見ればわかる範囲の答えが返ってくる。
食卓から引っ張ってきた椅子の上に更に丸椅子を乗せて、その上に乗って電灯を交換している。玄関の電気が点いていないのはそのせいで、廊下の電気が頼りなので多少薄暗い。
「危なっかしいやっちゃなあ。そんなん、俺がやったるわ。どいてみぃ」
「もう終わるもん。平次、こっち持ってて」
外した電灯を渡される。和葉の僅かな動きに椅子がキシキシと音をたてた。
「大丈夫なんか?」
「大丈夫やもん」
さすがに椅子を二つも積んでいるだけあって、十二分に手は届いているが。自分なら椅子一つで作業は可能なはずだ。
受け取った蛍光灯を脇に置いて。もう一度幼馴染を見上げる。
「ええ眺めやなあ」
「残念でした。これ、キュロットやねんで」
「男のロマンがわからんやっちゃなあ」
「アホ!!平次のスケベ!!」
外した電灯の紙ゴミを平次に投げつけるのを軽く片手であしらって、平次は靴を脱いで玄関に上がった。
「どうでもええけどお前。先にこっちのチラシ片付けんかい。こっちのが危ないで」
「せやかて、この椅子に登る時にうっかり手ぇついて崩してもうたんやもん。平次、拾っといて」
「……お前、人をなんやと思ってんねん。買い物までさせるし」
「買い物?」
「牛乳と小麦粉と砂糖」
「え?」
無事に電灯をつけ終わり、和葉は首を傾げつつ丸椅子の上でしゃがみこんでポケットから携帯を出して確認する。
「あ、アタシ、お父ちゃんに送ったつもりやったんに。平次に送ってる!!」
「なんや。俺ちゃうかったんか。ほな、俺もう帰るわ」
「え、でも、買うてきてくれたんやろ?……って、あ!!ああ!!」
「うわ!!アホか」
くるりと背を向けた平次に手を伸ばそうとしたのか。和葉が二つの椅子の上でバランスを崩す。
さすがに、ここまでコテコテな展開は予想していなかった。平次は慌てて手を伸ばして落ちてくる和葉を受け止めた。
瞬間。平次の片足がチラシを踏んで。不意に支えを失った。
……ギャグ漫画かい!!
心の中でそう突っ込みつつ。平次は和葉を抱えたまま床に倒れこんだ。
***
重ねられていた椅子が諸共に床に倒れて派手な音を発てた。丸椅子はそのままころころと転がり、壁にあたって軽い音を発てて止まる。
兎に角頭を打たないようにと右手で和葉の頭部を守った。咄嗟についた左膝が少し痛んだ。
腕の中で、床に落ちた軽い和葉の体がホンの少しリバウンドする。
え………!!??
そのまま平次は右肩をしこたま床に打ちつけた。
「い、いった〜〜〜〜〜」
「何やってんのや、ドアホウ」
「痛い〜〜〜〜〜!!腰打った〜〜〜〜〜〜〜!!」
「俺のせいとちゃうわ!!」
「平次、重い〜〜〜〜〜!!」
「あ、すまん」
慌てて和葉から離れる。が、頭を床に降ろすわけにもいかず片手はまだ添えたまま。
それに気付いた和葉が慌てて肘をついて自力で半身を起こした。
「あ、ありがと……」
「頭、打たへんかったか?」
「頭は、大丈夫。腰打った」
「流石の俺にも両方は無理やった。すまん」
「……別に謝らんでもええよ。落ちたん、アタシやし」
「ったく、無茶しよって」
眉を顰める平次に、和葉の眉が釣りあがる。
「せやけど、なんで平次までこけてんのよ」
「しゃあないやろ。お前支えようとしたらチラシ踏んだんや。散らかしとったお前が悪いんやろ!!」
「せやけど、平次まで怪我したら困るやん。無茶せんとって!!」
「何言うてんねん!!ほんならお前が落ちんのぼーっと見といたらよかったんか?」
「捻挫とかしたら、どうすんのよ!!試合も近いのに、アタシの事より自分優先してぇな!!」
「アホ!!せやから俺は大丈夫や言うてるやろ!!」
「大丈夫やないやん!!一緒にこけとったくせに!!」……あれ?
「お前が落ちるからや!!」……これって……?
「なにも平次まで一緒にこけんでもええやん!!」……この感触……。
「頭打ってこれ以上アホになったらどないするんや!!」……なんや、熱い……。
「どういう意味やの!!」もしかして、今……アタシ……。
「そのまんまじゃ!!」まさか、さっき……俺……。
今、さっき、何が?
玄関に座り込んだまま、和葉は言葉を飲んでそっと自分の唇に手をやる。反射的に平次は、手の甲で口元を隠した。
今。
まさか。
そんな。
二人で倒れこんで。どの瞬間だかはわからない。もうわからない。咄嗟のことで何がどうなったのかわからない。
わからない。が。
唇に残った、確かな感触。
二人呆然と見つめあう。視線が外せない。
「今……」
どちらからともなく呟く。呟くと同時に、体中の血が逆流するような感覚に襲われた。心臓が、全身にあるように強く強く鼓動する。
自分の顔が赤いのが分かる。目の前の幼馴染の顔が赤いのも、分かる。
全身の毛穴が開いて汗が流れ出るような感覚。心臓の鼓動はドンドン速くなり、もうその速度を自覚することすら出来ない。
今……。
この唇に触れたと思ったのは……気のせい?
一瞬のことだったので分からない。この唇に残った感触が、なんだったのか、確信はない。
額、にしては柔らかかった。あるいは頬だったかもしれない。確信はない。何処にもない。何処にもないのに。
直感だけが、ある。
お互いに目を見開いて見つめあい。二人同時に視線を逸らせた。
沈黙が重くのしかかる。流れる時間が、10分にも30分にも1時間にも思えた。
「……和、葉……」
「あ……」
名前を呼ばれただけで、体がビクンと跳ね上がる。
意を決したように和葉に向けられた平次の視線が、また逸らされた。
「なあ……今……」
「……」
「アタシ……」
搾り出すような和葉の声を。きっぱりと平次が打ち消した。
「なんも、あらへん」
「え?」
驚いて幼馴染を見返す。自分を真っ直ぐに見返すその表情は、真剣そのもので。……怒っているようにも見えた。
……なん、で?
「え、でも」
「なんもなかった。今、なにがあったっちうねん。和葉」
「え、ええと」
「お前がこけて、俺が支えようとして一緒にこけた。お前は腰打って、俺は肩打った。それだけや」
「う、うん」
「ま、お互い打撲で痛み分けやな」
……怒ってる?なんで?
「え、でも」
「なんや。他に何があったっちうねん」
「……ほんなら、平次の言う「なんも」って何よ」
「なんもはなんもや。なんもない」
頑なな平次の態度に。和葉は確かに触れたのだと確信する。
そして。平次がそれを、なかったことにしようとしていることも。
「ひ、酷……」
涙が溢れた。
「な、なんや。泣くなや。そんな痛かったんか?」
「ち、違う、もん」
激しく首を振って否定したところで。涙が止まるわけもなく。和葉は両手で顔を隠して身を縮める。僅かに後ろに身じろぐと背が壁に当たった。
「痛いん、ちゃう」
「そんなら泣くなや」
「酷!!…………」
怒ってる。どうして?なんで?別に、わざとじゃない。それなのに、なんで?
…和葉の中で、思考がぐるぐると回る。
自分が今冷静でないことくらいわかる。それでも。
……そんなに、嫌やったって、こと、なん?
「なんで俺が酷いんや」
「酷いもん。平次の人非人」
「なんでやねん」
「だ……って………」
嗚咽を飲み込んで幼馴染の顔を改めて見ても。険しい表情からは一分の動揺も読み取れないばかりか。
鋭い視線に、ただ確信するだけで。
「怒っ……てる」
「誰がじゃ」
「平次、怒ってる………」
「別に怒ってなんないわ。それで泣いてんのやったら誤解や。俺は、別に怒ってへん。怒る理由も、ない」
「嘘や!!」
視線を落とす。もう顔があげられない。
怒ってるって、平次の顔に書いてあるんに……。なんで。なんで嘘つくん?
「嫌やったら、嫌って、言って」
「せやから、何が嫌やねん」
「……さっき、の……」
「さっきってなんや。なんもなかった、言うたやろ」
でも。
何もなかったわけでは、ない。
なかったことになんて、できない。
和葉はぎゅっと両手を握りしめる。
「なんで、なかったことに、するん?」
「…………」
「酷い、よ。アタシ………」
ポタポタと。握りしめた拳に涙が落ちる。
「アタシ、初めて、やったん、に……」
「アホか!!俺もや!!って、ちゃう!!せやから!!」
急に声を荒げた平次に和葉は驚いて顔をあげる。平次は和葉の両肩を掴んで正面からその大きく見開かれた瞳を見据えた。
「せやから……、せやから俺かて、初めて、や。せやけど、せやから、こんなん認めへん」
「な、んで」
「言うとくけどな。和葉やから嫌なんちゃうで。せやけど、こんなんは」
こんな。自分の意思も。相手の意思も伴わない、偶然の結果がそれだなんて。
そんなことは。
認めたく、ない。
「……平次……?」
「俺は、こんなんは嫌や。嫌やから、せやから言うてんのや。なんも、なかった、て」
「……」
「ちゃんと……ちゃんと、な」
「平次?」
小首を傾げる和葉の視線から、遂に平次は逃げた。逃げつつ、それでも両肩の手は離さずに。
「ええか、聞いたら忘れろや」
「え」
「……ちゃんと……ちゃんと。そのうち、するから。せやから、今のはなしや」
「それ……って……」
「いちいち聞くなアホ。ええか。とにかく今のはなしや。お前も、なかったことにせぇ」
「でも、そんなん言うても……」
「今のは夢や幻や勘違いや思い違いや。せやろ?そのはずや。決定」
「決定、って」
大真面目に。まるで呪文のように唱える平次に、和葉は遂に吹き出した。真っ赤な瞳で、微笑む。
「平次、子供みたい」
「アホか。子供やったら世話ないわ」
こんな偶然を。もっと素直に喜べたかもしれない。
自分はもう、ガキだけれど子供ではなく。夢も理想も人には言えないけれどもいくらでもあるから。
だから。
「せやから、この話は二度とすんなや」
「……わかった」
「誰にも喋んなや」
「何を喋るん?なんもなかったんに」
「……せやな」
「電灯つけ換えてたら平次が来て、アタシが吃驚して落ちた」
「それやと俺が悪いみたいやん」
「そんで平次が受け止めてくれたか思たら一緒にこけて、アタシが平次に押し倒されて」
「アホか!!誰が誰を押し倒すっちうねん」
「そんだけやろ?」
「随分捏造されてる気ぃすんのやけど」
「気のせいや」
「お前な……」
平次が胡座をかいて自分の前髪をぐしゃぐしゃっと掻く。その髪を、和葉も手を伸ばして撫でてみた。
案外に、細くて綺麗な髪をしている。
「なあ」
「なんや」
「そのうちって、いつ?」
「……そのうち、や」
「アタシ、楽しみにしてるから」
「あ、アホ!!」
幼馴染の声がひっくり返る。
「あ、相手は、お前とは限らへんぞ」
「酷!!人のファーストキス奪っておいて!!」
「アホ!!さっきはなんもなかったってお前も認めたやろ!!」
「平次の人でなし!!」
「誰がじゃ!!大体、お前かて…………」
口を開けたまま平次が固まる。その顔を和葉は不審そうに覗き込んだ。
「どないしたん?平次」
「…………お前は、ええんか?」
「ええって、何が?」
「何って……」
「何?」
「せやから、その」
瞬間。再びその褐色の肌が紅潮する。
「その?」
「せやから……」
「なに?」
紅潮したまま。まだ呆然と。
「……そういうこと、なんか?」
「そういうこと、って?」
自分のことで手一杯で。精一杯で。自分に自信などカケラもなくて。それでもそれを気取られないようにするのが精一杯で。
「和葉……」
「……なに?」
再び真剣さを増して自分を見つめる瞳に、和葉は神妙に応える。幼馴染の手が肩に置かれ、知らず肩が震える。
「ホンマ、に……」
「平次……」
全神経を集中して。微かに震える幼馴染の表情を読み取る。肩に置いた手から緊張が伝わってくる。
俺でええって。そういう意味、なんか?
「そのうち」が「今」でもいいと。そういう意味なん、か?
僅かにその距離を縮める。
和葉……。
平次……。
その瞬間。
カチャリと響いた無機質な音に、二人はその距離を一気に引き離した。
「和葉ー。今帰ったで、……って、平次君、来とったんか。いらっしゃい。二人とも玄関に座ってなにしとんのや。和葉、ちゃんと平次君にお茶でも出したらな。お?玄関の電気換えてくれたんやな。すまんすまん」
ホロ酔い加減の遠山父の姿に、平次はがっくりと肩を落とす。
……ギャグ漫画かい!!
本日二度目の突っ込み。
同時に死ぬほど安堵する。素面であったなら自分は命すら危うかったかもしれない。
「ん?なんや和葉。このチラシは。あかんやろ、こんな散らかしとったら」
「う、うん。ごめん、お父ちゃん」
「今日はええ日や。ずっと梃子摺らされとった強盗殺人犯がやっとゲロったんや。平次君も聞いてるやろ」
「ああ、あの、信金の」
「やっぱなあ。完璧な推理と調査で犯人追い詰めて真相を吐かせる。刑事の醍醐味はこれや。なあ!!平次君!!」
「は、はあ」
「よし!!二次会や!!平次君!!今日はとことん聞いたってくれ。ええ勉強になるしな。和葉、酒、あるやろ」
「お父ちゃん!!平次にお酒はあかんって!!まだ未成年やねんで!!」
「なんやつまらんなあ。平次君、三つくらい歳サバ読んでくれへんか?」
「あかん!!アタシおばちゃんに厳しく言われてんの!!お父ちゃん、すぐ平次にお酒飲まそとするんやもん!!」
「しゃあないなあ。ほな、平次君。話はまた今度や。今日はお疲れやったな!!」
「おかんや和葉がおらんとこやったら、とことん付き合うで!!おっちゃん!!」
「絶対あかん!!大体お父ちゃん!!警察が未成年にお酒勧めてどうすんの!!」
「わかったわかった。ほな、わし風呂入ってくるから。平次君、ゆっくりしてきなさい」
「あかんよ、おとうちゃん。先に酔い覚まして!!またお風呂で寝たら大変や」
「ほな、平次君、一緒に入るか。久しぶりやなあ、平次君と一緒に風呂入るの。昔はよう入れてやったんに。もう忘れてもうたやろ」
「ちゃんと覚えてんで」
「平次君も昔はちっこかったからなあ。もうすっかり大きくなったやろ。わしが確認したろ」
何が大きくなったっちうねん!!
「い、いえ、俺もう帰るし」
「なんやそうなんか?ええやん、今日くらい泊まって行きなさい」
「そういうわけにもいかへんよ。明日もガッコやもん」
「そうか、残念やなあ」
「また、そのうち遊びにくるから、おっちゃん。話たくさん聞かしたって」
さっきまでとは打って変わって明るく弾んだ声に和葉は溜息をつく。
ホントにこの幼馴染は事件の話になると目の色が変わる。
「じゃあ、平次。また明日、な」
「あ、ああ。ほな、失礼します」
「おやすみ、平次君」
「おやすみなさい」
深く深く一礼して。平次は足早に遠山家を辞退した。
***
「平次。はい、これ」
「ん?なんや」
「クッキー。部活前のカロリー補給」
「お、サンキュー」
和葉のセーラー服の裾が風にはためく。
「そうそう。前に蘭ちゃんがいうてたんやけどな」
「工藤のねえちゃんが?」
恐る恐るその表情を窺う。平次の心中を察した和葉が笑う。
「昨日のことは喋ってへんよ。前に聞いた話やもん」
「……ほんで?」
「蘭ちゃんな。待たされれば待たされるほど、工藤君に会えた時嬉しいって。せやから待たされてもいいかな、って思うんやって」
「ふうん」
けなげな。寧ろ神々しいような笑顔を思って平次は小さく返す。
「せやけどやっぱ、待たされると期待しちゃうやん?」
「なに期待すんねん」
「色々」
「色々、て」
「色々や。長く待たされれば待たされるほど。せやからな、平次」
「なんや」
和葉のポニーテールのリボンが風に揺れる。
「オンナ待たすんは、案外危険やねんで?」
その笑顔に。またも沸き上がる衝動を必死に堪えた。
「……で?」
「別に。そんだけ」
「そ、か」
言わんとすることくらいわかる。そして平次にちゃんと通じていることくらい、和葉だってわかっている。
もう一度微笑んで。
「待ってるから、な」
空は。どこまでも抜けるように青い。
今日も、天気がいい。
ご、ごごごごごごご、ごめんなさい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜×∞平身低頭。
ううー。斯くなる上は死してお詫びを切腹。
仁科様のリクエストが「ハプニングちゅー」「アタフタする平和」だったはずなのですが!!後者が!!後者が何処にも!!
この初々しくないっぷりはどうですか!!ごめんなさい!!……うちの平次、むっつりで……切腹。
つか、和葉泣いてるし!!泣いてるし!!平次!!お前なんてことを!!<責任転嫁
ハプニングちゅーのシチュに萌え萌えした後、アタフタってことはやっぱり……初キス……というところでアキャ!!<なんの擬音?
平次の夢の理想の初キスがどんなもんかは知りませんが(<をい)、なんかこんなことになっちゃいました……。
しかも落ちは酔っ払い遠山父ですか。それはどうなんですか葵さん。よかったね〜、酔っててくれて。
さて。気長にその日を待ちましょう皆様!!<こらー!!
←戻る