急に降り出した雨に、和葉は走り出した。
「うわ!!信じられへん!!」
幼馴染の家までもうあと数M。突然に降り出した雨。夏の夕立。お天気雨。雲は薄く日の光も明るいのに突然振り出した俄か雨。
呼び鈴を鳴らすのももどかしく「こんにちは」と一声掛けて玄関の引き戸を開けて飛び込むと、同時に自分の視界を何かが遮った。
「え、何?」
「アホ。早よ拭け」
投げられたのはバスタオル。
「あ、ありがと」
お礼を言うといきなり伸びてきた手にワシャワシャを髪を拭かれた。
「もう!!なにすんの!!」
「さっさと拭けっちうんじゃ。風邪引くぞ」
「アホ!!そんなんしたら髪ぐちゃぐちゃになるやん!!」
「んなこと気にしてる場合か!!」
「平次のアホ!!乱暴すぎや!!」
「俺はいっつも優しいやろ」
「どこがや!!」
頭から被っていたバスタオルを勢いよく取り去ると、半裸状態の幼馴染が視界に飛び込んだ。
半裸どころか。
腰にバスタオル(一応、大きいヤツだが)一枚巻いただけの姿で。
思わず幼馴染に背を向けるとその場にしゃがみこんだ。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「な、なんやねん」
「何って、あっち向いて!!アホ!!ドアホ!!ドスケベ!!変態!!」
「なんやと!!??」
「こっち来んといて!!アホ!!あっち行って!!」
「誰がドアホでドスケベやねん!!」
「そんなカッコで家ん中うろうろしてるんは変態や!!」
「ここは俺んちやぞ!!別にどんなカッコでもええやろ!!」
「変態〜〜!!」
「誰がじゃ!!ちゃんと腰に巻いてるからええやろ!!」
「ようないわ!!あんた、そんなカッコで玄関出るの?信じられへん!!」
「アホ。和葉ん時だけじゃ」
「余計悪い!!平次のドスケベ!!」
「せやからなんで俺がドスケベやねん!!風呂入っとったら雨音したから。そろそろ和葉来る頃やし濡れてるんちゃうか思てバスタオルまで用意して待っといたったんやぞ!!なんでそんな言われなあかんねん」
「そんな暇あったらさっさと浴衣羽織って来てぇな!!」
「うっさい女やなあ……」
ぶつぶつ言いながら踵を返して廊下を行くのを横目で確認して、和葉はそっと立ち上がる。
……死ぬかと思ったやん。
まだバクバク言っている心臓の鼓動を抑えようと、つい胸に手をやる。無論、物理的に押さえつけたところで胸の鼓動はどうなるものでもない。
今更と言われれば、今更だ。が。
ガッコの授業だってあるし幼馴染の水着姿など既に珍しくもなんともない。この夏休み中にも何度か一緒にプールに行ったし、園子に誘われて蘭やコナンと海にも行った。
それが。露出加減は変わらないとはいえ風呂上りにバスタオル一枚と思っただけで心拍数は三倍くらいに跳ね上がってしまう。
どうしてこう、デリカシーが足りないんだか。
無論、他の人にほいほい見せられても困るが、「和葉の時だけ」と言われるとそれはそれでがっくり来てしまう。
どうせアタシなん、そういう対象やないって言いたいんやろうけど!!
平次にぐしゃぐしゃとやられてしまった以上、ポニーテールは維持しようもないので一度解いて髪を拭く。それ程降られたわけでもないので服も殆ど濡れていない。
もう一度軽く髪を拭いてからサンダルを脱ぎ、バスタオルで濡れた足を拭いて玄関に上がった。どうやら服部邸には平次一人らしい。湯殿から水音が聞こえる以外、人の気配が感じられない。
湯殿の前で、そっと声を掛ける。
「平次?」
応えがない。
「へぇーえーじぃー」
「おー?」
「洗面所借りたいんやけど、ええかな」
「ええで?俺まだ出ぇへんし」
返事を確認してからそっと洗面所に入る。ガラス戸一枚隔てた向うからは、シャワーの音がする。
ドキン、と心臓が跳ねる。
無論、曇りガラスの向こうは窺い知ることは出来ないが。幼馴染の気配があるというだけで、心臓が早鐘を打つ。
……気にしたらあかん。こんなん、いつものことやん。
ブラシを拝借して手早く髪を梳いて、束ね直す。手馴れた手つきでポニーテールを作ると、ブラシに残った髪の毛を取って屑篭に捨てた。
シャワーの水音が、妙に耳につく。
さっさと失礼しようとしたその背に、平次の声が飛んだ。
「和葉?」
「はい!!」
必要以上に大きな声で応えてしまった自分に、慌てて両手で口を塞ぐ。が、別段気に止めない様子で平次の声は続く。
「おかんが、浴衣出しといてくれたから。着替えとけや」
「え?でも外……雨やで?」
「そのうち止むやろ」
「……わかった」
「あと、冷蔵庫にカルピス作っといたから。オレンジの。喉渇いたんなら飲めや」
「……ありがと」
シャワーの水音がいつの間にか止んでいて。湯殿からは平次の声だけが響く。
「あ」
「な、なに?」
「和葉も入るか?風呂」
「だ、誰があんたと一緒になん入るか!!」
「アホ、今ちゃう。俺の後や」
「あ、ええと、えと」
舌がもつれる。
「あ、アタシはええよ。シャワー、浴びてから、来てん。濡れてもうたけど、大丈夫や」
「そか。ホンなら湯ぅ流してまうで」
急に排水溝に水が流れる音が大きくなり、和葉は慌てる。
「ほな、アタシ、着替えてるから!!」
後ろで平次が何か言ったのが水音で聞こえなかったが、聞き返す余裕もなく洗面所を後にした。
***
浴衣に着替えながら何度も深呼吸する。全く、デリカシーがないにも程がある。
幼馴染の距離はあまりに近すぎて。こんなことはもう慣れっこのはずなのに今日はどうしたって気になってしまう。
理由はわかってる。
何の事はない。自分が意識し過ぎているだけなのだ。
昨日は夏休みの課題の最終確認と称して、朝からずっと服部家の居間で座卓を挟んで頭を突き合わせていた。なんだかんだで物事を計画的に進めてくれる幼馴染のお陰で和葉の課題は順調に終わっている。寧ろ問題なのは、事件やらなんやらにホイホイと足を運んで自ら計画を崩す平次の方だった。既に宿題の範囲も曖昧になってきた平次の為に、抜けがないか一日がかりで確認した。
「平次、英語の課題、最後の一ページ足りへんよ。和訳」
「うわ、ホンマや。そういやここまでやって呼び出されたんやったなぁ」
「呼び出されたんちゃう、あんたが喜んで付いて行ったんやん。アタシの、見る?」
「んー。これくらいなら何とかなるわ。えっと……」
英語の和訳に、平次は殆ど辞書を使わない。
和訳に取り組んだ平次を放って、和葉は二人分のノートをパラパラ捲って確認作業を続けた。
「はい。漢文も二ページ足りません」
「んー」
「……あとは、日本史の課題、平次一個足りへんよ。どうするん?図書館行ってなんか本探さへんと出来へんのちゃう?これ」
「んー?ああ、歴史関係の本読んで感想文な。そんなん、オヤジの書斎に山ほどあるわ」
「え、そうなん?それやったら、アタシもおっちゃんに借りればよかったー。わざわざ図書館まで行ったんに。平次もアタシになん付き合わんと最初からおっちゃんに借りたらよかったやん」
「……オヤジの書斎の本、俺殆ど読んでんねん。どうせ読むんなら折角やし図書館で新しいの探した方がええやん」
「そうやけど……暑い中行ったんに……」
「……自転車こいだん、俺やった気ぃするけど?」
「めっちゃ感謝してんでーーvv」
「へぇへぇ。まあ、カキ氷奢ってもらったし許したるわ。で?他は?」
「あとは……数学は大丈夫みたい。化学も……OKかな」
「……和葉、ちょうお前、さっきの和訳のノート見せてみぃ」
「ん?なに?わからへんの?珍しいやん」
「ちゃうちゃう。あー、やっぱお前ここ間違ってんで」
「え、嘘」
「ホンマや。ここ。引っ掛かりやすそうな文法やったから、気になったんや。これが修飾してるんはこっちやのうて、こっちや」
「あ、そっかー。おおきに〜」
「カキ氷一杯なー。白玉つきの」
「高!!も少しまけてぇな」
「んー。そんなら」
不意にペンを止めて。平次が和葉を上目遣いに窺う。じっと見つめられて、和葉は少しうろたえた。
「そんなら、何?」
「……」
一瞬視線を外して、それからまた平次の視線が和葉を捕らえる。
「和葉、明日暇か?」
「明日……は、昼は由紀とお買い物行く、けど。夕方戻ってくる」
「そのまま晩飯も食ってくるんか?」
「食べへんよ。由紀、夕方から彼氏とデートやって言ってたもん」
「そか……」
また視線を外す。その視線を和葉の方が追いかけて、低い姿勢の平次の顔を覗き込む。
「なに?別に由紀との約束やったら、延期できるよ?」
「いや、そんな必要はないで。夕方戻ってくるんやろ?」
「うん」
「それやったら……」
言葉を切る幼馴染の様子を窺う。
「花火、せぇへんか?」
「花火?」
「ん。明日、二人で花火しようや。もう、夏も終わりやし」
そう言うと平次は、いつもの笑顔でニッと笑った。
それだけだった。
そう。それだけ。
それだけ、と言われればそれだけなのだが。妙に鼓動が早くなった。
なんやめっちゃ言い辛そうやったんはアタシの気のせい?もしかして、なんか他に深い意味があるん?
そもそも二人で花火って、なんやめっちゃ恋人同士っぽいと思ってしまうんは、アタシだけやろか。
そう思うと、返事をするのにも声が上ずった。
二人で花火をしたことがないわけでは、勿論ない。寧ろ毎年やってるし、今年もやった。
ただ、正確には花火をするのが平次と和葉の二人だけ、というだけで、大抵いつも静華や平蔵が一緒にいた。「夏やし花火したい!!」と言い出すのは和葉。大抵静華が覚えていてくれて、花火を買って来てくれる。どっちかというと平次は付き合いでやっている感があった。
それが。
平次から、しかも「二人で」花火をしようと誘われるとは。
自分の思い過ごしに違いない、期待し過ぎに違いない、勘違いに違いない、深読みし過ぎに違いない。
そう自分に言い聞かせて言い聞かせて言い聞かせて、それでも一縷の期待を胸に秘めて。
昼に由紀に「御機嫌やん?なんかあったん?」と突っ込まれるのをかわしつつ。寧ろワクワクしながら。服部家へ来たわけだが。
幼馴染は全くいつもと変わらないデリカシーのなさっぷりで。自分に対する扱いも全くいつもと変わらなくて。
やっぱ、なんでもないんやな……。
外は、まだ雨。
もう一つついた溜息が、雨音に吸い込まれていく。風呂から上がったらしい平次に声を掛けられて、和葉は自分の浴衣姿を鏡で確認してから居間に向かった。
***
呼ばれた二階で宿題の最終確認を軽くしているうちに日は暮れて。
「そろそろ、ええ頃やろ」
相変わらずいつもと変わらない風情の平次が、何気なく呟いたのを合図に階下に下りた。
誰もいない一階は、空気もひんやりと感じる。
和葉は縁側へ出ると空を仰いだ。
いつの間にか雨が止んで、空には星まで出ている。ぼんやり、月明かり。窓を開けると幾分冷えた風が頬を撫でた。
「お前、上に一枚羽織った方がエエかも知れんぞ。雨やったから気温さがってんで」
「いややー。折角の浴衣なんに、雰囲気出ぇへんやん」
「風邪引いても知らんぞ、って、まあ、ちょっとの間やからええか」
「ちょっと?」
聞き返す和葉に、平次が少しバツの悪そうな顔をして視線を逸らす。
「ちょっとって、何?花火、平次どんくらい買って来たん?」
「んー。5本、やな」
「5本?」
和葉の問いかけには答えずに、先に縁側へ出て庭の隅に置いてあったバケツを準備する。たかが5本の花火とはいえ準備を怠るわけにもいかない。
「……5本て、ちょっと少なすぎとちゃう?」
「ええやん。こういうんは量より質や。線香花火、好きやろ?和葉」
「それは、そうやけど」
「つべこべ言わんとさっさとすんで。早よせなおかんが帰って来るわ」
「……おばちゃん帰ってきたら、あかんの?」
何気ない問いに、平次の動きが止まった。
「和葉、あんな」
「なによ」
「今日の花火は、おかんには内緒やからな」
「なんで?」
「なんでもや」
ドキン、と鳴る胸の鼓動を抑える。
期待しちゃダメだと、さっきあれほど。
「なんで?別にエエやん。おばちゃん秘蔵の花火をこっそりとか?もしかして」
「なんでおかんが花火なん秘蔵せなあかんねん。これはちゃんと俺が買うてきたもんや」
「それやったらなんでおばちゃんに内緒なん?おっちゃんには言うてもええの?」
「オヤジはもっとあかん」
「なんでー?」
「うっさい女やな。なんでもええやろ?とにかく黙っとけ」
「ええけど……アタシ、おばちゃんに嘘つくん苦手やねんけど……」
「うっ」
一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした平次は小さく吐息すると右手の人差し指を和葉の眉間につけた。
「兎に角黙っとけ。ええな」
「……ええけど」
小さく答えると、くるりと背を向けて先に庭に下りる。平次に続いて和葉も縁側へ出た。いつの間にか自分用の下駄が用意されていたのに少し驚きながら。
薄暗がりの中敷石にしゃがみこんで片手で器用にマッチの火をつけると蝋燭に火を移す。片手を振ってマッチの火を消して、蝋を垂らして地面に蝋燭を立てた。
「準備万端?」
立ち上がった平次に小さく駆け寄ると、細い包みを渡された。
「これや」
「ホンマにちょっとしか買わんかったんやね。二人でやったら、すぐやん」
「俺はエエから。和葉一人で全部やってええで」
「そんなん。一人でやっても……おもしろくないやん」
「俺は和葉がやってんの見るんでエエって。兎に角、早よ火ィつけぇや」
「う、うん」
細い包みを丁寧に開ける。よくよく見ると、随分と風流な紙だ。薄暗いのできちんとは見えないが和紙だろう。上品な手触り。
「平次、これ」
「エエから。早よせい」
薄明かりの中。蝋燭の揺らめきに浮かぶ幼馴染の瞳が。妙に優しげに見えるのは気のせいだろうか?
和紙を開くと、それは更に薄い白い和紙に包まれている。そっと開けると、色とりどりの紙縒りがあった。
「これ……」
何処かで見た記憶がある。
「早よせな蝋燭全部溶けてまうで?」
「う、うん」
そっと紙縒りの先を持って蝋燭の火に近づける。殆ど風もないのに、それでも中々火がつかない。
やっと、火がついた。
パチ。パチパチ。パチパチパチ。パチ。
軽い、小さな音を立てて牡丹が花咲く。
「これ……これって……」
「覚えてるか?」
大小取り取りの牡丹。細かい花弁が花開く。
「これ……アタシ、見たことある……」
牡丹がやがて、松葉に変わる。音も僅かに変わった。繊細な、ホントに繊細な火薬の妙。
「平次……覚えてたん?」
アレはまだずっと、幼かった頃。
京都の親戚の家に平次達と一緒に遊びに行った夏の夜にやった線香花火。
それまでに見たどの線香花火より繊細で、美しく、そして力強くて。
「一人一本な」と言われた線香花火はあっという間に終わってしまい。和葉は後から火をつけた平次の花火が終わるまで、火傷するのではないかと言うほどに顔を寄せてその光に見入っていた。
松葉が、やがて柳に変わり、名残惜しげな火球が地に落ちた。
「あん時の花火や……」
「全部やってええで。つっても5本しかないけどな」
「ホンマに?平次は、ええの?」
「俺は、和葉がやってるん見てるから」
「でも平次……これ……どこで……」
懐かしい、懐かしい火。あの時以来、一度も出会えなかった線香花火。
「嬉しい……」
自然に笑みが毀れた。どこでどうして、幼馴染がこの花火を手にしたのか。
二本目に火をつける。さっきと同じ音。だけど微妙に違う牡丹の花。
「すごい……一本一本、違うんかな」
「手作りらしいで。国産の、しかも有名な花火職人の手作りや言うてたわ」
「そんなん……どこで……」
「それは企業秘密やな」
「誰のどの辺が企業やの……」
突っ込みつつも、視線は花火から離れない。一瞬足りとも目を離せない。花咲くたびに形も大きさも違う牡丹。それがやがて松葉になり。柳になり。
「なんや、勿体無い……あとは取っておこうかな」
「アホ。折角の花火、咲かせたらんでどうすんねん。湿気てもうたら終わりやで」
「そっか……」
「火ぃつけてもろて咲かせてもらうん楽しみにして作ってねんから。花火職人は。別に急かさんけど。ゆっくり堪能しぃや」
「ん……」
「せやけどあんまトロトロしてっとおかん帰ってくるからあかんで」
「ん……」
躊躇いがちに炎に近づけた三本目に、漸く火がつく。できることな録画して一生とっておきたいくらいに綺麗に咲く牡丹。瞬きする間も惜しんで、脳裏に焼き付ける。
忘れられなかったあの日の花火。毎年やる線香花火も嫌いではなかったし、寧ろ好きなことには変わりない。それでもこの線香花火はやっぱり特別で。
牡丹が松葉に変わる。音が激しく小さくなり、やがて、柳に。
「平次も一本やったらええのに」
「俺はええって」
「一本やって。今度はアタシが見とくから」
「んー?」
言いながらも案外素直に受け取って蝋燭の上に翳す。
「即行落としたら、罰金な」
「アホ。俺がそんな真似すっか」
平次の案外に長い指の先に垂れた鮮やかな青い紙縒り。その先から、繊細な牡丹が花開く。
「ホンマ……めっちゃ綺麗……」
「やっぱ、最高級とか言うだけあるなあ」
「最高級なん?」
「んー。一応そう書いてあったけど。そんなん別に眉唾やと思ててんけどな」
「めっちゃ綺麗や……」
「せやな……」
牡丹が、松葉に変わる。
「平次」
「あ?」
「ありがとな」
パシャパシャと繊細な音を立てて松葉の葉が開く。松葉から目を離さない幼馴染の顔が、ほんのり色付いて見えるのは、やっぱり思い過ごしなのだろうか?
「別に、まあ、たまにはこういうんも、ええかな、思ただけや」
「うん。めっちゃ嬉しい。ありがとな」
柳になった平次の手元の花火が、やがて小さく赤くなって地に落ちる。
「最後の一本になってもた」
「せやな」
「やっぱなんか……勿体無いわ……。湿気てもエエからとっとこかな。除湿剤とか入れとったらええやんな」
「アホ。さっさとやってまえ」
「えー。やっぱ、ちょっと……折角平次が買うてきてくれたん、全部燃してまうのいやや……」
「そんなん別に気にしぃなや。まあ……絶対、とは言えへんけど、そのうち、また買うてきたるから」
「……どこで買うて来たん?平次」
「そら企業秘密やて」
「ふうん……」
「ええから、早よせい。おかんが帰ってくるやろ」
赤い紙縒りの線香花火を手に逡巡していると、強引に腕をとられて蝋燭の上に持っていかれる。
チリ、と小さな音を立てて線香花火に火がついた。
「あーあ……」
「アホ。花火は消えるから綺麗やねんぞ。ちゃんと網膜に焼付けとけ」
「ん……」
幼馴染が。最後まで手を離さなかったのは揺れて火の玉が落ちるのを恐れたのか。そうでないのか。
***
TVで国産花火の特集をやっていたのはお盆の頃。一目でわかった。幼い頃に和葉の親戚の家で見た、あの線香花火。
それも今では流通の減った国産線香花火の中でも、最高級のものだという。
「平次、どないした?」
TVを凝視して固まったていたところを父の平蔵に声を掛けられて、慌てて新聞に目を移す。
「別に、なんもあらへんわ」
「へえぇ。この人、うち知ってるわ。京都の花火職人やろ?」
お茶を運んできた母の静華が声をあげる。
「おかん、知り合いなんか?」
「せや。お茶会でいっつも会うんよ。花火職人や言うてたけど、そんな有名な人やと思わんかったわぁ」
「最高級とか言われてんで」
「へえぇ。手作りやし、あんま市場に出回らん、言うてんで?知らんかったわぁ」
「……おかん、連絡先とか知ってんのか?」
「そんなん、調べればわかるけど。なんやの?平次、あんた線香花火なん好きやったっけ」
「別に」
静華の視線から逃げると今度は平蔵と視線が合ってしまい、慌てて座卓のお茶に手を延ばす。
前門の虎後門のなんとやらだ。
「あ、和葉ちゃんに買うてきたげるんやろ」
「アホか。なんで俺がそこまでせなあかんねん」
「ええやん。和葉ちゃん、線香花火好きやし。もう出荷してもうた後かも知れへんけど、うちの名前出したら譲ってくれるかも知れへんよ」
「絶対嫌じゃ」
「ほな、うちが和葉ちゃんの為に頼んでみよかな」
「余計なことすんなっちうんじゃ」
「ふうん……」
「別にどうでもええやん。線香花火なん」
ズズッと音を立ててお茶を飲みきる頃には、TVの画面は浴衣特集に変わっていた。
どうせ隠し通せるとは思っていないが。それでも素直に報告する気にもなれずに。一応、その花火職人にも和葉にも口止めしたわけだが。
***
「せやせや。この前、静華ハンの息子さんに偶然お会いしましたえ」
「ああ、そんなことやろと思いましたわ。申し訳ないわぁ。うちの愚息がなんぞ無理を言うたんとちゃいます?」
「そんなことはあらしまへんけど。なかなか確りした、ええ息子さんやおへんの」
「まだ全然未熟もんで。お恥ずかしい限りやわ。ホンマ、手ぇのかかるヒヨっ子で」
「エエ目ぇしてはりましたえ?静華さんにもよう似てはって。先が楽しみやおへんの」
夏の終わりのお茶会では。案の定そんな会話が交わされていた。
いやだから、どう考えても隠しきれるもんじゃないだろうな感じで。ええ。そんな感じで。平次悪あがき〜気持ちはわかりますが。
ちなみに別に静華の名は出してませんよ服部平次。その辺は意地っ張りですから。きっちりきっぱり頭下げて特別に作ってもらったことになってます。私的に。
つか、なんかめっちゃ長くなったのを削って削ってこんな感じに。まだ長いですね。寧ろ削るべきは半裸平次であったか!!??
いやでも自分的には割とツボなんですけどね。しっかり筋肉ついてる感じで。え、妄想ですか?
ちなみに露出レベルが同じっちうか、下に履いてるか履いてないかの差ですよね(笑)
線香花火って、三段階ありますよね。あれを順に、牡丹・松葉・柳(もしくは散り菊)と言うんです。
ちなみに国産最高級なんてやったことないです!!……TVで見ただけです。きゃー
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