大晦日の前日の服部家。アタシは、台所でおばちゃんとお節の準備に大わらわ。
御煮しめ。お膾。伊達巻。黒豆。寒天。肉団子。焼き魚は鯛。塩焼きの海老。田作り。昆布巻き。そして栗金団。
「ただいまや〜」
バイクの音がしたと思ったら、玄関からかったるそうな平次の声が聞こえて来た。さっき、おばちゃんに追加のお使いに出された。
推理小説を読み耽っているところだったので、不平を言いつつ出かけていったのは30分くらい前。
「おっかえり〜」
返事だけしたものの、手が離せないので玄関までは迎えにいけない。程なく平次が台所に顔を出した。
「ほれ。買うてきたで。蒲鉾と。京人参と長呂儀な。あと金柑」
「お疲れさん、ほな、そこ置いといて」
「あ、平次。さっき黒豆煮えてん。味見してみて」
「ん?ちょう待てや。手ぇ洗ってくる」
商店街のビニール袋を食卓において、顔を引っ込める。アタシは袋の中から金柑を取り出す。栗金団を綺麗な黄金色にするには、金柑は必須。
「なんや、ご機嫌やなあ。和葉。そない栗金団作るんが楽しいんか?」
「楽しいで?アタシ、栗金団好きやもん」
「……お子様やなあ、ホンマ。……黒豆、これか?ほな、一個」
言いつつ、三つくらいつまんで口に放り投げる。
「んー。いけてるやん。せやけど、お子様の和葉はも少し甘い方がええのんとちゃうか?」
「そんなことないもん!!お子様お子様言うな!!」
むっとして振り返る。平次はニヤニヤ笑いながら見下ろしている。
最近。アタシと平次の身長差が更に開いた。平次も気付いているらしく、意識的に見下ろしてくることがある。特に、こうやって「お子様」を連呼する時には。
……アタシの方が、お姉さん役やったはずなんに!!むかつくわ!!
「うちから見れば、あんたの方がお子様やで。平次。それよりあんた、暇なん?」
「……暇ちゃうかったけど、おかんのせいで暇んなった。なんや、手伝いあるんやったら、ついでやし、やるで」
「そんなら、蔵から杵と臼出しといて。もうすぐもち米炊けるから、そしたら和葉ちゃんとお餅ついてや」
「なんや。オヤジの腰はもう限界か。歳には勝てへん、ちゅうことか」
「アホ。何言うてんの。あの人今日遅ならんと帰ってこれへんのやから。あんたこそ、しっかり頑張りや」
「へぇへぇ」
「和葉ちゃん、栗金団終わったらな、お餅お願いするわ。水つけるん、できるやんな」
「んーー。去年までおばちゃんの見とったから……多分見様見真似で……」
「うちも手ぇ空いたら、庭行ったげるから。平次、あんた和葉ちゃんの手ぇの上に杵落としたら、お年玉没収やからね」
「……鋭意努力させて頂きます」
言葉だけ神妙に蔵に向かう平次に、おばちゃんの声が飛ぶ。
「あ、和葉ちゃんにな、半纏出したって。庭、寒いやろ」
「了解ーー」
餅つきかあ。
「なんや、年の瀬!!って感じするわあ」
「せやねえ。うちでは年の瀬にしか餅つかんし」
年の瀬だけでもつけばいい方だと思う。典型的な日本家屋の服部家には、なんだか杵と臼がよく似合う。毎年、おっちゃんがお餅をついてくれて。
子供の頃から手伝いと称して周りをちょろちょろしてはつきたてのお餅のご相伴に預かって来た。
つきたてのお餅はほっかほかでやわらかくて。それをお汁粉に入れるのがアタシは大好きで。平次は醤油餅派。
「おばちゃーん。栗金団、できたぁ」
「おおきにぃ。ほな、もち米もうええ感じやし。ちょう寒いかもしらんけど、お餅頼むわ」
「アタシ、この後田作り作る予定やってんけど、お餅先でええの?」
「ええよ。ごめんなあ、色々手伝ってもうて」
「そんな全然。アタシ、おばちゃんとお料理するん好きやもん」
渡されたもち米を持って足早に庭に向かう。準備万端の平次が準備体操のつもりか庭でストレッチをしていた。
「平次、やる気満々やん」
「おう。任せろや。おやじがつくんより美味い餅、ついたるわ」
「……そんな、変な所で対抗意識燃やさんでもええやん。ま、アタシは美味しい分には歓迎やけどな。……寒!!」
庭はやっぱり少し冷える。
「そこに半纏出しといたから。着とけや」
「んー。平次、寒ないん?」
「これから運動するから大丈夫や。さ、もち米冷めへんうちに始めんで」
「ん」
綺麗に拭かれて水を吸った臼に熱々のもち米を開ける。最初は小さく捏ねるだけなのでアタシの出番は無し。
「ほな、頑張ってな〜」
「おー……って、和葉、お前」
「ん?」
不意に平次の手がアタシの顔に伸びてきて。
「……今、もち米つまみ食いしたやろ。早業やなあ」
「!!」
つまみ食いがばれたことよりもなによりも。伸びてきた平次の手がアタシが逃げるより早く口の端についていたらしいもち米の粒を取り去り。
ぽいっと自分の口に放り込む。
「ま、つく前のもち米が美味いんは認めるけどな。食うなら正々堂々食えや」
「……うっさいわ!!アホ!!」
思わず声を荒げてそっぽを向く。平次の顔が見れるわけが無い。多分、アタシの顔は今真っ赤だ。
そりゃ、唇ちゃうかったけど!!でも、結構近かったんに!!その米粒取って食べちゃうて、どういうつもりやの!!
当の平次はいつもの余裕の笑みで。
「つまみ食いなん、ホンマ、お子様やで。和葉」
「しつこいわ!!アホ!!さっさとお餅ついてや!!」
「へぇへぇ」
縁側で足をぶらぶらさせながらもち米を捏ねる平次を眺める。餅つきは初めてのはずだけど、やっぱり毎年一緒に見てきたから。見様見真似で、それなりに様になっている。
寒いせいか、一気に紅潮した頬も今はもう冷たい。半纏を着込むと、少し寒さが和らいだ。手招きされて側に寄る。
「これ、どれくらいからつき始めるんやったかなあ」
「米粒がつぶれてきた位やったと思うけど……。んー。もう少しやね。頑張ってなぁ」
「おー」
しゃがみこんで臼の中のお餅の状態をチェックしつつ。
「もう、今年もおわるんやねえ」
「あ、ああ。せやなあ。和葉、お前年賀状書いたんか?」
「ん。出した。……平次、まさかまた今日書くつもりちゃうやろねえ」
「アホ。去年は事件があったから遅れたんや。ま、俺は出す枚数少ないからなぁ。もう出したで」
んんー、と餅の練られ具合を確かめて。
「和葉。そろそろ頼むわ」
「ん。平次も、更に頑張って。ぎっくり腰にならんようにな〜〜〜」
「アホ。俺はまだまだピッチピチやで」
見様見真似の餅つきが続く。アタシは、毎年おばちゃんがやっていたように振り下ろされる杵の合間に餅を返す。
「なあ、平次」
「あー?」
「来年はどんな年になるんやろね」
「どんな、いうてもな、あ」
ペタン、と餅がつかれる。
「そんなん、わかったらおもろない、やん」
「んー。そうやなくて」
「和葉、は?」
「え?」
「なるんやなくて、どないな年に、したいんや?とりあえずもう、少し、足が細なるとええなあ」
「なんやの、それ!!」
「あとなあ。もう少しその、じゃじゃ馬がなあ、大人しゅうなるとええんやけ、どなあ」
「平次は。せやねえ。もう少しデリカシィっちうもんが、つくと、ええんやけどなあ」
「んなもん、どうでもええわ」
「あと、約束破ったり。銃で撃たれたり。崖から落ちそうになったり。そういうんも、無いとええなあ」
「……」
「どうしたい、いうか……」
ペタン、ペタン。杵が餅をつく音が妙に響く。
「どっちかって言うと、平次にお願い?あんま、心配かけんといてな、来年は」
「そら、こっちの台詞や」
「……アタシがいつ平次に心配かけたんよ!!」
「いっつもや。あんま大事に至らんから自覚無いかもしれへんんけどなあ。誰のお陰や思てんのや」
「お陰、て」
平次……。アタシのこと、心配してくれてる?の?気づかないだけで………守ってくれて……る?
思わず手が止まった。
「あ、アホ!!」
テンポよく振り下ろされていた杵が急に止まるわけもなく。
反射的に手を引いたものの、小指に杵がヒットした。
「痛!!」
「アホ!!なにボーっとしとんのや。大丈夫か、見せてみぃ!!」
お年玉がかかっているせいか、平次がしゃがみこんで必死にアタシの手を取る。
「血豆とか出来てへんみたいやけど。大丈夫か?まだ痛いか?」
「ううん。大丈夫や。ホンマ、端の方やったし。ごめん、ちょう、ぼんやりしてもうて」
「せやせや。お前がそんなやから俺の心労が尽きんのや」
「ご、ごめん」
この状況では反論も出来ない。
反対に。
アタシは、そんなにいつも平次に心配をかけてるのかと。平次の重荷になってるのかと。
つい考えてしまって。
「なんや、やっぱ痛いんか?」
「う、ううん。平気やで」
「なに景気悪い顔しとんのや」
「な、なんもあらへん」
無理に笑顔を作ると。平次の手がアタシの前髪をくしゃっと撫でた。そのまま立ち上がって一つ大きく伸び押して。
「せやせや。そうやって笑とったら、ええんや」
「え」
「来年もな。たくさん笑える年になると、ええな」
「う、うん。せやね」
「あんま仏頂面ばっかやと、不細工になんで」
「あ、アホ!!余計なお世話や!!」
ぷぃっとそっぽを向くともう一つ軽く頭を叩かれて。
「ほな、さっさと餅つくで。不味なったら、お汁粉、食われへんで」
「う、うん」
ペタン、ペタン。杵の音が響く。
少し傾いた陽が、アタシ達の影を長くする。
あともう1日と10時間足らずで。今年が終わる。明日も明後日も、きっとそんなに今日と変わらない。
こうやって一緒にいて。平次の隣でアタシの今年が終わる。まだ幼馴染の関係からは抜け出せないけど。それでも、隣に居られる。
来年も、再来年も。ずっと。
平次の隣に、いられるといいな。
平次の隣で、笑っていられたらいいな。
アタシの隣で、平次が笑ってくれてたらいいな。
***
「今帰ったで」
玄関で、おやじの声がする。今日はおやじが帰ってくる日。代わりに和葉のとこのおっちゃんが、年末年始の防犯キャンペーンで府警に缶詰。
除夜の鐘を叩きに行った後で、御節を差し入れに年始の挨拶をしに行く予定だ。
「おお、和葉ちゃん、来とったか。……なんや、懐かしいもん着とるなあ」
「え?」
和葉が大きな瞳を更に大きくして首をかしげる。台所からおかんが出て来た。
「あ、覚えててくれはったん?和葉ちゃん、その絣の着物なあ、うちがこの家にお嫁に来た年のなんよ」
「え、そんな大事なんやったん?アタシ、汚してへんかな……」
「大丈夫や。普段着やもん、うちもよう汚してるし。気にせんでええんよ」
「懐かしいなあ。静と初めてついた餅。……そういえば今日は、平次がついたんと違うんか?」
「あー。謹んでつかせて頂きましたぁ」
炬燵から出ないで答える。ふと視界の端におやじの眉がわずかに動くのが見えた。
「……そんで、和葉ちゃんにこの着物着せたんか」
「残念ながら、平次は袴ちゃうかったけどな」
袴?何の話や?
おかんの顔に、この上もなく嬉しそうな笑みが浮かぶ。自分にとっては、この笑みは不穏としか言い様が無い。
「うちが初めて餅つき手伝うた時、うちその着物着ててん。この人は、袴姿でもろ肌脱いで。格好よかったんよー」
「へー。ええなあ、おっちゃんとおばちゃんの若い頃かあ!!」
「あー。若かりし頃の美しい思い出、っちうやつやな。人間歳取ると昔が懐かしくなるいうけどなあ」
少し皮肉をこめてみたのだが。おかんはこちらにちらりと一瞥をくれただけで、和葉に笑いかける。
「和葉ちゃん」
「はい!!」
「和葉ちゃんはな、笑っとったらええんやで」
「え?」
「仏頂面で不細工になるんやったらな、笑っとったら美人になるっちうことや。なあ、平次」
な!!
「おかん、いつから……」
「さあなあ。あかんでぇ、平次。油断禁物や」
自分の家で油断禁物も何もあったものじゃないと思うが。残念ながらこの服部家では確かに油断禁物だ
「え?え?」
一人状況の見えない和葉が目を白黒させて俺とおかんを見比べる。
全てを察したらしい、オヤジの表情は殆ど変わらない。
……来年も。
きっと来年もこうなんだろうと。俺は諦めてため息をつく。
「おばちゃん、なんなん?」
「和葉ちゃんの着物がよう似合うてるってことや」
「せやなあ。ホンマ、静の若い頃を思い出すわ」
「え、ええとお……」
「ホンマやで。なあ、平次もそう思うやろ?」
炬燵に潜り込みながら、ちょっとだけ視線を向けて。
「あー。似合とる、似合とる」
「ホンマに??」
急に和葉の顔が輝いて、不覚にもドキリとさせられる。誉められるのは、やっぱり嬉しいらしい。
来年もまあ、近くでこの笑顔が見れれば。
それで、とりあえずいいかもしれない。……志が低いだろうか?
低くないです。平次。全然低くないです。とりあえず貴方の目標は、和葉を泣かせないこと!!
2002年最後の登場が赤馬ですからねえ。私としてはもう少しどうにかして欲しい所ですよ、平次!!
とりあえず、すみません。御節とかお餅とか着物とか。お正月らしい萌えを詰め込んだ感じです。
米粒ネタが……私的にかなり甘い感じ!!甘々な感じ!!どうだ!!<どうだと言われても
服部家では純日本風の正月希望。全員着物!!!!平次もだ!!萌え!!平蔵と並ぶと平次のまだまだっぷりが強調されていい感じ<妄想
大晦日に御節作ってお餅ついて、除夜の鐘つきに行って年越しそば食べて初詣に行って、年始周りに行って。
なお。服部家には正月は来客が多いだろうと予想。平次もついでに和葉も。たくさんお年玉がもらえてしまうに違いなく。
←戻る