side 平次
幼馴染でよかった。
……と思うこともあるけど。確かにあるけど。
幼馴染じゃなければ。
そう思うこともある。
考えたって今更だけど。
でもそろそろ。今年くらい、そろそろ。そう思うから。
一歩、前へ。
***
「平次、開けんで」
「うわあああああああああ!!」
一声かかったかと思うと容赦なく部屋の扉が開けられる。「勝手に開けるな」の張り紙も功を奏さない。
まあ……もともとそんなことだろうとは思っていたが。
そう。どうせ張り紙の効果なんてないと思っていた。ので、ついでに扉の前にバリケードをはっておいた。
ゴン。
鈍い音がして扉が3センチほど開いたところでバリケード……単にラックを少しずらしただけなのだが……に当たって止まる。
「なんや。バリケードはっとんの」
「ほっとけ。今開けるから、待っとけっちうんや」
「なにしとんの?部屋に篭って。気色悪い子やなあ。そんな人様に見せられんことやっとんのか?」
……年頃の息子に向かって凄いことを言う。
この歳になれば人様に見せられないあんなことやこんなことの一つや二つや三つや四つはあるに決まっている。
もっとも。今までそんな理由でバリケードなどはったことはなかったが。
そういやおかん、そんなタイミングで入ってきたことないなあ。この人のことや、気配でわかったりしとるんちゃうやろな。
とりあえず。
手元の「人様に見せられない」あれやこれやを手早く片してバリケードを解く。
「なんやねん」
「蒸しどら焼きふかしたから持って来たったんや。お茶もあんで」
「珍しいやないかい。わざわざ俺の部屋まで持って来るなん。今日は和葉、来てへんで」
「せやせや。それやねん。……和葉ちゃん、今日もうちに来ぉへんのやろか。平次、なんや聞いてへんのか?」
「あー。今日は合気道部の友達んとこ行く言うてたから……来ぉへんのとちゃうか?」
「いつもやったらうちであんたのセーター編んでくれとる頃やのに……。今年はくれへんのやろか」
まるで自分のセーターのような顔で心配そうに言う。
「クリスマスやったら……今年も編んでくれる、言うとったけど……」
「せやの?それやったらええんやけど……」
「なんや、友達に編物教えてる言うてたから、一緒に編んどんのやろ」
「で、今年はなんなん?」
「なにがや」
「和葉ちゃんへのクリスマスプレゼントや。和葉ちゃん、何が欲しいって?」
すたすたと入って部屋に入ってお茶とどら焼きを座卓に置くと、真っ先に自分が食べ始める。
こうなってしまうと、静華のペースだ。何をしたって無駄なあがきでしかないことは平次が一番知っている。
部屋から早めに退散してもらうには、とりあえず話に付き合うほかはない。
「……ジンベエザメ……のぬいぐるみや」
「ジンベエザメ言うたら、海遊館の?」
「前に和葉と行った時に欲しがっとったんや。結構でかくて……これくらいやろか」
大体、全長1m弱はあった気がする。
「それ、あんたが一人でクリスマスまでに買いに行くんか?海遊館まで」
「…………」
思わず言葉に詰まると、静華の瞳に笑みが浮かぶ。この上もなく満足そうな。
何か言い返したかったが、そんなことは逆効果だ。
ここ数年、和葉とやりとりするクリスマスプレゼントの内容は、事前にお互いで告知している。
子供の頃はお互い内緒で用意し、交換していた。告知するようになったのは、そう、中一の冬から。
その前の年のクリスマスプレゼントが思いがけなく和葉の手編みのマフラーで。嬉しい反面申し訳なくなり、翌年は和葉が欲しいものを送ろうと思ったのだが。
残念ながら和葉の欲しいものがなんなのか、皆目検討つかなかった。
「なあ、和葉ぁ。今年のクリスマス、何くれるんや?」
「あんた、今から貰うつもりなん?アタシがあげるんは決定なんかい!!」
「……くれへんのか?」
「……しゃあないからあげるけど……。今年もマフラー編もかと思てんけど……あかん?」
「ホンマか!!??全然あかんことないで!!……それでや」
「なんよ」
「和葉、なんや欲しいもんないんか?折角やから欲しいもん、買うたるわ」
「んー」
「そんかし、あんま高いもんあかんで。俺の買えそうなもんにしてくれや」
「ん……せやったら……」
そんなこんなで。翌年からはもう、「今年はセーター編んだるから。代わりに買うて欲しいもん、あんねん」てな具合で。
ただ、今年はそれでも、自分なりにちょっと頑張った。
以前海遊館に行った時に、和葉があのジンベエザメのぬいぐるみの罪の無い笑顔(?)と5分近く向かい合ってたことに気付いたのは、自慢できることではないが我ながら上出来だと思っている。
そしてあれ以来和葉が天保山に行ってない事もチェック済み。
「和葉ぁ」
「んー?」
「今年、何が欲しいんや?」
「……クリスマス?」
「せや」
「……アタシがあげんでも、平次くれるん?」
「なんや。和葉は今年はくれへんのか?」
「……いつもと一緒でかまへんのやったら」
「そんなん全然大歓迎や。サンキューな。で、和葉は何欲しいんや?」
「まだ考えてなかったわ。も少し待って」
「んー。せやったら、あれは、どうやろ」
「あれ?」
俺の発言が余程意外だったのか、大きな瞳を更に大きくして振り返ってくる。
「あの、海遊館でお前が見とったでっかいぬいぐるみや」
「ああー。ジンベイザメ!!!!うん。あれ欲しい」
「せやったら、あれ買うたるわ」
「ホンマ!!??」
「ホンマや。嘘ちゃうで」
「ふうん?」
大きな瞳で覗き込まれて、俺は何となく居心地悪くて歩き出す。
「珍しいやん」
「なにがや」
「ううん。うっれしーわー。あれ、めっちゃ欲しかったんよ。じゃあアタシも気合入れて編もう〜〜」
「お〜。宜しく頼むで」
「クリスマスなん、まだまだ先やと思てたけど……。でも平次、いつ買い物に行くん?」
「んー。まあ、今年も24日でええんちゃうか?一緒に行くやろ?和葉も」
毎年。和葉へのプレゼントは24日当日に買っている。二人で買い物に行って。この話の流れは、自然なはずだ。
「イブに、天保山?」
「せや。あかんか?」
「きっと、人がぎょうさんおんで?平次、あんま人込み好きちゃうやん」
「ま、しゃあないやろ。なんや、和葉は嫌なんか?」
「ううん。アタシは嬉しい」
和葉の、ホントに嬉しそうな笑顔に、俺は一瞬満足しかけてしまって慌てて気を引き締めた。
そう。この笑顔に満足している場合ではない。
とりあえず、プレゼントは決まった。イブの約束も取り付けた。
そんな事情を母に説明するつもりは更々ないのだが……察されたのは明白だ。
「梅田でも嫌がるあんたが、イブに海遊館。まあ、上出来やないの」
「別に、イブに行く言うてへんやろ?それまでにバイク飛ばして行ってもええんやし」
「ふうん?」
笑みを含んだ静華の視線が、平次には居心地が悪くて仕方がない。察したんなら確認すな、と思いつつ、ついつい嘘が口をつく。
静華はどら焼きを一つ完食するとお茶を一息に飲み干して、静かに立ち上がる。
「ま、頑張るんやで?」
その口の端に笑みが浮かんでいる。が、突っ込むわけにも、かといって感謝の意を述べるわけにも行かない。
仕方なく俺はその後姿を黙って見送ると、扉が閉まるのを確認して再びバリケードの為にラックをずらした。
ごそごそと隠しておいた小箱を出してきて再び作業に没頭する。
そう。海遊館デートぐらいでは後一歩にならないことくらい、わかっている。
幼馴染から一歩進むための。後一歩には。
***
「なあ、服部ぃ」
「んー」
「なんや、お前が梅田で女の子ナンパしとったちゅう噂あんで」
「はあ?」
授業の合間。俺は突っ伏していた自分の机から顔を上げた。
「嘘やろ」
「嘘ちゃう」
「顔に書いてあんで」
「……んー。まあ、噂になっとるっちうんは、嘘やけどな。せやけど、お前が女の子に声掛けたんはホンマやろ」
「島原から聞いたんやろ」
「……んー。まあ、ええやん。そんなん。で、どうなんや?」
「声掛けたんはホンマやけどな」
両手を上げて思いっきり体を伸ばし、首をコキコキと左右に鳴らす。最近、肩が凝って仕方が無い。
部活に出れば一発で解消されるのだが、如何せん、毎晩細かい作業をしているため蓄積してしまったらしい。
「別にそんな、ナンパとかちゃうで。そいつが持ってたもんの売ってる場所聞いただけや」
「せやけど、なんやえらい剣幕でいきなり彼女の腕つかんで……」
「あー。まあちょっと、慌てとったからな。でも別に、店聞いただけですぐ別れたし。もう、顔も覚えてへん」
「まあ、島原もすぐ戻ってきた言うとったけどな。せやけどお前その後ずっと考え込んで、しかもその後すぐ島原達剣道部の連中置いてどっか行ったらしいやん」
俺はもう一つ大きく伸びをした。
「事件に関係することやったんや。せやからそのまま府警の大滝ハンに会いに行ったんや。他に何か質問は?」
「ホンマやろな」
「ホンマや。嘘ついてどうする」
心の中で、嘘やで〜〜〜と言いつつしれっと答える。
「まあ、せやったら忠告は一つにしとくわ」
「そらおおきに。なんの忠告や」
「お前もやけどな、遠山さんも、結構人気あんねんで」
「じゃじゃ馬やのになあ」
「今回はまあ、一緒におったん剣道部の連中やったし?他に目撃者おらんかったみたいやし?相手の女も顔真っ赤にしとったらしいけどお前にストーキングとかしてこうへんかったからよかったけど?」
「なんやそりゃ」
「捜査のためやったらしゃあないかもしれんけど、ま、あんま街中で軽はずみなことはせんほうがええっちうことや」
「んー。まあええわ。ご忠告痛み入ります」
「いえいえ。こちらこそ」
お互い苦笑しつつバカ丁寧に頭を下げたところで、タイミングよく次の授業開始を告げる鐘が鳴る。
梅田で女の二人連れに声をかけたのはホント。事件と関係あったいうんは、嘘。
すれ違った瞬間にふと視界の端に引っ掛かって。気付いたら、その女の腕を掴んでいた。
「自分、それどこで買うたんや」
「そ、それって????」
「これや。これ」
直接指差すと、目を白黒させてたその相手はそれでも事態が飲み込めない風情で答えた。
「これ、買うたんちゃうよ。自分で作ってん」
「そんなん、自分で作れるもんなんか?」
「う、うん。今結構、本とか売っとるし……簡単やで?」
「ふうん」
「この子なん、彼氏が作ってくれたりするやんなあ」
「うん」
「……さよか。ほな、ありがとな」
売ってない、というのは期待外れだったが、本があれば作れるらしい。少しばかり悩んだ末に。
居ても立ってもいられず、思い立ったが吉日とばかりに剣道部の連中とのたこ焼き屋寄り道の約束を蹴って行動に出た。
買い物は、なるべく知り合いに出会わないように神戸まででかけた。我ながらアホらしい気もしたが、誰かに見られて変に邪推されても困るし、事前に和葉の耳に入るのはもっと困る。
とりあえず本を選ぶのに30分くらいかかった。さぞかし周囲から浮いた存在だったに違いないが仕方が無い。一度決めたことだ。俺は腹を括った。
なんとかイメージどおりの作図のある本を探し当て、レジに持っていって、ついでに「これ作れるだけの材料くれ」と言って店員に選ばせた。
「彼女に作ってあげるん?」
「……変やろか」
「ええと思いますよ?お兄さん、普段そんなことせぇへんタイプやろ」
「ま、まあ」
「きっと、むっちゃ喜びますよ〜。彼女」
実際はまだ彼女ではないのだが、幼馴染やと一々訂正している余裕すらなく。
似合わないことをしている自覚はある。和葉のみならず誰の想像も越えているに違いない。自分でも信じられない。
それにこれを、和葉が喜ぶかどうかもよくわからない。ただ、なんとなく自分の勘は信じてる。視界に捕らえた瞬間「これや」と思った自分の勘を。
……喜んでくれると、ええねんけどな……。
これが、後一歩になれば。
***
「明日な、どないする?駅で、待ち合わせるか?」
「んー。いつも通り、平次ん家まで迎えに行くよ」
ちょっとだけ、慣れない「待ち合わせ」に憧れて提言してみた案は和葉にあっさり却下された。
まあ、仕方がない。和葉にとっては、明日は去年までのクリスマスイブと変わらない毎年の通過儀礼なのだから。
「ほな、明日な」
「ん。風邪引いたりしたら、あかんよ」
「そらこっちの台詞や」
今年の冬は12月からやけに冷える。明日は暖かくして出かけた方がいい。
ああ、そうか。
和葉は今年もセーターをくれると言っていた。去年は貰ったセーターを直ぐ着て、買い物に出かけた。
駅で待ち合わせたらそれができない。セーターを持ち歩くことになってしまう。我ながら浅はかだ。
……浮かれている?
確かに少し、冷静さを欠いている気がする。後一歩が、踏み出せるか踏み出せないかの瀬戸際。
部屋の隅には小さな小箱。これまた慣れないラッピングとやらをするべきかしないべきか散々悩んで、辞めた。
一応予定では、箱から出してすぐ着けてやるつもりなのだが。流石にそこまで気障ったらしい行動に出れるかどうか自分でも自信がない。
そもそも、和葉の服装によっては着けてやるわけにもいかないかもしれない。その不安はあったのだが。かといって明日の服装チェックなど事前にできるわけもなく。
運を天に任す、というのはこのことかもしれない。
小箱のなかで光っている小さな石たち。ワイヤーで微妙に形作られたチョーカー。
琥珀。赤瑪瑙。カーネリアン。パール。流石に毎日顔を突き合わせているうちに柄にもなく名前を全て覚えた。
色合いとしては秋っぽくてクリスマスには似つかわしくないかもしれないが。だけど、和葉には似合うと確信している。
梅田ですれ違った女がつけていたのを見た瞬間。あれは色違いだったが。和葉の白くて細い首にきっとよく似合うと。ホントに瞬間に確信した。強く。
明日、現れた和葉の服装が大丈夫そうなら、着けてやろうと思っている。爆笑されるかもしれない。呆れられるかもしれない。引かれるかもしれない。
それでも。虫のいい話だと思いながらも。柄にもなく、小さなお守りに願ってみたりする。
……上手く行くよう、頼むで。
とゆーわけで、平次頑張りました。物理的にも精神的にも(爆笑)。ちうかこれは、誰ですか!!誰ですか!!偽者!!<酷
さて。この後どうなったか……。笑ってしまって私には書ききれませんでした。申し訳なく。というわけでご想像にお任せを。
てゆーか、笑うでしょう。笑うしかないでしょう。自分で書いておいてなんですか。工藤だってそんなことしねぇよ!!<失礼
……和葉は、笑わずに受け取ってくれるといいね。
←戻る