side 和葉
幼馴染でよかった。
……と思うこともあるけど。確かにあるけど。
幼馴染じゃなければ。
そう思うこともある。
考えたって今更だけど。
でもそろそろ。今年くらい、そろそろ。そう思うから。
一歩、前へ。
***
初めて手編みのマフラーを贈ったのは、小学校6年のクリスマスだった。
ホントはホンのちょっと意識してたのに。目を見開いて「手編みなんや」と驚く平次についうろたえて。
「そんな!!深い意味はないんよ。編物教わったし、練習がてらや」
「なんやー。そうか。俺、ちょうびびったわ。なんや、結構上手く編めてるやん」
「あったりまえやろー。アタシが編んだんやで。ちゃんと大事にしてや!!」
「おー。めっちゃあったかいで。サンキュー」
結局そんなやり取りに。
次の年にも当たり前のように手編みのマフラー。中二の時には手袋。そして中三でセーターに初挑戦。
「和葉のセーター、あったかいなー。サンキューなー」
手編みやで!!手編み!!普通女の子からクリスマスに手編みのセーターって、どうなん!!??
それってめっちゃすごいことやで!!何当たり前みたいな顔して受け取ってんねん!!ちょっとは照れるとか!!ないんか!!
……ってホントは言いたいのだけれど。
そもそも。流石に受け取ってもらえないとショックかと思って編む前に宣言してしまったのだ。あの時は。
「練習がてらに編んだるわ。クリスマスプレゼントやで。ありがたく受け取りぃ」と強がって。
「特別な意味なんあるわけないやん」「平次なん、ただの幼馴染やし」「いらんのやったら自分の編むから先言ってや」
自分から言ってるんだから、鈍い平次が気付くわけない。
そこで気付いてくれたらめっちゃ嬉しいんだけど……あの剣道バカの推理オタクがそんなことに気が回るとも思えないし。
気が回らないところが、それはそれでいいとか思っちゃうくらいアタシはもう、ダメダメやし。八方塞や。
手編みのセーターって、女の子にとってかなり最終兵器やと思うんやけどな……。
その最終兵器が最早当たり前と化してしまっている以上、どうしたらいいのだろう?
今年くらい。今年こそは。そう思うのに。一体どうやってこれまでと差をつけたらいいんだろう??
手編みのセーターは止めて、何か買おうか。でも何を?
でもやっぱり市販のものより手作りの方が心がこもってていいような気がするのはオンナの発想だろうか?
やっぱり手編みのセーターに勝るものはない気がするし……手作りケーキも手料理も既に当たり前と化してしまった今、一体何でどう差をつければ?
「はあ」
大きく一つため息をつくと由紀の笑みを含んだ視線とぶつかった。
「なんや?まだ悩んでるん?」
「んー」
今日は部活の後に由紀の家に直行。由紀に編物を教えながら、自分も結局平次のセーターを編んでいる。
由紀が編んでいるのは彼氏のセーター。今年のクリスマス、初めてプレゼントするとのこと。喜ぶだろうな、彼氏。羨ましくてしかなたい。
「でもホンマ、和葉編むん早いなあ。アタシなん、まだ後身頃半分も行かんのに、もう前身頃が終わりそうやん?」
「んー。子供の頃から毎年編んでるし……平次のだけやのうて、自分のとか、お父ちゃんのとか。慣れてもうた」
そして平次もすっかり「和葉の手編み」に慣れてしまって。
「これ、アラン編み、やったっけ?めっちゃ面倒くさそう〜〜。しかも和葉が編んでるのこれやろ?凄い。カッコええなあ」
「う、うーん。……ちょっと女の子みたいやろか。平次、こんなん似合わんかなあ」
「ううん。ええと思う。服部君、案外そういうの似合いそうやし」
「そ、そかな」
「で?」
「……で、って?」
由紀が編物手を止めてアタシの顔を覗き込む。
「ため息のわけや。なんか決まったん?後もう一個」
「うー」
「これまでと差、つける言うてたやん?どないするん?」
「まだ悩み中……」
「難儀やなあ、和葉んとこは。うちの彼氏なん、手編みのセーター言うただけで、小躍りしてんで?」
「ホンマ、羨ましいわ。平次なん、今年も編んでくれるんやー、サンキューって、全然いつもと変わらへん」
「うわー。なんや、何も考えてへん屈託ない笑顔が浮かんできてんけど」
まさにその笑顔で。「今年もくれるんか?」とか聞いてくるし。
「和葉に告白ってしまう勇気があれば一番やねんけどな〜」
「うっ」
「あげるんが手編みのセーターやろがその辺のチロルチョコやろが。アタシ!!平次のこと好きやねん!!って和葉が言えれば〜〜」
「うわ!!アホ!!由紀!!やめてぇや!!は、恥ずかしいやん!!」
「まったく……今時こんな純情も珍しいで?和葉。まあ……当たって砕けられへん事情はわかるけど……私から見たら砕けるわけなさそに見えるんやけど」
「せやけど……」
「うんうん。自信無いんやね。ま、確かに服部君、何考えてるんかわからんところあるし。その辺は所詮私は外野やし?口出しする気ないけど……。でも一歩くらい、なあ。進まんと」
「うう」
進むのが怖い。でも進めるなら進みたい。
こんな中途半端じゃいけないことくらいは分かっている。自分が後少しの勇気を持てばいいことも分かっている。
怖いから。はっきりさせるのは怖いから。「もしかして」と思わせて反応を見たい。……ずるいかなあ。
「でもあれやなあ、和葉。このままやったらクリスマスまでに余裕で終わるんちゃう?編物」
「んー。由紀は、もう少し頑張らんと。間に合わへんようになんで?口と一緒に手も動かさなあかんで」
「あかんあかん。私まだ、そんな和葉みたいに手元見んでなん編めへん」
「アタシのことはええから。ほら、続き編まな。今日中に減らし目のところまで突入してや」
「了解!!……あ」
一度は定位置に戻りかけた由紀がまた身を乗り出す。
「なに?」
「あんな。これはどうやろ。セーター、きっと早く終わるやん?おそろいでマフラーと手袋も編むんや」
「数で勝負ってことやね」
「ごめん、なんかそう言われるとあかん気ぃした。聞かんかったことにして」
「あ、そういう意味ちゃうよ。それもええかなぁって、アタシも一回思ってんけどな」
「んー。でもごめん。やっぱあかんわ。そんなんじゃ服部君、びくともせぇへんで、きっと」
「……やっぱ?アタシもそう思ったん」
「さりげなく、って難しいなあ。服部君の反応がヤバそうやったら、またごまかせる余地を残すってのが微妙すぎ!!」
「アタシ、やっぱずるいやんなぁ」
「ん。でもその微妙な乙女心は分かる。分かるから、私はあんたの見方やで。和葉。一緒になんか、考えよ」
「ありがとなー、由紀。もう、編物くらい、いっくらでも教えたるわ」
オンナの友情を確かめ合って、また二人で黙々と編物に励む。
後一つ。後一歩のための一つ。
平次が欲しそうなもの、と考えると、どうにも色気の無いものしか思いつかなくて、何となく不本意だ。
「そうそう。和葉ぁ。明日、買い物行かへん?」
「なんや、デートの服買いに?ええよ。付き合ったげる。そんかし、今日中に後身頃完成やで?」
「うう!!頑張る……って、和葉は買わんでええの?服」
「だって……うちらのはデートっていうか、買い物やし」
クリスマスはここ数年、アタシは手編みの何かを贈って。平次は「欲しいものがわからん」と言うからいつもアタシがリクエストして。
大体当日にアタシの欲しいものを買うのに付き合ってくれて、それで何となく、アタシはクリスマスデートの気分だった。
当然、平次の方にはそんな意識は無いらしく、人が多いと文句ばかりで。
今年はそれが海遊館のジンベエザメのぬいぐるみになったので、クリスマス・イブに天保山デートという恋人御用達のお約束コースになったのだが。
それも結局は買い物の延長でしかなく、きっと平次はデートの「デ」の字も頭にないに違いない。
「そういや、和葉と服買いに行くん、初めてやー。楽しみやわぁ。和葉の見立てるん」
「ええー?アタシんより、自分のやろ。由紀のが本命やねんから」
「可愛いのん、選んだげるな!!だって天保山よ?クリスマスに天保山よ?周りカップルだらけよ??デートやない、なんて言わせておける?」
「そう言うたかて……平次にそんなん期待してもなあ」
「そうやろか。ちょう、明日見てみよ。決定や。さ、頑張って編むでぇ。あ、あと5段で減らし目突入やから。ちょう待ってな」
「うん」
服、か。
平次のことだから歩き回るに違いない。大体、クリスマスの海遊館、平次と一緒で嬉しいのは嬉しいのだが、死ぬほど混んでることが予想される。
ヒールの高い靴はダメ。この前買ったブーツなら……結構歩きやすかったしあれならなんとか。
あれに合わせて、まあやっぱ、動きやすい服。コートはこの去年買ったアイボリーの。お気に入りやし。平次も珍しく誉めてくれたし。
可愛いの、言うても。あんまりお洒落したところで。
「なんやけったいなカッコして。歩きずらそやなー。いつもんにしとけ」
あああああああ。目に浮かぶようや。
由紀より一足早く減らし目ポジションに到着したので、暫く待つ。
とりあえず明日、服を買うついでにちょっと由紀に付き合ってもらうかなあ。後一つの買い物。
***
「和葉、あんたホンマ、スタイルええなぁ」
「ええ!!急に何言うん!!」
由紀が見立てた服を着て試着室から出てくると、当の由紀が大きくため息をつく。
「ホンマ、手も足も細いし、何よりこの腰!!むかつくわ!!」
「ええ!!そんな……アタシは、なんか嫌や。なんや、ガリガリで筋肉目立つし。……薄っぺらやし」
「なんよ、薄っぺらって。そんだけ胸あったら十分です。ガリガリ?何言うてんの??もう!!あんたの健康的な細さは絶賛に値するわ」
「健康的?」
「せや。無理なダイエットで痩せた子なん、やっぱわかるやん。そういうん。あんたのその均整取れた細さが素晴らしいんよ!!」
「……そんな、誉めてもなんも出ぇへんよ。由紀」
「そんなんちゃうって。ま、ええわ。ちょう、次はこれ着てみて」
由紀だって人のこと言えないくらいにスタイルがいい。そして自分の服はさっさと選び終わって会計も済ませて今はアタシの服を選び続けている。
「んー。やっぱ和葉くらいスタイルええと着せ甲斐あるわぁ。さ、次これ行ってみよかぁ」
「由紀ぃ。あんた、真面目に考えてくれてるん?なんや、さっきから店員さんの視線が怖いんやけど」
さして空いているわけでもない店内。試着室をもう20分も占拠してると思うと心苦しくなってきた。
「あ、そんなんちゃいますよ」
さっきから視線の合う店員を窺うと、ニッコリと笑いかけて来る。
「お客さん、ホンマ可愛いし。私も仲間に入れてもらおか思て」
「仲間?」
「わー。お姉さん、話わかるわぁ。可愛いやろ〜この子!!」
「ホンマ!!良かったら私が見立てたんも着てもらえます?」
怒っていなかったのは幸いだったがこんな展開は予想だにしなかった。と言うより、なんなん。これは。
「これ、私の今年のお勧めやねんけど、なかなか似合うお客さんおらんくて。お客さんやったら、似合うと思うんやけど……」
「うわ、可愛いー。これ、肩紐んところ、めっちゃお洒落や。見てみぃ、和葉」
「あ、ホンマ可愛い……」
「で、上からこのセーター着ると、この肩紐と、あとこの裾んとこ!!ここがめっちゃお勧めなんですよ!!」
「あ……」
不意に由紀が眉間に皺を寄せる。そのまま考え込んでしまい、アタシは店員さんと思わず顔を見合わせた。
「どないしたん?由紀。……由紀が気に入ったんやったら、着てみぃや」
「ちゃう。……そうやね、和葉。私ちょっと、いい事思いついた。とりあえず、これ着てみぃ。あんたが気に入らんかったら、話ならんわ」
「う、うん」
急にテンションの落ち着いた由紀に戸惑いつつ、試着室に入る。どないしたんやろ?店員さんも怪訝な顔をしている。
とりあえず試着室に後戻り。抜かりなく、値札をチェック。ワンピが思いの外安いのに対して、セーターが意外と高い。
……なんや、こんなんやったら自分でも作れる気ぃするけどな……。
襟のところがちょっと面倒くさいかもしれないが、模様は良くあるアラン編みだし……。少し、今、平次に編んでいるセーターにも似ている。
これを着たら……お揃い、に見えるかな?
「和葉ぁ。どない?」
「あ、うんうん。着たで」
最後に鏡でちょっとチェック。確かにお店のお姉さんのお勧めだけはある。こういうライン、あんま着たことなかったけど、いいかも。
「はいはい〜。こんなん出来ましたけど〜」
試着室から出る。由紀とお姉さんが2人して上から下までチェックするので流石にちょっと恥ずかしい。
「どやろ」
「……やっぱ似合いますわぁ、お客さん。これな、セーターが割と厚手やから寸胴になりやすいんやけど。お客さんやと綺麗にラインがでてますし」
「由紀、どない?」
「ん」
由紀はまだ思案顔で明らかに今までとテンションが違う。あんまり気に入ってないのかもしれない。
今まで由紀が選んでくれた服も、別に嫌いじゃないし、いいと思うのがあったし。これもそんな、絶対って程気に入ったわけではない。
ここは由紀のを選んだ方が、いいかもしれない。
「和葉、あんたどう?こういうん?」
「え?ええと、こういうん、あんま着ぃへんから。結構いけるやん、って感じ。せやけどさっきの……」
「じゃあ、悪くないってことやね?」
「う、うん」
「気に入った?」
「うん、気に入った、けど。でもさっき由紀が選んでくれた……」
「私もこれ、お勧めやで。和葉が気に入ったんやったら、これにしよ」
真剣な声のまま言う。どうやらこの服が気に入らないわけではないらしい。
「ただ」
妙にキッパリと、断言する。
「買うんは、ワンピだけや。和葉の財布的にもその方がええやろ」
「う、うん。でも、折角ワンピ買うんやったら、セーターも」
「ええんや。お姉さん、申し訳ないんやけど、こっちだけ、お願いできます?」
「は、はあ。ええんですか?」
「うーん。由紀がそう言うんやったら、じゃあ、こっちだけお願いします」
「はい。ありがとうございます」
何か考えがあってのことなのだろう。とりあえず由紀に従っておくと、店員さんもあまり深くつっこまずに会計に向かってくれた。
「和葉。私が考えてること、わかるやろ。この後、毛糸屋さん行くで」
急いでクリスマスまでの残りの日数を考える。平次のセーターは両身頃と片袖、もう片方も半分以上終わった。今週中には全部終わる。
それから……大作になるけど、やってやれないことはないかもしれない。
「ん。ありがとな、由紀。アタシもちょっと、考えてんけど。背中押してくれて、ありがとな」
「そんなん。和葉も同じ事考えてたんやったら、よかったわ。編むんや和葉やし、アタシは勝手に言うてるだけやし」
急いで会計を済ませて。アタシ達は必要以上に足早に、毛糸を買いに向かった。
***
「明日な、どないする?駅で、待ち合わせるか?」
「んー。いつも通り、平次ん家まで迎えに行くよ」
平次には気付かれないように、心の中でため息をつく。駅で待ち合わせたら……アタシのセーター着てもらえへんやん?1日持ち歩くつもりなん?
……それに。直ぐに開けてもらって反応を見たいから。もし平次が引くなら、ちゃんとフォローしたいから。
ホンマ、無神経なんやから……って、こっちの事情を知らない平次にそれを求めるのは酷というものだろう。
「ほな、明日な」
「ん。風邪引いたりしたら、あかんよ」
「そらこっちの台詞や」
今年の冬は12月からやけに冷える。明日は暖かくして出かけた方がいい。
自分のセーターも、編みあがった。膝上まで来る細身で長めのセーター。裾から少しだけ、ワンピが見え隠れ。そこが、可愛い。我ながら気に入っている。
大きく開いた襟元は初めてだったので少し苦労した。肩がギリギリ出ないくらいなので寒いといえば寒いのだが、ワンピの肩紐が見えて、そこも気に入ってる。
平次のセーターとはお揃いだけど。パッと見の印象が違うから、違うと言い通せば言い通せるかもしれない。
それでもやっぱり。喜んでくれたら。お揃いだと分かっても着てくれたら。「ありがとなー」っていつもの笑顔で言ってくれたら。
あの日から。殆ど毎日編物が忙しくて、実は服部家に寄ったのも今日が久しぶり。
由紀のセーターも順調に仕上がったんだけど、「私のせいにしてくれてええから」というその言葉に甘えて。
「なんや、和葉。セーター、クリスマスに間に合わんのやったら、無理せんでもええねんで?」
「んー。アタシやなくて、由紀がなー」
「そうなんか?最近和葉に会えんで寂しいって、おかんが言うてんで?」
「なんや。和葉チャンスマイルが見れんで寂しいんは、平次なんちゃうん?」
「アホ。んなわけあるかい。俺は家が静かで大助かりや」
珍しくそんな気遣いを見せてくれたのは嬉しかったけど。アタシにだって意地がある。やると決めた以上、絶対間に合わせたかったし。
それにやっぱり、クリスマス当日じゃないと意味がない気がして。そう言うのはやっぱ、オンナの発想なんやろか。
ま、単に平次がなんも考えてないだけって話もあんねんけどな。
部屋の机の上にはすぐに開けると分かってても可愛くラッピングした平次のセーター。こっちの出来も大満足。
最初はちょっとどうかなぁ、とも思ったアラン編みだけど、出来上がりは平次に似合いそうだし我ながらお気に入り。平次も、気に入ってくれるといいんだけどな。
お揃いだと分かっても、受け取ってくれたらいいな。一緒に着てくれたらもっといいいな。
そう思いながらも逃げ道を確保してる自分の弱さを卑怯だとは思うけど。
それでも。虫のいい話だと思いながらも。また今日も、小さなお守りにお願いする。
……上手く行きますように、お願いします。
とゆーわけで、和葉頑張りました。どっちかってっと物理的に(笑)。私にもください。手編みのセーター。お揃いの!!
登場する友達を蘭ではなくオリジナルにしたのは、なんとなく話の時期をぼやかしたかったから(笑)
私的には、ここまでやっても何も進展しない可能性もあり。<鬼
てなわけで、引き続きside平次をお楽しみにいただけるとありがたく。
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